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パルクール・サバイバーRe:System 作者:桜崎あかり

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ランカー王決定戦・前半

 決戦当日の5月28日午前9時15分、別のアンテナショップで花江提督がデータを調べている頃、蒼空かなでのいるアンテナショップに1人の提督らしき人物が来店した。
彼の服装はサバイバー運営やパルクール・ガーディアンが使用している白とは違い、黒を基調としたような金の装飾も若干目立つ物である。
しかし、黒の提督も複数人いる為、周囲はサバイバーの運営だと思っているようだ。
「君が噂の――」
 身長は蒼空と同じ位、黒髪にセミショートの青年が声をかけるのだが、蒼空は何かを警戒して表情を崩そうとはしない。
「貴方はサバイバー運営ではないですね。何の目的があって来たのですか?」
 彼が運営の提督ではないと蒼空は見破る。しかし、彼は提督服を脱ぎ捨てるような動作がなく、スパイと言う訳ではないようだ。
「君の指摘通り、私はサバイバー運営ではない……」
 次の瞬間、彼が指を鳴らすと――自分の身長と同じ位のランニングガジェットが自動操縦で彼の元に現れる。その形状は北欧神話系のデザインだが、花江提督のスレイプニール等とは路線が違うように思えた。
自動操縦で到着したランニングガジェットは、コクピットハッチが自動的に開く。どうやら、あの部分から乗り込むようだ。
しかし、自動操縦と思われたランニングガジェットには人影が存在していた。身長160位、ツインテールに貧乳という人物像だが、ガレス提督と言う訳ではない。しかし、他人の空似にしては腑に落ちない箇所もあるのは事実。
「小野提督――貴方の場合は小野伯爵というべきか?」
「ここに着て別勢力の妨害か」
 黒い提督――小野伯爵は、自分のランニングガジェットに別人が乗り込んでいた事実に驚きを隠せない。
その人物は、前日の最終予選とも言える予備予選で予選落ちしていた女性プレイヤーだった。
「ランニングガジェットは他のガジェットとは違って自動操縦機能は搭載されていない。ちゃんと下調べをしてから機体カスタマイズをするべきだったわね」
 その後、彼女は小野伯爵の使用していたガジェットを乗り逃げして姿を消す。
乗り逃げと言うよりは、挨拶をする為にやってきただけと言う可能性も否定できない。
「あのガジェットを乗り逃げされるとは想定外……とでも言うと思ったか?」
 小野伯爵がタブレット端末をタッチすると、次の瞬間にはガジェットが強制停止した。こうなると彼女でも動かす事は出来なくなる。
「あらかじめ保険を掛けさせてもらったが、予想外の効果があったようだな」
 その後、ガジェットに載っていた女性はガーディアンに拘束という形となったのだが、彼女はフジョシ勢力ではなくヴィジュアルバンドの夢小説系勢力に所属する残党だったらしい。


 午前9時18分、若干の放心状態だった小野伯爵も何とか立ち直り、右腕からはシールド型のARガジェットを展開する。
そして、シールドから射出されたロッドを左手でつかみ取ると、そこからビーム刃が展開される。どうやら、ビームサーベルらしい。
「思わぬ邪魔が入ってしまったが、こちらのシナリオには支障はない。ネット炎上を未然に防げたと思えば、この程度のアクシデントは想定の範囲内だ」
 拘束された人物が違う勢力と言う事を知り、そこで少し落ち込んでいたのだが……今は問題がないように立ち直っている。
「――元々の所属はコンテンツガーディアン。超有名アイドル勢や夢小説勢の理不尽とも言えるコンテンツ弾圧とも言えるような《法律の誤用》を防ぐ為、秋葉原や有明、さまざまな街を守ってきた」
 小野伯爵は蒼空に用があるのだが、戦う気でいるらしい。この場合は挨拶代わりという可能性もあるだろう。
「《法律の誤用》? あのアメリカ主体で進めている――」
 蒼空は小野伯爵の言う単語に若干の引っかかりを感じていたが、すぐにそれが何なのか理解出来た。それがアカシックレコードに触れた事による副作用かどうかは分からない。
「お前の成績は見せてもらった。序盤の最下位を含め、下位順位が続いていたお前がパルクール・サバイバーにこだわる理由は何だ?」
「序盤は誰でも1位になれるはずがない。それがあるとすれば、Web小説の異世界転生やチート系の作品に出てくる主人公だけだろう」
「それでも、最下位が続いた状況で挫折をしなかった。それは何故だ?」
「諦めなかったと言えば嘘になる。過去に別のゲームで経験した繰り返しは――もうたくさんだ!」
 小野伯爵と蒼空の対話は続く。そこで蒼空は序盤で1位をCDチャートで取り続ける超有名アイドルこそがリアルチートであると断言する。
一方で、小野伯爵は頂点で居続ける事で保たれるバランスが存在すると豪語する。それが超有名アイドルの一連の事件が起きた理由とも語った。


 午前9時20分、小野伯爵がARガジェットからアラートが鳴りだしたのを確認し、ビームサーベルをシールドへ収納する。
どうやら、時間が来たようだ――。
「残念だが、タイムアップだ。この続きはレースで決着を付ける」
 小野伯爵は一言言い残して、その場から姿を消した。
一体、彼は蒼空に対して何を伝えようと考えていたのか?


 午前9時25分、周囲に太田さんのアナウンスによる放送が流れ出す。
どうやら、コース内のシステム設置等で手間取っているらしく、開催が遅れるとの事らしい。
『レース開始はシステムのテストを行い、正常に動作するか確認してから行う方向になります。レース開始は午前10時を目安として調整中となります――』
 それに加え、ガジェットの整備は午前9時45分まで、スタートラインへの集合はセレモニーを含む為、指定エリアへ午前9時55分までに集まって欲しい事が同時に知らされた。
既に太田さんの指定している草加駅のエリア近辺には、複数のガジェットが並んでいた。その中には予選を通過した機体以外にも、予想外の機体もあったのだ。
「おかしい。加賀の姿が見えない」
「一部ではリザーブ枠も用意されているとはいえ、姿を見せないとはどういう事だ?」
「上条静菜もいないぞ。別の選手は前日に棄権をしたと言うが、上条は棄権したという情報がない」
 集合時間には猶予があるものの、有名ランカーを探している観客に取っては加賀と上条静菜は別格だったのである。
「加賀はサバイバー運営からの数少ない参戦枠と言うのに」
「システムやコースを知り尽くした運営が出たら反則じゃないのか?」
「反則判定を受けるのは、あくまでもチートガジェットやレースは二の次と言う宣伝目的の勢力だ。加賀は反則を取られたりはしない」
「運営出身で反則を取っていたら、元運営の松岡提督や花江提督も対象となる。松岡提督は予選落ちをしたが、花江提督の実力は―」
 加賀に代表されるスタッフが出る事、それはレースが成り立たないのではないか、という意見もある。
しかし、全てを知り尽くした加賀でもサバイバー運営から離れた位置にいる為か、反則ではないと考える意見もあった。


 午前9時30分、草加駅近辺にある別のアンテナショップに姿を見せた小野伯爵は、スレイプニールの改修を行っている最中の場面に直面した。
「スレイプニール。アカシックレコードに記された機体の一つか」
 小野伯爵が改修の様子を見ていると、その場面に姿を見せたのはオレンジのインナースーツに着替えた秋月彩だった。
「あなたもサバイバー運営の提督? それとも超有名アイドル等の刺客?」
 秋月の問いに対して、小野伯爵が出した答えは――。
「私はサバイバー運営の提督ではない。君と同じ、所属を持たない選手の一人にすぎない」
「提督ではないのに、コスプレとして提督服を着ているという事?」
「確かに自分は提督ではない。小野提督はファン呼称に過ぎないだろう」
「その服を着ている以上、提督と無関係と言う訳ではないのね」
「そういう君こそ、元は陸上選手。更に言えば、女子駅伝に出ていたという噂も聞く――」
「確かに、陸上の世界からパルクールの世界へ来たのは本当よ」
 秋月は小野伯爵の言う女子駅伝に参加していた件に関しても否定はしない。今更否定しても、おそらくは無駄だと考えたからだ。
「そうなると、君も神城ユウマと同じと言う事か」
 小野伯爵の一言は、集まってきた周囲のギャラリーを騒然とさせる。神城ユウマが箱根でも有名だったのは既存の事実である。
しかし、秋月が女子駅伝に出ていた事実を知っている人物は少ない。その時は秋月の運動能力が現在のパルクール・サバイバーで見せている物とは、全く比べ物にならない程の物だったからだ。
「私は神城ユウマとは違う。彼はサバイバーに関しての知識はないけど、私はネット上の情報等を吸収してきた――」
「随分と慢心をしているようだな。その考え方では、ランカー王を取るのは夢物語――」
 そして、花江提督を捜索すると言う目的もあったはずの小野伯爵は、そのままアンテナショップを出ていく。
秋月は何か一言を言っていたようにも思えたが、その声は彼の耳には届いていない。


 同刻、谷塚駅のアンテナショップへ到着したのは夢小説勢のメンバーで、草加駅の方でガジェットを改修する部隊と合流する予定でもあった。
しかし、合流しようとした人物は小野伯爵小野伯爵のトラップにかかり、拘束されてしまったのだが――その情報は未だに伝わっていない。
「このガジェットはダミーです。アカシックレコードは確かにありますが、この情報量では解析に時間がかかります」
 男性スタッフが別のメンバーが回収したデータを確認したが、この機体にはアカシックレコードが存在しないという回答だった。つまり、彼らは偽物を掴まされたのだ。
「既に回収済みのアカシックレコードと照合し、完成したデータをアルビオンへ――」
 アルビオン、それは夢小説勢が隠し持っている本命ガジェットである。
本来であればサバイバー用ではない武装ガジェットもあるが、今回は特例と言う事で許可を得て持ち出していた。
「超有名アイドルやBL勢を含めた妨害は100%ないとは言いきれない。何としても、コンテンツ狩りとも言える暴挙を行う勢力には裁きを下さないと――」
 男性の一人は小野伯爵の言う《法律の誤用》に関して何かが分かっていた。
ライバルを蹴落とす為に非合法手段も辞さない勢力は複数ある。超有名アイドルもその一つとして数えられていた。
しかし、彼らは新しく出来る法律を都合よく解釈し、自分達にとっての武器として利用としていたのである。
見た目としては法律違反をしている作品を摘発という風にニュースとしては取り上げられるが、彼らがやろうとしているのは超有名アイドルコンテンツ以外の存在を全否定する事。
この事実を知っているのは、アカシックレコードに触れた人物達のみ。


 午前9時32分、谷塚駅のアンテナショップに姿を見せたのは白銀の提督服を着ている花澤提督だった。
「アルビオン――あなた達が出る幕はないわ」
 花澤提督はレースの辞退を勧告。ガジェット自体はレギュレーション違反ではないが、アルビオンには出て欲しくないと花澤提督は考えていた。
「憎しみのぶつけ合いはパルクール・サバイバーと言うフィールドでやるべきではない。それは格闘ゲームで負けた腹いせを音楽ゲームにぶつけると言う原理と似ている」
「だからと言って、魔女狩りを行う超有名アイドルの行為を認める事は到底できない!」
「私にも覚えがある。超有名アイドルの存在によって、他のコンテンツに利益が入らずに撤退していく姿を。それに超有名アイドルが関わった事でネット上が炎上し、黒歴史になったコンテンツも見届けてきた」
「指をくわえて見ているなんて、自分には出来ない! 超有名アイドルの《法律の誤用》を放置できるほど――」
 感情に身を任せたプレイヤーの一人と花澤提督の言い争いは続く。


 午前9時34分、谷塚のアンテナショップでは夢小説勢と花澤提督の論戦が展開されていた。
「確かに超有名アイドルの行っているコンテンツ吸収にはネット上でも、さまざまな議論が展開されているのは事実。しかし、それを話し合いで過ちを直させる事も出来る筈」
 花澤提督は懸命に説得しようとしているが、それでも彼らの態度が変わる事はなかった。
「芸能事務所には何度もクレームの電話や抗議が行われているのは知っているはず。あの芸能事務所は、自分達が無限の利益を得られる原理を発明できれば、他のコンテンツを切り捨てても平然といられる。そういう事務所だ」
 男性の一人は芸能事務所へ改善のメールを送った事もあったが、それらが読まれる事はなく、芸能事務所は何度も暴走を続け……現在に至る。
「あの事務所が行おうとしていた事は、コンテンツ業界を全て集中に出来る賢者の石を作る事。その為ならば、どのような犠牲も必要と考える。例え、それが他コンテンツのネット炎上を起こすきっかけになろうとも」
 そして、データを一定量インストールしたアルビオンに乗り込み、花澤提督の横を通過するかのようにアンテナショップを出ていく。


 同刻、アンテナショップを出たアルビオンが遭遇した物、それはランスロットのARガジェットだった。今まで使用していたガジェットとは違い、大型ユニットを着込むよりはフルアーマーに近い雰囲気を持っている。
『孔明に続き、お前も邪魔をするというのか? 我々、夢小説勢を根絶させようと―』
 アルビオンはビームサーベルを展開し、ランスロットへと突きつけるが、彼は一切動じる事はなかった。
そして、ランスロットは肩に装着されたビーム刃のグレートソードを展開、アルビオンを止める為に動き出す。
「お前達の行動が超有名アイドルによるコンテンツ魔女狩りを加速させる結果となった。芸能事務所側が風評被害の出る前に法律によって改変拒否にしようと考えた結果が――」
 ランスロットが何かを喋り出そうとした瞬間、アルビオンはレールガンを展開、ビームサーベルを収納した後に持ち替え、そちらの方を突きつけた。
『芸能事務所が海外の作り出した法律を利用し、ありとあらゆる二次創作を拒絶――使い捨て同然のコンテンツをばら撒こうとしている事を断罪すべきだ』
 ランスロットはアルビオンの話に対してあきれ返る。それでは単純に理由を変えただけで《本当の意味》で作品を愛しているとは思えない。
「偽者の英雄には退場願おう。それが――アカシックレコード上の彼女にする事が出来る、唯一の――」
 グレートソードを構える姿は、まるでロボットアニメにあったような両手持ちの構えその物。
そして、グレートソードから放たれた重い一撃はアルビオンが瞬時に機能不能となり、他のメンバーも戦意喪失で逃亡する。


 午前9時35分、機能停止したアルビオンを放置し、そちらはコンテンツガーディアンへと花澤提督が引き渡す。その時には、既にランスロットは姿を消していたからだ。
「確かに光のアカシックレコードと闇のアカシックレコードは片方だけで真価を発揮しない。しかし、両方のアカシックレコードでも共通して書かれている事はあった」
 花澤提督は悔しそうに拳を握る。自分の無力もあるのだが、これがサバイバー運営の限界でもあった。
ランキング荒らしの際は運営も業務妨害と感じていた事で動いていた部分もあるのだが、今回の夢小説勢やBL勢と言った勢力の争いは後手に回る事が多い。
「ここまで暴走しているファン活動に何の意味がある! 煽るだけおあり、ネット炎上させ、更にはまとめサイトのアクセス数を稼ぎ、アフィリエイトで荒利益を稼ぐ――」
 ここで悔しがっても何も始まらない。花澤提督は草加駅へと向かい、他勢力の妨害を阻止しようと動きだす。
「コンテンツ流通を正常化するのであれば、タダ乗りよりもアフィリエイト系まとめサイトを駆逐する方が先と言う事か」
 草加駅へ向かう為、花澤提督はアンテナショップ前の道路から特注コンテナを呼び出す。そのコンテナが開きだすと、そこから姿を見せたのはSF系のシャープなデザインをしたパワードスーツである。
「力を貸して――ホーリーガジェット」
 花澤提督がつぶやくと、パワードスーツが分離、提督服を着た状態で分離したアーマーが装着、完了するまでの時間は1秒にも満たない。
そのガジェットは、まるでアカシックレコードにも新たに刻まれたかのような――。


 午前9時40分、コンビニで鮭おにぎりと緑茶のペットボトルという軽い食事をしていた花江提督、彼は提督服を着た状態で周囲を歩いていたのだが、特に彼に話しかけようと言う観客はいない。
「これが嵐の前の静けさ……」
 2つ目のおにぎりは昆布で、食べ終わった袋は手持ちのコンビニ袋へと入れる。その後、花江提督は周囲を見回すことなくおにぎりを食べ続けた。
「このレースは今までの様にはいかない。超有名アイドルやBL勢等と言った悪意を持った勢力は排除されている」
 花江提督の隣に立っていた女性、それは阿賀野菜月だった。あのスレイプニールを手にした人物が花江提督の隣にいる。しかし、それに関して花江提督は何も言及はしない。
「阿賀野菜月、アカシックレコードが辿り着く未来に……何を望む?」
 花江提督は彼女がアカシックレコードにこだわりを見せている事、以前から知ってはいたのだが改めて聞く事にした。以前は何も話さずに終わったような気配がしたからである。
「超有名アイドルコンテンツは売名行為と言うか――単純に日本経済を不景気に見せない為の自作自演と考えている。だからこそ、それとは違う新しいコンテンツが必要だと考えた」
「それが拝金主義や利益至上主義とも違う、新たなコンテンツか」
「アカシックレコードに色々と書かれていた中、私はあるコンテンツを見つけた。それは音楽ゲームだ」
「2年前の事件も、音楽ゲームが理由で起きた物だったか。あの時は超有名アイドル側が地雷を踏むと言う自滅展開に、周囲が非難の嵐だったと聞く」
「それでも、彼らにはコンテンツを出して莫大な利益を出すという実績が必要だった。例え、それがFX投資と同じ位の危険度を持っていたとしても」
 阿賀野からFX投資と言う単語が出てきた事に対し、花江提督は苦笑いを浮かべた。簡単に利益を得られるような事は存在しない。それは、アカシックレコードにも書かれているはずなのに。
「迷惑メールの業者を摘発しても、第2、第3の業者が現れる。超有名アイドルも同じような展開になるのは変わらない―とでも言いたいのか?」
 花江提督の一言に、阿賀野は何も答える事はなかった。アカシックレコードの真実、それは既に提督以外にも広まっているのは間違いない。広めたのは花澤提督だろう。
彼女がアカシックレコードから何を得たのかは分からない。しかし、彼女は中村提督と同じ、アカシックレコードに刻まれた伝説とも言える人物だからだ。
「花江提督、これだけは言っておく。アイドルという単語が地球から消滅する事はないだろう。しかし、利益を得る事だけに集中した為に、暴走するファンを放置した芸能事務所にアイドルをプロデュースする資格はない」
 阿賀野は、それだけを言い残して駐車場の近くに停めていたスレイプニールに乗り込んだ。スレイプニールが置かれている場所には、大量のギャラリーと言うか野次馬も集まっていたが。
花江提督が阿賀野と会話をしていた頃、蒼空かなではガジェットの最終調整を行っていた。スタッフ総出ではないが、数人の専属スタッフがアカシックレコードシステムの手直しなどを手伝っている。
「3次元のアイドルが利益を追い求めた結果、アイドルと言う単語の意味は大きく変化していった。それに嫌気がさして―」
 蒼空は、ふと自分がアイドルという単語に過剰になっていた理由を思い出した。超有名アイドルの利益至上主義、その為には法律をも悪用してライバルを永久追放する行動にも出る。
 その状況を指くわえて見ているしかなかった自分に嫌気がさしていたのだ。
「そして、違うジャンルに興味が持てる者を探した結果がARゲームであり、パルクール・サバイバーだった」
 蒼空は改めて考える。超有名アイドルと言う存在が日本のコンテンツビジネスだけでなく、海外が規制を作りだすような流れまで生み出してしまった。ガレス提督の話ではないが、生み出してしまった事に対する贖罪が必要なのだろうか―と。
偽メダル転売事件、AI事件、違法ガジェット流通、BL同人誌規制各種――それ以外にも超有名アイドルが関係していた事件は無数ある。これらの事件が超有名アイドルのコンテンツ完全掌握に関係しているのか?
これらを超有名アイドルと結び付けるのは極論かもしれないが、ネット上ではさまざまな発言が飛び交い、炎上合戦になる事もあると言う。
アカシックレコードでは転売屋、ネット炎上勢、アフィリエイト系まとめブログの管理人、そう言った勢力とも手を組んで超有名アイドルはライバルとなるコンテンツを叩き落とすという。
「本当に、この世界は超有名アイドルが都合よく全てを掌握出来る世界なのか?」
 その問いに答えを出せる人物はいない。だったら、今はパルクール・サバイバーに集中して勝利し、ランカー王となる事を優先すればいい。
ランカー王となれば、その知名度を利用して日本を動かせるのかもしれない。松岡提督がランカーになった時にARゲームに対し、さまざまな法整備で日本中へ広まった時の様に。


 午前9時45分、草加駅近くのタクシー乗り場には次々とランニングガジェットが集結していた。既に20体近くが集まっているのだが、それでも花江提督や阿賀野菜月と言った人物の姿がない。
『ここでお知らせです。予備予選での勝利枠で決定戦に出場予定だった――』
「やっぱり、彼女は棄権したのか。運営が出るのは反則ではないのに」
「しかし、加賀が棄権したのは良いとしても、彼女が出ないのはおかしいだろう? ランキングベスト3にいた人物だぞ」
「そうか。お前は知らないのか。パルクール・ガーディアンとサバイバー運営は元々同じ部署だったってことを」
「同じ? どういう事だ?」
 周囲も加賀の棄権に関しては事前情報や一部アナウンスで知っていたのだが、もう一人に関しては全く知らされていなかった。
その理由の一つには、パルクール・ガーディアンとサバイバー運営が元々は同じだった事にある。つまり、元々は一つの運営が分離したという事だったのだ。
それが、思考錯誤の末にランキング荒らし対策としてのランカーを集めた組織という事になり、現状ではサバイバー第2運営と呼ばれるまでの組織に再編されている。
この件に関してもランカー王の前に行われた記者会見で『自作自演と呼ばれるような事態を避ける為、このような処置を取った』と発表したのだ。
『夕立選手はランカー王の資格も十分に満たしておりますが、ガレス提督による――』
「ちょっと待った!!」
 太田さんの実況に横槍を入れるかのように姿を見せたのは、何処かの海賊を思わせるようなガジェットを装備した黒マントの提督、佐倉提督である。
「確かに夕立はサバイバーの運営だ。しかし、ガレス提督の発言一つだけで棄権の理由を周囲に納得させるような事は可能なのか?」
『こちらも手元に届いたばかりの書類を読んでいるだけで――』
「花澤提督! 中村提督! この実況は聞いていたな?」
 佐倉提督は草加駅へ向かっている花澤提督と中村提督に呼びかけた。
2人が通信を聞いているかどうかの保証はないが、一つ賭けてみる事にしたのだ。
「超有名アイドル、あるいは夢小説勢が行おうとしているコンテンツ壊滅を誘発させる事件――それを止めろ!」
 佐倉提督の叫びが届いたかどうかは保証できないが、そこへ突如として姿を見せたのはオレンジ色のランニングガジェット、スレイプニールⅡ。
「聞いていたか、花澤提督、中村提督。全ては、お前達にかかっている」
 花江提督は、2人が探している人物に心当たりがあった。そして、そのデータを2人へ転送する。
「この人物だと――」
 この人物に見覚えがあったのは中村提督だった。花澤提督も見覚えはあるだろう。
しかし、思い出すのが早かったのは、中村提督の方である。
「よりにもよって、政治家を探せと言うのか」
 顔はフェニックスの覆面をしていて判別は不能だろう。しかし、彼の服装にあったバッヂは議員バッヂで間違いない。
「あのニュースで摘発されたのは60人近く。現在でも家宅捜索は続き、事情聴取を受けている人物は100人いるだろう。対象の人物は、どの役職でも例外はない―」
 中村提督は、彼が何処にいるのかが分からずにいた。その中で、一足早く行動した人物がいる。


 午前10時、ある人物が小野伯爵へ連絡をしていた。レースが間もなく始まる為、自分は動く事が出来ない為だ。
『小野伯爵……あなたが、この通信を聞いていたら、今すぐ秋葉原へ飛んで欲しいのです』
『犯人の正体、それは莫大な赤字国債を抱える状況を生み出し、それを超有名アイドルに償却させるというシナリオを思いつき、実行した人物―』
『秋元総理大臣代行――つまり、イリーガル秋元です。本物の総理大臣は飾りと言う事実に気付かなければ、この発想に至らなかったでしょう』
『伯爵、今度こそイリーガルを倒して―』
【小野伯爵も、残念だがランカー王の出場選手。この私が行く】
 通信の最中につぶやきが流れ、そこで初めて彼は小野伯爵が選手だと言う事に気付いた。そして、自分が行くと言い出した人物のアカウントを見て、彼は驚きを隠せずにいられなかった。
「ヴェールヌイ――ガレス提督なのか?」
 蒼空が衝撃を受ける程の人物、ガレス提督が探すと言いだしたのだ。
そして、蒼空は過去に彼女が候補生時代に名乗っていた名前を唐突に思い出していた。


 午前9時58分、ガレス提督は北千住の本部を離れ、再び秋葉原へと足を運んでいたのである。
しかし、今回はソロモンとして潜入せず、別のランニングガジェットを投入しての単独行動だった。
アーマーのデザインはロボットにも近いのだが、形状としては中村提督が過去に使用したバイザーに近い。しかも、このランニングガジェットは、将来的に別のARゲームで投入する予定だったものだ。
それを白銀のカラーリング、装甲を含めてミリタリーな物に調整、武装類は半数がビーム系統、高速離脱を可能にする為に大型ガジェットを搭載しない等の徹底がされている。
「まさか、自分が決着を付ける為に向かう事になるとは――」
 インナージャケットを着た状態でランニングガジェットを装着するガレス提督、彼女は過去に別名義で芸能事務所のアイドル候補生をしていた事があった。
「……この名前とは決別したはずだった。しかし、今はその名前を再び使う事になるとは」
 ヴェールヌイ、これが以前に名乗っていた芸名だった。しかし、様々なトラブルの関係もあって事務所を辞め、パルクール・サバイバー運営の設立にも参加する。
それでも、全てのスタッフの信用を得られたわけではなかった。花江提督を初めとした運営離脱者を出した事は今でも引きずっており、それに加えて一部勢力が対抗組織を結成した事も彼女にとっては誤算だった。
結局、彼女は超有名アイドルへの復讐にパルクールを利用しようと言う魂胆があり、それを見抜かれた事がさまざまな作業に遅れを出す結果となる。


 9時59分、超有名アイドルの劇場前に到着したガレスは周囲を見回す。
取り囲んでいるのは超有名アイドル勢の可能性もあるが、もしかするとフジョシかもしれない。それ程にガジェットの顔触れにはまとまりがなかったのだ。
「こちらとしては阿賀野に来てほしかったが―」
 ガレスの前に姿を見せたのは、残党勢力とも言えるような寄せ集め集団である。
「よりにもよって、それを受け取っていたのが――」
 ガレスの懸念は的中した。残党の使用しているガジェット、それはロケテストが進行中のARゲームに使用される新型ガジェットである。
ランニングガジェットが一世代遅れを取る位には最新技術が使われており、この段階で勝ち目は低いだろう。
「ヴェールヌイ……裏切り者!」
 このセリフを言われるとは……とヴェールヌイは考えた。確かに超有名アイドルの候補生として在籍していた事実は消えないだろう。それを踏まえて、今回の行動を裏切り者と言及するのは一理ある。
「お前達はコンテンツ業界で戦争でも起こそうと言うのか? 玩具で世界征服を考えるようなフィクションの組織の様に!」
 ガレスが両肩のビームランチャーを発射するが、こちらは回避されてしまう。さすが新型と言うべきか。その後もガレスの攻撃は次々と避けられてしまい、性能差を突きつけられる結果に。
相手は手持ちのビームライフルやレーザーランチャー等でガレスを攻撃するのだが、その攻撃はヴェールヌイの装甲にはじかれる。
装甲に関しては別のARガジェットではダメージを与えられない仕様にしていた為、それがあるヒントを与える結果となった。
「そう言う事か――!」
 ガレスの方は周囲の残党を対処するので精一杯。次に控えている増援には気づいていない。
「お前達は、数の暴力で勝ったと確信しているようだが……」
 ガレスの一言に対し、残党は反応する。しかし、このタイミングで反応したとしても遅かったのだ。
「ランニングガジェットを展開し、ランキング荒らしが現れたまでは良かった。しかし、こちらとは想定外の人物がランキングの塗りつぶしを始めていた……信じられないと思うが」
 更なるガレスの一言には周囲も驚き、増援の一部は逃亡準備を行う者も出ている。
しかし、このタイミングでランキング荒らし失敗と言うのであれば、今のサバイバーを取り巻く環境はどう説明するのか?
「こちらとしても復讐と言う意味では、超有名アイドル勢力によるアクロバット等が問題になった地点で――釣りは成功したと思った」
「ARガジェット自体は既に市場に出回っている関係で、環境を整える事にはさほど時間はかからなかった。しかし、こちらにも誤算があった」
「ランカーに関しても一部メンバーは、こちらがスカウトしていたが……スカウトした人物以外で好成績を上げる人物が現れた。それが4月期ランカー王……」
 ガレスの話を聞くのはごく一部の残党のみ、既に半分近くは戦意喪失していて、物の数ではない。


 そして、時間はレースが開始されてから10分が経過し、午前10時10分になっていた。
「しかし、一度は失敗と思われた計画も阿賀野菜月の出現で再び修正が可能になり、彼女の気付かない所で動きを同調させ、最終的には超有名アイドルの芸能事務所を追い詰める事に――」
 ガレスは周囲の残党が使用するガジェットを沈黙させ、残党の後始末はコンテンツガーディアンに一任する。
「阿賀野菜月の未来予知もトリックがあったと……そして、もう一つのアカシックレコードにも何か仕掛けが……」
 別のコンテンツガーディアンの一言、それを聞いたガレスは何かに気付いた。
「やはり、あの話は嘘だったのか――茶番としては良く出来ていると思ったが」
 ふとした一言を聞き、ガレスは何が本当で何が嘘なのか信じられなくなっている。
一体、襲撃してきたガジェットとは何なのか? 新型ガジェットと言うのはブラフだったのか?
「茶番? パルクール・サバイバーが茶番だと言うの?」
「――全ては、コンテンツ正常化を行う為に一部勢力の制裁を行う為に用意した舞台よ」
 ガレスの目の前に現れた人物、それはランカー王の出場を辞退した加賀だったのである。
「コンテンツ正常化? 確か、以前に遭遇した如月トウヤも同じ事を言っていたが」
「如月を知っているのか。ならば話が早い。本来であれば別のARゲームをフィールドにしようとも考え、それに失敗したのが2年前の音楽ゲームの時だ」
「あの時は超有名アイドルが地雷を踏んだとニュースサイトで知った。あれにも裏があると言うのか?」
「裏は存在しないわ。あちらも超有名アイドルの利益至上主義型商法が暴走した結果、あのような結末になっただけ」
「あなたの本当の目的は何?」
 話を続ける加賀、何かの疑問を持ったガレスは質問をぶつける。
「アフィリエイト系まとめサイトやネットの多数決、つぶやきサイトの悪意あるメッセージと言う存在がブラックファンを生み出し、超有名アイドルがそれにタダ乗りするかのようにコンテンツを全て狩り尽くそうという考えを生み出したわ」
「結局はコンテンツ流通の未来を願う為には、より多くの意見に耳を傾け、それこそ慎重に議論をするべきと。最終的には、それらを考えた結果、自分は5月期のランカー王参戦を辞退する事にした」
「どういう事なの? 正式には予選落ちという事で……!」
 加賀がランカー王に出ないという話を聞き、ガレスは予選落ちをしたはずだと言おうとした所で何かを思い出した。
「結局、自分も復讐の為にパルクール・サバイバーを利用しようとしていたわ――」
 結局は、加賀もガレスと同様にコンテンツを利用しての超有名アイドルファン駆逐を別の視点から考えていた。
「協力者はアカシックレコード絡みではないのか?」
「一つだけ忠告をしておくわ。有名な大手企業がパルクール・サバイバーの重要性を認め、投資の話を持ちかけてくる可能性がある。その企業の中に、秋元の息のかかった企業が残っている可能性が――」
「大手企業?」
 加賀は何かのヒントを残すのだが、ガレスが答えを聞こうとした時には姿を消していた。
+注意+
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