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兄を守ると決心してから二日経った。モンスターの襲撃は毎日続いている。
いつまでも後手に回っている訳にはいかないと、私達攻略組は二つのグループに分かれる事になった。
エリアの攻略をするグループ、そしてギルドホームを防衛するグループ。
会議室によって行われた会議によって、そのグループ決めが行われた。
当初、私はエリアの攻略をする側にいた。しかし玖龍さんに頼み、防衛側にして貰った。エリアを攻略するのに少しでも戦力が必要なのは理解しているが、しかし私はまだギルドホームから離れる訳にはいかない。兄さんを置いて、どこかに行くことは出来ない。
兄さんは部屋に篭ったまま、一歩も外に出歩かなくなってしまった。大学受験に落ちた時と同じ状況だが、しかし実際はあの時よりも悪い。リンちゃんを守れなかった事、目の前で彼女が死んだ事がトラウマになってしまったのだろう。
他のプレイヤーの方が話し掛けても、何の反応も見せていない。らーさんや瑠璃さん、レンシアさんなど兄さんの知り合いの方が励まそうとしてくれたが、俯いたまま一言も喋らなかった。七海や林檎が声を掛けても同じだった。
しかし、兄さんは私だけには反応してくれる。私が兄さんを抱きしめると抱きしめ返してくるし、頭を撫でると身体を私に預けてくる。私が兄さんから離れようとすると泣きそうな顔で「死なないでくれ」と言ってくる。
私が、私だけが兄さんを守ってあげられるんだ。
だけど毎日毎日攻撃してくるモンスターのせいで兄さんとの時間は殆ど取ることが出来ない。玖龍さん達がボス部屋を発見するのを、待つことしか出来ないのだ。
苛立つ。
キィンと鈴のなるような甲高い音が響いた。次の瞬間、私達に正面から青い光の柱が襲い掛かる。それは地面を大きく削りながら、周囲にいたモンスターを巻き込み突き進む。
角ばった結晶の鎧を身に纏った、小山の様な巨体を持つ龍、クリスタルドラゴンのブレス攻撃だ。『クリスタルブレス』と呼ばれるそれはクリスタルドラゴンの所有する攻撃の中で最も高い攻撃力を誇り、このモンスターと初めて対峙した時、ブレスを盾で防ごうとしたプレイヤーが何人も犠牲になった。
―――しかし、それは飽くまで『当時』だ。
光の柱に向かって、私は地面を強く蹴りロケットの様に一直線に跳ぶ。直線上に進み、障害物などを破壊して敵を斬り裂く《ブレイクスルー》というスキルを発動した事により、私の身体が加速した。光の柱と私の身体が激しくぶつかり合う。今まで突き進んでいた柱が動きを止める。私の愛剣が煌めき、光の柱が真っ二つに斬り裂かれていく。私は止まる事無く進み続け、ブレスをし終えて動きを止めたクリスタルドラゴンに肉薄した。
ギリギリ、ギリギリ。
手に込めた力に柄が音を立てている。
「ごめんなさい。これは――――」
まるで私に恐怖を感じたかのようにクリスタルドラゴンが短く鳴き、その巨体を僅かに震わす。その様子を見て、私は低い声を漏らす。
刃が青く神秘的な光を放つ結晶を容易く斬り裂き、その奥にある肉、そして骨に到達する。力任せにバスタードソードを振るうと、クリスタルドラゴンの巨大な首が胴体から切断され、地面に落下して大きな音を立てた。
「八つ当たりです」
―――――――――――――――
「おっかねえ女だべ」
鬼の様な気迫を出しながらクリスタルドラゴンの首を斬り落とした栞を見て、とっぽいがポリポリと人指し指で頭を掻く。ブレオン最強は玖龍と疑わない彼だが、この時ばかりは「もしかしたらあの女の方が強い」のではないかと思ってしまう。
彼は《不滅龍》の幹部の中で、唯一ギルドホームの防衛に務めている。他の幹部は玖龍やルークと共にエリア攻略に向かった。自分もエリアに向かいたかったが、玖龍に任せられたのだ。文句を言うわけにはいかない。
そんな彼の言葉に、隣にたっていたドルーアが苦笑を浮かべた。
「結構イライラしてるみたいですからね。昔からあいつは怒ると怖いんですよ」
「たまに話をするけど、怒らせないように注意するだべ…………」
軽口を叩く二人の頭上から太い岩石が落下してきた。それを見ること無く、彼らは周囲の仲間に指示を出しながらそれを回避する。
ロックドラゴン。
全身が岩で出来た龍だ。クリスタルドラゴンには及ばないが、それなりの強さを持っている。
ロックドラゴンはとっぽい達から離れた場所におり、安全圏から『ロックブレス』という岩を吐き出す攻撃をしている。次々のモンスターが攻撃を仕掛けてくる中で、ロックブレスは非常に鬱陶しかった。とっぽいやドルーアは軽く岩を破壊する事が出来るが、それでも喰らえばダメージを受ける。いつまでも放置している訳にはいかなかった。
「…………」
バラついていたモンスター達の中で、あのロックドラゴンの様に『賢い』攻撃をしてくる奴が増えた。中には連携攻撃を仕掛けてくる者もいる。
ドルーアはロックドラゴンを睨みながら、小さく溜息を吐く。
そして龍帝宮を囲む防御陣の中から、一人飛び出した。
「どこへ行くべ?」
後ろから尋ねて来るとっぽいに「あいつを屠ってくるよ」と軽く返すと、猛スピードで走りだした。
一人だけ飛び出したドルーアにモンスターの攻撃が集中する。体当たりやブレス、投石など様々な攻撃が彼を襲う。
それらを全て双剣で薙ぎ払い、彼はロックドラゴンの目の前にまで迫った。
《雷刃》。
麻痺効果がある剣を手にしている事がその二つ名の由来となっている。しかしただそれだけではない。彼の剣技は荒々しく、そして強烈だ。
その様子はまるで『雷』。
「全く、栞ももう少し抑えて欲しいぜ」
ロックドラゴンが腕を持ち上げ、ドルーアを上から叩き潰した。獲物を仕留めたと確信し、勝利の咆哮をしようとして、腕に違和感を覚えた。次の瞬間、まるで爆発が起きたかのような衝撃がロックドラゴンの腕を襲った。爆散し、粉々に砕け散った腕を見てロックドラゴンは悲鳴を上げようとする。しかしそれは叶わなかった。
次の瞬間には、彼の首は腕と同じように砕け散っていたからだ。
「アカツキさんの事で、苛ついてんのは俺も同じだってのによ」
―――――――――――――――
栞が指揮を取る、防衛側が奮闘している時。
玖龍率いる攻略側も激しい戦いを繰り広げていた。
紫色の毒々しい光源が並べられた、複雑に入り組んだ迷宮。
第二十九攻略エリア《デッドエンド》。
不吉な名前だが、それは他の二十八エリアの中で最も、このエリアにふさわしい名前だと、玖龍は思った。
全身が黒い靄に覆われた巨大な騎士――――デスナイト。
巨大な眼球の周りを覆う黒い靄――――死眼。
紫色のマントを被った人型の黒い靄――――マッドネス・デス。
壁から突如現れ、プレイヤーの命を刈り取る黒い腕――――デスハンド。
ポップするモンスターの全てが見るものを恐怖させるおぞましい外見をしており、更に絶望的なまでに強かった。このエリアに入ってから二時間。既に何人ものプレイヤーが死亡している。
ヒャハハハハハハハハハハ。
狂ったような笑い声を響かせながら、曲がり角からマッドネス・デスが飛び出してきた。黒い靄の中に、唇も歯茎も無い剥き出しになった黄ばんだ歯がカチカチと音を立てている。
「い、嫌だぁあ! 来るなッ来るなあッ!」
恐怖に耐えられなくなったプレイヤーが一人、叫び声を上げて武器を落とし、地面にうずくまってしまった。そんな彼に触発されて、他のプレイヤー達も冷静さを失っていく。何人かが同じように悲鳴を上げ、恐怖に潰れていった。
そんな事はお構いなしに、マッドネス・デスはバタバタとマントを靡かせながら近付いてくる。その外見からは想像出来ない程、マッドネス・デスの攻撃力は高い。何の防御もせずに攻撃を喰らえば、耐久値やHPが少ない者は一撃で瀕死状態になってしまうだろう。
列の戦闘に立っていた者達は死の恐怖に顔を歪めながらも、武器を構えてマッドネス・デスを迎え撃とうとする。そんな彼らを嘲笑うかのように、マッドネス・デスは笑い声を大きくした。それに釣られるようにして、曲がり角から更に二体のマッドネス・デスが姿を現した。
プレイヤー達の絶望が深まる。
一体のマッドネス・デスが遂に列の目の前に到達し、その腕を伸ばそうとした時だ。
轟ッ、と凄まじい音がなり、マッドネス・デスが消し飛んだ。
一撃だった。
マッドネス・デスを消し飛ばしたその衝撃波は止まること無く進み、近づいて来ていた二体のマッドネス・デスを巻き込んだ。衝撃波に飲まれた二体は壁に叩きつけられ、最初の一体と同じように消し飛んだ。
「く――玖龍さん」
先頭に立っていたプレイヤーが、大剣を振った玖龍を見て呆然とした表情で声を漏らした。蹲っていたプレイヤー達や、冷静さを失っていたプレイヤー達も彼の姿を見て落ち着きを取り戻す。
「俺達は龍帝宮で待っている全てのプレイヤーの期待を背負ってここにいる。俺達がここで屈せば、待っているプレイヤー達はどうなる?」
よく響く声に、プレイヤー達は息を飲んだ。
「お前達は今日まで、この過酷な世界で戦い抜いてきた猛者だ。こんな所で怯えてどうする! お前達は強い!」
玖龍の言葉に鼓舞され、プレイヤー達の顔つきが変わっていく。大きな声を上げ、武器を突き上げ、プレイヤー達の士気が高まっていく。
その様子を満足気に見る玖龍を横からルークが突いた。
「スタミナの消費量が半端じゃ無いんだから、あんまり使い過ぎるなよ」
玖龍がマッドネス・デス消し飛ばしたスキル――――それは彼が持つ最強のスキル《アースシェーカー》。剣を地面に突き刺し、周囲全方向を吹き飛ばしたり、その力を一方向に集中して放つ事が出来る、非常に強力なスキルだ。彼の二つ名である《震源地》はここから来ている。
そんな強力無比な彼のスキルだが、当然消費するスタミナの量は他のスキルとは比べ物にならないほど高い。同時にスタミナという目に見えるステータスだけではなく、スキル発動後の使用者の疲労度も高い。スタミナドリンクでスタミナが回復しても、疲れだけは休む事でしか取れない。
「ああ……分かってる」
まだ――――先は長い。