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《Blade Online》  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
―World End―
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 戦人針。

 前に見た時とは違って白衣を身に着けているものの、顔を見ればすぐに分かった。

 前髪が少し垂れたオールバック。薄っすらと生えている顎髭。

 どことなく虚ろな瞳と、空々しさを感じる形だけの笑み。

 以前、レベル上げの為に行った『モグラ叩き』の時に見た薄気味悪い男その物だ。

 戦人針の後方には同じように白衣を着たポニーテールの女性が控えていた。俺達の方を見ながら、空中で忙しなく指を動かしている。戦人針の仲間か。


 辿り着いたプレイヤー達は戦人針の言葉を聞き、表情を険しくして身構えている。それでも突撃していかないのは、運営の人間である戦人針を警戒しているのか、それとも彼が醸し出している『得体の知れなさ』に気圧されているのか。

 

「テメェが戦人針か?」


 プレイヤー達の中から、グルアラが一歩前に出る。武器を手に最大限戦人針を警戒しながら、獣の様な鋭い目付きを浮かべている。

 

「その通りだとも。私が戦人針だ」


 戦人針はグルアラの視線を受けても何ら表情を変えず、視線を横に動かしてプレイヤー全体の様子を見ていく。そこで一瞬俺と視線が合い、戦人針は「おや」という表情を浮かべる。戦人針は含むような笑みを浮かべた後、再び視線をグルアラに向ける。

 

「君達は今日、何の為にここに来たのかな?」

「あぁ?」


 戦人針の唐突な質問に、プレイヤー達がざわめく。そこで栞が皆を静まらせ、グルアラの隣まで出てきた。


「私達はこの世界から元の世界に戻るためにここにやってきました」

「ふむ。この世界から出る、ね。そんな必要があるのかね?」

「……何を言っているんですか?」


 戦人針の言葉に栞が目を細める。


「君達は『脱出』を目標に今日、ここまでやってきたね。幾つものモンスターを倒し、多くのエリアを突破してきた。確かに辛かっただろう、大変だっただろう。だが君達は戦いながら、こうも思った筈だ。『楽しい』と。代わり映えしない退屈な現実よりも、この世界は刺激に満ち溢れている。君達が今していることは、そのスリリングで退屈しない世界を捨てているという事に他ならない。どうだろう、今からでも間に合う。ここで君達が剣を下ろすというのなら、今日の事は水に流そう。そして昨日までの生活に戻る事を許そう。街を襲撃しているモンスターも取り下げよう。それから、今までエリアは30しか無いと言っていたが、明日からまた新しいエリアを公開しようじゃないか。新しいモンスターやアイテム、クエストが沢山あるぞ。また楽しい生活に戻ろうじゃないか!」


 戦人針は言葉をつっかえること無く、流れるように語る。その淀みない演説を聞いたプレイヤー達は一瞬信じられないというように黙り、次の瞬間烈火の如く叫びだした。


「ふざけんじゃねぇぞ!」「何が楽しい生活だ! 勝手な事言ってんじゃねえ!」「この屑野郎が! 死にやがれ!」


 その罵声をバックに、栞が無言で戦人針に斬り掛かった。戦人針は「うおぉ」とおどけたように叫び、《ステップ》で後ろに飛び退く。そこへ栞が追撃しようとし、他のプレイヤーも続こうとする。


「では質問を変えよう」


 戦人針がそう言いながら指を立てた。プレイヤー達は戦人針の動きに警戒し、動きを止める。


「今日君達が私の目の前までやって来れたのは、我々の中に裏切り者がいたからだ。その裏切り者は私達の隙を見て、君達と話をしたそうじゃないか。その裏切り者は浦部という男でね、私の友人なんだよ。だから彼が自分を疑う君達の背中を押す為に、こう言ったんじゃないのかね? 『この世界で死んだプレイヤーはまだ生きている』と」

「それが、なんだって言うんですか?」

「はっはっは、やはり言っていたか。いや、なに。ここで一つ君達に残念なお知らせがあってね」

「…………」

「死んだプレイヤーが生きているって?」


 立てた指を俺達に向けたまま、戦人針は滔々と語る。


「いやいや、もう死んでるから」


 戦人針のその言葉に、再びプレイヤー達に動揺が走る。助けられると思っていた仲間は、もう死んでいる。

 

「相手にしないで下さい! これはこの男が私達を動揺させる為に言っているだけです!」


 栞やグルアラ達がそう叫ぶ。

 俺もこれは戦人針の罠だと思う。

 だけど、そう分かっていても、リンを助けられないと考えた途端に、足がガクガクと震える。息が荒くなる。


「ああ、ついでに言うと、君達を導いた裏切り者、浦部はさっき私が殺したから」


 戦人針から告げられる言葉に、更にプレイヤー達は混乱する。

 何人かのプレイヤーが「嘘だ!」と叫ぶが、戦人針はそれを聞いて笑みを深める。

 それからチラリと視線を俺に向けた。


「おいおい、本当の事だってば。まあ一部は実験の為に残してあるけれど、大体は今頃死んじゃってるからね。残念だねえ、悲しいねえ、ショックだねえ。はっはっは、だけどこれが現実なんだよ!! なぁ、おい! そこにいるのはアカツキ君だよなぁ! 久しぶりじゃあないか! そう言えば君の友達にリンだかランだか知らないが、そんな名前の女の子がいたよなぁ! はっはっは! あの子どうなったっけ? あぁ! そうだそうだぁ、もう死んでたんだっけ! 残念だなぁ! 助けられなくて!」



 戦人針の言葉を聞いた瞬間、頭が沸騰したかのように真っ白になって、俺は絶叫しながら戦人針に突っ込んだ。俺と同じように何人ものプレイヤーが戦人針に向かっていく。その先頭を走る。

 誰かが俺の名前を叫んだような気がしたが、気にならなかった。

 ただ、ただただただただ目の前の男が憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて仕方がなかった。


 俺が戦人針の間合いに入り大太刀を振る。閃光の如き勢いで刃が戦人針の首に吸い込まれていく。殺った、そう確信する程の太刀筋だった。

 しかし刃が戦人針の首に触れた瞬間、まるで鋼鉄の壁を斬り付けたかのような激しい衝撃が手に伝わった。バシィッ、と大太刀が弾き返されて、俺は後方へ吹き飛ばされる。何が起きたか理解できぬまま、俺は空中で何とか体勢を立て直し着地する。地面の上を靴を擦りながらしばらく滑り、ようやく勢いを殺す。

 戦人針の方へ視線を戻すと、俺の視界に半透明のタブが浮かんでいる事に気が付いた。思わず声を漏らしてしまう。


「決闘、だと?」


 周囲を見れば、俺と戦人針の周りを半透明の壁が覆っていた。栞達他のプレイヤーはその壁に阻まれて俺達に近付くことが出来ない。武器で壁を叩いているが、破壊不能の文字が浮かび上がっている。


「そう、その通り。決闘だ、アカツキ君。君と私で一対一のデスマッチをしようじゃないか」

「ふざけるな! 俺は決闘を承認した覚えはないぞ!」

「残念ながら君の承認は必要ないのだよ。浦部の奴にロックされた権限の一部は既に解除してあるからね。この程度の事は出来るのだよ」


 壁の外から他のプレイヤー達の叫び声が聞こえる。武器を叩きつけている音も聞こえる。しかし、一度決闘が開始されてしまえば決闘が終了するまで彼らは俺達に干渉する事は出来ない。


「何故、俺がお前と決闘なんてしなければならないんだ」

「君を倒せば私達は君達を制圧出来るからだよ」

「俺より強いプレイヤーはこの場に何人もいるんだ。俺が倒された所であいらを制圧することなんか出来ない」

「ああ、違う違う。実力的な問題じゃないんだ。問題は君の所有している『管理人権限』だ」

「かんりにん……権限?」


 聞き覚えの無い単語に、思わず聞き返してしまう。

 戦人針は俺が管理人権限を持っていると言いたいのか?


「そう、管理人権限。君自身はその権限の存在に気付け無いし、使用することも出来ないがね」

「なんでそんな物を俺が持ってるんだ!」

「君達をここへ連れてきた浦部が君に自分の権限の一部をコピーして譲渡していたんだよ。ほら、君は確か一度、バグでどこかのエリアに落とされていただろう? あの時だよ」


 バグで落とされた――――。

 ゲームが開始されてからすぐに、俺は《ブラッディフォレスト》に落とされてた。

 あれはてっきり、バグのせいで偶然落とされたものだと思っていた。

 しかし、本当は俺に権限を譲渡する為に、浦部という男が意図出来にやった事だった?

 だが、何故俺に?


「君に譲渡した理由は恐らく、君の適応値が一番高かったからじゃないかな?」

「適応値……」

「プレイヤーアシストの恩恵をどれだけ得られるかの数値だ」


 仮想現実の世界ではプレイヤーの運動神経や反応速度を上げるために、プレイヤーアシスト機能が付いている。それは運動が苦手なプレイヤーの為の救済措置だとか、身体が不自由なプレイヤーがゲームを楽しむ為の物だとか、色々な理由があったはずだ。しかしそのアシストの影響にも個人差がある、らしい。プレイヤーアシストについてそこまで詳しくない為、その理由は分からない。

 

「じゃ、じゃあ、俺がこのゲーム内で一番プレイヤーアシストの恩恵を受けているって事か?」

「そうだ。《オーバーレイ》っていう系統のスキルがあっただろう? あれは浦部が遊び心で創ったスキル何だがね、適応値の高さに応じて威力が変わってくるのだよ。適応値が一番高いのは、確か黒で、次が銀だったかな。まあとにかく、浦部は適応値が一番高かった君に管理人権限を譲渡したんだよ」

「…………」


 《オーバーレイ》の威力はプレイヤーによって異なる。その威力はランダムに決められている、という話だったが、プレイヤーアシストの恩恵によって威力が決められていたのか。

 俺と同じ銀色の《オーバーレイ》を持つ栞も、適応値がかなり高いという事になる。


「まあ、それはどうでもいい。とにかく君の管理人権限を返してもらおう。それは君が持っていても意味が無い」

「……。ここで俺が死んだら、管理人権限は消えて、俺達プレイヤーはどうしようもなくなるってことか」

「そうだ。君の持っている権限のせいで私達の行動が制限されているからね。それさえ無くなれば君達を一瞬でここから転移させられるし、何なら皆殺しにも出来る」

「じゃあ、俺がお前を殺したら、どうなるんだ」


 その言葉に戦人針は少し黙り、それから口元に獰猛な笑みを浮かべて言った。


「さあね。出来るものなら、やってみたまえ」

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