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【靴 〜Kutsu〜】

作者: 佐藤つかさ


「ねえ、さとる

「ん?」

 フローリングの床に寝転がったまま新聞を読んでいる彼女の言葉に、俺は生返事。


「ジャーナリストが怒りの靴を投げたんだって」

 突拍子も無い言葉。たぶん、新聞の記事をそのまま言っているのだろう。


「へえ、どっかの芸能人に?」

 俺はミネラルウォーターで体を内から冷やしていく。

 朝風呂に入ったばかりだから体が火照っているのだ。


「ううん。アメリカ大統領に」

「マジで!?」


「マジで」

 鸚鵡おうむがえしに彼女は答える。

「……何でまた?」

「イラクの大統領と握手したことが気に食わなかったんだって。そのイラクのジャーナリスト」

「ほんっとに仲悪いんだな」

「他人の国に土足で踏みこんで、さんざん爆弾落としたんだから、恨まれても憎まれても嫌われても当然じゃない?」

「何? お前反米主義?」

「わたし、社会の点はいいほうなの」

左様さいですか」



 何で靴投げるかねえ、と俺はつぶやいてみる。


「向こうの国じゃ、靴は侮辱ぶじょくの象徴らしいわよ。ほら、フセイン大統領の像とか倒したときも、よく靴でたたいたり投げたりしてたみたいだし」

「よく覚えてんな」

 

 うんうん。さすが俺の生徒。

 なんて思っていたら、彼女はさらっと言ってきた。


「ううん。新聞に書いてあるの」

「薄っぺらい知識だなオイ」


 紙媒体かみばいたいだから、文字通り薄いな。


「まあ、直接的で分かりやすいな。ネットや記事でまわりくどく批判するよりはよっぽどいい」

 年のわりに、俺は掲示板とかは苦手だ。

 言いたいことを言うのはいいのだけれど、それで得られるものがあまり無い気がする。

 まるで、うわさで盛り上がる井戸端会議みたいな感じがして。

 まあ、それが楽しいのだろうし、俺がどうこう言うものでもないのだけれど。




「お前、早く着替えろよ。今日火曜日だぞ?」

「あと一時間半あるからいい」

「そう言って、何もしないであわてるのがお前なんだよ。そんな無計画な性格だと、受験のときに困るだろ?」

さとるだって先生じゃん。首にタオル巻いてないでさっさと朝食食べれば?」

「俺の家に泊まっといて、なんつー言いようだコノヤロ」

 ひっでーの、と俺は苦笑する。相変わらずこいつは遠慮が無い。そこが面白くもあるのだけれど。


「それにわたし、もう制服だし」

 確かに、彼女はすでにお風呂に入っていて、服も着替えている。ブリーツスカートにブラウス。学校指定のブレザーだ。


「とっくに準備はできてるでしょ?」

「俺のクッションに寝転がって、新聞読んでるリラックス満開の人間が?」


 彼女の姿は、どう見ても日曜日ののんびりモードだ。とても勉学にはげむ女子高生には見えない。


 それから。

 それからさ。

 俺はどうしても言いたいことがあった。


 彼女の服は乱れているのだ。

 その、なんというか……。


「……お前、閉じろよ」

「何を?」

「前、とかさ」 

 あんまりはっきり言うのもアレなので、俺は少し表現をごまかしながら口にする。


「だから何?」


 本気で分かってないようなので、俺はとうとう口に出す。

 何だ、俺のほうがまわりくどいじゃないか。




「……ブラウス」

「?」




「ブラウスの前、閉じろよ」



 そうなのだ。


 彼女はブラウスのボタンを閉じていない。

 第一ボタンが開いてるとかじゃない。

 丸開きなのだ。


 おかげで、水色のレースのブラがむき出していて、それが隠している胸の曲線も、浮き出る肋骨のラインも全部俺の視界に飛びこんでくる。


 それなりに場数を踏んでるので、恥ずかしいなんて甘えたことは言わないが、年頃の女の子が胸元全開で寝転がっているというのは少しだらしない。

 教師の端くれとして止めるのが、義務といえるだろう。



「…………」

 それなのに、なぜか彼女は意味ありげな意味を浮かべて、俺の前に立ち上がる。

 おかげでブラウスの向こう側が、最前列丸見えの形になる。


「こういうの興奮しない?」

「ただのガサツな人にしか見えません」

 何で俺の前に見せ付けるかなあ。


「…………」

 少しだけ、彼女ははぶてた顔になる。

 俺はどうにも、彼女の思考パターンを読むのが下手だ。いまいち読み取れないし汲み取れない。

 言葉は悪いしぶっきらぼうで、表情も無表情かぶっきらぼうな顔くらいしかあまり見ない。

 いまいち感情の起伏きふくがとぼしいので、とても分かりづらい。


 悪かったよ、と謝ろうとしたそのときだった。





 ぐに。



 右胸に、少しだけ圧力がかかる。


 踏まれた。


 彼女の足に。



 俺は風呂あがりで、ジーンズだけいているから上は裸だ。

 そのむき出しの胸板を、彼女の素足が踏みつけているのだ。

 ――何で?

 ――いや、マジで何で?


 踏むといっても、乗せているようなものだから苦しくはない。

 とはいっても意味は理解できない。

 俺は頭に何個ものクエスチョンマークを浮かべて、彼女を見返していた。



 彼女はというと、少しだけ楽しそうに俺を見ている。

さとるの硬いね」


「やめなさいよ、そういう下ネタ発言」

 年頃の娘が何を言うかな……。 


「靴で踏まれるのって、好き?」

「何踏んだかわからないもので踏まれたくないかな」


「踏んであげよっか? ジーンズの向こう側」

「絶対イヤ


 断固遠慮する。


 俺はSじゃないし、Mでもない。

 別にいじめたくないし、ひっぱたかれる趣味も無い。


 


 まあ、強いて言うなら――






「…………」

 俺は彼女の足をつかむと、くいっと引っ張ってやる。



「え、ひゃっ」

 彼女の体重はそんなにない。 

 ましてや片足をこちらに預けているので、バランスを崩してやるのは実にたやすいことだった。


 彼女はそのまま前のめりに倒れて、俺に飛びこむ形になる。 




 ソファに座っている、ジーンズ姿の上半身裸の男。

 その上にまたがる、ブラウス全開の少女。


 それほど直接的で、分かりやすいものはない。




 




 靴を返す。



 くつをかえす。



 くつ、かえす。



 くつかえす。



 …………。



 くつがえす。



 くつがえす。





 彼女はきょとんとした顔で俺の顔をを見つめている。


 それから数秒して、自分の置かれた立場に気づいてうろたえ始める。

 いつものぶっきらぼうな顔からは想像もできないくらい。


 たぶん、親くらいしかこんな顔見たことないんじゃないだろうか?



 俺と彼女の立場はこの瞬間に、完全にくつがえっていた。





「俺はこの方がいい」

 至極まじめな顔で、俺は言ってやる。


 するとなぜか、彼女は俺から目をそらす。

 真剣に話してるのに、目をそらすことないだろ。

 こら、こっちを見ろ。顔を真っ赤にするな。

 いまいち分からないやつだな。



 しかたない。彼女の心を理解してみよう。

 踏んでみるのだ。



 いざ実験。

 俺は彼女をソファに押し倒し、同じように右の胸を踏んでみる。



「……何してるの?」

 少しおびえたような口調で、彼女は聞いてくる。


 踏んでみた。


「胸、触らないでよ」


「触ってないよ。踏んでるだけ」


 俺の言葉に、彼女は難しい顔をしてつぶやいた。


「それ……手だよ?」

「動物は前足って呼ぶの。だからいいんだよ。これは踏んでる」



 至極しごく真面目に言いながら、少しだけ胸を押し当てる力を強める。


「んっ……」

 押し殺すような、何かを抑えこもうとするような彼女の息。


 聞こえてくる鼓動の声。リズムが駆けていくのが伝わってくる。



「……ケダモノ」




 何でそんな不満そうなことを言うのだろうか。心臓はこんなに楽しそうなのに。

 やはり彼女は謎だ。



「今日、学校だよ?」

「あと一時間あるだろ?」

「でも、もう一度お風呂に入らなくちゃ」

「一緒に入ればいいだろ」

「……えっち」


 ……効率の問題だと思うんだけど。……まあいいか。





 俺は黙って、彼女に折り重なる。


 自分の肌で彼女の肌に触れる。甘い声がした。

 彼女の肌を舌でくすぐってみる。甘い味がした。

 彼女が少し笑う。優しい気持ちになれた。



 何か大事なことを口にしたかったのだけれど、なぜか言葉にしてしまったら消えてしまいそうな気がしたので、そのまま胸の中に閉じこめておく。




 ただ、分かることはある。

 

 俺はSでもないし、Mでもない。



 ――Lなんだろうな。










ニュースを見ていて、なぜかぱっと思いついたお話です。

全然関係ないですね……。(読み返しながらぼそり)

もういっそのこと、この二人のお話でも書こうかな、と思う今日この頃です。

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