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あれから更に三ヶ月くらいたった。
毎日修行をしてステータスが大分上がったのを確認して、一週間に一度くらい洞窟の外を探検しにいっていた。ホーンラビット亜種(面倒だからホーンラビット)と戦い、死ぬことなく勝利出来ている。レベルもかなり上がり、現在は38だ。ホーンラビットの名前が表示されるようになったからレベルが近づいたんだな。
もうホーンラビットと戦って負けることも無くなってきたから、そろそろ次のステップを踏みたいと思う。ここ数回の探索でこの森にいるモンスターは大体分かった。そこまで奥まで潜っていないのでまだ発見していないモンスターも居るかも知れないが、現状では問題ないだろう。
確認したモンスターの数は十。名前が分からないのが四体ほどいた。シェルドスコーピオンとブラッディベアーも見かけたが、未だ名前は分かっていない。ブラッディベアーは兎も角、そろそろシェルドスコーピオンと戦って見てもいいかもしれない。《毒耐性》も手に入れたし毒にやられる可能性は低い。何より、ホーンラビットではもうレベルがあまり上がらなくなってきているのだ。魂の欠片もあることだし、少しぐらい冒険してみてもいいだろう。
ここに来たばかりの俺が聞いたら危険だからやめろ、と怒鳴られそうな考え方だ。だけど俺はチマチマ鍛えていてもこの森からは出ることが出来ないと判断した。一撃でHPが半分以上削られるようなら、即座に逃げるけどな。
少しずつ溜めていたフィレの実を確認し、俺はシェルドスコーピオンを探しに出かけた。
――――――
「うわあああああ!」
やっぱコツコツレベル上げてれば良かった! 俺はシェルドスコーピオンの突進をギリギリでかわしながらそう思った。
一体だけで居るところを確認し、気付かれないように近づいていって《四段ジャンプ》で上まで移動し、落下の衝撃をプラスした《兜割り》を叩き込んだ所までは良かったのだが、全くと言って良いほどダメージを与えることが出来なかった。予想以上に堅かったようだ。それから逃げようとしたのだが、このサソリ足が滅茶苦茶速い。逃げようとすると回り込まれてしまい、洞窟まで帰ることが出来ないのだ。
こいつにダメージを与える事が出来そうなスキルが《兜割り》の他にもう一つだけある。《クリア・スタブ》だ。《クリア・スタブ》は鎧などの隙間に刃を入れて相手に直接ダメージを与えるスキルだ。あのサソリの殻にも効くかも知れない。だけどそれをするにはかなり接近しなければならない。近づけばあの鋏や尻尾で攻撃されるだろうし、殺される気がして怖いから無理だ。
「うおっ!?」
サソリがまた突っ込んできた。《ステップ》で横に跳ぶが完全にかわしきれず肩に少しだけ当たる。そのダメージでHPは二割ほど削られた。ホーンラビットの時ほどレベルが離れていないのかもしれない。
キシャアア!? サソリが悲鳴を上げドシン、と何かにぶつかる音が聞こえてきた。サソリの方を見ると樹にぶつかって混乱状態になっている。この森のモンスターは樹にぶつかって自滅する奴が多いみたいだな。
何はともあれチャンスだ。急いで駆け寄って《クリア・スタブ》で殻の隙間に刃を突き刺す。するとHPが少し減った。体に刃が刺さっている状態だと少しずつダメージを受けていく。俺は『血染め桜』をサソリの混乱が解けるまで刺し続けた。
混乱が解けるサソリ。《ステップ》で後ろに回避して攻撃をかわす。
それから殆ど夜になるまで、俺はサソリと戦い続けた。やはりサソリの攻撃力はそこまで高くなかったようで危ないところもあったが何とか倒しきる事が出来た。サソリは樹にぶつければ毎回混乱状態になるのでその隙に《クリア・スタブ》で攻撃する。これを続けていれば結構楽に勝てることが判明した。
レベルが一気に3上がるのを見て、もう数回倒せば名前が見れるだろうと確信した俺は、それから数日おきにシェルドスコーピオンを狩りに行くことにした。
――――――
もうここに来てからどれ程経ったか分からない。一年以上かもしれないし、それより少ないのかもしれない。未だにプレイヤー達はここに辿り着いていない。恐らくだが、ここは隠しエリアなのかもしれない。いくらモンスターのレベルが高いとはいえ、この森で一番強いブラッディベアーのレベルは50程度。今の俺のレベルは54だ。普通に攻略していれば他のプレイヤーはとっくに到達していてもおかしくない。そのことからここは見つけにくい位置にある隠しエリアなのではないかと予想をたてた。だとしたら、ここから出ることが出来る方法はもう一つしかない。このエリアの主、つまりボスモンスターを倒すのだ。ボスを倒すと街にワープすることが出来るワープゲートが現れる。それを使って街に行くのだ。バグのせいでここに来たのだからワープゲートが使えない恐れがあるが、試してみる価値はあるだろう。
「《フォーススラッシュ》!!」
ブラッディベアーの大振りな攻撃を避けて懐に潜り込み、足を四連続で斬り付ける。足を斬られたことでバランスを崩したブラッディベアーは地面に倒れ込んだ。巨体に潰されないように《ステップ》で回避し、倒れたことによって低くなった頭を狙う。
このゲームには急所と呼ばれる部分があり、攻撃が完璧に決まると一撃死させる事が出来る。急所は心臓や首、うなじや脳天など現実でも急所とされる場所ばかりだ。これはプレイヤーだけではなくモンスターにも当てはまる。
《四段ジャンプ》で高くまで跳び上がり、落下の衝撃を乗せてブラッディベアーの脳天を突き刺す。
グオオオオオオオオオ!!!!
ブラッディベアーが断末魔の悲鳴を上げて消滅していく。急所に攻撃をしても即死させる事は難しいが、あそこまでしっかり突き刺すことが出来れば大丈夫だ。
あれほど強かったブラッディーベアーですら、一体だけなら危なげなく倒すことが出来る。もうブラッディベアーを倒してもレベルが一気に上がるような事はなくなった。今では三体ぐらい倒さないとレベルアップする事が出来なくなっている。
この調子ならボスなんて簡単に倒せるだろう。もう一回レベルアップしたら倒しに行こう。
この時の俺はレベルが上がって調子に乗っていた。ゲームをやっている人なら誰でも分かるような事をすっかり忘れてしまっていたのだ。