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144:第二王女の目覚め

「どうだ? どんな感じだ?」

「ん……すごい」

「思ったことを素直に言ってくれ」

「……ホントに……言っていいの?」

「お前が実際にどう感じたかが聞きたいんだ」

「ん……でもちょっと待って……もう少し……近づいて……いい?」

「ん? そこからでも十分だろ?」

「もっとヒイロの……じっくり見たい」

「……仕方無い。ならさっさと来い」

「ん……分かった」


 言葉だけでは何をやっているのか分からないかもしれないが、決して二人でやましいことをしているわけでも、誰かに見せられないことをしているわけでもない。

 日色とカミュの二人は、自分らに与えられている部屋へと帰り、日色は《太赤纏》の訓練、カミュはその手伝いをしているだけだ。


 日色が試してみたいと言っていたこと。それはカミュ自身に『視』という文字の効果を行使させることだった。

 彼に『視』の文字を書いて発動させると、彼の目は以前日色がオーノウスに対して『視』を使って体に宿る力の流れを視ていた時と同じ効果を発揮していた。


 そうして日色が魔力と生命力を体内で合成させている間、それをカミュが視て客観的な意見を求めようとしたのである。


「それで? 何となくできてるイメージは掴めてるんだがどう思う?」

「ん…………何か両方とも喧嘩してる感じ?」

「はぁ、そうなんだよなぁ」


 日色は座禅を組みながら集中していたのだが、大きく溜め息を吐きそのまま両手を上にして横になる。


「実際指先だけなら簡単なんだが、腹の中で合成させるっていうのがかなり難しい」

「そんなに?」

「……試しにやってみたらどうだ?」


 日色にそう言われカミュも目を閉じて集中するのだが……


「……何か身体が痛い」

「だろうな。慣れてないせいもあるが、素質が無い者が無理に二つを混ぜようとすると負荷が大きくて逆にダメージを負う。だから誰にでもできる業じゃないんだ」

「……ヒイロすごい。指先だけでもできてる」


 カミュは自分ができないことに悔しさを覚えているが、それでも自らの主である日色ができていることが嬉しいようだ。


「まあ、指先なんてほんの少し混ぜ合わせるだけだからな。だが全身となると話が違ってくる」


 実際のところ《四文字解放》した当初、頭の中に《赤気》の使い方が流れてきたが、それでも《天下無双》を書くためにかなり練習したのを日色は覚えている。

 指先だけでもかなり苦労した経験から、全身などそれの比ではないことを改めて知る。


「コツ……あるよね?」

「コツ? ……ああ、あのオオカミが言ってた抽象的発言か?」

「うん」

「まあ、何となく意味は分かる。魔力と生命力を少しずつ捻出して、腹の中心で渦を巻くように合成させていく。徐々に二つの量を増やして回転速度を増していき、それこそ小さな玉を作るように凝縮させる。あとはその玉を内側から弾き、その力を全身へと行き渡らせる…………言葉では簡単でも実際にやるとなるとな……」


 魔力と生命力を同時に動かすことは至難の業である。

 言うなれば右手で絵を描き、左手でその絵に色を同時に塗っているような複雑な所作をイメージさせる。少しでも色がはみ出たり、線が曲がったりしても駄目なのだ。


 そうして同時に絵を完璧に正確無比で完成させなければならないといった離れ業をして、初めて《太赤纏》が生まれる。


「ヒイロの魔力と生命力……最初は良い感じでグルグルしてる」

「…………」

「だけど……しばらくしたら多分生命力の方だと思うけど……変な感じに歪む」

「歪む?」

「ん……こうグルグル~ってしてたら」


 カミュが両手をグーにしてグルグル回し始めた。そして右手だけ、途中で動きを止めたり拳を捻ったりする。恐らく右手が生命力のつもりなのだろう。


「生命力の方だけ……キレイに回らなくなる」

「……なるほどな」


 日色は魔力のコントロールは今までずっと練習してきたお蔭もあり扱いに長けている。しかし生命力を扱うというのは《赤気》の存在を知って初めてやった。

 しかもその時は指先だけで良かったのでまだ集中力も持ち成功してはいた。しかし元々生命力のコントロールをしてこなかった今の日色では、魔力の扱いと差が出て当然なのだ。


(つまり右利きの奴が、いきなり左手を器用に動かせと言われてるようなものか)


 左手が上手く動かないのは常人なら自然なことなのだが、今回はそれを要求されているのだ。


「まずは生命力のコントロールに慣れなきゃいけないってことか……となると……」


 日色は顎に手をやりそういった力に詳しい者がいなかったか思案している。しばらく考えていると、ふとあることに気が付いたのかハッとなり顔を上げる。


「ちょっと待てよ……なあ《化装術》って確か魔法じゃなかったよな?」

「……?」


 カミュは可愛らしく首を傾けるが、日色は独り言のように


「そうだ、確か《化装術》は魔法じゃなく一種の業。アレは生命力と魔力を同時に消費するやつだって前に聞いたことがある。くそ! 何で気が付かなかった! こんな近くに一杯いるじゃないか! ヒントを持ってるやつがそれこそそこら中に!」

「……ヒイロ?」

「行くぞ二刀流」

「え……どこ?」

「無論、《化装術》に一番詳しい奴のとこだ」


 日色は意気揚々とした表情を浮かべてカミュを連れだって部屋を出て行った。









「――――ほほう、それでわざわざワタシのトコへ来たと?」


 長い耳をピコピコ動かしながらよれよれになった白衣のポケットに手を突っ込みながら椅子に座っているのはララシークだ。

 彼女はその小さなロリ体型に似合わず戦闘力は計り知れず、日色の何倍も生きている古強者である。しかも『獣人族』の誇る《化装術》の生みの親でもある。


 日色が《化装術》の仕組みを詳しく知るために、いや、簡単に言えばその力を使う時の生命力の使い方を学ぶためには格好の人物なのだ。

 何故なら彼女は誰よりも《化装術》を扱えるし、日色の元旅仲間だったアノールドとミュアの戦いの師匠でもある。

 彼女なら生命力コントロールも長けているだろうと判断し、彼女の自宅へとやって来たのだ。


「話は分かったが……ワタシがお前に教える義理があったか?」


 意地が悪そうにニヤニヤとした表情を向けてくるのでハッキリ言ってかなり腹が立つ。頭をグリグリしてやりたい衝動にかられるが必死で抑える。


「そうだな、オレはアンタ個人には何もしてないし義理はないかもしれない」

「そうだな、だったら……」

「だがここに何故か【ハーオス】特産《贈物酒(ぞうぶつしゅ)》があるんだが?」

「な、何だとぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 余裕ぶっていた顔つきが一気に驚愕に歪められ、日色の手にある酒瓶を凝視している。


「しかも、これに良く合うというつまみ、《ササミチップ》もどうしてかここにある」

「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 彼女の態度を見て、日色は「もらった!」とほくそ笑んだ。


「く、くれぇっ! 是非くれぇ! そ、それは一度飲んでみたい酒だったんだよぉ!」


 跳びついて来るがヒョイッと腕を上に上げ、ララシークは空振りする。


「おおっと、おいおい、まさか無料でもらおうとは思ってないよな?」

「うぐ…………ヒイロォ……」


 ララシークは悔しそうに歯噛みしながら顔を俯かせると体を小刻みに震わせ始めた。


(マズイ、少しやりすぎたか?)


 この方法ならララシークを話しに乗せることができると思ったが、もしかしたらからかい過ぎたかもしれない。元来短気そうな彼女を相手取るのは、やはり下手に出た方が良かったか。

 そう思っていたのだが……。


「ナハハハハハ! スリスリスリスリ~、コイツめ~目一杯大切に飲んでやっからなぁ~」


 …………あっさり酒を対価にしたら生命力のコントロールを教えてくれることになった。


(ふぅ、単純な奴で良かった……)


 実際彼女を落とすには普通に頼むよりは、こうして彼女の望む物を渡した方が良いとアノールドからも聞いていた。そこで彼女に話を聞きに行く前に『転移』の文字で【魔国】へ戻り、酒とツマミを調達してきたのだ。


 酒を大事そうに頬ずりしながら顔を綻ばせているロリッ娘を見て思わず安堵と呆れが複合した溜め息を吐く。

 それから一通り酒の愛撫が終わったララシークは、真面目な顔をしてこう言った。


「何でも聞くがいい! ワタシの心の器は広いから何でも答えてやろう! ナハハハハハ!」


 もう恐れるものは何も無いといった感じで豪快に笑う彼女を半目で見つめる。


(広い器かどうか知らんが、さすがはあのオッサンの師匠なだけはあるな)


 扱い難いと思ってはいたが、何のことは無かった。アノールド同様、とてもお手頃な感覚で扱えるロリババアだった。



     ※



 日色が生命力コントロールをララシークから教わる約束を得た頃、人間界のある場所では一人の少女が眠りから目覚めていた。


「ようやく目が覚めたようじゃわい」


 少女は突然耳に入ってきた言葉を発した人物に驚き、目を見張ってしまう。何故なら見たこともない人物だったからだ。刹那的に体を引いて距離を取ろうとしたのも無理はない。


「そう怯えんでもよろしいわい。わしゃこう見えてもチンチン……いや紳士じゃからわい」

「その間違いはよしてほしいですの!」


 つい少女は顔を染め上げながら目の前の老人が言った言葉に反応してしまっていた。しかし大きな声を出した反動で「うっ……」と目頭を押さえてしまう。


「これこれ、まだ大声など出してはいかんわい」


 誰のせいだと少女は言いたいがグッと抑えて周囲の状況の把握に努める。

 ここはどこかの小屋であり、それほど広くは無いその場には簡易式のベッドが二つほどあり、その一つに少女は寝ていた。

 どうやら今ここに居るのは、少女と頭が禿げ上がってはいるが優しそうな雰囲気を醸し出している男性の二人だけだった。


「それにしてもよく眠っとったわい。覚えておるかい? お主が城から連れ出されてあれから三日間寝込んでいたんじゃわい」


 老人の説明により自身に何が起きたのかそこでハッキリと思い出した。そして自分を城から連れ出した人物のことも……。


「……貴方は、ジュドム様のお仲間なんですの?」

「ひゃひゃひゃ、あのジュドム坊やを様扱いなど無用じゃわい。筋肉お馬鹿とでも呼ぶがよろしいわい」

「き、筋肉お馬鹿……」


 老人のあまりの言い草に少女は頬を引き攣らせている。そこへ扉が開き中へ入って来たのが、今噂をしていたジュドムだった。


「おお、目が覚めたか!」


 ジュドムはニカッと白い歯を見せてきた。少女はその笑顔を見てホッと胸を撫で下ろし、先程まで感じていた緊張感と不安が少し和らいだ。


「ジュドム様……」

「……いろいろ聞きたいことがあるだろうが、まずはこれを飲め」


 そう言ってジュドムが小さな器に入っている透明なスープを手渡してきた。


「これは……?」

「薬草と果実を混ぜ合わせて作ったスープだ。薬草だけじゃないからまだ飲み易いはずだぞ」


 少女は小さく頷くと恐る恐る口をつけてゆっくり味を確かめる。確かにジュドムが言ったように苦いだけのものではなかった。ほのかな果実臭と果実の甘みがブレンドされており飲み易かった。


「まだ起きたばっかで食べ物は無理だろうが、栄養はとらねえといけねえからな」


 ジュドムは小屋の隅に置かれてある椅子を持って来て少女の近くへ腰を下ろした。


「さて、何から話せばいいか……まずファラ、生きていてくれてホントに良かった」

「ジュドム様……」


 少女の名は――ファラ。ファラ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムであり、【ヴィクトリアス】の第二王女である。

 彼女は勇者を異世界から召喚するための魔法に失敗して二度と目覚めないかもしれない眠りの世界に取り込まれてしまっていた。


 彼女が召喚魔法を使って、そのような状況に陥ってから大分経ったが、こうして生きていてくれて良かったとジュドムは言ったのだ。

 そして彼女もまた自分が長い間眠っていたことを自覚していた。

 痩せ細った身体、いまだに抜け切れない虚弱感、自覚するには十分な材料だ。


 だがそれでも目を覚ますことができたことは素直に嬉しかったと思っているファラ。こうして心から自分の目覚めを喜んでくれる人がいることが喜ばしいのだ。


「ファラ、まずお前が召喚を失敗して眠りについてから一年以上が経っちまってる」

「……そうですの」


 一年……言葉にすれば短いが、されど一年。自分の有り様を見て表情を暗くさせる。


「この一年で大分世界情勢が変わっちまった。それは城の雰囲気を少しでも感じたお前なら理解できるはずだ」


 それは確かにその通りだった。血相を変えてファラの自室へ踏み込んできたジュドムは、弱った自分を抱えて逃げていた。

 そして次々と追って来る血の気を失ったように真っ白な顔をした人々。城の異様な雰囲気もそうだが、よく見れば兵士が血を出して倒れていた場面も見た。


 始めはジュドムが国を裏切ったのかと思い焦りはしたが、自分を抱えている手から温かい優しさを感じて、この人は自分を守ってくれているのだと理解できた。

 そして今、何が起きたかは分からないが城に、いや国に危機が迫っているのではと推測できた。それでも運ばれている途中で意識を失い思考は止まってしまったが。


「もしかして、『魔人族』か『獣人族』が国を襲ってきたんですの?」

「……そうとも言えるし、そうじゃねえとも言える」

「……ど、どういうことなんですの?」


 ジュドムは先代魔王であるアヴォロスに【ヴィクトリアス】を乗っ取られた経緯を話す。そして『魔人族』と『獣人族』の同盟についてもだ。

 聞いている間、ファラは瞬き一つせず固まったように耳を傾けていた。


「は、話が大き過ぎて理解が追いつきませんですの」

「ハハ、だろうな。……けどな、一番きっつい話はまだあるんだわ」

「……え?」

「……いや、この話はお前の体調がもっと落ち着いてからした方がいいな」


 ジュドムはそう言い立ち上がろうとしたが、


「ジュドム様、聞かせてくださいですの」

「ファラ……けどこの話はお前が思ってる以上に重いぞ?」

「構いませんわですの。わたくしは【ヴィクトリアス】第二王女ファラ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムですの。国事から目を背けるわけには参りませんですの。重い話なら尚更……」


 それはとても強い目だった。頬はこけて、目の周りも少し窪みができて明らかに生気が弱っているというのに、瞳に込められた光りは眩しく輝いていた。


「……ハハ、相変わらず王女の中でお前だけだな、そんな頑固で真っ直ぐなのは」

「……もしかして馬鹿にされていますの?」


 ムッと口を尖らせてファラは言うが、


「アハハハハ! 褒めてんだよ! お前ならどんな話でも受け止められると思ってな!」

「もう、ジュドム様のいけずですの」


 頬を膨らませてそっぽを向く。


「悪い悪い、けど心して聞けよ」

「……はい」


 ジュドムは勇者が第一王女リリスによって召喚された出来事から今までのことについて、かいつまんでファラが理解できるように話した。


 勇者召喚、同盟会談、戦争、様々なことを人間は……いやルドルフ国王は行った。

 そしてそのルドルフが醜い化け物の姿にされて、恐らく今はアヴォロスのもとにいるだろうことも全て話した。


 ファラは目を閉じながらその話を聞いていた。唇だけでなく全身を小刻みに震わせているが、何が彼女の身体をそうさせているのかは正確なところはジュドムにも分からなかっただろう。

 話し終えると、ファラの額からはじんわりと汗が噴き出ていた。見るからに衝撃を受けている顔つきだった。


「……少し休むか?」

「い、いいえ……お話しして頂いて感謝致しますの」


 強張った表情をしているファラの顔を見て、ジュドムはそっと彼女の頭に手を当てる。


「…………強がんな。一気に話されたんだ。頭と心の整理がそう簡単につくわけがねえ」

「…………はい」

「国に起こっていること、そしてこれからのことはみんなで考えりゃいい。お前は一人じゃねえんだ。今はこうして俺や、俺の仲間たちがいる」


 ジュドムは安心させるような笑顔を浮かべ、ファラもまた微笑を返す。だがファラはそこでふと思い出す。


「あ、そう言えばここへ連れて来られる前、綺麗な女性のお方にお助けして頂いた記憶がありますがあのお方は……」


 ファラはそう言うが、ジュドムは苦笑を彼女に向けると頭をかく。


「ああ、あの女のことか。アイツなら自分のことはファラが目を覚ましてから教えるとか言ってたぞ。もしかして知り合いか?」

「い、いいえ、記憶にありませんですの」

「あの女、俺たちを亡者どもから救ってくれたのはいいが、突然一言言うと消えちまいやがった」

「一言?」

「ああ、彼女が目を覚ます時に来るってな。ホントに知らねえのか?」


 本当に知らないのかキョトンとしているファラ。

 その時、ギィ……っと扉が開き、そこから一人の女性が姿を現した。

 ジュドムはサッと立ち上がって警戒するが、相手を見て虚を突かれる。


「言った通り来たわよ」


 その人物こそ、アヴォロスが刺客として放っていた亡者からジュドムたちを助けてくれた女性だった。






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