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仲間(2)

「ここまでくれば、もう大丈夫だよ……。相手が帝国でも、ここに気づく事は出来ないから」

「大丈夫って……。ここ、ただの娼館じゃないか」

 周囲を見渡し、ロゼは半ば呆れるようにそう呟いた。ローティスの歓楽街にあるバテンカイトスの館の中、暖色系に包み込まれた華やかなエントランスで一行は足を止めていた。アクティが案内したのがここだったのだからここに来るのは当然なのだが、何も聞かずに信じてついてきたロゼはここに来てアクティを疑わしく感じていた。
 猜疑心丸出しの目でアクティを見つめるロゼだったが、視線の先でアクティは肩で息をして苦しんでいるホクトを気遣い、傍らでその表情を覗き込んでいた。こうしてみていると、ホクトとアクティはまるで家族のようである。そうした意味においては、アクティは信用出来るのかもしれない。
 ロゼにとってそれよりも驚きだったのは、あの常に飄々とした様子のホクトが苦しそうにしている事であった。ロゼは実際にホクトが圧倒的な力を持つ魔剣使いである事を知っては居たが、ガリュウの能力や性質に明るいわけではない。実際、ホクトは仲間に何も話そうとはしていなかったのだから。

「ロゼ君、みんなっ!! 大丈夫だった~!?」

「うさ子……。もうまいてきたのか?」

「うん、なんとか~……。ふう、うさも頑張ったからちょっとだけ疲れちゃったの……。汗かいちゃった~……」

 うさ子を外から引っ張り込んできたリフルは周囲に人影がない事を確認し、扉を閉めて中に入ってくる。リフルが腕を組み、ロゼと同じくアクティを見つめる。が、リフルが言葉を発するより早く螺旋階段を下りてくる人影があった。
 ダークスーツに身を包んだこの館の主であり、錬金術師であるメリーベルである。メリーベルはアクティの傍により、それからホクトの腕を見て眉を潜めた。

「あ……メリーベル!! ごめん、少し匿って!!」

「それは構わないけど……。これ、何? どういう事なの、ヴァン?」

「だから、俺は……。ヴァンじゃなくて……。ホクト君、だ……」

「事情は後で話すから! 白騎士に追われてるの!」

「…………。先に地下に。お仲間も一緒に」

「ありがとっ!! ほら、何突っ立ってるんだよ! 早く走って! こっちこっち!!」

 アクティとうさ子がホクトを支えながら地下へ向かい、ロゼも階段を駆け下りていく。そんな中、一人遅れて残ったリフルはメリーベルへと歩み寄り、ふと優しく笑顔を浮かべた。

「……お久しぶりです、メリーベル」

「久しぶり。元気そうで何より」

「貴方は相変わらずですね……。まさかこうしてまた貴方の世話になるとは思いもしませんでした。いえ、貴方以外にこの街で帝国に逆らえる人間もいないのでしょうが……」

 メリーベルは腕を組んだまま静かに目を閉じ、小首をかしげた。ゆっくりと開く睫の長いその瞼から除く瞳は妖艶で、その微笑は言葉が無くとも訴えるものがあった。リフルは一礼し、そのままロゼたちの後を追い走り出す。
 地下には物資を保管する倉庫があり、アクティはその更に奥へと進んでいく。それから木箱をいくつか退かし、床に掠れて浮かんでいる魔法陣に手を合わせ、合言葉を唱えた。

「へこたれへこたれ、へこたれ勇者!」

 合言葉に反応し、隠された術式が発動する。地下へと続く転送魔法陣が発動し、アクティたちはそれを利用して更に隠された奥地へと進んでいく。眩い光の転移の後、目を開いたロゼたちの前に現れたのは地下に存在する巨大な空間であった。
 まるでホテルのフロントのようなエリアには様々な人が行き交い、その人の多さにロゼは完全に思考が停止してしまっていた。唖然とするロゼの背後、遅れてやってきたリフルが肩を叩く。

「大丈夫ですか、ロゼ?」

「あ……。ありえないだろ、なんだこの馬鹿広い空間はっ!? 完全に術式による限度を超えてるぞッ!? つーかこんな広さの場所この町のどこに……ッ!?」

「……キミさぁ、なんにもしらないんだね」

 馬鹿にするような、呆れたような口調でアクティが漏らす。ロゼは眉を吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべながら前に出た。

「だったらあんたは知ってるっていうのかよ!」

「知ってるもなにも……。ここに住んでるんだけど。キミたちホントに反帝国勢力? ギルドに参加してる?」

「してるに決まってるだろ!?」

「あっそ。じゃ~信用ないんだね」

「なにぃいいいっ!? あんたなあ、さっきから言わせておけばズケズケと……ッ!!」

「落ち着いてくださいロゼ……」

 いきり立つロゼを羽交い絞めにしつつリフルは冷や汗を流す。こんな事をしている場合ではないのだが、ここまで来てしまえば安全なのも事実である。とりあえずホクトを何とかしなければならないと思うのだが、既にロゼはそれをすっかり失念している様子だった。

「ここは、反帝国勢力が拠点としている架空のエリア……。通称、“鯨の腹バテンカイトス”だよ。ボクは、ここに所属してる反帝国ギルド、“サーペントヴァイト”の一人」

「バテン……カイトス……? き、聞いた事ないぞ……」

 思い悩むロゼの背後、リフルは前に出てバテンカイトスのエントランスを眺めていた。アクティはホクトを奥へと連れて行き、ロゼも仕方が無く後に続く事にした。
 エントランスから伸びている無数のエレベータにて移動し、気づけば既にサーペントヴァイトの本部である。そこは砂の海豚の何倍も巨大であり、豪勢であり、設備も充実した文字通りの基地であった。その規模の違いにロゼは眼鏡を光で曇らせたまま完全に思考停止している。

「ようこそ、サーペントヴァイト本部へ。それより早くホクトを部屋に運びたいから、手伝ってくれる?」

「…………。リフル、手伝ってやれ……」

「は、はい……。うさ子、左を持ってくれ」

「うさ、ずっと左持ってるの~……。ホクト君、お、重いのおおおお……っ」

 会話に参加してこないと思っていたらずっとうさ子はホクトを支え、踏ん張っていた様子である。顔が真っ赤になり、うさ子は目を見開いて泣き出しそうになっていた。ホクトは既に意識が途切れそうなのか、うつらうつらした様子で立っているのもままならない。
 リフルが右側を支えると、一気にホクトの身体が浮かびうさ子はそれに耐え切れず転びそうになってしまう。小柄なアクティでは背の高いホクトは支えられないので、仕方が無く道を案内する事くらいしか出来なかった。
 そうして進んでいく仲間達を見送り、ロゼは一人で前髪を掻き揚げ忌々しげに床を見つめていた。が、実際に見つめていたのは当たり前だが床ではない。思い起こす、過去の記憶を睨んでいたのである。
 少年はゆっくりと、思い足取りで仲間たちを追いかけ始めた。バテンカイトスの灯りは、夜も昼も関係なく。過去も未来も関係なく。ただ、少年の行く先を照らし続けていた。



仲間(2)



「ヴァン……じゃなかった、ホクト……大丈夫かな……」

 アクティの部屋へと運び込まれたホクトは、そのままベッドに寝かされている。今は遅れてやってきたメリーベルが容態を見ている所だったが、その間邪魔だからと他のメンバーは追い出されてしまったのである。
 廊下に出ていてもアクティは落ち着かないのか、扉の前を左右にウロウロし続けている。リフルは壁に背を預け、目を瞑り休んでいる様子だった。うさ子はアクティが左右に動き、ツインテールが揺れるのを首を振って楽しげに見つめ、ロゼはそんな仲間達とは少し離れた場所でズボンのポケットに両手を突っ込みぼんやりとしていた。

「ねえねえアクティちゃん? あの、メリーベルさんっていうのは、お医者さんなの~?」

「……医者じゃないけど、医術にも詳しいんだって。錬金術は、何でも出来ないと駄目だって言ってたし……。なんか、色々研究してるみたい」

「そうなんだ~! すごい人なんだねぇ~!」

「メリーベルはすごいよ。バテンカイトスもあの人が作ったらしいし……。錬金術師って名乗ってるけど、帝国も手出しが出来ないくらい物凄い人らしいよ」

「すごい、すごいね~!」

「とりあえず、ボクは無事に戻ってきた事……。それから、街に居た組織がいくつか潰されちゃったことをボスに報告に行かなきゃ。皆も一緒に来て。状況を説明しなきゃいけないから」

「そうだな……付き合おう。ロゼ、行きましょう」

「ん? ああ……」

 いつになくぼんやりした様子でロゼは頷いて歩き出した。シャキっとしないロゼを見つめ、うさ子は目をぱちくりさせる。

「リフルちゃんリフルちゃん、ロゼ君はどうしてへこたれさんなのかな~?」

「大方、バテンカイトスの巨大さにビビっちゃったんでしょ~? 田舎の貧弱組織の構成員みたいだし」

「いや、ロゼは……」

「それより早くしてよ! 報告急がなきゃいけないんだから! ヴァンが戻ってきたって聞いたら、きっと皆喜ぶからっ!!」

 リフルとうさ子の手を引いてアクティは走り出した。そうして仲間達が移動を開始する頃、部屋の中でホクトはベッドの上から天井を見つめていた。上半身裸になったホクトの腕をメリーベルは眼鏡をかけ、白衣姿で調べている。

「……いつから?」

「ん……?」

「いつから我慢してたの? これ、相当辛かったはず」

「…………さて、どうかね」

「信じていないのね……仲間達を」

 メリーベルはホクトの腕に手を翳し、術式を発動する。ホクトは病に侵されたわけでも負傷しているわけでもない。ただ魔剣という術式の暴走により衰弱しているだけなのである。医術にも長けているメリーベルではあったが、最も得意とする分野は術式の開発、改良、そしてメンテナンスである。幸か不幸か、ガリュウを黙らせるのに彼女以上の適任はいない。
 術式調整の間、ホクトは疲れた様子で痛みを堪えていた。メリーベルの言うとおり、痛み出すのはこれが初めてではない。魔剣を使えば使うほど、ホクトの身体は魔剣に侵食されていく。そしてそれは解除状態でもホクトの身体を蝕み、痛覚は掻き乱され意識が朦朧とするほどの激痛にまで発展してしまったのである。
 徐々に痛みが和らぎ、久方ぶりに心が安らいで行くのを感じた。どうしようもないと思っていた痛みが消え去り、ホクトは冷や汗を拭いメリーベルへと目を向けた。

「あんたすごいんだな。まさか、俺以外の人間にガリュウがメンテ出来るとは思わなかったよ」

「何言ってるんだか……。ガリュウのメンテナンスは、いつも私がしていたでしょう?」

「悪いが記憶喪失でな……。あんたの事も、覚えてない」

「…………。そう。兎に角、すぐに良くなるわ」

「そりゃあ、ありがたいねえ……。こんな美人の先生に治してもらえるなら、痛みを堪えた甲斐があったってもんだ。またぶっ倒れようかね」

「……。少し、変わったわねヴァン。行方不明になったって聞いて心配はしてたけど、記憶喪失になってるとはね…………。はい、大体終わり。無理はしないで、少し休んでいれば良くなるわ」

 身体を起し、腕を見つめるホクト。身体から神経を剥離されるかのようなひどい痛みは消え去り、体が以前より数倍自由に動く気がした。拳を何度か握り締め、それからシャツを着て立ち上がった。

「悪いな、助かった」

「こら、どこに行くの……? まさか、白騎士のところに戻るつもり?」

「…………」

「記憶喪失なのに、覚えてるのね。ミラの事だけは」

「ミラ……。ミラ、か。いや、覚えてるわけじゃない。ただ……その名前だけふっと思いついただけだ」

「…………そう。兎に角、今は休んでいなさい。大人しくしないなら、力ずくでも寝かせるわ」

 肩を落とし、ホクトは仕方なくベッドに座り込んだ。しかし気持ちは落ち着く気配がない。遭遇した白騎士――まるで自分の意思とは関係なく口から飛び出たミラという名前。何故か、白騎士にもう一度会わねばならないという強い焦燥感に駆られていた。戻ればどうなるのかは判っている。ホクトは見た目以上に冷静かつ計算高い男であり、命を投げ捨てるような行いをするような馬鹿ではない。だが、今はその馬鹿をやらねばならないような、そんな気がしていた。
 メリーベルは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、眼鏡越しにホクトを見下ろしている。彼女がホクトに向ける感情はヴァンと呼ばれた人間へ向けるべきものだが、それは彼女にとっては同じ事だった。アクティがヴァンと同じようにホクトを扱うのも、仕方のない事だと言えた。なぜならば彼は、彼以外の人間にとってはヴァンそのものなのだから。

「あんたは、俺の知り合いだったんだろ? ミラってヤツの事を教えてくれないか?」

「……はあ。まさか、忘れるなんてね」

「もったいぶるねぇ~……。別にあんた以外から聞いたって構わないんだぜ。どうせ、アクティが知ってるだろうしな」

「別に、教えないとは言ってない。でも、忘れるのは可愛そう。ミラは……貴方の恋人だったんだから」

 ホクトの隣に腰掛け、眼鏡を外してメリーベルはホクトの足に手を置いた。落ち着かない様子のホクトだったが、片手を額に当て俯いてしまう。メリーベルの言葉は少なかったが、ホクトの気持ちを思いやっているのは確かに感じる事が出来たから。

「ミラ……。ミラ・ヨシノ。彼女は、ククラカンの第二王女だったわ。とても気が弱くて、でも優しくて真っ直ぐな子だった。帝国に支配されたこの世界を変えたいと、そういつも子供みたいに無邪気に語っていたわ」

「…………理想的すぎるな。帝国を壊す事は生半可な事じゃないぜ?」

「貴方はいつもそう言ってミラを泣かせてた……。今までどうしていたの? 仲間にも連絡しないで……。アクティ、いつも貴方の事探してたのよ」

「だから、記憶喪失だったんだからしょうがねえだろ……。しかし、俺はモテモテだな。まあアクティは小さすぎて攻略対象外だが……。あんたはばっちり攻略したいけどな」

 メリーベルの手を握り締め、抱き寄せるホクト。しかしメリーベルは呆れた様子でその手を払ってしまう。当然ホクトもこのまま色っぽい方向には流れると思ってはいなかった。ただ、疲れを紛らわす為の冗談である。

「あまり、嘘をつきすぎない方がいいわ」

 突然のメリーベルの言葉にホクトは眉を潜めた。ベッドに横たわり、目を瞑る。話を聞いているのか、聞いていないのか……。それは聞きたくないというホクトの意思表示とも取れた。しかしメリーベルは話を続けた。

「もっと、仲間を信じてあげて。貴方を想い、貴方と共にあろうとする人を」

「…………。仲間は見捨てないさ。俺はもう、仲間をやらせない」

「そうやってずっと、永遠に仲間を騙し続けていくつもり? そんな虚勢はいつまでも持たないわ。貴方は自分の矛盾にいつか耐え切れなくなる。誰にも理解されない、茨の道よ」

「自分が選んで歩いてきた道は全て正しかったと信じてる。俺は、俺が想ったとおりにしかしない……。メリーベル、あんたが俺のなんなのかはしらないが、説教もらう歳でもないんだよ」

「あら、子供の癖によく言う。でも……そうね。人の事は、言えないか――」

 肩をすくめ、メリーベルは退室してしまう。ホクトはアクティ用の若干小さいベッドの上、溜息混じりに天井を見上げた。勿論自分でもわかっている。嘘をつき続ける事はきっと出来ない。だが、それをもしも貫き通せたなら……。それは少なくとも世界にとっての真実になる。ならばそれで別に構わない。たとえ、誰一人として理解してくれなかったとしても。自分が望み、選んだ道ならば――。



「ボス! ボースーッ!! ヴァンが! ヴァンが戻ってきたよ!!」

 バテンカイトス内、サーペントヴァイト本部の最奥地にある団長室に飛び込み、アクティは開口一番そう叫んだ。執務机の前で紅茶を入れていた団長、ブラッドは振り返り、アクティを見つめて目を丸くしていた。

「ちょっと、入る時はノックしてって言ってるじゃない……。っていうか、ヴァンが戻ってきたって、貴方何しに外に出たのよ? 偵察に行ったんじゃなかったかしら?」

 という口調で喋るブラッドであったが、その外見は長身の男である。白いスーツに身を包み、ピンクの長髪を指先でかきあげながらジト目でアクティを見下ろしている。その背後、客人が居る事に気づいて紅茶を机に置き、アクティの頭を小突いた。

「やだわもう、お客さんがいるなら早く言ってよね~! サーペントヴァイトにいらっしゃい……って、アラァアーッ!? リフルじゃない、どうしたのよ!?」

「お久しぶりです、ブラッド」

「やだやだ、やだもおー!! 超懐かしいわ~~~~ッ!!!! んーもう、相変わらず無愛想な顔しちゃって……。もっと女の子はね、ニコニコしてなきゃ駄目よ~!」

「ふぁい……。あの、ほっぺたをひっぱりあげるのは、やめふぇくれまふぇん……ふぁ」

 リフルの顔をもみくちゃにしながら腰をくねらせるブラッド。その奇妙な様子にうさ子も一緒になってリフルの顔をぐにぐにし始めるが、リフルは無言でうさ子の耳を鷲掴みにしてそれを阻止した。

「あーっ!! 耳はやなのーっ!! あああーっ!! あーーーーっ!!」

「それで、どうしたのかしら? なんでまた、アクティと一緒に?」

「ボス、知り合いだったの?」

「ボスじゃなくてお姉様とお呼びなさい! 彼女とは、古い知り合いなのよ。アクティ紅茶を入れて頂戴。それからクッキー出していいわよ」

「クッキー? やたっ♪ ボスのお菓子美味しいんだもん~」

 アクティは慌ててもてなしの用意を始めるが、うさ子は床に転がってしくしくと泣き続けていた。それを無視してリフルから手を離したブラッドは改めてリフルを上から下までじっくりと眺める。

「随分女らしくなっちゃったわねぇ~! もう結婚したの?」

「…………。いえ、私は……」

「もう二十六くらいじゃなかったっけ? も~~婚期逃すわよっ!! もう少し男漁りに必死にならなきゃダメよっ!!」

「…………お、男漁り……」

 顔を赤らめ沈黙するリフルだったが、何を想像したのかは謎である。とりあえず一同はソファの上に座り、アクティが出してくれた紅茶とお菓子を囲む事になった。

「それで、こっちの可愛い坊やは? まさか、リフル貴方の子供とかじゃないわよね?」

「違いますよ……。彼は、砂の海豚の団長、ロゼ・ヴァンシュタール様です」

「ロゼ・ヴァンシュタール……? そう、そういうこと……。はじめまして、ロゼ。私はブラッド……この組織のリーダーよ。貴方のお父様、先代砂の海豚団長とは懇意にさせてもらっていたわ」

「父上と……?」

「言われてみると、目元とかがそっくりねぇ~……。お父様の不幸は聞いているわ。力になってあげられなくてごめんなさい。こっちも組織の立ち上げやら何やらで、色々と立て込んでた時期だったから」

「いや、それは……。それより、父と知り合いだったっていうのは……?」

 それに、リフルが親しげにしているのも気になった。ロゼは物心ついた時から一日も欠かさずリフルと共に行動してきたつもりだった。しかし、そのリフルが普段自分には見せないような一面を見せている……それがやけに引っかかっていた。

「私も、元々は砂の海豚でお世話になってたのよ。色々あって今はこうして組織を取り纏めてるけど、組織の立ち上げにだってお父様の力を随分と借りた物よ。その恩返しってわけじゃないけど、貴方達の面倒はいくらでも見るからゆっくりしていきなさい」

「…………」

 ロゼは何も言わず、小さく頷くだけだった。それから少しの間お茶会が続いたが、終始ロゼは考え事をしているようで無言だった。疲れたので先に部屋に行きたいと言い出したので、ロゼは組織の人間が部屋へと案内する事になり、リフルの付き添いも断ってしまった。

「ちょっと気難しい子みたいね」

「……私が、育て方を間違えてしまったんでしょうか」

「あら、そんな事はないでしょ? それより、貴方がずっと一人身である理由がわかったわ。貴方、あの子の母親にでもなったつもり? 二十六のくせに」

「そういうつもりは……。ただ、私は先代にロゼを任されましたから……」

「そうやって自分に素直になれないと、辛くなるのは貴方の方よ……? 兎に角、ゆっくり休みなさい。あの子に本当のこと、話してないんでしょ? ちゃんと休んで考えて、そして気持ちが落ち着いたら教えてあげなさい」

「しかし……」

「強制はしないわ。でも、嘘をついている限り仲間を本当の意味で守る事は出来ないの。貴方も本心では理解しているはずよ……?」

 リフルは何も言い返すことが出来なかった。彼女とて、その嘘の重さは理解している。だがすべてはロゼを守る為だと思い、だからこそ騙し続けてきたのだ。
 何故砂の海豚はバテンカイトスを知らなかったのか。何故、小さな活動しかしてこなかったのか……。リフルは唇を噛み締め、珍しく不安そうな様子だった。ブラッドはそんなリフルの頭を撫で、優しく微笑む。

「困ったら相談に来なさい……。いつでも待ってるわ」

「……ありがとう、ブラッド」

「まあそれはそれとして、反乱作戦はバテンカイトス連合の主導で行われるわ。作戦会議までまだ日があるから、少しリラックスして休みなさい。久しぶりでしょう? バテンカイトスは」

「ええ。ロゼと見て周りたいと思っています。あの子、珍しい物とか最新のテクノロジーとかが好きなんです。きっと、喜んでくれる」

「…………。なるほどねえ。まあ、色々厄介だわ」

 きょとんとするリフルはまだ気づいていない。自分がロゼの話をしている時、まるで少女のように華奢な笑顔を浮かべている事に。ブラッドと別れ、ロゼの様子を見に行ったリフル。残されたのはアクティとうさ子だけだったが、二人は一生懸命クッキーを口に放り込み、幸せそうにゆるゆるとした笑顔を浮かべていた。

「それで、どういうことなのかしら? どうして貴方が彼らと一緒に?」

「はう? うさがどうかしたの?」

「どうかしたじゃないわよ……。まあいいけど、貴方の行動に口を挟む積りはないし。でもその変な喋り方は何とかしたら……?」

「へ、変な喋り方……。うさは、うさは深く傷ついたのです……。うわーん、アクティちゃーん!! ブラットちゃんがいじめるのーっ!!」

「よーしよし、一緒にお風呂入って、お店周って、おいしい物いっぱいたべようね~」

「アクティちゃん……好きなのっ!!」

 ひしと抱き合う二人だったが、ブラッドは困ったような様子で二人を見つめていた。こうして様々な立場と思惑と嘘が重なり、バテンカイトスでの短い日々が始まったのである――。
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