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「雰囲気出てるねえ」
黒い世界にそびえる城を見上げながらカタナがそう呟く。確かに目の前の城はおどろおどろしい雰囲気を放っていた。
全てが闇に包まれているのに、その城はまるでスポットライトが当てられているかのように強い存在感を放っている。黒一色の石で造られており、至る所に尖塔ある。俺達は城門へと続く橋の上にやってきた様だ。巨大な黒光りする門が城への入り口を塞いでいる。
俺達が近づいて行くと「ヒーッヒッヒッヒッ」っという老婆の笑い声が周囲に響き渡り、ガラガラと重い音を立てて門が開いていく。幸いな事に門番はいなかった。俺達は開いた城門から恐る恐る城の内部に入っていく。
最初に俺達を待ち受けていたのはエントランスホールだった。高い天井には人間の骨で造られたとおもわれる悪趣味なシャンデリアが飾られている。その光に照らされているのは部屋の両隅にいる複数の西洋甲冑だ。全てが剣や槍といった武器を手にしている。ここから先へ進むには甲冑の間を通って奥にある階段を登らなければならないのだが……。
「これって絶対甲冑が動き出すパターンデスって!」
音狐が「デス」にアクセントを付けた喋り方で俺達の思っている事を代弁してくれた。確かにこれは甲冑が動き出して襲い掛かってくるパターンだ。今の所《察知》に反応はないようだが……。
俺達はお互いに顔を見合わせた後、瑠璃を先頭にゆっくりエントランスホールを進んでいく。皆冷静に歩いており、目に見えてビクビクしているのは音狐だけだ。カタナなんていつも通りの笑みを浮かべている。俺も内面はドキドキしているが、取り敢えずは表に出していないと思いたい。
ホールの中央辺りにきた時、不意に上からシャンデリアが落ちてきた。シャンデリアの髑髏の部分がカラカラとまるで笑っているかのような音を出している。そこそこ大きなシャンデリアだったが、幸い誰も下敷きになるような事は無かった。《ステップ》で各自シャンデリアの下から抜け出していたからだ。オドオドしていた音狐も回避している辺り、やはりそれなりの実力を持っていること伺える。
全員の無事を確認して安心する俺達だったが、ゆっくりとしている余裕は与えてくれないらしい。シャンデリアが地面に落ち、部屋の中が暗くなったかと思うと、壁に設置されていた蝋燭に青い炎が灯る。それと同時に、地面に散らばった骨が音を立てて合体し、五体のスケルトンになった。俺達はそれを相手にしようと身構えるが、カタナが「階段へ走れ!」と大声を出した。何事かと思い周囲を確認すると、案の定部屋に並んでいた甲冑が動き出した。そしてその動きを見て、俺は慌てて走りだした。既に他のメンバーは階段に向かって走っている。自分の後ろを何かが通過していく感覚に肝を冷やしながら、何とか階段に到達する事が出来た。
何故スケルトンを放置して走りだしたかというと、部屋にいた甲冑達は手にしていた武器を俺達に向かって投げようとしていたからだ。甲冑はホールの両隅に設置されているため、階段にまで向かわなければ武器を回避する事は出来ない。スケルトン達はグルグルと恐ろしい音を立てて回転する武器によって砕かれていた。
「あのスケルトンは囮だったみたいだね」
一番最初に気付いたカタナが事も無げにそう言う。もしあのスケルトンを相手にしていたら、俺達は投擲された武器による攻撃を受けていただろう。
「それも多分、あの武器は切断系のトラップだったと思う」
カタナに続いて階段へ到達していた瑠璃が消滅していくスケルトンを見ながら呟いた。
切断系トラップとは、プレイヤーのレベルや耐久力関係なしに命中した部分を欠損させるという恐ろしいトラップだ。切断系のトラップに対応する防具やスキルもあるが、俺は持っていなかった。もし武器が当たっていたと思うとゾッとする。
アーサーの盾には切断トラップに耐性があるらしいから、もし同じ事があったら最悪アーサーを盾にしよう。そう思って彼の方を見ていると「何となく考えている事が分かるぞ」と無表情で言われてしまった。
「いやー危なかったデスね……」
「切断系トラップ、首に当たると即死だもんね(怖)」
音狐とらーさんも顔を青くしていた。
ただのゲームなら即死しても「はは、こやつめ」で済むかもしれないが、デスゲーム状態ではそれでお終いだからな……。
《ディセイブキャッスル》。惑わす城と言った所だろうか。今後も似たような罠があるかもしれないし、これは注意しないといけないな……。
そして俺達はエントランスホールでの罠が、まだまだ序の口だったという事を思い知る事になる。
階段を登って城の中を進んでいく俺達を待ち受けていたのは大量の罠だった。城内にある扉を不用意に開けると中から斧が飛んできたり、時にはゴースト系のモンスターが大量に襲い掛かってきたり。上の階へと続く階段が二つあり、間違った方を選ぶと上から巨大な岩が転がってきたり。ダンスホール内でものすごい数のゴーストが踊っており、こんな数どうするよ……と悩みながら飛び出してみると、ゴーストはオブジェクト扱いで触れなかったり。かと思ったらその中に何体か普通のゴーストが混じっていて攻撃されたり。金銀財宝、見たこともない武器や防具、レアアイテムにカテゴリされるアイテムが大量に仕舞われている宝物庫があり、瑠璃がそこに飛び込んで行ったら中にあったアイテムが『禁宝庫』パンドラボックスという《ミミックメイズ》のボスモンスターに変化し、襲い掛かってきたり。幸いパンドラボックスは宝物庫の外には出れないらしく、俺達は攻撃を受けることは無かったが。
「あのパンドラボックスを倒せば恐らくレアアイテムが手に入る筈デスッ!」という音狐の台詞を信じ、パンドラボックスが宝物庫の外に出られない事を利用して時間を掛けて安全に倒すと『スカ』という紙がドロップして結局何のアイテムも手に入らなかった。俺達が罠に引っかかるたびに「ヒーッヒッヒッヒッ」という城門で聞いた魔女の嘲笑が響くため、女性陣が物凄くイライラして怖い。カタナは楽しんでいるようだし、アーサーは「ふむ……」と呟くだけで特に表情を変えないので、女性をなだめるのは俺の役目になってしまう。
「ボスに出会ったら叩きのめしてやる(殺)」
「殺るDEATH!」
「ブッコロ死」
などと物騒な事を呟かれても困りますって。
鬼の様な女性陣の怯えながらも、城内を進んでいくと上へ続く階段の隣に今までとは雰囲気の違う部屋があった。どうせ罠だろ、と放置しようとすると、急にその扉が開いた。中から金色の何かが飛び出してきて身構える。
「ま、待ってください! 攻撃しないで!」
扉から出来たのは金髪の女性だった。武器を構える俺達を見て悲鳴をあげる。また何かの罠だろ、と女性に斬りかかりそうな女性を宥めておく。俺達が武器を下ろしたのを見て金髪の女性は安心した様に近付いて来た。当然こちらは警戒を解かない。
金髪の女性はピンク色を基調とした白のフリル付きのドレスを着ていた。近くで見るとその美しさが際立つ。白い肌にピンク色の小さな唇、そして青色の大きな瞳。まるで物語に出てくるお姫様の様だ。蛇足で言うなら胸も大きい。
「私の名前はエリス。嘘吐きの魔女に捕まり、この城に閉じ込められています」
女性はエリスと言うらしい。どうやら瑠璃のメールにあった『囚われている少女』とは彼女の事の様だ。イベント用のNPCだろう。少女と呼べる年齢かはちょっと首を傾げる必要があるが。
「どうか魔女を退治して私を城の外へ連れて行って貰えないでしょうか」
彼女のお願いを聞き、俺達はパーティで相談する。瑠璃達も『囚われている少女』の事を覚えていたようで、恐らく何かのクエストだろう、という話になった。取り敢えず俺達はこの女性の頼みを聞いてみる事にした。
「分かりました。魔女を倒して貴女を助けます」
「本当ですか! ありがとうございますっ! でしたら魔女がいる玉座の間まで、私が案内します!」
俺が代表してそう言うと、エリスは嬉しそうに笑った。どうやら案内をしてくれるらしい。これはありがたいな。
脳内に[ユニーククエスト『嘘吐きの魔女と囚われた少女』を開始します]という表示が浮かんでくる。どうやら予想通りの様だ。恐らくはこの少女を守りながら魔女を倒せばいいのだろう。成功すればレアなアイテムが手に入る筈だ。魔女が強かった場合、最悪この女性を見捨てなければならないだろうが……。
そうして俺達はNPCエリスの案内で魔女の城を移動する事になった……のだが。
「そっちの道が安全」
エリスの言葉を信じて先に進む。
「と思わせて罠があります」
立っていた甲冑が罠を投げてきた。悲鳴を上げて回避する。
「この階段を登れば上の階へ行けます」
階段を登ると、トゲトゲの生えた樽が何個も上から転がってきた。
「が、途中で樽が転がってくるのでむこうの階段のほうがいいでしょう」
俺達は悲鳴を上げて階段を転がる様にして降りる。
「お前わざとやってるだろ!?」
エリスの指示に従うとことごとく罠に引っ掛かるため、遂に俺達はエリスを問い詰める。何故道案内をするのにちょいちょいフェイントを入れてくるんだよ。皆に問い詰められるとエリスは「てへぺろ☆」と可愛く舌を出して笑ってきた。可愛いから許すか、と思ったが、女性陣には逆効果のようでおもいっきりほっぺを摘まれていた。「ややや、やーめ、ちょ、やーめーてー」とリアクションする彼女を見て、アーサーが「やはりこのゲームのAIは凄いな」とシミジミと呟く。確かに傍から見ればエリスはプレイヤーの一人にしか見えないからな。相当な技術力だ。
カタナが俺達から離れてなんか変なポーズをしながら意味ありげな笑みを浮かべているが、恐らく何の意味もないのだろう。
「こ、ここが魔女のいる玉座の間です」
それから紆余曲折ありながらも、何とか俺達は無事魔女がいるという玉座の間にたどり着いた。ここに来るまでに上へ続く階段があったのは気になったが、まあ恐らくダミーだろう。
大きな扉を開けて玉座の間に入ると、まず目に入ってきたのは一番奥にある玉座だった。色とりどりの宝石で装飾された玉座。そして入り口から玉座まで続く真っ赤なカーペット。天井にはエントランスホールと同じ骸骨で造られたシャンデリアが吊られている。
「魔女はどこデスか?」
しかし玉座には誰も座っておらず、部屋の中央まで言っても魔女が出てくる気配はない。取り敢えず玉座まで進もうと、レッドカーペットの上を進む俺達の背中を不意に何かがぶつかった。爆発音が響くと同時に、自分が吹き飛ばされている事に気付く。ゴロゴロと地面を転がりながら、HPが三割近く減っている事を確認する。起き上がると同時に武器を抜き後ろを振り返ると、手を突き出した状態で俯いているエリスがいた。
「何事だ?」
「エリス?」
エリスに声を掛けても、彼女は俯いたまま何も言わない。
エリスが何かを堪えるかのように肩を揺らし始めた。そして小さく声をあげる。それが何を意味しているか理解できない俺達は警戒したまま首を傾げる。
「……ひっ」
「…………?」
「ひひひ……ヒーーッヒッヒッヒー!」
エリスが唐突に甲高い笑い声をあげる。それと同時に彼女を包んでいたドレスが変化していく。ピンク色と白色で作られていたドレスは黒一色に染まり、フリルがついていた部分はギザギザした刺々しいデザインに変わっている。
呆けている俺達に向け、衣装変更したエリスが嘲笑を浮かべる。
「ヒヒヒヒヒヒヒ、まんまと騙されたね! 私が嘘吐きの魔女だったのさ! ヒヒヒヒヒヒ! 私の名はエリス! この城の主にして『嘘吐きの魔女』エリスさ!」
そういうと彼女は宙に浮き上がり、どこからか木の杖を取り出す。そして赤色の球を連続して放ってきた。
こうして《ディセイブキャッスル》の主、『嘘吐きの魔女』エリスとの戦いが始まった。