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短めです
アカツキ達二人と外の世界を隔絶する透明な壁。
その外にいたプレイヤー達は一人で戦うアカツキを助けようと、壁にスキルを叩き込む。しかし壁は破壊不可能として設定されている。高威力のスキルが何回も壁に叩き付けられ、弾き返されている。
栞は早期に壁に攻撃するのを止め、壁の中で戦うアカツキの姿を不安そうに見つめていた。その隣でドルーアや七海、らーさんや海賊王などといったアカツキを知るプレイヤーが同じようにして戦いを見守っている。
「!!」
壁の中でアカツキが猛烈な速度で戦人針に攻撃を叩き込んでいく。目に見える速度で削られていく戦人針のHPを、プレイヤー達は拳を握って睨んでいる。
戦人針の表情から余裕が無くなっていく様を見て、皆がアカツキが優勢だと判断する中で、栞は嫌な予感を覚えていた。その原因は背後に控え、戦闘に参加していないポニーテールの女だ。彼女はひたすら目の前の空間に指を動かしている。タブを開いて何かをやっているのだろう。その『何か』に栞は不安を感じずにはいられない。
『―――――――!!』
壁の中で、アカツキが絶叫した。黒銀の《オーバーレイスラッシュ》を発動し、アカツキが戦人針に畳み込む。
プレイヤー達が歓声を上げ、アカツキの名前を叫ぶ。
アカツキの《オーバーレイスラッシュ》に戦人針は対応し切れていなかった。黒銀の光を叩き付けられて体勢を崩し、徐々に後退していく。
そして最後に一撃が叩き込まれ、戦人針が吹き飛ばされた。壁にもたれ掛かり、苦しそうに顔を歪める戦人針にアカツキが近づいて行く。戦人針のHPはもう殆ど残っていない。アカツキの勝利はもう目前だった。
「なっ!?」
アカツキが止めを刺す直前、ポニーテールの女が動いた。突如としてアカツキの背後から青い鎖が縛り付いた。鎖によってアカツキの動きが封じられる。
戦人針が立ち上がり、何かを言いながら口元に笑みを浮かべている。
アカツキは鎖から解放されようと身体を激しく動かすが、鎖は微動だにしなかった。
戦人針が剣先をアカツキに向ける。その剣先に集まっていく赤い光は、ここに来るまでに戦った運営の人間が使っていた即死攻撃のモーションだ。
「に……兄さんッ!!」
栞が悲鳴を上げるように叫び、壁にバスタードソードを叩き付けた。「兄さん、兄さん」と何度も叫びながら、狂ったように壁を斬り付ける。
しかし壁は壊れない。
彼女に続いて何人ものプレイヤーが壁に攻撃を入れるが、壁は全く壊れる気配を見せなかった。
そして――――――。
――――――――――――――――――
戦人針がアカツキに追い詰められていくのを見ながら、朝倉は必死に指を動かす。
朝倉は、戦人針が狂っている事なんて最初から分かっていた。この研究が完成すれば良いと思っていたからだ。歴史的な発明をする人間には変人、狂人が多い。思想はとにかく、戦人針が計画を進めてくれればどうでもいいと思った。
戦人針の知り合いである、浦部とは研究以前からの知り合いだ。彼が先輩で、自分が後輩という関係だった。鬱陶しい奴だと思っていた。うざったいし、面倒な性格をしている。そのくせ優秀で、後輩に対する気配りが出来るのが余計にムカつく。
浦部の事を鬱陶しいと思っていた。
だが、浦部が戦人針に刺された時、言葉に出来ない感情が湧いたのを、朝倉は自覚していた。
だけど。
そういう個人的な感情とか感傷とか、思い出とか思い入れとかを、もう気に出来る段階ではない。
もう自分は後に戻れない。
だから朝倉は指を動かした。
そして間に合った。
プレイヤー:アカツキを標的にし、行動を停止する『コード:バインド』を発動する。
青色の鎖が空間から生み出され、アカツキを背後から縛り付ける。
これでもう、アカツキは動けない。
そして戦人針がアカツキに剣先を向け《デスレイ》を発動する。
そして――――――。
――――――――――――――――――
速い。
アカツキの連続攻撃を受け、戦人針は殆ど対応が出来なかった。
左右上下両斜め、あらゆる方向から向かってくる刃。対処しようと身体を動かした時には既に攻撃が終わっており、もうアカツキは次の攻撃をしようと腕を動かしている。防ぎ様がない。
そして一撃一撃が重い。どうにかして攻撃を防いだとしても、その威力に腕が痺れて動きが鈍ってしまう。
――――なるほど。カタナ君が言っていた『彼』とはこの青年の事だったのか。
カタナの軽業師の如く、アクロバティックな動きこそしないものの、その速度はカタナのそれを越えていた。《アクセル》を使用しても恐らく完全に付いていくことは出来ないだろう。
そして攻撃力でもアカツキはカタナを上回っている。防御スキル無しではまともに防ぐ事が出来ない。
以前刃を交えた時よりもずっと強くなっている。
そして《オーバーレイスラッシュ》の最後に一撃を叩き付けられ、戦人針は吹き飛んだ。壁に背中から激突し、息を吐き出す。
点滅視界が回復した時、目の前にアカツキが目の前まで迫っていた。刃を突きつけられている。
詰みの状態だ。
戦人針の視線はアカツキには向けられていなかった。アカツキの背後にいる、朝倉。彼女はまっすぐこちらに視線を向けていた。
間に合ったか。
戦人針の口元がわずかに歪む。
アカツキは気付かない。
「!?」
そして唐突に現れた青色の鎖がアカツキを拘束する。アカツキが驚愕の表情を浮かべる。
「はは……間に合ったようだね。朝倉君」
流石の戦人針も、この時の笑みに余裕は無かった。
剣先をアカツキに向け、《デスレイ》を発動する。赤い光が剣先に集まっていく。
――私は負ける訳にはいかない。
――神になるには。
――絶対的な神になるには。
――負けてはならない。
「死に給え」
戦人針が勝利を確信する笑みを浮かべた。
そして――――――。
――――――――――――――――――
身体が動かない。
背後から何かが俺の身体に絡みついている。
まるで深海に沈められているかのように固定されている。
目の前では戦人針が剣先を俺に向け、即死のスキルを発動している。光が発射されるまで、もう幾ばくも無いだろう。
ちくしょう。
ここまでか。
スキル、称号、全てが使用できない。身体も動かせない。
もうどうしようもない。
諦め掛けた時だった。
ふと壁の外に視線を向けると、プレイヤー達が壁に武器を振るっていた。その戦闘で栞が俺の方を見て、何かを叫んでいる。今にも泣きそうな表情で。
その周りで、ドルーアや七海、らーさんや海賊王、グルアラ達も同じように何かを叫び剣を振っている。
「クソ」
こんなんじゃ諦められねえよ。
まだ終われない。
リンを救うために。
栞を助けるために。
仲間を助けるために。
まだ死ねない。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
絶叫。
狂ったように身体を動かす。脳内でスキルの発動を、称号の発動を命じる。叫び、全身に力を込める。
光が完全にされた。発射までもう時間がない。
それでも俺は最後まで足掻き続ける。
足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて――――!!!!
しかし、身体は全く動かなかった。
そして――――――。
――――――――――――――――――
――――そして。
彼らはその様子を上から見ていた。
「そろそろ行こうか」
電子の床の上に立っていた彼らは、その上から飛び降りた。
――――――――――――――――――
赤い光が放たれたのと、ほぼ同時だった。
俺らを包んでいた壁の上から、何かが落ちてきた。破壊不可能の筈の、透明の壁が激しい音を立てて砕け散り、その間から何かが入り込んできた。
「そうは行かないよぉぉぉぉぉぉっとォ!!」
聞き覚えのあるその声が背後から聞こえ、今まで俺を縛っていた何かが急に力を失った。身体の自由が帰ってくる。
「ッ!!」
寸前に前に迫った赤い光を《ステップ》で横に跳び、スレスレの所で回避する。すぐ横を閃光が走る。風が頬を撫でた。
距離感覚を見誤り、壁に激突してしまう。頭と背中を強かに打ち付ける。
「何故……君が」
戦人針の怒気を含んだ声が聞こえた。
「あは、報復って奴じゃないかな。もしくは勝負を邪魔する無粋な奴から勇者を解放するイベント、とか」
顔を上げ、その声の方向を向く。
そこに立っていたのは――――。
「……カタナ」
「あは、久しぶり、アカツキ君」
いつもの笑みを浮かべて、カタナは笑った。