予期せぬ展開だ。その設問は、自信をもって臨んだ期末テストの数学の問一で、いきなりひっかかった時の数倍もハードルの高い問いだった。期末テストは「あぁあ」と嘆けば済むが、これは嘆いている場合ではない。 ロサンゼルス国際空港の規模は僕の想像を遙かに超えおり、だからといって僕の想像がどれほどの規模かというと、もはや説明の余地も無いだろう。タイムスリップして、旅立ち前にディスコで踊り明かしている僕に強烈なデコピンを喰らわしてやりたい気持ちでいっぱいだった。
バス、タクシーに乗り込む人々。バス停に近づいても、そこには僕を引き返させる要因しかなく、その頃の僕はホテル直行のシャトルバスの存在なんて知らない。異常なまでに”調べる”ということをしない青春だ。リターントゥイノセンス。とりあえずここは誰かに聞くことにした。前向きに。ポジティブに、同じか。そして僕は伝家の宝刀、ポケットのトランプを取り出し例文を探す。
「How can I get to the hotel?」
ばっちりではないか。僕はトランプを渡してくれた旅行会社の受付のお姉さんに恋すらした。というよりもはや聖母だった。とはいえ一度誘おうとしてナチュラルに断られたのだが。
タイミング良くそばを通りかかった、親切そうな青い目のおばさんにさっそく僕は切り出した。するとおばさんはにっこり笑って(僕にはおばさんをにっこりさせる何かがあるのだ)親切にホテルへの行き方を説明してくれた。「オー、オー、サーンキュー」と言い僕らは別れたわけだが、その会話で僕の脳のディスプレイに表示されたのは、“?” だった。もしくは、“ERROR” または、“残念ですが要求は拒否されました。またのお越しをお待ちしております”。いわゆるひとつの“完璧なまでに理解できない”ということだ。パーフェクトだ。 往年の江夏豊も目ではない。何に対して僕は「サンキュー」と言ったのだろう。しょうがないからおばさんの青い目に対して言ったということにしておこう。そして僕は自分一人で解決できる方法を考え行動に移した。間違いなく原始から人が行ってきた行動、人間の証明、二本の足で行う美しき行為。徒歩だ。
暑い。
まぶたを光が覆い僕は汗だくで目を覚ました。朝だ。
僕は起きあがり熱いシャワーを浴びた。チェックアウトの時間までまだ一時間近くあったが僕は身支度を整えロビーへ行きホテルを後にした。僕とユーイングのバッシュとアーミーバッグとシカゴブルズの赤いバッグが、初めて一緒になってロサンゼルスの街に立った。 ホテルを出る時、受付で試しにサンタモニカへの行き方を聞いてみたがやはり理解できなかった。バスに乗れ、というのはかろうじて分かったがバス停が何処にあるのか、ということさえ分からなかった。分かった所で間違ったバスに乗る可能性は現段階では非常に大きかった。空港行きのバスになんて乗ってしまったらどんな行動を起こすやもしれない。
僕は再び徒歩を選択した。時間だけは限りなくあるのだ。それにもう何処のホテルもとっていないし、もう誰も僕がやってくるのを待つ人間はいない。夜が来るまでになんとかすればいい。空を見上げると一機の見覚えがある飛行機が横切って行った。僕が乗ってきたのと同じ航空会社の飛行機だ。たしか空港に着く前に飛行機はサンタモニカ上空を通った。それは僕の持つ、限りなくあやふやな情報だったが、今の所僕にとっては僕の記憶と地球の歩き方だけが頼りだった。空港とサンタモニカの角度、ホテルとサンタモニカの角度はそうたいして変わらないだろう。その仮定が浮かび上がると同時に、僕は飛行機の飛んで行った方向に向け歩き出した。2月とはいえ、コートをはおった僕にロサンゼルスの気候は厳しかった。しかし少しも不快感がなく、逆に喜びすら感じていた。“Stranger in this town”。僕はれっきとしたアイデンティティを持つ一人の男になっていた。もう空腹感も感じなかった。僕はポケットからヘッドフォンを取り出しフルヴォリュームにした。“Come on everybody”のリフが僕の足取りを軽くする。僕は空港まで見送りに来てくれた友人と母を思い出していた。
「お元気ですか?僕は今歩いてます。限りなく、歩いています」
西海岸の日差しはなかなか僕を疲れさせることができなかったが、五時間目でようやく僕を立ち止まらせた。気がつくと蓄積された疲労が体に重くのしかかり、一瞬回りの音が遮断され、自分の呼吸音だけが響くくらい僕はぐったりとしていた。そしてそこはいつしかスラムを抜け、景色はちょっとした街並みに変わっていた。 大きなスーパーマーケットがあり、そこには様々な皮膚の色をした人たちが出入りしていた。そんな日常的な風景に安心したのか、僕は異様なほどの喉の渇きを感じた。それまで体の機能が麻痺していたんじゃないか、と思うくらい切実な乾きだった。
僕はスーパーマーケットに入って行った。あたりを見渡し、ドリンクの並ぶコーナーを見付けた。見慣れない飲み物が並ぶ中、僕は水を手にした。水は世界共通だろうと判断したからだ。空腹感もじわじわ表面化してきていたのだが、食べ物は何を買えばいいのか分からなかった。僕はそのままレジに向かい水を買った。アメリカに来て初めての買い物だった。たったそれだけのことだったが、僕にとってはアームストロング船長が月に降り立った時のような一歩だった。
スーパーマーケットの外に出ると、日陰を見つけてそこに座り込んで水を飲んだ。水は喉を通りすぎると体のいたるところに染みこんでいった。日本の水と少し味が違ったが、こんなにうまい水を飲んだことはなかった。あったとすれば、小学生のころ少年野球の真夏の練習の合間に飲んだ水の味に少し似ているかもしれない。あの時の水もこんな風に体に染みこんでいっていた。僕の体はアラビアの熱砂のようだった。半分飲んだところで僕はペットボトルをアーミーバッグにしまい、一息ついた。さぁ、これからどうすればいい、 そう考える僕の視界に黒人の少年が立っていた。 それは突然の出来事で少し驚いたが、不思議そうに僕を見つめるその少年に僕は微笑んでみた。微笑みを引き出されたという方が正しいかもしれない。
「What are you doing here?」
よっぽど僕が珍しいぐったりした感じだったのだろう。彼としてはぐったりした東洋人を見たのは始めてだったのかもしれない。しゃべりかけられてまた少し驚いたが僕は、
「I'd like to go to Santa Monica」
と、ゆっくり、なるだけ丁寧に言った。少年には僕にそうさせる何かがあった。その後少年は言葉を繋いだがそれは理解できなかった。そんな僕を見て少年はその場を立ち去っていった。バイバイ、と手を振りながらその姿を追うと少年のお母さんらしき人がこちらを見ていた。少年が語りかけると、お母さんらしき女性はにっこりと笑ってうなずいた。そして少年は僕のところに再び戻ってくると僕の手をつかみ歩き始めた。少し離れた場所から微笑むお母さんらしき女性もついてくる。どういうことなのか分からず、なされるままに歩くとひとつのバス停にたどり着いた。
四、五人の人がバスを待つ中、少年は何も喋らずに僕の方を見ていた。手はまだ握られたままだ。握られていない少年の手には鮮やかな色のオレンジが握られていて、一瞬それに目をやるとそのまま僕にくれた。断ろうとしたが少年は違う方を向いてしまい、僕はありがたくそのオレンジをもらった。とてもひんやりとしたオレンジだった。おそらくスーパーマーケットで買ったばかりの物だろう。少ししてバスがやってきた。人々が乗り終えたのを見計らって少年が運転手の女性に語りかけた。そして少年は僕に何かを言って、通じないのが分かると一言、「Money」 と言った。僕が財布を出すと、彼は小銭入れに手をつっこみコインを運転手に渡した。そして運転手に首で合図され僕はバスに乗り込んだ。振り返ると少年がニッコリ微笑んでいた。僕は今度は後悔しないように、「Thank you」と言った。ドアが閉まると、少年はお母さんらしき女性に頭を撫でられ一緒にその場を立ち去っていった。発車したバスの窓から僕はその姿が見えなくなるまで見つめていた。
車内は少し混んでいて、でかい荷物を持った僕はかなり邪魔をしていたのだが文句を言いそうな表情を浮かべる人はいなかった。いくつかのバス停を通過し、到着した場所で運転手が僕に何か言ってきた。降りろ、ということらしい。ここはもうサンタモニカなのか?と思っているだけの僕に何かを言っていたがすぐにあきらめ一枚の切符を手渡した。そして向かいに停車していたバスを指差した。それはトランスファーチケットでバスを乗り継ぐ際に必要なもので、勿論追加料金がいるのだが、彼女はただそれを手渡して一瞬笑った。僕が良く見ていなかったせいなのかもしれないが、彼女の笑顔を見たのはバスに乗って初めてだったような気がする。僕は指示された通りバスを降り、次のバスに乗り込んだ。するとさっきまで乗っていたバスの運転手が僕のすぐ後ろに立っていて、乗り込もうとしているバスの運転手に向かって何か説明し始めた。そして会話が終わると、僕を乗り込むように促し自分の運転するバスに戻っていった。チケットを運転手に見せ車内に入る。そのバスには数人しか乗客はおらず、僕は真ん中あたりの席に座った。エンジンがかかりバスは走り始める。窓の外をすぎゆく景色は西海岸そのものだった。暖かい地域にしか無さそうな木々が車道を囲む。僕の故郷も南国なので似たような景色があった。サンタモニカを目指した僕を自分自身で理解した。生まれた街から逃げ出すふりをして、僕は生まれた街に帰りたかったのかもしれない。僕はセンチメンタルになっていた。それはホームシックの類の物ではなく、とても優しい気持ちのセンチメンタルだった。
海岸が見える。運転手が僕に言った。
「Santa Monica」
僕は荷物を抱え、Thank you、と言いバスを降りた。そして去りゆくバスを見つめた。黒人の少年はただお母さんと買い物に来ていただけで、バスの運転手はただ毎日と同じくバスを走らせていただけで、僕に親切にしてくれる理由なんて何もなかった。僕はただ生き方の分からない、英語を理解しない日本人だった。今のところあまり価値の見あたらない人間だ。
僕は彼らの幸せを願った。両手を合掌させて、心から願った。目を閉じて、ホテルからサンタモニカまでの一日を思い返した。長い、とても長い一日だった。そして僕は、自分の小ささ、愚かさを知り、人は他人がいて、初めて人たりえるのだ、ということを学んだ。もっと早くそれを学んでいれば、もしかしたら僕は誰かを傷つけずに済んだかもしれない。
アーミーバッグから地球の歩き方を取り出し、“カサモニカゲストハウス”のページを開いた。そして僕はトランプを取り出し、2枚のカードを探しあてた。頭の中で文章を構成し、何回か練習した。そしてひとつ深呼吸して通りかかる人に声をかけた。
「Excuse me, How can I get to here?」
カサモニカゲストハウスのページには住所が載っており、それによってコミュニケーションは成立したのだが皆首を横に振るだけだった。そんなに有名ではないらしい。そして四人目のおばさんがやっと行き方を説明してくれた。僕は彼女の言葉にしっかり注意を払い、理解しようとした。分からない時はもう一度言ってもらった。僕は、理解した。
「Thank you」
僕がお辞儀をするとおばさんも笑ってお辞儀をした。お辞儀という行為はこんなにも奇妙なものなのか、と思った。何処かで当たり前と思われていることが何処か他の場所では奇妙に映る。そんなこともある。
いくつかの角を曲がり、僕はカサモニカゲストハウスにたどり着いた。地球の歩き方の中の写真がそのまま目の前にあった。しかし僕はひとつ異なる点を見つけた。極めて重要なポイントだった。地球の歩き方には、「カサモニカゲストハウス:サンタモニカのビーチ近くに位置し、朝食、夕食付き、一泊23$」 とあり、現実のカサモニカゲストハウスの入り口には 、「For sale」 という一枚の表札が掛かっていた。そう遠くない昔に売りに出されたようだった。僕の持っていた地球の歩き方は人からもらったもので、1990年の物。僕は1993年のサンタモニカにいた。僕はがっかりした。
でも少しだけがっかりして、がっかりするのを止めた。無知は時に罪である、僕の好きな作家がそう言っていたが僕はそれを実感した。そして教訓として受け止めた。僕が今すべきことは、がっかりしてため息をつくことでも、その場にしゃがみこんでしまうことでもなく、今夜の宿を探すことだった。やりたいことをやるのではない、やるべきことをやるのだ。僕はカサモニカゲストハウスにひと言、「See you」 と言い、その場を後にした。一度だけ振り返った。何といっても遠い日本から目指してきた場所だ。振り返っても罰はあたらない。僕をアメリカまで導いてくれたページの中の“カサモニカゲストハウス”。
大きな道路に出ると、そこにはいくつかのホテルがあった。そんなに持っているわけではないが、一泊するくらいの金は持っている。明日はまた目標を作って進めばいい。目標がないなら目標を探して進めばいい。そのまま宿を取りに行こうとする僕の目に海が映った。太陽が半分水平線に沈んでいた。僕は潮の満ち引きに引き寄せられるように海へ向かった。
ビーチに入る前に、出ていた露店でハンバーガーを買った。メキシカンスタイルのハンバーガーだった。相変わらず変な英語だったが身ぶりを交えて注文した。ヒゲを蓄えた店員のおじさんから受け取ったハンバーガーにかぶりつくと僕の血液がドクンと音を立てた。心臓が喜んでいるんだな、と思った。ビーチに降り立つと太陽はほぼ沈みかけていて、そして一日のクライマックスを証明するように、空と海の境界線を真っ赤に染め、水面に無数の光の粒を散りばめていた。大きな、とても大きな海だった。
サーファーの姿が見える。彼らはとても上手に波を捕まえる。風はオフショアだ。犬をつれたカップルが幸せそうに歩いている。異国に思いを馳せるように、海を見つめている人がいる。ローラーブレードや自転車で走る人がいる。そんな絵のような景色の中で僕は、オレンジの光に包まれながらいつしか涙を流していた。理由のない、限りなく純粋な涙だった。太陽の沈むメロディが聞こえる。並木道のヤシの木が、風に揺られスロウなリズムを刻む。僕の中に今、小さないさかいや争いや迷いは何もなく、そして、まだ名前すらない願いが喉の奥の方で発熱し、静かに呼吸を始める。
僕は太陽が完全に沈んでしまうまで、真っ赤に染まった水平線を見つめていた。ただ、水平線だけを見つめ続けてていた。