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《Blade Online》  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
―World End―
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「最後のボス攻略会議だ」


 龍帝宮会議室。

 円卓を囲むのは一部を除く全ての攻略組プレイヤー、そして自分も戦いに参加したいと名乗りを上げた勇気あるプレイヤーだ。会議室の中にはかなりの大人数が集結しており、大勢のプレイヤーが集まることを想定した会議室の中にも全ては入りきらなかった。

 怒り、悲しみ、戸惑い、怯え、そして執念。

 あらゆる表情を浮かべるプレイヤー達を円卓の中心から見回しながら、玖龍は声を張り上げる。ざわざわとしていたプレイヤー達が一斉に口を閉じ、張り詰めたような静けさが会議室を包む。

 これが最後。

 これで最後だ。

 様々な感情を胸にしたプレイヤー達も、終焉がすぐそこに迫ってきていることを感じていた。どんな結果が待ち受けているかは分からない。しかし、もうじきこの世界に何らかの形で決着が着く。

 その決着を自分達の手で着けるために、彼らはこの場に集結したのだ。


「既にボスの資料は行き渡っていると思うが、もし回ってきていない人がいたら教えてくれ」


 玖龍は《デッドエンド》からの帰還後に製作したボスについての資料を手にしながら、話を進める。攻略組のプレイヤー達は慣れたように資料に視線を落とすが、会議に初めて参加するプレイヤー達は若干緊張したように周囲をキョロキョロと見回している。

 そうしたプレイヤーが完全に落ち着いたのを見計らって、玖龍はボスについての説明を開始する。

 玖龍のよく通る声だけが会議室に響き渡る。



既にボスと対面し、その特徴や攻略の計画を知っているルークは会議室の外で、龍帝宮の周囲を守るプレイヤーと連絡を取っていた。


「ああ、会議は順調に進行してるよ。会議が終わり次第、準備を整えた後、再び《デッドエンド》に出向く」


 こうして会議が行われている最中も、モンスターによる襲撃は続いている。栞やとっぽい達の尽力によって周囲にいたモンスターは一掃されていたが、それでも時間が経過すればどこからともなくモンスターが出現してしまう。

 それを守るため、龍帝宮の周囲には最低限の戦力が置かれていた。

 最低限と言っても、この世界指折りの実力者揃いの精鋭達なのだが。


――――――――――――――――


 細長い八本の足で街の中を巨大な蜘蛛が進行する。毒々しい緑色の体毛が全身を覆うその姿は、見たものに生理的な嫌悪感を抱かせる。

 蜘蛛のサイズは周囲にある小さな宿屋を越すほどのサイズで、足で建物を破壊しながら歩く姿はパニック映画の一部分を連想させる。

 二対の鋏角をググッと大きく広げると、蜘蛛は目の前に立っている小さな獲物に飛び掛る。その巨体からは想像もつかないジャンプ力で飛び跳ね、鋏角で喰らいついていく。


「醜いですね」


 蜘蛛が飛び掛った小さな獲物は、嘲るような口調で呟きながら、針金のように細い体には不釣り合いな大きさの鎌を持ち上げた。鎌の刃が紫色の光を放ち始める。その不気味な姿はまるで《死神》の様だ。

 蜘蛛は無数の目がまるでその姿に怯えたかのように揺れる。しかし飛び上がってしまった巨体は、もう落下するしか無い。


「さようなら」


 鋏角が獲物を捉える寸前、紫の光が煌めいた。その光が蜘蛛の巨体を通りぬけた。その次の瞬間には蜘蛛の身体は真っ二つに両断され、無様に地面に激突した。


「全く……命を刈り取る形、とは私の鎌の事を言うものです」


 相棒である鎌をうっとりとした表情で撫でながら、《死神》冥限はそう呟いた。

 彼がボス攻略に参加せず、龍帝宮の防衛に就いたのは、《デッドエンド》のボスの姿が気に食わなかったからだ。


「いやぁ、やっぱおっかないっすねぇ」


 黒いローブを羽織った彼の背中を眺めながら、《照らす光》の幹部、ところてんが呟く。彼もボス攻略には参加せず、龍帝宮を守る者の一人だ。


「皆を守るっていうのに不満は無いっすけど、何か俺だけ影が薄いんっすよねえ……」


 彼の呟きは、誰にも届かずモンスターの叫び声に飲まれて消えた。



―――――――――――――――


「私がここまで来ることが出来たのは、私を信じてくれた攻略組の皆のお陰だ。ありがとう」


 ボス攻略会議を終了した会議室の中で、玖龍が仲間に向けて感謝の言葉を告げる。それを聞いたプレイヤー達は「俺達がここに来られたのもあんたのお陰だぜー」「こういう台詞は勝った後に言わないと、死亡フラグになっちゃいますよー」などと言いながら笑う。

 玖龍はそんな仲間達に照れたような笑みを浮かべると、今回初めて会議するプレイヤー達にも感謝の言葉を告げた。


「そして、勇気を出して共に戦ってくれる決意をしてくれたプレイヤー達にも、感謝を。その勇気を無駄にしないよう、私は最善を尽くすと約束する。皆の手で、この世界から脱出しよう!」


 玖龍の言葉に、会議室にいたプレイヤー達が腕を振り上げながら雄叫びを上げた。

 そうしてプレイヤー達は攻略に向けて準備をするため、会議室からゾロゾロと出て行く。玖龍はその中にアカツキの顔を見かけ、顔を綻ばした。

 妹のように可愛がっていた女の子を失って、彼はかなりのショックを受けていたようだった。玖龍は仲間を失ったショックで引き篭ってしまったり、自殺してしまったプレイヤーを知っているため、彼が再起してくれて嬉しく思った。

 しかし、その原因は恐らく『あれ』だろう。

 彼は未だ、彼女の死から立ち直れた訳ではない。

 もし、その不安定な希望が打ち砕かれてしまったら。

 恐らく、もう彼は二度と立ち上がることは出来ないだろう。


 アカツキの姿が見えたのはほんの少しの間だけで、すぐに彼の姿は他のプレイヤーに飲まれて消えてしまった。 


―――――――――――――――


 らーさんはボス攻略へ向かうための準備を終わらせて、龍帝宮の中をぶらぶらと歩いていた。一見目的を持たずに歩いている彼女だが、実はある青年の姿を探していた。

 仲間から、アカツキが戦線に復帰したという話を聞いたからだ。

 彼が引き篭ってしまった時、自分は頑張って励まそうとした。剣犬が死んだ時、アカツキがそうしてくれたように。

 しかし、結局彼を立ち直す事は出来なかった。

 自分に取っては『それ』がアカツキでも、アカツキにとっての『それ』は自分じゃないんだと思い知らされてしまった。

 それを思い出して胸が疼くのを感じながら、らーさんは人混みの中に探していた青年の後ろ姿を見つけて、急いで駆け寄り、その肩をポンと叩く。


「おーい! アカツキくーん(喜)」

「……ああ。らーさんか」

「あ、う、うん。久しぶり……でも無いかな……あはは(笑)」


 振り返ったアカツキの顔を見て、らーさんの笑顔が歪んだ。

 アカツキの目が、喜怒哀楽をごちゃ混ぜにしたように、ドロリと濁り、それでいて煌々と輝いていたからだ。

 異常な表情に言葉をつまらせながら、らーさんは笑みの形を作り直す。


「いやーこれからボス会議だけど、大丈夫? 寝不足とかじゃない? (心配)」

「……あぁ、ちょっと眠いけど、でも寝るとリンが出てきてさ、眠れないから。大丈夫だよ」

「は、はは(おっぱい)」


 ほの暗い笑みに、咄嗟に下ネタに走るらーさん。

 アカツキは「はは、面白いね」と暗い笑みを浮かべると「じゃあ」と言葉を残し、背中を向けて去っていった。

 そこでらーさんはやはりアカツキは立ち直ったのではないと確信した。

 アカツキは絶望の底から、希望に向けて手を伸ばしているだけなんだと。


「…………頑張って」


 らーさんの呟きは、アカツキには届かなかった。



―――――――――――――――


 《海賊王》は、来る戦いに備えて準備していた。

 いつもはうざがられる彼の叫びも、この状況では皆を大いに奮い立たせていた。


「お?」


 《海賊王》は目の前を通り過ぎていく、見知った青年に視線を向けた。

 確か、彼は大切な人を失ったとかで、戦線から離れていたのではなかったか。

 今外にいるということは、ボス攻略に参加するという事だろう。

 何か声を掛けてやりたくなった彼だが、結局何も声を掛けることはなかった。

 ただ、小さく「見せてみろ」、と意味深に呟いただけだった。

 彼なりの激励はアカツキに届くことは無かったが、ちょっと良い感じな台詞を言えたことでテンションが上った《海賊王》は、声を更に張り上げた。


「さぁ、最後の戦いだァ」


 ドン!!

 という効果音を自分で言うのも忘れない。



―――――――――――――――


 《アドバンテージ》のメンバーや、共に戦った攻略組のプレイヤー、っべーを連呼する二人組などが、アカツキに声を掛けていく。

 その様子を後ろから眺めながら、栞はやっぱり兄さんは色々な人に慕われているのだと、誇らしく思った。同時に、そんな彼らにほの暗い笑みを返すアカツキに胸を痛める。

 

「兄さん」

「……ああ、栞か」

「もうすぐ戦いですが、その、体調は大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。バッチシだよ。問題ない」

「……そうですか」

「栞こそ、どうなんだ? そんな装備で大丈夫か?」

「……はい、大丈夫です。問題ありません」


 ほの暗い笑みといつも以上に高いテンション。

 まるでいつかの自分のようだ。


「そろそろだな」


 皆、準備が完了し始めたのか、徐々に龍帝宮に外に向かって移動していく。それを見ながら、アカツキは栞と頭に手を置く。


「頑張ろうな」

「……はい」

「終わらせるんだ、こんな世界」

「……兄さん」

「ん?」

「大好きです」

「……ああ、俺も大好きだよ」


 栞の言葉に、アカツキはニッコリと笑った


―――――――――――――――


 『死』という概念を具現化したような、禍々しい闇が部屋の中に充満する。ドロリと粘着質な闇の中心にいるのは、黒いローブを羽織り、手に鎌を持った死神、ハーデスだ。

 ギリシア神話に登場する、冥府の神。冥府の世界にある全ての魂を支配すると言われている。

 《デッドエンド》という名前のこのエリアに相応しい化物だ。


 資料によってその姿を知っていた筈のプレイヤー達は、すぐ眼の前にいる『死』に対してカチカチと歯を鳴らす。歴戦の攻略組のプレイヤーですら、一瞬その姿に魅入ってしまっている。

「全員、計画通りに動いてくれ! 戦闘開始だ!」

 しかし、硬直していたプレイヤー達は玖龍の叫び声によって我に返り、予定通りに行動を開始する。

 各プレイヤーは幾つかの班に分かれ、それぞれ与えられた役割をこなして行く。

 ボスを引き付ける役目、ボスの攻撃を受け止める役目、怯んだ所を攻める役目、危なくなった時にサポートする役目。

 基本的に、いつものボス戦と同じだ。いつもと違うのは、その人数がかなり多いという所だ。

 攻略組のプレイヤーだけでは倒しきれない恐れがあった。そこで、一般のプレイヤーにも戦いに参加してもらった。

 最前線でのボス攻略は初めてと言っても、一般プレイヤーでもボスとは戦うことが出来る。多少の戸惑いはあっても、徐々に皆は普段の調子を取り戻していく。


 ボスの鎌での攻撃を、タンクが防御した。

 ハーデスが動きを止めたその一瞬、待機していた攻撃班が動き出す。

 その中にはアカツキや栞の姿があった。

 獣のような雄叫びをあげ、皆が突っ込んでいく。



「俺が、この手で」



 大太刀を振りかざしながら、アカツキはすがるように呟いた。




―――――――――――――――



 それから三時間後。

 プレイヤー達は第三十エリアに突入した。


 もっとも、最後のエリアに通じる道をくぐれたのは。

 当初の半数以下の人数だったが。

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