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『レンアイ』

 《ワームフォレスト》

 虫系のモンスターが大量にポップするこのエリアに近づきたがるプレイヤーは少ない。その為、PKをするプレイヤーにとってはとても行動しやすい環境と言えるだろう。


「いいいぃぃぃい」


 両手両足を斬り落とされて、だるま状態になった女が喧しく絶叫している。金髪碧眼の美少女だったが、涙を零し、鼻水とよだれで顔をベタベタにして、芋虫の様に転げまわる様子は滑稽としか表現が出来なかった。

 そんな彼女を下卑た笑みを浮かべながら見下ろしている男がいる。

 男は確か、虚空という名前だった。

 彼は転がっている女の腹を何度も蹴りつける。柔らかい腹につま先がめり込み、女は苦しそうに息を吐く。

 かれこれ二十分近く、虚空は女性をいたぶって楽しんでいる。

 彼の周りには十人近くの仲間がいる。殆どは虚空が彼女をいたぶる姿を見て楽しんでいるが、その中に一人、不快そうな表情を浮かべている男がいた。

 その男は切り株に腰掛け、冷めた表情で空を見上げている。

 薄っすらと髭を生やした、うねった長い黒髪が特徴の男だった。

 名前はけだまくと言う。


「おい、いい加減に遊ぶのは終わりにしやがれ。おめぇが良さそうな獲物を見つけたって言うから来てやったんだぜぇ?」

「ああ、悪い悪い。もう少しで終わらせるよ」


 虚空は長い前髪をかき上げながら、にこやかにそう言う。しかし表情とは裏腹に、虚空は倒れている女へ一際強く蹴りを入れる。

 ――どうせ、もっと長い間遊んでいたいだけだろうよ。

 けだまくは虚空の内面を見抜き、小さく鼻を鳴らす。


「やめてぇえええ! 殺さないでぇ! ぃああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 虚空が槍を女に突き刺した。甲高い声で命乞いする彼女の様子に、虚空はうっとりとした笑みを浮かべる。周りの連中も皆同じような表情を浮かべ、消滅していく彼女をニヤついたまま見ていた。


 《目目目ブラッディアイ》。

 無差別にプレイヤーを襲撃し、PKする殺人者の集団。PKギルドと呼ばれる組織だ。《屍喰らい(グール)》と並び、二大PKギルドと呼ばれて恐れられている。

 虚空やけだまくは、そんな《目目目》のギルドメンバーだ。

 

「明日、一緒にこの森に来ることになっている。夕食を食べる時に、強力な麻痺毒を仕組んでおくさ」


 虚空は《目目目》のメンバーでありながら、トップギルドの《不滅龍ウロボロス》の一員でもある。それなりに名の通っている虚空の立場を使えば、騙されたプレイヤーがホイホイ付いてくる。そこをいたぶって殺し、アイテムを奪うのが最近の虚空の任務だ。


「変わった奴でさぁ、太刀を使ってるんだよ。その癖結構強いのがムカつくよ。決闘で僕をある程度の所まで追い詰めやがったんだ。早くあいつの顔を苦痛で歪めてやりたいよ。そう言えば、あいつの仲間に中学生ぐらいの餓鬼二人が居てさぁ。ダルマにしてやったらどんな声で鳴くのかなあ。ククク」

「悪趣味な野郎だ」

「けだまくの旦那だって、いたぶるの好きだろう?」

「くひひ、てめえのはなんつーか品がねえんだよ」

「殺しに品も何もないと思うけど」

「まあいい。明日を楽しみにしてるぜ。くひひ、見ろよ。この片手剣にはなあ、麻痺毒の効果があるんだぜぇ」




「つまらない連中と行動してるもんだね」


 虚空達が去った後、一人切り株に座っているけだまくの背後から、中性的な声が聞こえてきた。けだまくは後ろを振り向かず、片手剣を手の中で弄んでいる。


「退屈凌ぎにはなるだろうぜ。あのノロマの解析が終わらねーと俺達にはどうする事も出来ねぇんだからな」

「君も言ってたけど、彼らには品がないよ。ただ一方的に殺すだけだ」

「てめえみたいに『殺されたい』なんて願望はあいつらにはねぇからなぁ」


 全くもって笑えるぜ、とけだまくは愉快そうにして笑った。

 全くもって退屈だよ、とカタナは不愉快そうにして笑わなかった。


――


「全くもって、茶番だ」


 樹の天辺から下で繰り広げられている騒ぎを眺めながら、カタナは退屈そうに呟いた。

 樹の下ではけだまくが、太刀を使っている男の仲間であった少年を突き殺している所だった。

 昨日話していた通りに、虚空が食べ物に麻痺毒を忍び込ませておいたのだろう。

 全くもって、ツマラナイ。

 そんな一方的な殺害になんの意味があるというのか。

 彼らのやっている事は、ただ何も出来ない相手を安全にいたぶるだけの、何のスリルもないくだらない行為だ。時間の無駄としか表現のしようがない。

 カタナは欠伸混じりに 侮蔑を込めた視線で虚空を見つめている。

 どうせこの後も退屈で退屈で退屈で退屈な、一方的な嬲りが続くのだろう。暇を潰せると思って見に来たが、やはりこんな茶番では暇も潰せない。

 そう思い、アイテムで森から転移しようとした時だった。


 麻痺毒で麻痺状態になる筈だった、太刀使いの男が何事もないかのように行動しているのが目に入った。

 どういう事だ、とカタナはその男に興味を向けた。

 男に向かって虚空やけだまく達が攻撃するが、男は仲間の少女を抱えて跳び上がった。稀少スキルだろうか。宙を蹴り、空へ空へと高度を上げていき、けだまく達の包囲網から抜けだした。


「へぇ……」


 興味をもったカタナは、飛んで行く彼を静かに追う。

 面白い物が見れそうな予感がした。

 

「とっとと行け!」


 麻痺していた少女に麻痺消しを飲ませ、それから自分の回復薬を分け与えた。それから彼女の背中を押し、逃げるように促した。少女は男に背を向け、走りだす。

 男は小さく何かを呟くと、けだまく達の方へ戻っていく。


「格好いいね」


 カタナはその男の姿を見て小さく笑う。虚空達よりもよっぽど見所がある。もっと僕を楽しませてくれ。

 

「お」


 男に背を向けて走って行った筈の少女が、引き返してきた。男を見捨てられなかったのだろう。

 ドラマチックだねぇ、とカタナは笑う。


 戻ってきた男が、虚空達に突っ込んでいく。

 凄まじい敏捷性を見せ付けながら、男は複数人と対等に戦いを繰り広げる。激しく動きまわるその姿は、構えも何も無く、まるで暴れ狂う獣の様だ。

 しかし、やはり複数と戦うのは無理があったのか、男は徐々に追い詰められていく。頑張ってよね、と密かに男を応援するカタナ。

 そしてやがて、男に向けて死角からの一撃が放たれた。ここまでかな、とつまらなさそうにするカタナは、次の光景を見て目を見開く。

 さっきの少女が、男を庇って攻撃を受けたのだ。

 大きなダメージを喰らい、倒れる少女。

 男は呆然とした表情を浮かべ、彼女を抱きとめる。

 どろり、と男から尋常ではない殺意が溢れ出る。それは離れているカタナにも十分に伝わってくる物だった。


「あはっ。さいっこうにドラマチックだよ。濡れちゃいそうだ」


 少女を森の茂みに置くと、男が何故か自分を自傷した。HPが赤色に染まる。次の瞬間、彼の身体を赤い何かが蛇の様に這い始めた。何かのスキルだろうか。

 そこからの男は圧倒的だった。赤い獣が縦横無尽に走り回り、男達を蹴散らしていく。勝てない事を悟ったのか、けだまくはいち早くその場所から離脱した。懸命な判断だ。今のあの男を止める事は、僕にだって出来ないだろう。

 やがて男は虚空と正面からスキルをぶつけ合った。黒く濁った銀が森の中を激しく照らす。虚空は惨めに地面を這いつくばり、やがて殺された。

 カタナはうっとりとした表情を浮かべてその様子を見ている。

 やがて、暴れまわっていた男は回復した少女に羽交い締めにされ、動きを止められる。少女に何かを言われ、冷静さを取り戻す男。


 まるで、漫画や小説を現実で見ているようだった。

 そこにはカタナが胸を躍らせる、物語が存在していた。


――


 その後、カタナとけだまくは合流した。

 不機嫌そうにするけだまくに、ニヤニヤとしながらカタナが話しかける。


「戦っている様子を見させて貰ったけど、良い物が見られたよ」

「良い物なもんかよ。あのクソ餓鬼のせいでギルメンがかなり減っちまったぞォ!」

「ヘタしたら君が殺されてたもんね」


 うるせえ、と怒鳴るけだまくを無視して、カタナは恍惚の表情を浮かべながら大きく両手を広げる。



「僕が望んでいたのはあれだよ。ストーリー性のある、ドラマチックな殺し合い。殺し殺され斬って斬られて、そんな殺し合いだ。血沸き肉踊る素敵な殺し合い。現実世界じゃ殆どお目にかかれない、そんな殺し合いだ。

 彼の名前、アカツキって言うんだね。いい名前だ。本名はどんな名前なんだろうね。遠目にしか見れなかったから、今度もっと近くでアカツキ君の顔を見たいよ。あは、一目惚れしちゃった。僕も彼の持っていた太刀を使うことにしたよ。好きな人とお揃いの武器を使いたいからね。どのタイミングで彼に会おうかな。うーん、そうだ、《イベント》にしよう。彼も《イベント》に参加要請を出していたからね。そこで彼に挨拶をしに行こう。ああ楽しみだな。あはっ、恋愛ってこういう物なのかな? え? そんなんは恋愛じゃないって? どうだろうね? 愛の形は人それぞれって言うじゃない? だからきっと僕のこれも愛で、恋愛なんだよ。きっとそうに違いない。

 あぁ、まずは彼とお友達になって一緒に行動しよう。何かするにしても友達になって、相手の事をよく知ってからの方がいいからね。

 あは。

 彼についてもっと知りたいなあ。

 全く、最高に楽しいよ。

 友達になって、色々彼の事を知ってそれから――――」


 滔々と語るカタナに、けだまくは「狂ってやがる」と舌打ちする。

 その表情は、恋をする乙女にも見え、頭のネジが吹っ飛んだ狂人にも見え、そして泣き出しそうな少女のようにも見えた。


 それから――――――



「ボクを殺して欲しいっ!」








 

 

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