135 『女子会+1と、幸せな日常』
最終話です。
アカツキが森へ落ちている間の、他の冒険者達の物語、Before Dawn もよろしくお願いします。
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俺、矢代暁が現在住んでいる場所はそんなに広くない。ゲーム会社に就職した事で、元から住んでいた家から出て、俺は部屋を借りて一人暮らしをしているからだ。
だというのに、今日俺の部屋には自分も含めて五人も集まっている。一つの机を囲み、クッションの上に腰掛け、全員で持ち合った料理をつまみあっている。
「ぬぐぐ。やっぱり栞さん、料理お上手ですね」
「いえいえ。リンさんの方が凝っててお上手ですよ」
「私、料理はすっからかんな物で、ジュースしか持ってこれませんでした(焦)」
「私は揚げ物しか出来ないです」
にこやかなのだが、どこか火花が散っていそうな雰囲気を出している四人。
クリーム色の上着と白いシャツ、ジーパンを身に付けた、長い黒髪を黒色の紐で括ってポニーテールにしている俺の妹の栞。
ゆったりとした白いワンピースという格好で、プリッツェルの様な髪留めを付けているリン。
上下とも黒系の服をぴっちりと着こなした、ゲームの中とは別人としか思えないクールビューティーのらーさん。
水色のシャツの上に暗めの青色のパーカーを羽織り、下にカーキパンツを履いている、栞と同じように青色の紐で髪を括ってポニーテールにしている七海。
リンと栞に挟まれて、この中に混ざっているわたくし矢代暁の場違い感が半端ない。四人のガールズトークに付いて行けず、時折話を振られても曖昧に返事を返す事しか出来ない。
いや、知らないよ好きな服の種類とか。
「兄さんはどちらかと言うと、派手目の服よりも落ち着いた感じがする方が好きなんじゃないですか? ちょうど今の私みたいな感じで」
「え? あ、いや、まあ」
「そうだねぇ。アカツキ君はあんまり派手なの好きじゃないよね。落ち着いた感じというよりは、どちらかと言うと清楚な感じの服が好きなんじゃない? 今の私みたいな感じの」
「お、おおう」
「ブレオンの中で、アカツキ君がちらちら見ていた服装はどちらかと言うと、クールな感じだったと思います(確信)。私の服も、偶然クールな感じですが(常闇微笑)」
「と……とこやみ」
「アカツキさんの好みはちょっと分かんないですが、こんな感じの服はどうですか?」
「あー。うん、似合ってるよ。パーカーとかパンツの組み合わせとか、結構好きだな」
こんな感じで話を振られるため、落ち着いて料理を食べる事も出来ない。
七海の服に対する感想を口にすると、他の三人は面白く無さそうな顔をして拗ねたような視線を向けてくる。今まで全く女っ気が無かった俺に対してちょっと皆さん反応とかを求め過ぎじゃないでしょうか。
「三人共似合ってるよ。栞の服は何か見てて落ち着くし、リンのは確かに清楚って感じで良いと思う。その髪飾り美味しそうだし。らーさんは格好良いよ」
「やはり私は兄さんにとってのオアシス……!」
「美味しそう! 私美味しそうだって! きゃー!」
「惚れてもいいですよ(キリッ)」
「……はぁ」
何故、俺がこんな風に女性陣に囲まれなければならないのか。
今、俺は数日だけ休暇が取れている。普段が死ぬほど忙しいだけに、久しぶりにゆっくり休めると喜んだのだが……。俺が休みだと知ったリンが俺の家に遊びに来ようとして、それにつられて栞も来ることになり、それに七海が便乗し、そこへ誰も気付かぬ内にらーさんが忍び込んでいた。
あっと言う間に、俺の借りている部屋で『女子会+1』を開くことになり、今この状況に陥るという訳だった。
俺が服を褒めると全員がニヤリと笑い、すぐにお互いに火花を散らし始める。この雰囲気に俺は頭を掻いてどうしたもんかと頭を悩ませ、
「それにしても、らーさんって現実とゲームの中で本当にキャラが違いすぎるよな。語尾とかはゲームと一緒だけどさ」
とらーさんに話を振ってみた。前から気になっていたから、話を聞くいい機会だと思ったからだ。
「あー……そうですね」
らーさんは少し遠い目をして、しばらく口を閉じた。
何か不味いことを聞いてしまっただろうか。
「私は感情表現が上手く出来ない人間です。人と向かい合っていると、笑ったり怒ったり悲しんだり、という事が出来なくて。でも、ゲームの中では何故かそれができたんです。自分も相手も生身じゃなくて、データだったから大丈夫だったのでしょうか。ゲームの中では喜んだり悲しんだり、感情表現をする事が出来ました。と言っても、それは表面上だけで、内心では感情が希薄でしたが……。でも、ある出来事でちゃんと本心から感情表現が出来るようになったんです。今みたいに。ですがやはり今まで感情が希薄だったせいで、中々上手く行かなかくて。そこで、私は語尾に何かしらを付けることで、感情を表わす助けになるのではないかと思いました。……それが今の私の喋り方です」
滔々と、らーさんは自分の喋り方について語ってくれた。想像していたよりも重い内容で、俺は軽々しく聞いてしまったことを反省した。らーさんは「気にしないでください。気にしてませんよ(笑)」と、硬い表情ながらも笑い掛けてくれた。
「でも……変じゃないですか? この喋り方」
「別に変じゃないよ。俺は全然気にしてない。他の皆もそうだろ?」
不安そうにそう聞いてきたらーさんに、俺達は揃って大丈夫だと答えた。らーさんは「ありがとう」と言ってニッコリと笑った。
クールな感じのらーさんも格好良いけど、やっぱり笑ってた方がこいつには似合ってるな。
それから、俺達は夜遅くまで話続けた。
夜が深くなってきて、皆眠気などで逆にテンションが高くなってきて、ちょっとやばい事とかを言ってくるようになった。
「リンさんとアカツキ君はどこまでヤったんですか? 私は気になって吐きそうです(吐)」
「それは食い過ぎだからだろ……」
「えへへ、私とアカツキ君はねぇ、」
「何もしてないですよ。兄さんもリンちゃんも何もしてません絶対に何も断じて何も」
「し……しおり」
「それは良かったです(吐)。所でトイレはどこにありまおろろろろ」
「らーさぁあああああん!?」
「えー何で何もしてないとか言うわけ? 内緒でしてるかもよ?」
「そんな訳は絶対にありませんので。私には分かります。何故なら、兄妹だから! ブラザー&シスター!」
「栞……お酒呑んでないのに酔っ払ってるみたい」
段々と収集がつかなくなってきたので、俺はらーさんに胃薬を飲ませて布団がひいてある寝室に運び、そこで寝かせた。暴走し始めたリンと栞も、七海にらーさんの方へ連れて行ってもらう。その間に俺はお客用の布団を取り出し、七海達の分も渡した。
「今日は泊まってっていいよ。明日休みだろ?」
「そう……ですね。分かりました」
「栞達を頼むよ」
「……はい」
「じゃあ、おやすみな」
「おやすみなさい」
電気を消し、七海に後は放り投げた。
俺は机や料理を片付け、お客様用の布団を敷いてそこで眠る事にした。あいつらが遊びに来た時点でこうなるだろうな、とは予想していたから、布団とか準備しておいて良かった。
ゴロンと布団に寝転がり、大きく欠伸をする。今日は疲れた。
目を瞑るとすぐに眠気が襲ってきて、俺の意識は闇へ落ちていった。
――――
ゴソゴソという音で目が覚めた。
電気を消しているせいで、周りがよく見えない。隣に誰かいる様な気配がする。
ぼーっとしながら横を向くと、らーさんが居た。
「どぅえっ」
変な声が口から漏れそうになり、慌てて口を抑えた。叫んだりなんかしたら、栞達を起こしてしまう。
「な、なんでいるんだ」
「……ふぇ?」
隣に入り込んできていたらーさんは、呆けた様な声を出して俺を見てくる。しばらく向かい合っていると、
「どぅ」
叫び声を上げそうになったので、口を抑えて黙らせた。
らーさんは口を抑えられてしばらくモゴモゴしていたが、現状が理解できたのかやがて落ち着いてきた。
「なんで……いるんだ?」
「……トイレに行って、部屋に帰ったら何故かアカツキ君がここにいたんです」
「何故かも何も、お前が俺の布団に入ってきたんだよ」
「驚愕の事実(驚)」
「…………ほら、早く部屋に戻れよ」
そう言うと、らーさんが目を細めた。そして小さく喉を鳴らす。静かな部屋の中で、至近距離で向かい合っているため、喉の音がよく聞こえて、少しドキッとした。
「あ……アカツキ君が……良ければ」
「…………」
「私は……」
「ら、らーさん?」
「何でもないです」
らーさんは勢い良く布団から起き上がった。そしてしばらく迷うように手をフラフラとさせた後、俺の頭にポンと手をおいた。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
そう言って、自分の部屋に帰っていった。
「…………」
寝よう。
――――
再度眠りについてから、どれくらいの時間が経っただろう。
不意に誰かの気配を感じて、俺は目が覚めた。
……。
横を見ると、膝立ちで七海が俺の顔を無表情でがん見していた。
「あいふっ」
叫ぼうとした瞬間、七海に口を抑えられた。さっきのらーさんと同じ状況だ。
「お前、何してんだよ……」
そんな幽霊みたいにジッと見てたら、びっくりするに決まってるだろ……。
七海は「何となく来てみた」とだけ言って、再び黙って俺をがん見してくる。お互いに無言で見つめ合う異様な時間がしばらく過ぎ、
「いや、帰れよ……」
と俺は静かに突っ込んだ。
七海は小さく息を吐くと、俺の頬に手を添えてきた。
「アカツキさん」
「な……なんだ」
「………………何でもない」
結局、七海は何も言わなかった。
俺の頬から手を放すと、
「また」
とだけ言い残して、部屋に戻っていった。
…………。
「寝よう」
――
寝れなかった。
二度も起こされたせいで眠気がどこかに言ってしまった。目が冴えて、部屋の中の暗闇にも慣れてきた。
だから、そーっと扉を開けてこの部屋に入ってきて布団に潜り込んできた栞と、別の扉からそーっとやってきて反対側の布団に入り込んできたリンの姿がよく見える。
栞は俺の体にピッタリと自分の体をくっつけ、それから左足を自分の両足でギュッと挟んできた。シャンプーのいい匂いがする。落ち着く匂いだ。
リンは俺の胸に自分の手を乗せ、栞と同じように体をピッタリとくっつけてきた。それから顔を胸にスリスリと擦りつけてくる。栞とは違う、ふんわりとした花の様な匂いだ。ドキドキする。
両サイドから足を絡まれたり、顔をスリスリされたりして、何というか、アレな感じになってしまう。アレって言ったらアレだ。うん。
足を絡めてきていた栞はピクッと体を震わせて動きを止めた後、より強く足を絡めてきた。俺のお腹に手を回し、俺の左側の髪に顔を埋めてくる。栞の呼吸が直に伝わってくる。お腹を指でゆっくりとなぞりながら、耳元で小さく「えっち」とだけ呟いてきて、俺は寝ている振りをするのに全力を注いだ。
反対側のリンは「ん……」と小さく声を漏らした後、俺の胸をツンツンと何度もつついてきて、スリスリしながら俺の顔を見てくる。俺が起きているかどうか、確かめようとしているのだろうか。寝た振りを続けていると、リンは小さく鼻を鳴らし、耳元に口を近づけてきた。
そして「はむ」と耳たぶを甘噛してきて死にそうになった。身じろぎ一つしなかった俺は正直神がかっていた。動かない俺に対してリンは甘噛をやめると「へたれ」とだけ呟いた。
そんな感じで寝た振りを続けなければならない、地獄のような時間が続いた。
二人の動きがアレな感じでやばい感じになりそうなると、俺は頑張って身動ぎしてそれを防いだ。
二人共それからしばらくの間は俺の体を突いたり、もぞもぞと動いていたが、二時間も過ぎた頃には二人共眠りに付いてくれた。
「……こんなん死ぬわ」
俺はそれだけ呟いて、ようやく三度目の眠りに着くことが出来た。
――――
何かの焼けるいい匂いで目が覚めた。
目を開けると、俺以外のメンツは全員起きており、昨日しまった食卓を再び出してその周りに座っていた。栞はキッチンで料理をしているようだ。
俺が起きたのに気づくと、全員が「おはよう」と言ってくる。しかし、全員ともどことなくソワソワとしており、俺と目を合わせてくれない。
特にリンと栞は流し目で俺を見ながら、どことなく拗ねたような表情をしている。俺は意図的にそれを無視して、食卓の前に座った。
「じゃあ、今度アカツキ君が休みになった時は、みんなで海とかに合宿にいこっか」
「いいですね。兄さん、次の休みはいつ頃ですか?」
「私も予定を合わせないといけませんね(笑)」
「楽しみです」
朝食を食べながらそんな事を言ってくる四人に、俺は「勘弁してくれ」とだけ言ったが、誰も聞く耳を持ってくれなかった。
こんな感じで、俺の休日は終わっていく。
また仕事の日々に戻らなければならない。
だけど、仕事も休日も以前と比べれば別物の様に充実している。
俺はリンと付き合っている。
だが、栞に対しても、リンに対しても、ハッキリとした言葉を投げかける事が出来ない。それが歪んでいると分かっていても。
今は、今だけは。
もう少しの間、この幸せな日常を享受させて欲しい。
俺達の日常は、これからだ。
長い間、ブレオンを応援していただき、ありがとうございました。
ここまで続ける事が出来たのは、応援してくださった読者様のお陰です。本当にありがとうございました。
ひとまず本編はこれで終わりにしますが、特別な行事とか、「誰と誰がイチャイチャしている話が読みたい」といったリクエストがあったら、もしかしたら更新するかも知れません。
これからは新作、『嫌われ剣士の異世界転生記』の執筆をしていきたいと思います。どうか、嫌われ剣士もよろしくお願いします。
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