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《アンデッドカーニバル》。
エリア解放によって作られた街は、街と言うより村に近かった。家や店などは木で造られており、街の周りを森が囲んでいる。空はどんよりと濁って、太陽の光は見えない。街全体が薄暗く、NPC達の表情もどこか生気がない。不気味な街だ。それでもこのエリアは経験値稼ぎには良い場所らしく、プレイヤーが結構居た。
「まずは宿を確保するか」
そこまでの数のプレイヤーが居るとは思わないが、宿に泊まれる人数には限りがある。もしエリアから帰ってきて泊まる宿がない、なんて事になったら目も当てられない。すぐ側にあった宿に入り、カウンターにいるおじいさんに取り敢えず一日分の金を払っておいた。これで帰ってきたときに宿がない、なんて事にはならないだろう。
「何だか不気味な所ですね。NPCも死んだような顔してますし」
「気持ち悪い……」
攻略エリアに向かう途中、二人が街の様子を見ながら呟いた。
「《アンデッドカーニバル》っていうくらいだからな。モンスターもゾンビとか骨とかそういう系が出るらしいし」
「うわぁ……ゾンビとか嫌だな」
俺の言葉にリンが顔を青くする。まあ俺もゾンビとかと戦うのは嫌だけどさ。このエリアで一番多く出てくるのはゾンビらしい。攻撃力や防御力はそこまで高くないが大量に出てくるらしい。貰える経験値はそこまで多くないが、モンスターが多いから狩りには丁度いいようだ。ゾンビ狩りで経験値を上げているプレイヤーも多いらしい。だけど油断していると映画よろしく取り囲まれて喰い殺されてしまうようなので注意しなければ。
街の奥にあるエリアの入り口に辿り着く。木で出来た門にはツタが巻き付いており不気味だ。門から奥は闇に包まれていて見ることが出来ない。
「行こうか」
「はい……」
ゴクリと喉を鳴らせた後、俺達は闇の中に足を踏み入れた。
――――――
「あれ?」
エリアに入ったはずの俺達を待っていたのは先程までいた街だった。木造られた建物や濁った空などがそのままある。ただ一つ違うのは誰もいない事だ。プレイヤー達はおろか、NPCまで姿を消している。やはりここはエリアなのだろう。俺達は何も言わずに頷くと、そのまま進んでいくことにした。
歩いていて分かったが、ここの店や建物はさっきまでの街と同じ場所に同じように造られている。なのに誰もいない。それが余計に不気味さを出していた。
しばらく進んでいくとNPCが運営していた鍛冶屋のドアが開き、店主が出てきた。顔に生気はなく青ざめている。それを合図にしたかのように周りの建物から人が扉を開けて出てきた。その頭上にはHPバーが浮いており、アンデッドという名前が表示されている。あれが掲示板で言っていたゾンビという奴か。面倒だからゾンビと呼ぶか。
武器を構え戦闘態勢をとる。リュウとリンはそれを見て慌てたように武器を構えた。
「来るぞ!」
鍛冶屋から出てきたゾンビが飛びかかってきた。口から涎を垂らし、白目を剥いている。近くでみるともの凄く気持ち悪い。リンなんか悲鳴を上げているぐらいだ。
俺は太刀を振るいゾンビの首を切り落とした。ズルズルと首が断面を滑り落ち、地面に落下して潰れる。かなりグロテスクな感じだが映画のように血が飛び散ったりはしていない。全身が光の粒となって消えていく。
「いやああああ! こっちくんな!」
リンが悲鳴を上げながら向かってくるゾンビを滅茶苦茶に突きまくる。ゾンビの弱点は頭でそれ以外の部分を攻撃しても与えられるダメージはごく僅かだ。事前に二人にはそれを説明してあったのだが、リンの頭からはそれがすっかり抜けてしまっているようだ。さっきから胸や腹ばかりを突いていて、まるで倒せていない。リュウは後ろから襲ってくるゾンビに夢中でリンを構う余裕はなさそうだ。
「チィ、《フォーススラッシュ》!」
前から押し寄せてくるゾンビ達を切り裂いて道を作る。四方八方から押し寄せてくるゾンビを真面目に相手していてはとてもじゃないが先に進めない。
「リン、リュウ、走るぞ! 俺の後ろに付いてこい!」
二人に声を掛けて前に走る。付いてきているかは分からないが、後ろから二人の返事が聞こえてきたから多分大丈夫だろう。前からやってくるゾンビ達の首を刎ね、倒れ込んでくる胴体を突き飛ばしながら前へ進む。このエリアのボスはエリアの最北部にある墓地にいると書かれていたから、このまま真っ直ぐ行けばたどり着けるだろう。前から襲ってくるゾンビはいなくなった。ゾンビは後ろから付いてきているだけだ。
走るのをやめて後ろを見てみるとリュウとリンが後ろから掴みかかってくるゾンビを吹き飛ばし、何とか付いてきていた。ゾンビに噛まれると毒状態になってしまう。二人は何回か噛まれたのか毒状態になっており、HPを半分程まで削られていた。
「早く来い!」
ゾンビを振り払って追いついた二人を俺の後ろに匿まう。二人はアイテムボックスから回復薬を取り出し、慌てて嚥下する。よし、これでHPは問題ないな。
ゾンビ達には悪いがスキルの試し打ちのための的になって貰うぜ。グルヴァジオを倒したときに手に入れたスキル、《間合い斬り》。《居合い切り》とどう違うんだろう。説明には間合いに入った相手を高速で切り裂く、と書かれていたけど。
《間合い斬り》。
スキルを発動した瞬間、青い光が俺を中心として円型に広がり始めた。円は2mほどまで広がると止まった。どうやら居合い切りのように腰に構える必要はなさそうだ。
円の中にゾンビ達が入り込んだ瞬間、体が勝手に動き出した。ゾンビ達の所まで一瞬で移動し、太刀を横に振る。一連の動作はまさに高速と言って良い物だった。ゾンビ達は首を切り落とされ、崩れ落ちていく。
なるほど。《間合い斬り》はあの円の中に入り込んだ敵を高速で斬るスキルか。こういう敵が多いときには役立つスキルだな。
その後、《真空斬り》で近づいてくるゾンビを撃破しながら順調に進んでいく。順調と言っても至る所からゾンビが出てくるため進むのにもの凄く時間が掛かったが。途中で何回かプレイヤーとすれ違ったが、エリアでは無干渉が基本なのでお互いに無視した。ようやく墓地が見えてきた辺りで、リンがいきなり何かに攻撃された。
「リン!」
リュウが襲いかかってきた何かを斧で吹き飛ばす。それは鴉だった。上を見上げると大量の鴉が飛んでいた。それは俺達に狙いを定めると、まるでロケットのように突っ込んでくる。モンスター名はロケットクロウ。まさにそのままだ。あまりにも数が多すぎて、不意を突かれた俺達は攻撃をモロに受ける。全身に刺される痛みが走った。クソッ、掲示板で鴉が出てくるということは分かっていたのに、ゾンビに気を取られてすっかり忘れていた。出鱈目に太刀を振り回すが鴉は一向に減らない。
「撤退するぞ! ワープロープを使え!」
こいつらから受けるダメージは大したこと無いが二人は別だ。ギガントゴーレムの防具を装備していても、適正レベルが超えていてもこの鴉の攻撃をモロに喰らえばただではすまない。HPはジワジワと削られている。
「っはい」
二人は慌ててワープロープを取り出して使用する。緑色の光に包まれ、俺達は街の中央に転送された。クソ、俺一人だったら簡単にクリア出来たんだけど約束だからしょうがない。戦力的撤退だ。覚えとけよ、鴉共!
――――――
「なんだあれ」
街に帰るとプレイヤー達が何かを囲んで騒いでいた。というか女性プレイヤーが騒いでいる。キャーキャーと悲鳴を上げて中央に囲んでいる人に対して口々に何か言っている。
「なんでしょう、あれ」
リュウが尋ねてきた。俺が聞きたいぐらいだ。ああ、そう言えば掲示板に《アンデッドカーニバル》に二つ名持ちが来るみたいな事が書かれていたな。もしかしてあそこにいるのかも知れない。
「行ってみようぜ」
取り敢えずどんな奴がいるのか見に行くことにした。騒いでいる女性達の間に割り込んで中を見てみる。中にいたのは黒髪なイケメンだった。やばいくらいのイケメン。顔全体がキリッとしていて凛々しい。装備している防具も武器である槍も結構上等そうだ。なんだよ。ゲームの中でもイケメンイケメンって女性(お前ら)それでいいのかよ!
「おや……ちょっとそこに君」
女性の間にいた俺に気付いたイケメンが爽やかな笑みを浮かべながら手招きしてきた。ん?
「君って掲示板で噂になってた太刀使いクンだよね。君も僕の噂を聞きつけてこの街にやってきたのかな?」
違うわ。自意識過剰だなこのイケメンが! なんて面といえる訳もなく、俺は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。まあ仮面付けてるから見えないだろうけどね。しばらく向かい合っていると肩をポンポンと叩かれた。振り返ると顔を上気させ興奮した様子のリンが立っていた。
「ちょ、暁さんっ。その人、《不滅龍》に所属してる二つ名持ちの攻略組の人ですよ!」
リンは小声で耳打ちしたつもりだろうけどイケメンにはしっかり聞こえていたようで、イケメンはフッ、と気取った笑みを浮かべた。
「僕の事を知ってるんだね、お嬢さん。フフ、ありがとう」
リンはその言葉に顔を真っ赤にし、顔を押さえてフラフラしながらどこかへ行ってしまった。何なんだあいつは……。
「さて、所で太刀使いクン。僕と少し戦ってくれないかい? 君がゴーレムマウンテンでモンスターを蹴散らしていたという話を聞いてね。無双する太刀使い、興味があったんだ。ここで出会ったのも何かの縁、是非お手合わせねがいたい」
イケメンは気障な笑みを浮かべながらそう言ってきた。なんかこいつうざいな。内心、僕が負けるわけ無いとか思ってそうだ。よかろう。最強の太刀使いであるこの俺が相手してやろう。
「ああ。いいぜ俺も二つ名持ちと戦いたかったところだ」
仮面のお陰で台詞がメッチャ決まった。声が低くなってるし今のかなり格好良かったと思う。
「それは良かった。僕の名前は虚空、よろしくね。二つ名は」
イケメン、もとい虚空は「二つ名は」の所で一瞬間を開け、
「《槍騎士》だ。よろしくね」
どや顔でそう言った。