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泥で出来た人型のモンスターが襲いかかってきた。名前はマッドゴーレム。泥で出来ているにもかかわらずその動きは機敏だ。歩いた部分に泥の跡を付けながら拳を振り上げて近づいてくる。
この《ゴーレムマウンテン》は文字通りゴーレムの山だ。出てくるモンスターは全部ゴーレム系。山の頂上にボスが居るらしい。このマッドゴーレムがこの山で初めてあったモンスターだ。
ゴツゴツした足場に躓かないように気を付けながら、マッドゴーレムの動きをよく見る。グルヴァジオを倒したときに会得したスキル《見切り改》の性能を確かめる良い機会だ。
泥で出来た目を大きく開いてマッドゴーレムが殴りかかってきた。迫ってくる拳が見える。《見切り》の様に赤い予測線は出ない。その代わり、どこに攻撃が来るのか相手の気配で“分かる”ようになったようだ。これは良いスキルを手に入れた。いちいち予測線を見るのは疲れるしな。
マッドゴーレムの攻撃を軽く体を横に反らしただけでかわし、隙だらけになったところで頭を切り落とす。ゴーレム系のモンスターは全体的に体が堅いと聞いたが、なんだこいつ。豆腐みたいな柔らかさだな。急所を攻撃されて一撃死したマッドゴーレムが消えていく様子を見ながら、俺は余裕の笑みを浮かべた。
山を登って行くに連れて出てくるモンスターの数が増えてきた。マッドゴーレムが同時に三体も登場する。周りを見てみると数の増えてきたマッドゴーレムに苦戦しているプレイヤーが見えた。こいつらに苦戦するってここにいるプレイヤーは一体何レベルなんだ? プレイヤー達が一生懸命戦っている様子を見ながら、マッドゴーレム達の攻撃をかわして斬り付ける。急所を狙わずに適当に斬っただけなのに一発で死んでしまった。まさかスキルを使わなくても余裕とはな。
「おい、あれ太刀じゃね? しかも初期装備だし」「太刀とか嘘だろ? 今マッドゴーレム瞬殺してなかったか?」
周りのプレイヤーが俺に注目し始めた。鬱陶しいな。もっと上に行こう。
――――――
岩で出来たロックゴーレムと鉄で出来たアイアンゴーレムの二体同時攻撃を《残響》でかわす。
《残響》は攻撃が当たると敵の死角に瞬間移動できるスキルだ。ダメージは受けない。稀少スキルと言うだけあってかなり便利だ。『攻撃をかわされた相手が自分が斬られると自覚する時には既に絶命している。最後に聞くのは自分の斬られた音の残響……』というよく分からない事がスキルの説明文に書かれていた。
ゴーレムの拳が当たった俺の体がスゥっと薄くなって消えていく。二体の背後に移動した俺は新しいスキル《真空斬り》で攻撃する。
何もない空間を太刀の刃で切り裂く。《真空斬り》は離れた相手にも攻撃することが出来るスキルだ。透明な刃が二体のゴーレムの胴体を真っ二つに切り裂き、HPを零にする。本来ならモンスターを一撃で倒すような威力を持ったスキルではないが、俺のレベルが高いお陰でゴーレムを真っ二つにすることが出来たようだ。
それから行く手を阻むモンスターを軽く全滅させ、休憩地がある中腹までたどり着いた。プレイヤー達はここで体力やスタミナを回復していくようだ。ゴーレムの攻撃は全てかわし、たまに新スキルを試し打ちしていただけの俺は無傷と言っても良い。休憩する意味はないな。先へ行こう。俺が休憩地をスルーしそのまま頂上を目指そうと歩き出すと、後ろから声を掛けられた。
「よう兄ちゃん。今時太刀使ってるとか珍しいな」
「休憩しなくて大丈夫なのかぁ?」
振り返ると髪を金髪にした何ともチャラそうな二人組が立っていた。何かの鱗を素材とした防具を使用し、二人とも大剣を背負っている。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、男の一人が俺の背後に回り込んで背中の太刀に触れる。
「へぇーなかなかレベルが高そうな太刀だな。初期装備の君には勿体ないんじゃね?」
「つーか何で太刀使ってる訳? 運営が言ってたけどそれ超雑魚いらしいじゃん。そんなん使うとか頭大丈夫か?」
喋り方といい態度といいこいつら腹立つな。絶対こいつら現実で仕事も就かずに遊び回ってるようなタイプだわ。屑め。
馴れ馴れしく太刀に触っていた手を払う。『血染め桜』が汚れるからベタベタ触るな。
「おっやるねぇ。何君? 俺らに喧嘩売ってる?」
「俺とタイマン張るか? おい」
こういう奴学校に居たな。何かいっつもトイレに集まって騒いで、格下と思われる相手を馬鹿にする。そして反抗されると調子のってんじゃねえよとかタイマンだのどうこう言って暴力に訴える。俺不良とかそう言う人種大嫌いだからこういうの見ると腹立つわ。
周りのプレイヤーも俺達が何やらもめているのに気付いたのか注目し始めている。「あれ太刀じゃね」とか聞こえるけど無視しよう。いちいち反応してたら疲れるからな。お前ら言っとくけど太刀強いからな。調子乗ってるとぶっ飛ばすぞ。タイマン張ってやろうか? ああん?
「うざ」
睨み付けて小声で呟く。二人は「はぁ?」と半笑いを浮かべながら俺の肩を掴んできた。
「うぜえじゃねえよ。調子のってんじゃねえぞ」
「太刀使いの癖にいきがってんじゃねえぞ」
不良って言うのは何でそんなに喋るとき顔近づけて来るかな。息が掛かって気持ち悪いんだけど。
下手したら決闘とか申し込まれて面倒な事になりそうだから早めにここから抜け出した方が良さそうだ。そう言えば、あの森で格下相手に丁度良いスキル会得してるんだった。
《侍の気迫》。
スタミナを消費しないスキルだ。自分より格下の相手のステータスを下げることが出来る。その他にも相手を迫力で脅す事も出来るようになっている。これは持っているだけで格下相手に発動するスキルではない。相手を定めで発動することで効果を発揮する。
「うおっ」
「おわっ」
発動しながら睨み付けると、二人は体をビクッと震わせて後ろに下がった。今まで浮かべていた笑みは引きつり、唇がピクピク痙攣している。こういう奴らは格上にはヘラヘラするからもう絡まれる事はないだろう。固まっている二人を押しのけて頂上を目指して再び歩き始める。後ろで「今の威圧系のスキルじゃね?」「あの二人よりレベル高いって事か?」とか聞こえてきたけど無視無視。