怪談:こっくりさんは間違わない
小学生の頃の私は、一言で言っていけ好かない餓鬼だった。超常現象や心霊現象といったものに今以上に懐疑的で、そういうものの話をしていると兎に角否定したくてたまらなかった。
そんな私が、少しだけ考えを改める事件があった。
こっくりさん、という遊びがある。紙に鳥居と五十音、はいといいえを書き、十円玉を乗せる。その十円玉に複数人が指を一本ずつ乗せて、こっくりさんに呼びかけると、独りでに十円玉が動き出すというものだ。降りてきたこっくりさんに質問をすると、十円玉を動かすことによって答えてくれる。
ウィジャ盤などのテーブルターニングにルーツを持つ、簡易な降霊術の一つだ。
私のクラスでは女子を中心として、この遊びが流行っていたが、当然、私は気に食わなかった。
これは、指を乗せている人間の、無意識の運動が原因であると科学的には説明される。私もそうだと思っていた。もしこれが原因だとするならば、指を乗せている人間が知らないことは答えられない。
その日は、クラスで最もオカルトに熱心な子がこっくりさんをやるということだった。私はその場で、インチキを暴こうと思っていた。
予め準備をして、彼女たちがこっくりさんをするという、隣のクラスに行った。
「あら、どうぞ」
三人の少女が、ひとつの机に集まっていた。その中の一人が微笑みかけながら声をかけてくる。
この少女が、私のクラスで最もオカルトに熱心な子――ここでは仮にAとしておこう――だ。
Aはオカルトが好きで、様々なおまじないや、こっくりさんのような軽い儀式を行なっているが、多少そういう雰囲気はあるものの明るく社交的な娘だ。そういう娘が中心に居たからこそ、こっくりさんは流行ったのだと言える。
「それじゃあ人も集まったことだし、始めましょうか」
Aがそう言うと、三人は十円玉の上に指を置いて、同じ言葉を紡ぎ始めた。
こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになられましたら、はいへお進み下さい。
こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになられましたら、はいへお進み下さい。
こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになられましたら、はいへお進み下さい。
呪文のような調子ではなく、まるで友達に話しかけるような語調だ。
そうしているうちに、ず、と引きずるようにして十円玉が動いた。
A以外の二人は、動いた、やっぱり本物だ、などと騒いでいたが、Aだけは先までと同じ微笑を浮かべたままだ。
「これでも、まだ、疑う?」
当然だ、と私は頷く。
「じゃあ、続けましょう」
Aが言うと、こっくりさんは質問のパートへと移っていった。誰それが好きなのは誰かとか、次のテストはいつかとか、漫画の展開がどうしたといった、他愛もない内容ばかりだった。みんな、ある程度予想がつくことばかりだ。
「なぁ」
私はAに話しかける。
「どうしたの」
「折角だから質問してみてもいいかい?」
「言いわ。それが当たれば、あなたもこっくりさんを信じるでしょうしね」
「それじゃあお言葉に甘えて」
私はAに向かって、左手の甲を差し出した。そこには、湿布が貼ってあった。
「この怪我、後どれぐらいで治るか聞いてみてくれよ」
「良いわ。こっくりさん、こっくりさん……」
Aの呼びかけに応じて、十円玉が紙の上を動く。
「み」「つ」「か」
三日――という事だろうか。これを見た時、私は思わずニヤリと笑っていた。
「どう、これで分かった?」
「ああ、分かったよ。こっくりさんはインチキだってことがな」
私は湿布を剥がした。
湿布の下には、怪我など無かった。初めから、これはこのための仕込みだったのだ。
私が無傷の手を見せると、二人はひそひそと話し始めた。こっくりさんってインチキだったの? じゃあ今までのはどうして当たったの? 等といった内容だ。
私は悦に入っていた。やはり、超常現象も幽霊も存在しないのだ。それを証明したつもりになって、得意になっていたのだ。
だが――
「そんなはずがない」
呟く。
Aだ。顔を下に向け、ぶつぶつと呟いている。
「そんなはずがないそんなはずがないそんなはずがないこっくりさんは間違わないこっくりさんが間違うはずがない……」
まるで、何かに取り憑かれたかのように呟き続ける。その様子を見て、私と二人は思わず黙った。あまりに不気味だ。
こっくりさんが心霊現象ではないと分かったのが、余程ショックだったのだろうか。
もしかして、こんなことをするべきではなかったのか――?
そんな後悔が浮かぶ。
呟き続けていたAが、急に立ち上がった。
「そんなはずがない。こっくりさんは間違わない!」
そう叫ぶと、十円玉から指を離し、空いている方の手を振りかざして私に向かってきた。空いていたはずの手には、ハサミが握られていた。
喉から引きつるような声を上げて、私は逃げようとした。しかし、急なことだったので間に合わなかった。
ざくり、と音がして左手が焼けた。いや、そう思っただけだ。先の尖ったタイプのハサミが、私の左手に突き刺さったのだ。
その様を見て、私より先に二人の女子が悲鳴を上げて教室から逃げでた。
「何すんだよ!」
私はそう言って右手でAを押しのけて、ハサミを引き抜いた。左手からは血が吹き出て、桃色の層のしたに白いものが覗いていた。湿布がこんな事で役に立つとは思わなかった。
押しのけられたAは床にぺたんと座りながら、けらけらと笑っていた。
「はは、これで当たり。間違わない――私は間違わない」
私はその顔を見て、血が引いていくのを感じた。
Aの顔が――いや、眼と口が大きく吊り上がって居るように見えたからだ。まるで、狐のように。
その後、先生がやってきて、私は保健室に行く事になった。翌日からこっくりさんは禁止され、登校してきたAは元に戻っていた。
結構深い傷だったはずなのに、私の怪我は三日で綺麗に治った。こっくりさんの言葉通りに。
私は未だに、あれがAだったのか、或いはAに降りてきた何かだったのか、整理を付けられていない。