愛するあなたと月明かりに照らされ隊
ありがちな感じの短編になっております。
スポットライトが行き交う舞台。
はじける熱気、響く歓声。
そしてーーー……『愛してるよ』
あまい顔立ちの超絶イケメンからのあまーい一言。
一瞬の間をおいて、会場内には女性たちの悲鳴のような叫び声が響き渡った。
*
「はぁぁぁー。かっこよかったぁぁぁぁ」
夜も深い時間帯にもかかわらず、人が混雑している電車で花枝は息を吐き出した。
「やっぱりハヅキ様は安定のかっこよさだわ。」
「えぇー!?ハヅキよりもユキトでしょ?
ユキトの色気にかなう人なんかいないよー!」
一緒にライブに参戦した親友の彩花がほてった体を抑えきれずに反論する。
花枝たちがハマっているのはUNISONというロックバンドで、ボーカルとベースとドラム、そしてリードギターとリズムギターの五人で構成されている。
そしてメンバー全員が超!超!超イケメンなのが人気の理由の一つなのである。
花枝が推すのは、蕩けるようなあんまぁーい低音ボイスのボーカル、ハヅキだ。
少し長い前髪をした黒髪に赤いメッシュが入っているのがチャームポイントで白い肌に高い鼻、綺麗な二重の瞳が美しい中性的イケメンである。
もうハヅキと付き合えるなら何でもする!と本気で考えてしまうほど、花枝は彼にのめり込んでいる。
彼に少しでも近づきたいがゆえに、毎日休み時間になればスマホを駆使してせっせとハヅキの情報収集にいそしむ毎日。
しかし困ったことに、どれだけ頑張ってもUNISONに関する詳しい情報は一切手に入らないのだ。
彼らは公式のブログやSNS、そして所属事務所以外の情報は一切公開されておらず、とても謎めいたグループとして世間に認知されている。
それでもめげないぞぉ!とガチ勢である花枝はめげずに毎日スマホを連打する。
今この時だって、ライブの余韻に浸るのは家まで我慢してネットを駆使するのだ自分!と自分に言い聞かせてスマホを連打。
トントントントントトントントン…ピコリーーーーーン!
「うぉわ!」
いつも通り公式からGo○gle検索、果ては2●ゃんに至るまで調査の手を広げている最中に突然『メッセージ受信』の文字。
くっそぉ…愛の?情報収集を邪魔しやがってぇー!と思いながらタッチすると、宛先に父、フミゾーの文字。
いつも帰りが遅くなったくらいでとやかく言わない父親なので、何かあったのかもしれないと思い、急いで内容を読んだ。
『会わせたい人がいるので早く帰ってきてください(*-ω人)
今日の晩御飯はハナたんの大好きなハムハムバーグです!(σゝω・)σ』
なんだか衝撃の事実がいっぱいつまったフミゾーからのメールに、花枝はしばらく固まった。
1秒
2秒
3秒
「…は!?」
やばいやばい息とめちゃってたよ。
深呼吸深呼吸。
ぜはーぜはー。
「突然どうしたの?誰からメール?」
突然深呼吸をしだす花枝に若干引きつつも、心配するそぶりを見せる彩香。
「フ…父さんからだよ。」
「フ?」
「…フ」
「…フ?」
「フ…二日酔いの父さんからのメールなのさ!」
ヤバイヤバイ。
外面だけはイケメンダンディーパパなフミゾー(43)が、家ではピンクのハートエプロンを付けてルンルンしながら家事にいそしんでいるのは墓場まで持っていかねばならない極秘情報である。
「パパさん、メールになんて書いてあったの?」
「あっ会わせたい人がいるって…
それと夕飯はハムハ…ハンバーグだって。」
落ち着け、落ち着くんだ私。
愛する唯一の父のためにも絶対にボロを出してはいけない。
「きゃぁー!会わせたい人ってもしかして恋人?新しいお母さん!?」
「うー…ん、そんな素振り無かったけどなぁ…。」
あの父のことだ。
恋をしたら、きっと思春期の乙女のように脳内が花で溢れて溢れて溢れ出して外にまで花を咲かせてしまうに違いない。
そして家中が今以上にラブリー仕様に仕上がってしまうのだ。
「でもさ、奥さんに先立たれてもう10年でしょ?
花枝だってパパさんに新しい人を見つけて幸せになってもらいたいんじゃない?」
「確かに…。」
母が亡くなってから、父が男手一つで私を育ててくれた。
仕事の合間をぬって、慣れない料理にもめげずに挑戦し続け、今ではプロ並の腕を持つ凄腕イクメンへと成長を遂げたフミゾー。花枝はそんなフミゾーがとても大事で大好きだ。だからこそ幸せになってもらいたい。
「ごめん、私もう帰らなくちゃ。ごめんね!!」
「うん。パパさんの為にも早く帰ってあげなきゃね。」
「ありがと!感謝するよ親友!」
ちょうどその時特急電車が停まる駅に着いたので、定期で乗れる準急から金を上乗せしなきゃいけない特急に乗り換えた。
フミゾーのためならワンコイン分くらいどうってことない……たぶん。
*
特急でバビューン!っと最寄りの駅まで駆け抜けた私は、そこからまたダッシュで駅から家までを駆け抜けた。
おおーっと速い!速いぞ花枝選手!
50M10.3秒の人間とは思えないほどのダッシュを見せている!
さぁ!後少し!あの角を曲がればもうそこは我が家ーーーーー!!!!
「ぜぇっぜぇっぜぇっ」
やっとたどり着いた我が家。
しかし全力疾走したせいで体が震えて鍵をうまく鍵穴に差せない。
「ぜぇっぜぇっぜぇっ」
あ!もうちょっとでーーーーー…
ガチャ
「おかえり!花枝!
早かったじゃない………あれ?そんなとこでうずくまって何してるんだ?」
「……。」
後ちょっとで開けられたのにィー!!
出迎えてくれたのは我が父のフミゾー。
190はある身長に、がっしりとした体躯。
そして怒ると怖いが笑うと可愛いハンサムな顔。
「……なんでもない。」
あともうちょっとというところで内側からドアを開けられたことに少しショックを受けながら我が家一歩足を踏み入れる。
いつもならこの場面で出迎えた父におかえりのハグをされるのだが、今日はいつもと違った。
「おかえりなさい、花枝ちゃん!」
見たことない黒髪清楚なお姉さんが微笑みながら玄関に立っていたのだ!
「文蔵さんから話を聞いててずっと会いたかったの!」
そう言ってニコニコ嬉しそうに笑うお姉さんが女神すぎて直視できない。
「あ、ええと。た…だいまです。」
「とりあえず、夕飯を食べながら話をしようか。」
あまりの眩しさに思わず自室へ逃避行しそうになった所をフミゾーに肩をがっしりホールドされてキッチンへ連行された。
…あ、さすがに今日はフリフリのハートエプロンつけてないのね。
…っていうかフミゾー、ちょっと年下に手を伸ばしすぎたんじゃないか?これはおそらく、まだピチピチの20代……ゲフンゲフン
*
結論として、女神なお姉さんの正体は彩香の予想通り父の恋人だった。
黒髪清楚なお姉さんの名前は里美春日さん。
フミゾーがつとめる会社と友好関係にある会社の販売プロジェクトチームのリーダーをつとめるバリッバリのキャリアウーマンらしい。
そして驚くことなかれ、実は彼女、フミゾーより歳上の45歳だった。
ちなみにバツイチらしく、私より一つ上の息子がいるらしい。
今日の顔合わせに連れてくるつもりが、息子さんの方に外せない用事があったようで、春日さんだけ時間通りに来たそうだ。
春日さんの息子…そして、フミゾーと春日さんは結婚を考えているカップル……と、言うことは、私に兄弟が出来るということか!
実はずっと一人っ子だったから、兄弟にちょっと憧れてたりして嬉しかったり……
自分の妄想に酔って一人でニヤニヤしている私の向かいで、春日さんが困ったようにため息をついた。
「にしても遅いわねぇ……。
今日はあれほど早く仕事を終わらせるように言ったのに…。」
呆れたように呟くと、鞄にしまってあったあいぽんを取り出して慣れたようすで操作する。
恐らく息子さんに連絡をいれているのだろう。
「バイト…ですか?」
「あー…うーん。違うような違わないような…。」
「まだ高校生ですよね?」
「ええ。そうなんだけどねー…」
「そう言えば花枝も昔バイトしてたよなー…」
一緒にフミゾーの作るめちゃうまハムハムバーグを食して絆が深まった私たちは仲良く食後のコーヒーを飲みながら会話する。
のほほんとした団欒の空気に異変が起こったのはその時だった。
キキィィィーーーーーーーー!!!!!
けたたましい車のブレーキ音が我が家のすぐそばで鳴り響き、眩しいライトが点滅するのが窓越しでも確認できた。
「なっ!?何事!??」
「花枝!春ちゃん!パパが見てくるから奥の部屋に入っときなさい!」
ゲリラ!?ゲリラ兵か!!?と私とフミゾーが慌てている横のに、春日さんは慌てたようすも見せずにブツブツ呟いた。
「あの馬鹿っ……!!!!」
「あっ!待って春ちゃん!!」
フミゾーの必死の制止も振り切って玄関へと駆け出す春日さん。
ちょ!危ないって!
こんな時間の住宅街で爆音響かす車の持ち主がまともな人である確率は結構低いよ!??
春日さん一人では危ないので、慌ててフミゾーと共に追いかける。
「春日さん!大丈夫ですか!?変な人に襲われ…………」
玄関先で車の男と口論している春日さんを見つけて慌てて駆けつけようとするが、何やら相手が醸し出すオーラが普通じゃないことを察知して思わず踏みとどまる。
我が家の目の前に停まった高そうな外車から降りて春日さんと言い合っている男は、暗すぎて顔はよく見えなかったが、とても背が高かった。
「あんたねぇ!遅刻はするわ連絡はしないわド派手な音たてて登場するわ……いい加減にしなさいよ!!」
なにも言い返さない相手にどんどん暴言を吐く春日さん。
あっ…そんなこといっちゃ相手が逆上して殴りかかってーーー……
私は思わずぎゅっと目をつぶって春日さんをかばうように二人の間に入った。
私が割り込んだことにより一瞬の静寂が落ちる。
しかしすぐに男がごそごそとなにか身動きする気配がして、「今度こそ殴られる!」と思ってさらにきつく目を閉じた。
しかし、覚悟した痛みが襲ってくることはなく、それどころか……
「それ、俺の妹?」
蕩けそうなほどあんまぁーい美低音のイケメンボイスが私の耳を一瞬天国へと連れていこうとした。
自分のタイプ過ぎるイケボに思わず固まってしまった私に、春日さんは「あ!そう言えば」といって、車に乗っていた人をグイッと私の方へ押し出した。
「これが息子の里美葉月!
花枝ちゃんより一つ上だけど、ぬけてる奴だからよろしくしてやってね!」
ちょうどその時、今まで雲に隠れていた月が姿を現して、その眩いばかりのかんばせを照らし出した。
白い肌に高い鼻、そして綺麗な二重の瞳にチャームポイントの赤メッシュが入った黒い髪。
その特徴をあわせ持つのはきっと世界にただ一人。
私が愛して愛して止まないUNISONのボーカルである彼だけだった。