よくある貴族のお見合い風景
見合い、と言われて辺境伯ジールヴァン・マ・デラウストは訝しんだ。
伯自身は御年二十七の美丈夫であり有能な魔導師であるのだが、彼の任されている領地ルーバは地下資源は豊富だとされながら、その実、魔獣被害の多さにろくな開発もままならぬ有様で、一言で表すとするのならば、そこは荒れ果てていた。
更に、彼自身魔獣退治で広い領地内を飛び回っており、領主館には月に一度も戻れば良い方で、そのたまの帰宅すらも血と泥に塗れた凄惨な姿を晒すのが常である。
当然、ごく一般的な貴族令嬢に受け入れられるものではなく、彼は今までに両手で数えきれぬほどの見合いに失敗してきていた。
近年では見合いの話自体もほとんど立ち消え状態となっており、故にこのまま養子でもとって独身を通すかと考え始めた、その矢先の知らせであった。
しかも、当の相手は大国セズンスの現王、そのハトコにあたる由緒正しい公爵令嬢だと言うではないか。
常識的に考えれば、令嬢はその身分だけで多くの人間から群がられる立場にある。
それが一体何がどうなれば、こんな小国のしかも辺境伯などを婿候補に入れるハメに陥るのか。
彼には不思議でならなかった。
が、そんな疑問は全て見合い当日彼女を目の当たりにすることで解決した。
してしまった。
「……グ、グィンネヒア嬢?」
「はい。グィンネヒア・レゾウム・ド・セズンスタシアと申します。
ジールヴァン・マ・デラウスト辺境伯様。
本日は遠いところ、ようこそお越しくださいました。」
「は……あ、いえ。はい。」
「とはいえ、ジールヴァン様におかれましては、あまり領地を空けてはおられぬ身でございましょう。
早速ですが、見合いを開始したいと思います。
どうぞ、こちらへ。」
「は。その、御恩情、痛み入ります。」
彼の見合い相手、グィンネヒア・レゾウム・ド・セズンスタシア公爵令嬢。
彼女は、アマゾネスもかくやという、どこからどう見ても立派な武闘派の女戦士だった。
格好こそ一般的な令嬢のソレだが、逞しく盛り上がる筋肉とギラついた獣のような瞳、隙の無い身のこなしはまさしく戦人のもの。
最低限鍛えてあるとはいえ、魔導師のジールヴァンではこと肉弾戦において公爵令嬢の足元にも及ばないであろう。
それだけの脅威を、彼は彼女から瞬時に感じ取っていた。
これではいくら高貴な身の上と言えど婿の来手がないのも仕方がない、と伯は思った。
現在は大きな国家間の諍いもなく、平和が続いている。
そんな中でぬくぬくと育てられた貴族の子息たちが、彼女の纏う百戦錬磨オーラに耐えきれるわけもない。
それに、そこらの男よりも高い背に全身筋肉質な鋼の肉体を携えていては、女として見ることができずに断念せざるを得なかった者もいるだろう。
血を残すことは、貴族にとっての責務でもあるのだ。
ただ、常に戦いに身を置くジールヴァンにとって、彼女のソレはけしてデメリットにはなり得なかった。
更に言えば、令嬢の顔は迫力に溢れているが、よくよく見れば不美人というわけではなく、尻まで硬そうな肉体だが、唯一豊満な胸に関してだけは柔らかそうに見えた。
そうして、彼女をギリギリ女性と認識することが可能だと判断した辺境伯は、この見合いを前向きに考えてみようという結論に達したのだ。
「グ、グィンネヒア嬢の得意武器は何ですか……なんて。
はは、初対面の令嬢に対する質問じゃないですよね。申し訳……。」
「対人ならばハルペー、対魔獣ならばモーニングスターを愛用しております。」
「ぶっ!は、ははは、い、勇ましいなぁー。」
「また、徒手空拳も嗜んでおりますので、奇襲などにもある程度は対応できます。」
いや、これ傭兵の面接とかじゃないんで!と心の中でツッコミを入れつつも、ジールヴァンは前向きな姿勢を崩さなかった。
男である。
「えっと……それはとても、その……頼もしいですね。」
「そう思われますか。」
「えっ、はい。」
だが、いかな彼とて、この特殊すぎる令嬢に対して思うところが無いわけではない。
だからこそ汗もかくし、挙動不審にもなった。
「あの、話を変えまして……グィンネヒア嬢は休日には主に何を?」
「はい。主に、万魔の森でティロンを狩って過ごしております。」
「ティ、ロン……ですか。
ええと、確か、セズンスのみに生息する魔獣でしたか?」
「はい。身の丈五メルートン程の猫科の魔獣です。
素早く柔軟な身のこなしと、圧倒的破壊力、それでいて慎重で狡猾な性格を持つ、厄介極まりない魔物であると認識されています。」
「ご、五メルートン。」
絶句する辺境伯。
そこまで巨大な魔獣は彼の領地においても極稀であった。
それを休日ごとに狩ってまわる彼女を想像すれば、彼は目まいに襲われるような錯覚に陥ってしまう。
「私もいまだ未熟の身ゆえ、このような無様も晒しておりますが……。」
と、言いつつ令嬢グィンネヒアは己の額を二分するような大きな傷跡をじわじわと指でなぞる。
「公爵家の娘として最低限、背中だけは死守して参りました。」
その最低限はむしろモノノフと呼ばれる人種のものではと思ったが、ジールヴァンは黙っていた。
彼女が真剣に話していることが見て取れたからだ。
ツッコミなど入れられようはずもなかった。
黙秘する彼に何を思うのか、グィンネヒアはさらに言葉を紡いでいく。
「聞き及んだところによりますれば、辺境伯様の治められる地ルーバは豊かな資源に恵まれる一方で非常に魔物被害の多い、難しい場所であらせられるとか。」
「あ。えぇ、はい。その通りです。」
「私がかの地に嫁ぎますれば、戦場の最前線に立ち領民の安寧を守ると共にセズンスの技術や知識を用いて領地全体の発展を図る所存にございます。」
「え。」
「安定を得ればそれだけ周囲も騒がしくなるやもしれませんが、そこは私の身に流れるこの血が大いに助けとなりましょう。」
そこで、辺境伯ジールヴァンはようやく気が付いた。
彼は、今まで彼女がセズンスでも自国でも婿となりうる気概の男性がおらず盥回しにされた結果、最終的に己に辿り着いたのだと考えていたのだが、今しがたの言い様によれば、どうやらその予想は外れていたらしい。
要は、グィンネヒア自身がジールヴァンとの見合いを望み、現実に実行されたものだったのだ。
それを理解した彼は、そのまま彼女に問いかけた。
「グィンネヒア嬢。
お聞きしても、よろしいでしょうか。」
「どうぞ。」
「貴女はなぜ、他のどこでもない我が領地を……私をお選びになったのです。」
今までほぼ無表情だったはずの彼女は、そこで初めて小さく自嘲するような笑みを浮かべた。
それから、ゆっくりと瞼を閉じて吐息を溢す。
「…………言うなれば、ただの個人的なワガママです。」
「ワガママ、ですか。
具体的には?」
そうして先を促せば、グィンネヒアはどこか遠い目をジールヴァンへと向けた。
「生きている実感は、充実感は、ごく一般的な貴族令嬢のように慎ましやかに屋敷で過ごしているのでは、けして得られるものではありません。」
「はぁ、充実感。」
「のんびりと時の流れに揺蕩うような人生はいらない。
濃く熱くこの身を燃やし続けていたい。
それを認めてくれる土地が、理解してくれる夫が、私は欲しかったのです。
勿論、尊い平和を乱そうなどという考えは論外で、そこだけは誤解しないでいただきたいのですが。」
「……誤解など致しませんよ。
なるほど。それで魔獣被害の多発するルーバを。」
納得し小さく頷いている彼から、令嬢はそっと視線を逸らして静かな声を発した。
「常に戦いの場に身を置くジールヴァン様であれば、それが適うのではないかと……愚かな妄想に縋りました。
失礼は重々承知しております。
当然、このお話は断っていただいても……。」
「分かりました。お受けしましょう。」
「え?」
想定外の言葉を投げられて咄嗟に意味を理解しきれなかった彼女は、きょとんと瞳を瞬かせて彼を見る。
ジールヴァンは、そのグィンネヒアの瞳を見つめ返しながら呟いた。
「生命は戦いの中で最も強く光り輝く。
私はそれを知っている。」
「あ、あぁ。あぁ。
ジールヴァン様、それではっ……。」
彼のセリフをようやくその身に浸透させた彼女が、興奮に身を震わせる。
それに追従するように、辺境伯ジールヴァン・マ・デラウストは素早く席を立ち、公爵令嬢グィンネヒア・レゾウム・ド・セズンスタシアの手を取った。
「結婚しましょう、グィンネヒア。
私と貴女の二人でなら、きっとルーバを豊かにすることも夢ではない。」
「っジールヴァン様!!」
グィンネヒアは感極まってジールヴァンの身体を羽交い絞め……いや、抱きしめた。
メキメキと悲鳴をあげる背骨を治癒と強化の魔導でやりすごしながら、彼は彼女の凄まじい腕力と巨乳の柔らかさを確認し、さらに結婚への意思を固くする。
「あぁ、ありがとうございます!ありがとうございます!
きっと、ルーバ中の魔獣を殺し尽くしてみせます!」
「は、ははは、はは……。」
こうして二人は周囲に驚愕されながらも婚約者となり、やがて正式に夫婦となった。
彼らは常に血に塗れた凄惨な日々を過ごし、後に一部の心無い貴族連中から戦闘狂だの殺戮者だのと忌避されたりもしつつ、それなりに充実した幸福な一生を送ったのだそうな。
めでたし、めでたし。
その後の旦那視点小話↓
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