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嘘吐きの話。
なのに投稿し忘れました。
「ま、待て! 早まるな!」
「そうだ、この子は利用されていただけだ」
地面にへたり込み、プルプルと小さく震えている金髪の女の子を庇いながら、俺とアーサーはこちらをギロリと睨み付けてくる女性陣と、口を笑みの形にしながらも笑っていないカタナに向かって必死に声を掛ける。彼女らは全員武器を握り、分かりやすく殺気をこちらに向けてきている。それを見て、本当に俺は正しいことをしているのかという不安が胸を過ぎり、後ろで震えている女の子を見てそれを振り払う。こんな可愛い女の子を殺すなんて考えられない。
ジリジリとにじり寄ってくる奴らを前に、俺とアーサーはお互いにコクリと頷いた。アーサーが俺達の前に踏み出し、俺は女の子を抱き上げて逃走を開始する。
「待てやぁああああ!」
後ろから聞こえてくる恐ろしい声に喉を鳴らしながら、俺は走る。誰が正しくて、誰が間違っているのか。俺が正しいという証拠は何もない。ただ、腕の中で震えている女の子がいるだけだ。
何故こんな事になったのか。
全ては昨日のあのメールから始まった。
――――――――――――
「隠しエリア?」
《セントヤード》の攻略から数日が経った頃、瑠璃からあるメッセージが届いた。その内容は『《セントヤード》の街で、隠しエリアの事を示していると思われるクエストを見つけた』との事だった。簡単にまとめると『聖なる領域の中央に、邪悪な城へと繋がる結界があると言われている。その城には嘘吐きの魔女と、囚われた少女がいるらしい。本当かどうかを確かめてきて欲しい』という内容のクエストらしい。結界から城へ行く為には『真実の鏡』というアイテムが必要らしいが、それは既に手に入れているとの事。
何故、そんな情報を俺に教えてくれたのか聞いてみると、一度に城に入れる人数は限られているようで、自分のギルドだけでは城を攻略し切れないかもしれない。それならば親しい実力者を誘って行こう、という事になったようだ。
確かに《瑠璃色の剣》の主力は瑠璃とらーさんと剣犬だった。他のギルドメンバーも攻略組としてそれなりに活動しているようだが、いかんせん彼女らに比べれば劣る。主力の一人だった剣犬はもういないし、最新の隠しエリアとなれば強力な敵も出てくるだろう。しかし、力を整えている間に他のプレイヤーが隠しエリアを発見してしまうかもしれない。だったら、いっそ他のプレイヤーに協力を要請しよう、という訳か。
隠しエリアか。もしかしたらレアなアイテムも手に入るかもしれないし、参加してみても良いかもしれないな。他にも実力者を誘っているようだし、パーティ的にも問題無いだろう。
俺は参加するという旨のメールを送っておいた。
そして翌日、《セントヤード》の街の指定された場所に向かった。
街には教会やら石像やらが色々な所にあり、NPCも黒と白のシスター服……的な奴をつけている。空も常に晴れているし、なんだかこの街は落ち着かないな。
「すいません、あの」
突然道を歩いているとシスター服を着た金髪の女性NPCが話し掛けてきた。噂には聞いていたが、この街にいる特定のNPCはプレイヤーが近くを通ると話をしてくるらしい。最後まで付き合うと『聖なる壷』というのを買わされるらしい。値段は馬鹿みたいに高い割に、買ってから説明を見てみるとただの壷とか書かれているとかなんとか。宗教を利用した詐欺師……。時間になるとどこかを見て祈り出すNPCもいるらしいし、全員がそういう悪い奴ではないのだろうが……。
「結構です」
現実でティッシュとかチラシを渡されると断れなかったなあ、とか思いながらもNPCの言葉を遮って話を断っておく。
「チッ」
おい……今あのNPC舌打ちしやがったぞ。とんでもねえ野郎だ……。
初めてですよ……。俺をここまでコケにしたNPCさんは。
そうして歩いていると、待ち合わせ場所の喫茶店『十字架』に到着した。中で既にらーさん達は待っているらしい。ガラス越しで俺に気付き、手を振ってきた。俺も軽く手を振り、喫茶店の中に入る。最近の待ち合わせは喫茶店が多いなあ。
喫茶店の中は静謐な雰囲気が漂っている。十字架や像が飾られているのがこの雰囲気の理由の一つでもあるのだろうか。中々いいところだな。
らーさん達が座っている席に行くと、既に全員揃っていた。しかも全員見知った顔だ。
「やぁやぁアカツキ君!」
笑顔を浮かべて手を振ってくるカタナ、そしてその隣にはアーサーが座っていた。あの決闘から何回も顔を合わせているが、会う度に正面から戦って負けて記憶が思い出される。まだリベンジはなっていない。機会があったらまた戦うつもりだ。
俺、瑠璃、らーさん、カタナ、アーサー、そして新しく幹部になったという《瑠璃色の剣》のプレイヤー、音狐。この六人で隠しエリアに挑むという事らしい。
音狐はギルドメンバーの中でらーさんに次ぐ実力者らしく、剣犬の後釜として幹部になったようだ。黒縁の眼鏡を付けた黒髪短髪の少女だ。片手剣を装備しており、盾も使っている。今日はアーサーと音狐がタンクの役割を務める様だ。揃ったメンバーに緊張しているのか、視線をキョロキョロとしている。それをらーさんが何かを言って落ち着かせている。意外とらーさんは面倒見がいいんだよな。
「じゃー全員揃った所で話をしようか」
俺がカタナの隣の席に座ると、瑠璃が話を始めた。
クエストの説明などからすると、これから行く隠しエリアは罠が多い事が予想できるらしい。油断せず、慎重に進まなければならない。事前にバッドステータス用のアイテムや転移系のアイテムは揃えてきているので、よほどの事態にならなければ大丈夫だろう。
――――――――――――
《セントヤード》の中央。
途中出てくるモンスターに対し、パーティの連携を確かめながらここまでやってきた。アーサーと音狐が敵の攻撃を防ぎ、その間に後ろの俺達が攻撃する。モンスターも順調に倒せているし、連携に問題は無いだろう。
「じゃあ使うぞ」
瑠璃がアイテムボックスから『真実の鏡』を取り出す。パーティに若干の緊張が走った。これで何も起きなかったら何ともいえない残念な事になるだろうからな。
『真実の鏡』は四角い形をした鏡だ。縁の部分には蛇の文様が這っている。瑠璃が手に取り、それを翳すと光の部分が紫色に輝き出した。光が天に向かっていく。
すると雲ひとつ無い青空が突如曇りだしたかと思うと、紫色の雷が落ちてきた。地面にぶつかって激しい音を立てる。音狐が小さく悲鳴を上げた。
空はすぐに元の青空に戻っていったが、雷が落ちた部分には紫色の結界ができていた。怪しい光を放っている。これがクエストの言う『嘘吐きの魔女』がいるという城に繋がっている結界なのだろうか。
瑠璃が黙ってその魔法陣に足を踏み入れた。同時に彼女の姿が一瞬にして消え失せる。続いてらーさんが魔法陣の中に入る。取り残された音狐はあわあわと狼狽していたが、やがてらーさんに続いて魔法陣の中に入っていった。
「じゃあ僕達も行こうか」
「そうだね」
「ああ」
残った男衆三人組も、彼女達に続いて魔法陣に飛び込んだ。一瞬目の前が紫色の光に染まったかと思うと、俺達は別の場所に移動していた。
黒く塗りつぶされた不気味な空、そして目の前にそびえ立つ巨大な城。どうやら隠しエリアへの潜入に成功したようだ。
こうして俺達の隠しエリア《ディセイブキャッスル》の攻略が始まったのだった。