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時は少し遡る。
カタナと手斧。
リンとカズヤを殺した二人は栞達が駆け付けるのと即座に《ライフツリー》から離脱した。
行き先は始まりのエリアである《ワイルドフォレスト》。
これはプレイヤー達には知られていない事だが――――《ワイルドフォレスト》の最北端には探索系のスキルが一切使えなくなるという場所がある。何のモンスターもポップせず、めぼしいアイテムも手に入らないこの最北端は、隠れるには最適の場所だ。
樹や草が生い茂ったその場所に彼らはいた。
「やーやー、僕だよー」
「…………」
仮面を付けた十数人の男女が直立不動でカタナと手斧を出迎える。
カタナはヘラヘラと笑いながら、手斧は涙目で俯いたまま、その中を歩いて行く。
さっきから何も言わない手斧を見て、カタナは「ふぅ」と溜息を吐くと、自分より背の低い彼女の頭を、かつて『彼』がやっていたようにポンポンと撫でる。
「アカツキ君を裏切ったことに負い目なんか感じちゃってるの?」
手斧は自分の頭に乗せられた手をはたき落とすと、恨みがましい目でカタナを睨む。最先端の技術を持つVRMMOとはいえ、浮かべられる表情にはパターンがある。それは数万以上も存在しているのだが。
当然、その時の彼女の表情もそのパターンのどれかに該当する筈なのだが、カタナを睨む双眸にははドロリと濁った見るものを飲み込む様な色が浮かべられていた。
カタナはそんな汚濁した視線を向けられても、微笑みを崩さない。
「やっぱり君は甘いなあ。だからククリとか銃剣さんとかに怒られるんだぜ?」
「…………だって……アカツキさんは……こんな私に優しくしてくれて……」
「優しさとか思いやりとか親切とかそういう感情を『仕事』に持ち込むなよ、手斧ちゃん。仕事と私情は別の話だ。それが僕達だろ」
「だったら、あの面白そうな少年を仲間に引き込んで欲しかったのだがね」
カタナの言葉に言い返そうとした手斧を遮って、森の奥から一人の男がやってきた。
銀色の鎧を身につけ、背中に漆黒の大剣を差したオールバックの男だ。目はどことなく虚ろで、見るものを飲み込んでしまいそうな深さがある。
「あ、お久しぶりですね、ボス」
男の名前は戦人針。
PKギルド《屍喰らい》のギルドマスター。
「はっはっは。ああ、久しぶりだね、我がギルドの優秀なサブマスターよ。……と、そっちにいるのが君の妹かい?」
戦人針は空々しく笑うと、手斧の方へ視線を向ける。飲み込む様な視線を向けられた手斧は目を逸らしながら、「手斧です」と小声で名乗った。
「はっはっはっは、可愛いね可愛いねえ。私は小学生ぐらいの女の子が好みなのだがね、君は私のストライクゾーンど真ん中だよ。どうだい、今から私とデートでもしないかい?」
戦人針はツカツカと早歩きで手斧に接近し、引いている彼女の手を取ってデートに誘い出す。そんな彼のふざけた態度に、カタナと手斧以外のメンバーは何の反応も見せず、直立不動で立ったままだ。
なんと返したら良いのか分からず、うろたえる彼女の反応を見て満足したらしく、戦人針はホクホク顔でその手を離した。
「いやーこんな可愛い女子小学生と握手出来たのだからもう二度と手は洗えないなあ」
「いや、手斧これでももう成人してますよ」
「えっ!? なんだとそんな馬鹿な」
「………………」
そんなふざけたやり取りをする彼らは、しかし何の罪もないプレイヤーをPKする、PKプレイヤーなのだ。
《屍喰らい》。
このギルドネームはカタナが二秒で考えついた名前だ。サブマスターなのだからギルドの名前を決めたまえ、と言った戦人針の要望にカタナが答え、出来たギルドネーム。そんな二秒で思いついたネームが、プレイヤー達を恐怖させていると言うのだから、どこか皮肉な物だ。
《屍喰らい》の目標は『この世界を愛す事』。
その為、この世界を終わらせようとする連中を許すことは出来ない。
世界を救う――――アカツキを勧誘する時に戦人針が言った、まるで勇者の様な発言。彼はふざけていったわけではなく、ごくごく真面目にギルドの方針に則ってその言葉を口にしただけだった。
そんな彼の仲間は、カタナと手斧以外、皆仮面を装備して一言も言葉を発しない。
ふざけた様に話すギルドマスターと微笑みを浮かべるサブマスター、そして言葉を発しない仮面の集団。
まさに異常な集団だった。
「ごほん、さて皆さんにお話があります」
わざとらしく戦人針は咳払いをすると、ギルドメンバー達の中心に立ち、話を始めた。
カタナはパチパチと手を叩き、手斧は俯いたまま、仮面を付けた者達は何も言わず無言のまま彼の話に耳を傾ける。
「えー、今まで攻略組と戦ってきた私たちだが、恐らくもうじき攻略組の殆どが壊滅する事になるだろう。ついに我々の戦いが報われるのだよ。そしてその時、君たちは知ることになるだろう――――――世界の秘密を」
彼の衝撃的な言葉にも、聞いているカタナ達は何のリアクションも浮かべない。まるで予め知ってた事実の様に。そもそも一言も言葉を発しない仮面を付けた者達はどんな事を言われても反応しないかもしれないが。
「はっはっは、もう少し反応があった方が話し手としては楽しめるのだがね。まあいい。では君たちを驚かせる為にとっておきの情報を開示しよう。実はわ――――」
ヒュン、と何かが風を切るような音が戦人針の言葉を遮った。次いでドスッと何かが刺さったような音が静かな森の中に響く。話を中断し、戦人針が音のした方に視線を向けると、ギルドメンバーが仮面の上から顔面をナイフで貫かれ、絶命していた。悲鳴一つ上げること無く、光の粒となっていく仲間の姿に戦人針は目を見開く。
それに次いで周囲の木々の間から何本ものナイフが彼らに向けて飛来する。何人もの仲間達がナイフの餌食になっていく。カタナと手斧は難なくそれを回避した様だ。戦人針は自分に向かってきたナイフを素手で掴み、跳んできた方へ投げ返す。そのナイフが金属音を響かせて弾かれたのと同時に、周囲から武器を構えた十を越える男達が姿を現した。皆、下卑た笑みを浮かべ、ギラギラと鋭く光った視線をこちらに向けている。
その中には、かつて《槍騎士》と呼ばれていた男のパーティメンバーだったかにやという男も含まれていた。
戦人針は戦闘態勢を取るように指示を出すが、相手の奇襲によってそれなりの数、仲間がやられてしまっている。それに対してあちらはまだ無傷だ。分が悪い。何故ここまで接近されて気付かなかったのか、と考え、この場所が探索系のスキルが無効になる場所だったという事を思い出す。誰かに見つからない代わりに、こちらも相手を見つけることが出来ないのだ。
「ヒャハハ、まだネタバレすんにはちっと早いんじゃァねえかなァ、戦人針さんよォ」
周囲を囲んでいる男達の後ろから、一人の男が姿を現した。濡れたようにうねっている黒髪の男が目に刃物の様に鋭い光を浮かべながら、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮べている。
その男の名前はけだまく。
PKギルド《目目目》のメンバーの一人である。
何度か《目目目》に攻撃を仕掛けられた時に、けだまくの顔を見ていた戦人針はどこの誰が襲撃してきたかを即座に理解する。同時に何故、この場所が《目目目》に漏れたかという疑問が浮かぶが、今はそれを考えている暇は無さそうだ。
「はっはっは、これはこれは。また面白い客が来たものだね」
「呼ばれざる客ってかァ? クヒヒヒ、まあどーでもいいやァ。テメェら手っ取り早く殺っちまえ」
けだまくの言葉が合図となり、《目目目》の男達が殺到する。戦人針に向かってくる男達を仮面を付けたもの達が迎え撃つが、この人数差からして長くは持たないだろう。自分達の置かれている状況を手っ取り早く把握した戦人針は既に優先順位を決めていた。第一に自分、第二にカタナと手斧、仮面を付けている連中は捨石にして構わないだろう。
なんせ替えが効くのだから。
「カタナ君、手斧ちゃん。取り敢えずここは一点突破で脱出するとしよう。当然戦闘はカタナ君で真ん中が私、後ろが手斧ちゃんだ。二人共私を守ってくれたまえ」
「あはは」
「…………」
カタナと手斧がそれぞれ武器を抜き、戦況を見据えている戦人針の後ろに近づいてくる。戦人針の計算が正しければ、カタナ一人いればこの場は恐らく切り抜けられるだろう。手斧は保険の様な物だ。後ろからくる攻撃の盾になれば良い。
手斧が好みの女性と良いながら、自分の盾程度にしか考えていない。それが戦人針という男だった。
「でも、戦人針さん」
「…………?」
ふと、自分の背中に戦人針は違和感を覚えた。その違和感は背中から身体の中を通り、左胸から突き出している。体内を何か冷たいものが通り抜けている様な、そんな感覚。自分の左胸を見ると、そこから刃が生えていた。
「残念ながら貴方はここでお死まいですよ、あはっ」
「ッッ!!!!」
戦人針は即座に大剣を抜き、後ろにいるカタナへ叩きつけようとする。しかしザシュッと鋭い音と衝撃が走ったかと思うと、大剣を握っている腕の感覚が消滅した。
大剣を握った腕が宙を舞っている。
後ろに首を向けると、カタナが太刀で自分を貫き、その後ろに控えていた手斧が斧を振り下ろしていた。次の瞬間、手斧に切り落とされた腕の切断面からバチバチと青色のスパークが迸った。手斧の斧には麻痺属性は無かったはずだし、こんなエフェクトは見たことが無かった。というより、このエフェクトは――――。
「……はっはっは……まさか、カタナ君、裏切ったのかね?」
「あはは、裏切るだなんてとんでもない。最初から僕は戦人針さんの敵ですよ。ねっククリ」
カタナがけだまくに向け、にこやかな笑みを浮かべる。けだまくはそれに対して心底嫌そうな表情を浮かべた、
「いやー久しぶり、会いたかったぜー」
「ケッ、俺様は二度と会いたくなかったがな。つーか、名前で呼ぶんじゃねえよ。今の俺様はけだまくつー名前なんだよ」
「えー僕も手斧も名前で登録してるんだから、ククリも名前でいいじゃない」
「ハンッ、ネットっていうのは怖い場所なんだよォ。そんな防犯意識でどうすんだ」
「あはは、ここネットじゃないし、そもそも僕達に関してはそんな心配する必要ないと思うけどなあ」
場違いにも気楽に話す二人はどうやら知り合いらしかった。この場所を《目目目》に漏らしたのも確実にカタナだろう。
ズルリと無遠慮に身体から刃っが引きぬかれ、戦人針は顔を顰める。
「いやー僕も手斧も元々《目目目》所属だったんだけど、そこで都合よく戦人針さんが勧誘してきた物だから、ついついね。ま、最後に名乗っておくとしましょう」
カタナは愉悦と狂乱の笑みを浮かべた。
「僕は《目目目》、ギルドマスターのカタナ君でーす。死後お見知り置きを☆」
次の瞬間、戦人針の視点がグルグルと回転し始めた。そして徐々に降下していく。自分の首が切断されたのだと、気付くのと同時にブツリとゲームの電源を切ったかのように目の前が真っ暗になった。
彼が最後に聞いたのは「これで必要な情報はてにはいりました……」という手斧の控えめな声だった。
こうして二大PKギルドと呼ばれ、恐れられた《屍喰らい》は同じく二大PKギルドと呼ばれ恐れられた《目目目》によって壊滅させられたのだった。