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破魔ノ剣(2)

「でやああああっ!!」

「遅い遅い! 動きをいちいち切るな! 一連の行動は全て流れだと思え!」

 声を上げ、木刀を振り上げゲオルクへと襲い掛かる昴。しかし、いくら攻撃を繰り出した所でゲオルクの身体に傷がつくような気配はなかった。昴は全力で攻撃を仕掛けているのだが、全てゲオルクに先読みされ防がれてしまうのだ。
 基礎訓練と実戦訓練、そして休憩時間を挟んでまた基礎訓練と実戦訓練……。昴がバテンカイトスで過ごす日々はその繰り返しだった。しかし、そのお陰もあり昴の動きは素人そのものだった初期と比べ、格段によくなって来ている。

「ほ~、やっておるのう」

 倉庫へと降りてきたミュレイは打ち合う木刀の音に嬉しそうに目を細めて微笑んだ。その背後では相変わらず学術書を片手に歩くメリーベルの姿があった。
 既に一週間近くの滞在が続いているものの、ミュレイの身体が子供の姿になってしまった理由は判らないままだった。厳密には全く検討もつかないのではなく、メリーベルには一つの仮説があったのだが。
 何はともあれ、直ぐに問題の解決へと移れないのであれば判らないのと同じ事である。メリーベルは様々な書物を読みふけり、その間ミュレイは暇だったので訓練の様子をのぞきに来たのである。

「うむ、頑張っておるのう……昴は良い子じゃ」

「センスがあると思う」

「おぉ!? お主もそう思うか!? いやぁ~、流石はわらわの式神じゃ!」

 握りこぶしをぎゅうっと作り、ミュレイは瞳をメラメラと燃やして頷いた。熱血そのものと言えるミュレイの背後、対照的にメリーベルは眠たそうに凝り固まった首をひねっていた。

「彼女、異世界から召喚したんでしょ?」

「うむ。理由は判らぬがな……。わらわもこんな事は初めてで戸惑っておる」

「そう……。異世界からの救世主、ね――」

 パタンと、音を立ててメリーベルは本を閉じた。その横顔はまるで遠い日の記憶を思い起こしているかのように穏やかで、しかしとても遠い目をしている。メリーベルには珍しい感情的な表情にミュレイは何故か少しだけ嬉しくなっていた。

「お主もそんな顔をする事があるのじゃな」

「…………。人間だもの、しょうがない」

「ふ……っ。まあ、昴は――」

 そこで、昴の悲鳴が聞こえ二人は昴とゲオルクへと視線を戻した。昴はゲオルクに気合を込めた一撃を繰り出したのだが、ゲオルクに足払いをかけられてしまいそのまま木箱の山へと突っ込んでしまったのである。派手に物が崩れる音と共に生き埋めになっていく昴を見てミュレイは慌てて走り出した。

「す、昴っ!! 大事ないかっ!?」

「う、うぐぅ……。へこたれる……」

「ゲオルク! お主、もう少し手加減というものを出来んのか!? このばかたれがっ! ばーかたれがっ!!」

「そういわれてもな。今のは、そっちの嬢ちゃんが勝手にスッ転んだだけだろう」

 ミュレイはゲオルクの足を一生懸命踏み付けまくっているのだが、子供の姿のミュレイでは筋肉の塊のようなゲオルクにダメージを与える事は敵わなかった。結局昴はその後、ゲオルクの手によって引っ張り出され、べしゃりと床の上に転がる事となった。

「全く……あまり無茶をするなと言っておろうに」

「…………ごめんなさい、ミュレイ」

「謝らずとも良い! ほれ、怪我はないか? 頬が汚れておるぞ」

「あう……」

 ミュレイは自分の着物の袖で昴の顔を拭った。その間、昴は眼鏡を外してレンズをじっと見つめている。先ほどの衝撃の所為か、レンズには皹が入ってしまっていたのである。

「困ったな……壊れちゃったか」

「昴……眼鏡を外すと更にかわゆいのう~♪」

「ミュ、ミュレイ……?」

「かわゆいのう、かわゆいのう~♪」

 昴の胸に飛び込み、ミュレイはごしごしと頬擦りしていた。以前からスキンシップ過剰気味だった二人だが、城の外という体裁を取り繕わなくても良い環境の所為か、より一層スキンシンプが過剰になっているようだった。
 ミュレイにべたべたとくっつかれ、昴は外した眼鏡をポケットにしまいこんだ。幼い頃から悪かったが、眼鏡を外せば盲目――というほどではない。目を細め、ぼんやりとした顔つきで昴は立ち上がった。

「眼鏡……って、こっちの世界でも売ってるのかな」

「あるよ」

 応えたのはメリーベルだった。それから昴に歩み寄り、至近距離で眼球を覗き込んでくる。余りにも近かった為身を引こうとする昴だったが、腕をがっしりと掴まれてしまい下がるに下がれなかった。

「……眼鏡、直してあげようか?」

「え? で、出来るの?」

「出来なかったらそんな事は言わない。それに、錬金術師だから。耳掻きから勇者の剣まで、なんでも作れる」

 胸にぽんと手を当て、自慢げにメリーベルはそう語った。どこまで冗談なのかは付き合いのあるミュレイでもわからなかったが、何はともあれ壊れた眼鏡を修理する事となった。かくして修行は一旦中止となり――部屋に戻って休憩する事になった昴だったのだが……。

「なんでミュレイも一緒に来てるの……?」

「ん? 良いではないか、別に」

 昴が自分に与えられた部屋に戻り、扉を閉めようとした時の事である。締まりかけた扉を開き、ミュレイが強引に部屋に押し入ってきたのである。ずっとニコニコと楽しそうに笑っているミュレイとは対照的に、昴は気まずそうな表情を浮かべている。
 部屋に入り、ベッドの上に腰掛ける昴。ミュレイは部屋の中をうろうろと歩き回り、壁に架けられた絵画などを眺めていた。上着を脱ぎ、昴はそれをハンガーにかけて大きく身体を伸ばす。

「ミュレイ、私はシャワー浴びてくるから」

「おぉ、そうかそうか」

「うん、じゃあ」

「うむ」

 備え付けのシャワールームに歩いて向かう昴。その背後、ミュレイは相変わらずニコニコしながらぴったりとついてくる。ふと立ち止まり、振り返る昴。その頬を冷や汗が伝い落ちた。

「えと……シャワー浴びてくるよ?」

「何度も言わずともわかっておる」

「じゃあ、なんでついてくるのかな……?」

「そんなもの、一緒に入るからに決まっておるじゃろう?」

 昴は一瞬固まり、それから頭を抱えて天を仰ぎ見た。そりゃ、そんな気はしていた。もちろんそんな気はしていた。だが、あっけらかんとそういわれてしまうとまるで間違っているのは自分の方であるかのような気がしてくるのである。

「ミュレイ、あの……」

「ほれほれ、つべこべ言わずにさっさと行くぞ! どれ、わらわが背中を流してやろう♪」

「いや、だからっ」

 ぐいぐいと背中を押され、シャワー室に押し込まれる昴。こうなるともう逆らっても無駄だと悟ったのか、昴は盛大に溜息をつき、身に纏った服へと手をかけたのだった――。



破魔ノ剣(2)



 “お風呂は心の洗濯よ”――というのは、某アニメの台詞である。しかし、“嫌な事ばかり思い出す”というのも同じである。
 備え付けのシャワールームには丁度男女二人が一緒に入れるくらいのゆったりした浴槽も備え付けられている。薔薇の花弁が浮かんだ紅いお湯の中、私はぼんやりと頭上を見上げている。立ち上る湯気を見ていると、なんだか意識が遠くなるような気がした。色々な事も、思い出せる気がした。
 ミュレイは私の正面に入り、湯船から上半身をさらけ出し足をぷらぷらと上下させている。掌の上に作った泡を転がし、楽しげにしている様子は見た目通りの子供のようでさえある。眼鏡をかけていない所為か、湯気の所為か彼女の表情まではハッキリと確かめられなかったが。

「ふぃ~……。いい湯じゃのう……」

「……そうだね」

「どれ、昴は毎日鍛錬で疲れておる事じゃろう。わらわがちと足をもんでやろうかの」

「いや、別にいいよ……ひっ!? く、くすぐったいからやめてぇっ!!」

 勝手に足をもみしだくミュレイ……。その手つきは滑らかで、気持ちいいようなこそばゆいような……前代未聞の感触だった。思わず暴れてしまったが、ミュレイは顔にお湯を被って眉を潜めていた。

「なんじゃ、そんなに嫌がらずとも良いじゃろうに。わらわの指技も衰えたかのう……?」

 両手を小刻みにワキワキさせているミュレイ……。こ、子供じゃない! この子子供じゃないわ!
 そんな馬鹿な事をしながらも心安らぐひと時だった。昔から、お風呂は好きだった。毎日入らなければ気がすまないし、入っている間は一人きりになる事が出来た。誰からも隔絶された、世界から切り離された世界……。そんな蜃気楼のような場所が、私は大好きだったのだ。
 一人で物思いにふける事もあったし、時には涙を流す事もあった。楽しい思い出は不思議と思いだせず、一人でいるといやなことばかりを思い出す……。だが、今日は不思議とそういう事は思い出さなかった。いや、当然なのかもしれない。今の私は、一人ではないのだから……。
 ミュレイは紅っぽく輝く長髪を頭の上でぐるぐると丸め、手ぬぐいで括っている。しかしこうしていると本当に以前のミュレイとは別人である。勝気な目や肌の滑らかさ、綺麗な髪なんかはまるで変わらないのだが……。
 ふと、ミュレイの背中に視線が行った。先ほどからずっと晒されていたのだが、彼女の背中の違和感に気づいたのはたった今の事である。彼女の背中には――なにやら、大きな刺青のようなものがあった。刺青、というよりはもっと別の何か……。不思議に思い触れようと手を伸ばすと、ミュレイはその手をがしりと掴んで言った。

「これ、勝手に乙女の柔肌に触れるでないぞ」

「いや、ミュレイさっき勝手に私の足に触ってたような……」

「式神は別にいいのだ」

「そ、そうなんだ……」

 翼――だろうか? ミュレイの背中には、翼のような大きな紋章が刻まれていた。紅い、炎のような……そんな光を放つ紋章。淡く、淡く、それは気づかなければこの世界から消えてしまうような微かな光だった。私の手を放し、ミュレイは溜息交じりに語り出す。

「それは、ククラカン王族に代々伝わる烙印じゃ」

「烙印……?」

「この世界に生きる人間には、必ず身体のどこかに烙印が存在する。それは、その人間の情報全てを凝縮し顕現される――」

 例えば、第四界層プリミドールの人間にはプリミドールの烙印が。さらに、そのプリミドールの中のどのくらいの家柄の生まれで、どこで暮らしどんな仕事をしているのか……。烙印が記録しているのはそれだけではない。その人物が持つ、記憶の全てがそこにはあるという。
 生まれ、そして死ぬまでに経験する全てが脳に記憶されると同時に身体に刻まれた特殊な術式でもある烙印に蓄積されていく。つまり、その烙印を調べればその人間の人生の全てを知る事が出来る――そう言っても過言ではないのだという。

「故に、人は殆どの場合己の烙印を晒す事を嫌がる。仮に晒す事があったとしても、触れられる事は絶対に避けるべきじゃろうな。そこに記録された己の全て……それを知られる事になるかもしれぬのじゃから」

「そ、そんなに大事な物だったなんて……。知らなくて……ごめん」

「いや、謝る事は何も無い。わらわは別に、お主に過去を知られたくないわけではないのじゃ。ただ……お主は“知らないほうがいい”と、そう思っただけでな」

 何故かミュレイはばつの悪い態度でそう話を中断してしまった。烙印――人の全てを司る物……。それは、全ての人間にあり、強制され、そして支配され続ける……。
 烙印がある限り、人は自分自身の真実から逃げられない。そしてその烙印が刻まれた瞬間――この世に命を受けた瞬間、名と共にそれを強制される……。それは、とても理不尽で。とても、寂しい……。どうしようもない、運命にも等しい物……。
 ミュレイは……ミュレイだけではない。この世界の人間はみんな、それを背負って生きているのだろうか。逃げる事もやめる事も許されない、己の全て……。私の身体にそれは刻まれていない。そうして当たり前の事を思った。私は――この世界の人間ではないのだな、と……。

「この街に生きる者たちを見たか?」

 ふと、彼女はそんな事を私に尋ねた。湯船に浮かんだ薔薇の花束を手の中に救い取り、彼女の節目がちな視線が問いかけてくる。私は勿論――首を縦に降った。
 この町はこの世界の縮図のようだった。上位界層の人間たちは楽しげにここで金をばら撒き遊びとおし、この土地に住む人々はそんな彼らを楽しませる以外に生き延びる術を持たない。一生道化を続ける事を定められた人々が――そういう烙印を刻まれた人々が、ただ懸命に生きているだけなのだ。
 金を持っている人間は別に何が出来るわけでも、ここで何をするわけでもない。そうして道化の輪から外れてしまった人々は生きていく事が出来なくなり、道端で生きているのか死んでいるのか判らない生活を迫られるのだ。

「泡沫の夢のようだと思わぬか……? 何もかも、建前だけじゃ。こんなにも楽しそうな街なのに、本当の幸せは何処にもない」

 まただ……と思った。彼女はよく、こんな顔をする。やるせないような、やりきれないような……そんな顔だ。全ての人を幸せにしたいと、彼女は言っていた。どうしたらいいのか判らないと、それは愚かなことかも知れないとも言っていた。でも……それでも、ミュレイは――強く美しい。
 彼女は理想を持ち、そのためにあらゆる努力を怠らなかった。力を得、知識を得、そして人々の信頼を得た。姫という、幸せになるのが約束された人間であるにも関わらず、彼女は庶民と常に共にあった。世界を変えたいと、人々を救いたいと……それだけを願っていた。
 私には理解できない。どうしてそこまで人の為に生きられるのか……。自分の事だけで精一杯で、周りの足を引っ張る事しか出来ない私とは余りにも違いすぎる。彼女はきっと、ただ美しいのではない。とても心が強いから……より美しいのだ。

「わらわは、ククラカンの王になる。そして、いつかは帝国の王になりたい」

「え……?」

「愚かな望みだと思うか……? じゃが、わらわは徹底的に帝国に尽くし、この身全てを捧げ、その代償としてこの世界を変える……。もう二度と、悲しみが世界を覆いつくさぬように……。それが、姫としてわらわに出来るたった一つ、しかし譲ってはならぬ使命なのじゃ」

 薔薇の花弁を握りつぶすようにミュレイは強く拳を握り締めた。その強い眼差しは――まるで燃え滾る焔のような目は――。憧れずには居られない、圧倒的なカリスマを備えているように見えた。人を見る目がない私にだってわかる。彼女は稀代の天才……そして人々にとっての英雄の資質を兼ね備えた人物なのだと。
 逆に、私は自分が恥ずかしくなった。彼女のように強く、そして聡明な人間が居るというのに、一体何をやっているのか……。彼女の夢と希望の第一段階である婚姻の儀の足を引っ張り、今はこうして生活の面倒まで見てもらっている。
 私は、ミュレイがいなくなったら本当に一人ぼっちなのだ……。ウサクもゲオルクも、ミュレイに付き従っているだけに過ぎない。私は孤独だ。彼女以外の人間に召喚されていたら、こんな風に暢気に風呂に入っていられたかもわからない。そう考えると、自分がどれだけミュレイに助けられているのかを感じることが出来る。

「ミュレイは……帝国と戦うつもりなの?」

「戦いには、出来ればならぬ方が良いじゃろうな。だが、もしもそうなった時は……わらわは己が後悔せぬよう、己の力で戦いぬくまでよ」

「そっか……」

 帝国とは、戦って勝てる相手なのだろうか……。ミュレイ一人で、どうにか出来るような事なのだろうか……。考えたところで答えは出なかった。掌で救ったお湯で顔を洗う、なんだか……とても悔しかった。悔しいなんて思った事はそうそうない。私は自分が駄目なヤツだと知っているから。でも――それで、駄目でいいって思っている自分が……。ミュレイと一緒に居る事は、きっとおかしいことだから……。
 風呂から出た私はそのままミュレイと分かれ、倉庫へと向かった。握り締めた刀は白く、とても繊細なイメージを感じさせる。氷のような――研ぎ澄まされた“零”の感触……。鞘から抜き取り、私はそれを光に翳した。
 彼女が私にくれた刀……。私が持っている、たった一つの力……。木刀よりもずっと重く、人の命を消し去る事が出来てしまうもの。私はそれが恐ろしく、怖がる以外の感情を向けた事はなかった。
 けれど、それではいけないと思った。ミュレイが私の手にこれを握らせてくれた意味……。そしてそれで何が出来るのか。ミュレイの足を引っ張りたくない……。訓練は辛いし、何度も逃げ出したくなった。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだって、何度も恨めしく思った。でも――。

「――――誰か言われてしょうがなく……。無理矢理、やるより――」

 自分の意思で――。自分で選んで。自分でそうしようって決めて。それで、やり遂げられたなら――。

「きっと、意味は違うから……」

 抜いた太刀を両手で構え、奮う。白刃は美しく刃を弾いて煌き、思わずうっとりとしてしまう程涼やかでひどく冷淡だった。剣はただ剣、思いはただ思い……。余計な事を考えてもきっと仕方が無いんだ。怖いものは怖いけど、でも……ビビってばかりじゃいられないから。

「なんだ、もう眼鏡は直ったのか?」

「ゲオルク……」

 背後、急に声をかけられたのでびっくりしてしまった。慌てて鞘に刀を戻し、視線を逸らす。しかし彼は私の目の前まで歩み寄り――じっと、白い刀を見つめて言った。

「その刀は、ミュレイにとっては大切な物だったはずだ」

「え……?」

「そいつは、あいつの妹が持っていた刀でな。特注で、武器としては最高の性能を持っている。見た目も綺麗だろう? それに、柄にはククラカンの紋章もある」

 言われて柄の裏側を見てみると、そこには確かにミュレイの着物にも施されている紋章が輝いていた。そっと顔を上げる。眼鏡がないので、ゲオルクの表情はうかがい知る事は出来なかった。でも、彼は……寂しそうな顔をしているような気がした。

「それをお前に託したあいつの気持ちを汲んでやれ」

 ミュレイはきっと、お前を守りたくてその刀を托したんだからな――。彼はそう付け加えた。抱きしめた刀の重さ、冷たさ……ミュレイの気持ちを考えると胸が苦しくなりそうだった。
 どうして、彼女は私にそこまでしてくれるのだろう……。ずっと判らなかった。だから迷っていたのかもしれない。でも関係ないんだ。理由とか意味とか……考えても判らないなら……。私は、自分がやるべき事を決めねばならない……。

「ゲオルク……どうしたらいい? どうしたら……強くなれる?」

 恐る恐る訊ねた。するとゲオルクは大きな手を伸ばし――私の肩をポンと叩いた。叩かれるかと思っていたので身構えていたのだが、拍子抜けして顔を上げた。

「今までやった事全部、今度は“ちゃんと覚えようと思って”やってみろ」

「…………バレ、てた?」

「当たり前だ。やらされてるとかしょうがなくとか、そんな生半可な気持ちで強くなんかなれるわけないだろうが」

「…………そうだね。そうだよね」

 刀を握り締め、それを傍らにおいて訓練を再開する事にした。まずは腹筋、腕立て……。思いつくこと何でもいいからやってみる。眼鏡が戻ってこないと実戦形式の稽古は出来ないけど、でも、待っている時間がもったいなく思えたから。頑張ろうって改めて思ったから。
 乾いて居ない髪を縛り、顔を上げる。私は――望んでここにいるわけじゃない。けれど、せめて望もう。彼女の力になりたいと……。彼女の足を引っ張らず、せめて彼女の願いを叶える為に役に立とうと。気持ちを切り替えるだけで、こんなにもまだ動ける。そんな自分が嬉しく、私はひたすらにトレーニングを続けた。
 まあ、だからといって急に身体が動くようになるわけではない。直ぐに体力は尽き果て、床の上に突っ伏してしまう。うう、へこたれる……。

「昴殿、ファイトでござるよ!」

「……ウサク?」

 顔を上げると、目の前に冷たいドリンクが置いてあるのが見えた。ウサクは……ミュレイの護衛と周囲の監視ってことで暫く姿を見ていなかったような気がするけど、もしかしたらずっと傍にいたのかもしれない。

「どうした、もうダウンか?」

 ゲオルクが手を差し伸べてくる。私は……一人ぼっちだと思っていた。でも、もしかしたら違うのかもしれない。私の周りには……こんなに優しい人たちがいる。だから、がんばらなきゃ。そうしなきゃいけない、義務があるから――。
 しかしそんな生活は長くは続かなかった。大きな事件と歴史のうねりが私達を飲み込んでいく……。それはその翌日、唐突に私達の元へと知らされた――。
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