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第三攻略エリア《ゴーレムマウンテン》。β版では第二攻略エリアまでしか開放されなかったので俺がここに来るのは初めてだ。ここは既にボスモンスターが倒されていて街が作られている。
街が作られると鍛冶スキルや料理スキルを覚えた生産系のプレイヤーが集まってきて店を開く。そしてレベルの低いプレイヤーが攻略されたことで情報が出回っている事で異常事態が発生しにくいエリアに経験値を稼ぎにやってくる。どうやら攻略組によって第十一攻略エリアまで開放されたらしいが、この街にも結構な数のプレイヤーがいる。
何故俺がこの街に来たかというと、そこまで多くのプレイヤーが居ないだろうと思ったからだ。太刀使いって事で注目されるだろうし、体臭がやばいことになっているので人の近くに行きたくない。まあ予想は見事に外れて結構な数のプレイヤーがいるんだけどね。よく考えたら死ぬ危険性があるのに高レベルなモンスターが出るエリアなんかにそうそう行かないよね。俺ならエリアの適正レベルを10以上越えないと行かないし。
そして今、俺は宿にいる。あの森では金を手に入れることが出来なかったためかなり貧乏だが、最初から所持している金が少しだけ残っていたためそれを使い果たして何とか一泊出来る。
部屋はかなり狭く、小さなベットだけでもう殆ど足場がない。トイレとシャワーが入り口のすぐ側にあるドアの中にある。何というかRPGゲームに出てきそうな木で出来た宿だというのに、トイレとシャワーで雰囲気が台無しになっている。なんでここだけこんなに現代的なんだよ。ありがたいんだけどさ……。
身につけていた初期装備の防具を脱いで全裸になり、シャワーを浴びる。長期間体を洗わなくても髪の毛が油でベトベトになるとか垢が沢山出るとかそう言う外見的な変化は起きないけど、何故か体臭だけきつくなっていく。一年ぶりのシャワーを浴びて感動しつつ、丁寧に全身を洗う。
「ふう……。さっぱり」
体臭が完全に無くなった所でシャワーを止め、外に出る。水に濡れてもすぐに乾くのでタオルとかで拭く必要はない。俺は防具の下に着ていたパンツとシャツだけ着て、そのままベットに飛び込んだ。堅いベットだが一年岩の上で寝ていた俺にとってはまさに天国の寝心地。むしろ気持ちよすぎて眠りにくいぐらいだ。
仰向けになって天井を眺めながら、俺はこれからの事を考える。
せっかくあの森から生きて出られたんだし、もうモンスターとは戦わずに宿に引き籠もろうか……。持っているアイテムを売れば当分の生活費はどうにかなるし……。だけどそれは嫌だな。あの森みたいなムリゲーは嫌だけど、今なら俺のレベルもだいぶ上がっているし戦いたい。そして俺を見捨てたガロン達を見返してやりたい。
「栞……」
見捨てた、で思い出した。あいつは今どうしているだろうか。あいつも結構なゲーマーだし、そう簡単に死ぬような事はない……と思いたい。俺と違ってパーティー組んでたから死んでいる確率は低いと思うんだけどな……。フレンド登録が出来ればあいつが今生きているかどうか確かめられるんだが。ギルドに入ってくれていれば安心出来る。
ギルドというのは簡単に言うと大規模パーティーのような物だ。一人のプレイヤーがギルドを作ることを宣言し、三日以内に三十人以上のプレイヤーが加入希望をすれば作られる。β版ではギルドは作れなかったからネットで公開されていた事しか知らないんだが、ギルドの仲間にはモンスターを倒した時に貰える経験値を何割か分けてあげることが出来るらしい。強いプレイヤーは弱いプレイヤーに経験値を分けてやり、安全にレベルを上げていくことが出来る。他にも色々特典があるみたいだけど俺は知らない。
そういえば、このゲームには掲示板機能があったな。仲間募集したら匿名のプレイヤー達に馬鹿にされた覚えがある。あとで見てみるか。
もう寝よう。
――――――
良い大学に入って良い仕事に就いて栞達に楽をさせてやりたかった。だから俺はレベルの高い大学を受験した。毎日寝る暇も惜しんで勉強し高校生活はほとんど勉強の思い出しかない。あれだけ勉強したんだから、受かるだろうと思っていた。だけど現実は残酷だ。
俺はあと一歩の所で受験に失敗した。この大学以外に入るつもりは無かったから俺は浪人することになる。落ちたとき、栞は泣きながら励ましてくれた。
『っ……兄さん……お疲れ様でした……。まだ……終わっちゃった訳じゃないし……大丈夫ですよ』
いろんな人に励まされたが俺はもう完全にやる気を失っていた。何で俺が落ちなきゃいけないんだよ。大好きなゲームも我慢して毎日毎日毎日毎日あんなに必死に勉強したじゃねえか。なのに何でだよ。ふざけんじゃねえよ。
俺は将来のためにバイトで稼いでいた金と予備校に行くための金で《ドリーム》を買った。今までは妹と一緒に溜めた金で買った《ドリーム》を使っていたが、栞はゲーム好きだから俺が一人で使うわけにはいかない。だから俺は自分専用の《ドリーム》を買い、一日中部屋に閉じこもってゲームし続けた。
最初の方は栞も息抜きは必要だと何も言わなかったが、何ヶ月も閉じこもっていると愛想を尽かされてしまった。何回も頑張るように説得しに来た栞の言葉は俺の胸には響かなかった。
『兄さん……いつまでゲームをしているんですか……頑張ってください……。兄さんならきっと良い大学いけるはずです!』
『兄さん。お願いですから部屋の外に出てきてください。何か悩み事があるなら聞きます。大学に落ちたのは辛いと思いますが、いつまでもそうしていたらダメです。次にいかしてください』
『兄さん、久しぶりに一緒にゲームしませんか? ……お願いですから部屋から出てきてください。どうしてしまったんですか』
『……あなたは嘘つきなのですか? 昔言った約束をもう忘れてしまったんですか? お父さんとお母さんが死んでしまったとき、兄さんが言ってくれた言葉に私がどんなに助けられたか……。お願いですから……出てきてください……暁お兄ちゃん』
何を言われても部屋から出るつもりはなかった。祖母の作る料理を食べ、一日中ゲームをする。栞との約束を忘れたわけではなかったけど、もうどうでも良かった。こんな俺に栞が守れる訳がないじゃないか。だからお前は頑張って生きてくれ。俺なんかに頼らずにお前は生きていけるよ。栞は十分強い。それに美人だから男がほっとかないだろう。彼氏でも作って幸せにいきてくれ。俺はゲームをしてるから。お前が良い会社に就職してくれ。それから出来れば俺にもゲームを買うための金を分けてくれ。いつまでも同じゲームばっかりじゃ飽きるからな。頼んだぜ、栞。
俺はゲームし続けた。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
ゲームをし続けた。
――――――
長い夢を見ていた気がする。思い出せないけど夢の中には栞が出てきて、泣いていた。俺のせいで。枕がぬれていた。どうやら俺も泣いていたみたいだ。てめえのせいで栞が泣いたんだぞ。俺が泣く権利なんてねえだろうが……クソが。
栞に会いたい。そして謝りたい。許して貰えるなんて思わないけど、それでも謝りたい。
栞は今、どうしているだろうか。
とりあえず俺は外に出る事にした。いつまでも初期装備のままでは居られないし、もっているアイテムで何か防具を作ろう。金は掛かるだろうがまあ大丈夫だろう。それからここの攻略エリアに行って自分の強さを確かめる。
それから、栞を探しに行こう。
俺は防具と『血染め桜』を装備し、自室の扉を開けて外に出た。