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夏恋

作者: 藤野




 「なあ……オレ、お前のこと好きなんだけど」


 去年の夏、幼馴染の(いつき)に言われた言葉だ。彼が私に投げた言葉が、いつまでも私の中から消えない。

 だって、本当に嬉しかったの。好きなのは私だけで、樹は私のことを幼馴染としてしか見てくれてないって思ってたから。

 けれど私は素直に「私も」っていうのが恥ずかしくて、冷たくして。 樹に何も言えなかった。

 「好きだよ」って、たった四文字なのにね。


 何も言えない私に、樹は「返事はいらない」って言った。「知っておいて欲しいだけだから」って。

 そういって笑った樹は無理して笑顔を作って、帰ろうと立ち尽くしていた私の手を引いた。その時の樹の手は、きっと本人も気づいてなかったんだろうね、本当に小さくだけど震えてた。


 「千春?」


 きゅう、ってちょっとだけ、樹の手を握り返してみた。樹は少し驚いて私を見返した。ぱちくりとする表情が幼く見えて、小さく笑う。

 好きだなって気持ちが、また強くなった瞬間だった。


 「樹は、私のこと、好きなんだね」

 「…んだよ、悪りぃのか?」

 「ううん、全然」


 悪いわけないじゃん。当たり前のこと言わせないでよ。そう言った私を樹は今度こそ驚ききった顔で見た。

 え?え?しきりに短く声を漏らして意味を飲み込もうとする樹は本当にテンパってた。それがもう我慢できなくてとうとう吹き出して、そしたら樹はぽかんってして。それからむっとして私を睨みつけた。


 「からかうんじゃねぇよ、タチ悪りぃ」

 「からかってなんていないよ。テンパる樹が面白かっただけ」

 「それをからかってるって言うんだよ」


 コツンと樹が私の頭を小突いた。痛くはなかった。

 樹は、少し寂しそうな顔をしてた。目が、傷ついた時みたいに揺らいでた。ううん、みたいにじゃない。本当に、傷ついてた。


 「……ごめん」

 「それは、笑ったことに?それとも……」


 言いにくそうにした樹に、すぐに笑ったことと答える。樹はあからさまにホッとした顔をして、それと一緒に胸を下ろした。


 「ねえ、樹は返事はいらないって言ったけどさ、やっぱりしていい?」

 「………今?」

 「今は……ごめん、まだできない。でも、いつか絶対するから」


 だから待ってて、と言ったら、樹は戸惑ってたけど、結局は頷いてくれた。


 「あんまり待たせるなよ」


 樹はそう言った。それは、きっと本心だった。でもその一方で、聞くのを怖がってたことを私は気づいてた。

 結局その日は手を繋いで帰ったけど、会話は無かった。何を言ったら良いのかお互いにわからなくて、ずっと気まずい雰囲気のままだった。




 ーーーあれから、また夏が来た。

 返事は、まだ言えてない。一回後回しにしたら、何時(いつ)言えばいいのかわからなくなって、ずっと言えないまま。

 樹は何も言ってこない。ずっと、あの日までと同じように振舞ってる。

 ひょっとしたら、樹はもう他に別の好きな子ができたんじゃないかな。だから、何も言ってこないんじゃないかな。

 思う度、つきんと胸が痛んだ。なんであの時言わなかったのか後悔した。


 私と樹は、あの日以降も相変わらず一緒に下校する。家がお向かいだから、当然って言えば当然なのかもしれない。

 今日も、いつもみたいに授業のこととか、テレビ番組のこととか話しながら帰るんだ。そう、いつもみたいに。今までと、何にも変わらずに。

 そう思ってたのに、違ってた。


 「…………なあ、千春」

 「んー?」

 「返事………決まった?」


 いきなり切り出されて、私は思わず足を止めた。

 不自然に詰めた呼吸が心拍数を乱す。ばくばくと心臓の音が聞こえて、狼狽(うろた)えた。


 「返事、って……」

 「去年、言っただろ、お前が好きだって。お前、返事くれるって言ったよな」


 淡々とした言葉に動揺が増した。樹は平静を保ったまま、私から目を逸らさない。まっすぐに私を射抜く黒い目が怖いと思った。


 「い、つき、は………まだ、私のこと、」

 「好きだよ。ずっと、お前だけが好きだ」


 言い終わる前にきっぱりと言い切られて、ドクンって心臓が一際強く跳ねた。

 なんで樹は、そんな簡単そうに「好き」って言えるの?私には樹がわからない。

 だって、すごく緊張する。言おうって思っただけで喉がうまく震えなくなって、声が出なくなる。


 「……もういい」


 何も言えないでいる私に、樹は一言言った。

 何が?何が、もういい、なの?


 「やっぱ、返事いらねぇよ。無理にもらったって、余計辛いだけだ」

 「っ違、無理なんかじゃ…っ」

 「違わねぇだろ!!」

 「っ!」


 樹が怒鳴った。


 「違うわけねぇだろ……違うなら、なんでお前何にも言わねぇんだよ!」

 「そ、それは……っ」


 違う。本当に違う。言わなかったんじゃない、言えなかったんだよ。

 首を振って、違うと言いたいのに竦んだ私の喉は掠れた声しか漏らさない。

 樹は、泣きそうなくしゃくしゃの顔で笑った。もういい、ってまた言った。


 「樹、私は……」


 樹のこと、好きだよ。そう言いたいのに、声が出ない。

 どうしてこうなるんだろう。

 たった四文字なのに、どうして言えないんだろう。

 悔しくて、情けなくて涙が(にじ)む。

 ごめんごめんね、樹……。


 「……怒鳴って、悪かった。オレ先帰るよ、頭冷やしたい」


 樹は私に背を向けて、大股でさっさと歩き出す。

 引き止めたくて、でも何て引き止めたらいいのかわからなくて。そうやって戸惑っているうちにも、樹はどんどん先へ行ってしまう。

 だめ、だめ!行っちゃやだ、行かないで。

 そればっかりが頭に浮かぶ。


 「樹っ!」


 大声で名前を呼んでも樹は止まってくれない。振り向いてくれない。

 一気に涙が込み上げる。ボロボロと零れた滴が頬を滑り落ちた。


 「樹ぃっ!」


 もう一度呼ぶ。明らかな涙声に、樹が足を止めた。でもそれはほんの一時(いっとき)のことで、すぐにまた歩き出す。

 樹のすぐ先にはもう曲がり角が迫っていた。あの角を曲がったら、家までなんて直ぐだ。

 曲がったら、また言えなくなる。もう言えなくなる。

 嫌だ。そんなのは嫌だ。言うって言ったじゃんか。聞いてよ。言わせてよ。

 そして私は叫んだ。



 「ーーーー!!!」

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