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《Blade Online》  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
―World End―
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  戦人針聖門みかど

 特に変わったことの無い平凡な家に彼は生まれた。

 家族構成は父、母、妹。

 戦人針は努力しなくても大抵の事は出来るという、いわば『天才』と呼ばれる種類の人間では合ったものの、特に性格が歪むということは無く、善良な人間として育ってきた。


 そんな彼が歪む事になった最初のきっかけは、彼が中学生の頃、父が重い病気に掛かったことだった。父は入院し、何度も手術を受けた。

 夫が病気に掛かったことで精神が不安定になった母は、何かに縋りたかったのだろう、宗教という物に手を出しはじめた。

 毎日怪しげな会合に参加し、病気が治るという水やお札に高い金を払った。戦人針と妹も母に何度も会合に連れて行かれている。

 それが原因だったのだろうか、一時期、父の病状が良くなった。医者も父の回復に驚いているようだった。母は「神の奇跡」だと騒いでいた。


 しかし戦人針が高校生に上がった年、父はあっけなく死んだ。

 母は「祈りが足りなかった」とより一層宗教にのめり込んでいった。

 戦人針は母に何度も「そんな事をしても無意味だ」「神などいない」と何度も話した。しかし母はそれに耳を貸さなかった。

 食べていくのが苦しくなるほど宗教に金を注ぎ込み、母は殆ど家に帰ってこなくなった。その頃には戦人針は母の事は諦めていた。もう勝手にすればいいと思っていた。妹は必死に母を説得しようとしていたが、無意味だと戦人針には分かっていた。



 ある日、急に妹が部屋から出てこなかった。学校に遅れるぞ、と戦人針は妹の部屋に入った。

 そこでは天井にヒモを引っ掛け、首を吊っている妹の姿があった。

 宙吊りになってブラブラと揺れている妹の姿を、恐らく戦人針は一生忘れることが出来ないだろう。

 妹の机には遺書が置いてあった。

 そこには母が連れてきた男に『浄化』と言われて、犯されたという事が書かれていた。戦人針は母を頼むという事が書かれていた。

 妹が自殺する原因を作ったというのに、母は「浄化が足りなかった」という言葉を吐いただけだった。


 そして戦人針が高校三年生になった時だ。

 母がハマっていた宗教団体のトップ達が詐欺の容疑で警察に捕まった。結果、宗教団体は解散する事になる。縋るものを失った母は自殺した。妹と同じように、首を吊って。


 戦人針聖門は「神がいるか」と聞かれたら、「いない」と答えるだろう。

 神がいるのであれば、こんな救いの無い結末にする筈がないからだ。

 

 親戚からの援助を受けて、戦人針は大学に進学することは出来た。

 この時にはもう、戦人針聖門という人間は完全に歪みきっていた。



「神はいない。神などいない。神など存在しない。一部の人間が権力を握るため、私欲を貪る為に作り出した存在に過ぎない

「神はいないし、救いなどない

「くだらないくだらないくだらないくだらない

「何故、妹は、母は死ななくてはならなかった。何故、私は一人にならなければならなかった

「こんなのはおかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい

「本当に神がいたらこんな事にはならなかった。絶対的な神がいてくれれば、こんな事にはならなかった

「神が手を差し伸べてくれていれば、誰も死ななくて済んだ

「誰も不幸にならなくて済んだ

「神がいてくれれば

「だったら。神が、絶対的な神がいないのならば


「私が神になればいい」


 

 それから十数年後。

 戦人針は自分の世界を作り上げた。




―――――――――――――――――――――


 戦人針の身を包んでいた白衣が、一瞬発光したかと思うと、次の瞬間白い鎧に変わっていた。以前戦った時に着ていたあの鎧だ。

 それを合図にしたかのように、決闘開始へのカウントダウンが0になった。

  決闘が開始した瞬間、《ステップ》で前に跳び一瞬で戦人針との間合いを詰めた。身体を左に大きく捻り、両手で握った大太刀を振る。白銀に輝く分厚い刃が大太刀の攻撃を阻み火花が散った。


「!」


 刃を交えた状態のまま掬い上げる様にして力を入れ、戦人針を後方へ吹き飛ばす。力で打ち負けると思っていなかったのか、僅かに戦人針が表情を変えた。

 間髪入れず間合いを詰め、右斜めから大太刀を叩き付ける。再び大剣に阻まれるが、刃をぶつけた衝撃を利用して大太刀を一度頭の上に戻し、手首を捻って左斜めからもう一度大太刀を振った。

 戦人針が目を剥いて防御しようとするが遅い。大太刀が戦人針の鎧に包まれた肩に激突した。重い金属音が響き、戦人針のHPバーがグイッと減少する。

 グラリとよろめいた戦人針に向かって、怒涛の勢いで打ち込んでいく。あらゆる方向から、全速力で大太刀を振る。死んだリュウやリン、仲間の顔が頭を横切った。マグマのような憎悪が噴出し、爆発する。戦人針が途中から大剣で防ごうとするが、それを超える速度で攻撃がヒットしていく。


「らぁああああああああああああああああああああッ!!!!」


 戦人針のHPがガリガリと削れていく。途中から戦人針はただ打たれるだけになっている。どれだけ大太刀を叩き込もうとも、胸の内に湧き上がる憎悪は少しも減らない。

 どれほど大太刀を振るったか分からなくなった頃、唐突に刃から伝わってくる手応えが変わった。同時にガラスが割れるかのような音が目の前から聞こえてきた。


「チッ」


 刃を振るうのを止め、前方へ《ステップ》で跳ぶ。戦人針の残像を突き破って、背後から現れた戦人針から距離を取った。

 《残響》を使ったのだろう。だがそのスキルに関しては使っていたからよく知っている。戦ってきた何人かの対応を参考にすれば、相手が使ってきた時にどのように反応すればいいかは分かる。

 戦人針は全身に切り傷を負っており、荒い息を吐き出している。HPはもう六割以下だ。


「……話には聞いていたが、彼よりも速いとは」

「俺達は命を掛けてここまでやってきた。安全な場所でのうのうと過ごしてきたお前らなんて、相手にならないさ」


 俺の言葉に戦人針は浮かべていた表情を消した。


「この世界では私が神だ! だから君達は大人しく、私の思うように動いていればいい!」


 今まで浮かべていた中身の無い笑みとは違う、ハッキリとした怒りの感情。虚ろな瞳の中に尋常ではない物を感じる。


「てめぇは神なんかじゃねえ! ただの屑野郎だ!」


 身勝手な発言に怒鳴り返した。


「一体、何人の人間がお前らに苦しめられてきたと思ってるんだ! 神だと? ふざけるな! そんな自己中心的な理屈が通ると思ってんじゃねえぞ!!」

「自己中心的? は。はっはっはっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはははははははっはははははははははっははははははははははっははははははははははは!!」


 心底おかしそうに、狂ったように戦人針は笑う。


「この世界は私を『中心』にして回っている。自己中心的? 当たり前じゃあないか!」


 そう叫ぶと、戦人針が大剣を持ち上げた。先端に赤い光が集まっていく。見覚えがあるそのスキルを見て、慌てて回避しようと走りだす。

 血のように赤い閃光が剣先から発射され、先程まで俺がいた場所を通り、壁にぶつかって霧散した。


「私が神だァッ!!」


 閃光を目眩ましに使い、気付いた時には戦人針が目の前まで迫ってきていた。スキルの光を纏った白銀の刃が頭上から振り下ろされる。咄嗟に大太刀を構えて防御するが、衝撃を殺しきれず重いダメージを受ける。絶息し、バランスを崩してよろめく。HPが四割近く持って行かれた。 戦人針は倒れそうになる俺の胸ぐらを掴んで引き戻し、膝蹴りを腹に叩きこんできた。


「とっとと死んで権限を返したまッ」


 顔を近付けてきた所に、開いた手で拳を叩き込む。骨を殴る感触が伝わってきた。相手のHPは大して減少しなかったが、それでも隙を作ることが出来た。鎧に包まれた腹へ蹴りを入れる。叩き込むと言うよりは、押し出す要領の蹴りだ。後ろへ下がった戦人針に、ここぞとばかりに《オーバーレイスラッシュ》を叩き込んだ。


「しねええええええええええええぇぇ戦人針ィ!」


 黒銀の光を纏った刃が、先程のラッシュを超える勢いで叩き込まれる。手が吹き飛びそうな速度で、まるで俺の憎しみを表しているような黒銀が戦人針に叩きこまれていく。

 戦人針も何かの防御スキルを使用したのか、身体にスキルの光を纏っている。大剣で防御しているのも相まって、減少するHPの量は少ない。

 だがそんなことは知ったことじゃない。

 憎しみの篭った刃が黒銀の光を尾に引きながら、戦人針に殺到する。途切れること無く、重い金属音と火花が散る。周囲に目が眩むかのような黒銀の光が撒き散らされている。

 剣尖が戦人針に叩き付けられる度に、そのHPが目に見える程減少していく。いつの間にか俺は絶叫しており、戦人針は苦痛の表情を浮かべてうめき声を漏らしている。

 最後の十二撃目が、大剣の防御をすり抜けて白い鎧に包まれた左胸にヒットする。爆発したかのような凄まじい音が鳴り、戦人針が車に轢かれたかのような速度で後ろに吹き飛び、壁に激突する。

 

 呼吸を忘れていたせいで、息が苦しい。荒い息を吐き出して、何度も息を吸い込み、窒息に近い状態から何とか抜けだした。

 息を落ち着かせて戦人針の方を見ると、壁を支えにしてよろよろと立ち上がっていた。HPは真っ赤に染まっている。もう一撃攻撃を入れることが出来れば、奴を殺す事が出来るだろう。

 

 終わらせる。


 戦人針を殺す、最後の一撃を繰りだそうとして、何かが背後から俺の身体に巻きついた。同時に身体が硬直し、指一本動かす事が出来なくなる。


「はは……間に合ったようだね。朝倉君」


 戦人針が俺の背後を見て唇を歪めた。後ろを振り向くことが出来ないが、後ろにさっき見たポニーテールの女がいるのだろう。

 やられた。

 だが、権限は封じられているはずじゃ。


「はっはっは。そんな恨みがましい目をするなよ。君は私が正々堂々決闘をするとでも思ったのかね? 正面から戦って勝てるのならそうしただろうが、残念だが私では君に勝てそうに無いのでね。何とか時間稼ぎをして朝倉君に権限を回復してもらっていたのだよ。彼女は優秀なんでね。時間を掛ければ、ある程度のロックは外せるのだよ」


 さて、と戦人針は言葉を切ると、勝利を確信した笑みを浮かべた。


「死に給え」


 大剣を持ち上げる。剣先に赤い光が集まっていく。

 剣先が俺に向けられる。

 




 ちくしょう。




 

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