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パルクール・サバイバーRe:System 作者:桜崎あかり

System3

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一つの差が生み出した認識


 西暦2017年1月、運営本部から足立区内でパルクール・サバイバルトーナメントの開催宣言がされた。
その内容とは、本来は別のスポーツであるパルクールを大幅アレンジ、『より安全、よりスタイリッシュに』を合言葉にコースに一工夫を加えた物だった。
しかし、レース開催から初期の頃は危険なパフォーマンスを行うプレイヤーや団体は後を絶たなかった。
本来、パルクールでも「自身を守る」という個所は強調されており、こうした危険なプレイが放置されるのは大事故につながると運営は考え、ランニングガジェットの運用を決断する。
この対応を運営が取った事により、怪我人が続出して社会問題になるような事態は回避された。
実際、スポーツ紙でも『パルクールとは似ても似つかない競技』や『パルクールではなくフリーランニングの方を名前として使うべき』と言う声もあった。
しかし、パルクールとフリーランニングは呼び方が異なるだけで内容は同じ。
つまり、パルクールもパルクール・サバイバルトーナメントも同じ物と運営は考えていたのかもしれない。


 その後、ランニングガジェットの採用で危険なアクロバットを行う勢力は減少した。しかし、今度は違法ガジェットを使用したチート集団がランキング独占をするという事案が3月に発生。
こちらの対応にも運営は頭を悩ませた。そうしたチート集団を一掃する為、運営が取った手段はチートを超越したプレイヤーであるランカー勢でランキングを塗り替える事だった。
こうした対応は、力で押さえつける事には変わらないという事で、ネット上では効果に疑問を持つユーザーも少数だが存在した。その内の一人が、阿賀野菜月である。
「政党と戦う? 今の政治は超有名アイドルのご機嫌を取る為に存在している。そんな政治に価値を付ける資格すらない!」
 彼女は政府与党の行っている事に対して『超有名アイドルから税収を得ている』と類似した事を言い放つ。この話はネット上でも話題になったのだが、下手に阿賀野へ関わると後悔するという事もあり、誰ひとりとして彼女の話題に触れようと言う事はなかった。
この言動を受ける形ではないが、あるパルクールを広めようと言うチームの一つはパルクール・サバイバーに対して、このようなコメントを残している。
「彼らの行おうとしているのは、超有名アイドル商法の根絶だ。これは本来であればディスカッションやイベントの様な場所で言及することであり、それにパルクールを利用しようという考え方が理解できない」
 彼らは既にパルクール・サバイバーの運営が超有名アイドル根絶にあると予想していた。
実際、このようなやり方で超有名アイドル商法に関して非難していたケースが実は存在する。
それが数年前に起こったAI事件――しかし、その詳細を知る者は少ないらしい。


 AI事件、これはARサバイバルゲームで超有名アイドルグループのメンバーを救出するというゲームを開始し、その救出に成功した人物の願いをかなえようと言う物だった。
しかし、このゲームには裏があり、実際は超有名アイドルグループが自分達のCDを宣伝する為に仕組んでいたマッチポンプとも言えるゲームだった。
これに気付かない者が何人も挑むが、全て失敗に終わる。
上条静菜は数人のアイドルを救出していく中で、ある異変に気付く。
そして、別のライバルと遭遇戦となった時に超有名アイドルの宣伝であるという事実を知った。
その後は上条とライバルが手を組んだ事で超有名アイドルグループの陰謀を暴き、その裏で政治家数人が芸能事務所から大量の献金を受けている事実も判明、政府与党は野党からの追及を受ける事になる。
ネット上ではAI事件に関しての真相は触れられている記事は少ない。
一説によると野党政治家が自分達に都合の悪い項目を削除、与党が非難を受けて炎上するように仕向けたという話も浮上する程だ。
これも真相がどうなっているかは分からない。一説では――。
「このまとめ方では、いわゆるテンプレと言うべきか……あるいは、あらすじ風かもしれない」
 ネット上にあるまとめウィキとは違う記事を見ていたのは、花江提督だった。
彼は密かに超有名アイドルの真相を知る為に水面下で行動を初めていたのである。
「しかし、こう書かれているが……全ての真相はプレイヤーでしか分からない。まとめサイト等で知った気でいる事は非常に危険と言う事を認識すべきだ」
 花江提督が懸念していたのは、サバイバーへ未参戦のギャラリーが炎上目的で様々な記事を作っている事だった。
中にはプレイヤー同士の夢小説と言う物まで存在する。俗にいうナマモノと言うジャンルと言うべきか。
こうした未プレイ勢力とも言うべき存在は、様々なジャンルで問題視されているのだが……実際にフジョシ勢によるフィールド荒らしとも言える行動は、とどまる事を知らない。
彼女達の様なコンテンツの価値を知らない者の横行を阻止する為の抑止力――その正体こそが、アカシックレコードであり、ARガジェットでもあった。
そう言った裏の意味を知っていて運用している人間は少ない。そうした目的がある事さえも認識している人間が――。
「無人ガジェット暴走事件……向こうがどうなっているかも気になるが」
 花江提督がもう一つ疑問に思っていた事、それは2月に発生した無人ガジェット暴走事件である。
これは複数個所で発生しており、事件の真相はアイドルグループの新曲PRを兼ねた宣伝であると報道されている。
しかし、この認識が実は偽りである事は一部の人物にとっては周知の事実だったのだ。


 パルクール・サバイバーのまとめ記事でも一部の記載は運営発表と事なっているケースも存在していた。その中で一番の問題となったのは、ライセンスの件である。
【パルクール・サバイバーはランニングガジェットをレンタルの場合は、ライセンスなしでも運用可能】
 この記述に関して、実際に運営へ問い合わせた所、このような回答があった。
『レンタルの場合でもランニングガジェットの運用には、個人でライセンスを取得する必要がある。それ程、ARガジェットとランニングガジェットではパワー出力が違う』
 現在は、この回答を受けた形でまとめサイトの方も訂正されている。しかし、訂正前にサイトを見てレンタルした人物に関してはどうするのか?
『その辺りはアンテナショップ側の個別案件になる。ライセンスのチェックも厳重になっていて、このようなニアミスが起こるケースは100%ないとは断言できないが、あった場合には運営に連絡して欲しい』
 実際に間違ってガジェットレンタル手続きをしたケースは存在せず、こうした連絡は運営本部には入っていない。報告をせずに放置しているケースもあるのではないか? 実際の所は運営に報告がないので、これ以上は詮索をしても無駄なのだろう。
 しかし、こうしたケースは絶対に起きない訳ではない。わずかな不確定要素が重なって、偶然に起きてしまうケースは存在する。
【ある選手が使用した試作型ガジェットだが、あれは正規ライセンスなしで運用していた物らしい】
 このつぶやきで触れられている選手とは、蒼空かなでの事である。彼の使用したガジェット、それは向こうの不手際があった一方、ライセンスなしで運用されていたガジェットだった。
【ライセンスありで運用されている場合はGPSの要領でデータを拾い、選手情報等を検索できるようになっている】
【しかし、あの時に選手データを検索できないガジェットが存在していた。本来であれば、そうしたガジェットの運用は認められておらず、映画の撮影以外に代表される特例でもない限りは許可されない】
【誰かどうかを詮索するのは不可能か。ソロの走行データが残っている訳でもなく、マッチングデータが存在する訳でもない】
【どちらにしても、この時期に撮影と言うのはあり得ない。仮に撮影だったら、もっとギャラリーがいてもおかしくない】
【無名のアイドルとか?】
【それは尚更だ。CDの宣伝行為と判断される。実際に、そうした事例も存在しているのは確認済みだが】
 ネット上のつぶやきでも、この人物を特定しようという動きはあった。しかし、詮索をしたとしても運営が事実を公表するとは思えない。その為か、あるタイミングで詮索を止める動きとなった。
「意図的に情報開示をしなかったのは……」
 ネットの情報を鵜呑みにする訳ではないが、花江提督には真実を隠して情報を公開する方法と取るまとめサイト勢に対し、何かの違和感を抱かざるを得なかった。
「やはり、フジョシ勢を根絶する事が超有名アイドルの目的?」
 花江提督の懸念、それは別の場所で現実になるとしているのだが……。


 3月某日、通常のARガジェット装備で北千住にあるパルクール・サバイバー運営へ姿を見せたのは、オロチと言うコードネームでも有名なプレイヤー、大塚だった。
特に厳重警備が敷かれている訳ではないのだが、得意のスニーキングで指定された場所へと潜入していく。そして、扉の先にいた人物、それは……。
「待っていた……と言うべきか」
 社長室にあるような椅子に腕と足を組んでいる状態で彼女は座っている。そして、彼女の眼光は非常に鋭く、既にここへ来る事を予言していたようでもあった。
「お前がサバイバー運営の総責任者か?」
 大塚は有名所のアサルトライフルに酷似したARウェポンを構え、目の前の人物に銃口を向ける。しかし、目の前の人物は睨みを緩める事はなく、銃口を向けられても恐怖する事もない。
「その通りだ。私の名はガレス……パルクール・サバイバルトーナメントの最高責任者」
 目の前の女性こそ、パルクール・サバイバーの運営責任者であるガレスだった。彼女の着ている衣装は他の提督と同じなのだが、カラーリングは白銀という特注タイプと言うのも特徴か。
「君を呼んだのには理由がある。しかし、その前に……」
 ガレスが指をパチンと鳴らすと、大塚の周囲というか部屋一面に映像が表示されたのである。それらの映像の中には、無人ガジェット暴走事件や一部ARゲームで発生した一部のブラックファンの暴走事件も混ざっていた。
「やはり、ガジェットの暴走事件にはお前達が絡んでいたのか?」
 大塚はアサルトライフルの引き金を引くのだが、弾丸が発射される事はなかった。そして、次の瞬間には弾切れと表示される。
「弾切れだと?」
「弾丸の方は抜かせてもらったよ。この場では、戦闘行為は禁止されている」
「他の提督を配置したのは?」
「それは君の力を試す為だ。他意はない」
「この映像の真意は何だ?」
 2人の会話は続くが、大塚が映像の真意を聞いた所、思わぬ回答が返ってきた。
「私は、元々アイドル候補生だった。しかし、ある人物によって夢を断たれ、何度も実験に利用された事もあった……その中で、ある物をネット上で見つけた」
 途中からガレスの表情も変化し、いかにも復讐心をむき出しにしているようでもあった。
「それがARゲームと言う事か。そして、復讐の道具として――」
「復讐とは違うな。超有名アイドルコンテンツを完全駆逐し、新たなコンテンツの可能性を示す事。それが最終目的と言える」
 大塚の復讐と言う言葉にガレスは反応し、即答で否定する。そして、サバイバー設立の理由を新たなコンテンツの可能性を示すと断言した。
「超有名アイドルコンテンツを駆逐し、新コンテンツで埋め尽くすのは同じではないのか? お前が否定している超有名アイドルと」
「それは違う。芸能事務所は無尽蔵とも言える賢者の石を持っている。その力を振りかざす限り、超有名アイドルによる絶対支配は続く。彼らの最終目標は唯一神になる事だ」
「超有名アイドルが神になるだと? 話にならないな……」
 ガレスの目的を聞いた大塚は聞いてあきれていた。賢者の石が存在する事自体は噂で聞いていたが、それを芸能事務所が利用しているのだと言う。
「しかし、君が全力で否定した『神になる』発言は、戯言などではない。そう言った世界が我々の世界とは別の場所で発生しようとしているのだ」
「別世界? それこそ戯言だ。まさか、二次元の世界で起きた出来事が三次元の『この世界』で起きるとでも言いたいのか?」
「その通りだ。二次元世界で起きた超有名アイドルグループの選挙券付きのCDが300万枚を出荷したという話がある。それも、元々はアカシックレコードに記載されていた懸念が別世界で現実化し、こちらの世界でも影響を及ぼしている――」
「それに、一連の無人ガジェット暴走事件も、ドローンを利用した事件を模倣して起こしたという警察発表がされていた。アカシックレコードに書かれている懸念は、この世界でも現実を帯びようとしているのだ」
「だからこそ、こうした悲劇の繰り返しでコンテンツ業界を潰そうとしている超有名アイドル……それを操る投資家連中や政治家を完全駆逐する事、それがパルクール・サバイバルトーナメントを生み出したきっかけ」
 ガレスの話は現実を超越し、もはやライトノベルの世界とも言うべき発言だった。この考えが、パルクール・サバイバーを生み出し、更なる悲劇を生み出そうと言うのか?
「お前の考えは間違っている。何故、超有名アイドルを潰すのに他のコンテンツを引き合いに出す?」
 大塚はアサルトライフルを投げ捨て、今度はハンドガンを構え、それを発射しようとするが、またしても弾切れで撃てない。
「他のコンテンツを引き合いに出す事は、過去にも行われて来た。フジョシ、ゲーム未プレイ勢による二次創作、超有名アイドルの夢小説……そうした勢力を引き合いにし、超有名アイドルファンの方が正常であると――」
 ガレスが何かの続きを発言しようとしたが、それは大塚の投げたチャフグレネードで全て消滅する。どうやら、この部屋自体がARで生み出された幻だったのである。


「……やはり、貴方を呼んだのは正解でした」
 全てが消滅した部屋には、真っ白な壁しか存在しない。どうやら、ここは実験施設だったようだ。唯一の入り口から姿を見せたのは、金髪碧眼の提督とも言えるべき人物だった。
「貴様は何者だ? 何故、このような茶番を仕掛けた?」
 大塚の方は、先ほどの映像に対しても不満を抱き、更には今回の茶番に対しても怒りを抱いている。彼女に危害を加える気はないが、今の状況だと誤射をしても……。
「自己紹介がまだでした。私の名前は遠藤……提督。総責任者であるガレス提督の留守番を任されています」
「遠藤提督、ここで呼んだのは……」
「私です。ガレス提督へは既に許可をもらった上とはいえ、このような茶番を仕掛けたのは……貴方の適性を図る為でもあります」
「適正?」
「貴方にやってもらう事、それはサバイバルトーナメントの総責任者です。簡単に説明すれば、ガレス提督が不在中の代理です」
 そして、大塚は大塚提督と名乗り、サバイバルトーナメントの総責任者を代行する事になったと言う。


 5月1日、ゴールデンウィークで道路の混雑も考えられ、各種コースではゴールデンウィーク用にコース構成を変える所も出てきた。荒川河川敷を利用したコースを展開しているアンテナショップも、そのひとつだ。
「困ったな。パルクール・サバイバーにとって連休シーズンはチャンスだと言うのに。安全や治安を盾にしてコース変更とは…」
 男性店長も悩んでいるのだが、こればかりはどうしようもない事である。超有名アイドル絡みの事件を含め、無差別テロと認識されそうな事例も存在するのは事実であり、こうした事件に巻き込まれないようにするのもアンテナショップとしては重要なスキルと言われている。
「仕方がない。可能な範囲でコースに工夫をしてみるか」
 そして、コース変更が思わぬ展開を生むとは、店長はこの地点では気付かなかった。


 同日午後1時、ロケテスト段階の草加市コースでは想定外の事態が起こっていた。それは、超有名アイドルグループのサマーカーニバルファンがロケテストにおいて実戦と同じランキング荒らしを行っていた事。
この状況に関しては、運営にとっても想定外だった。ロケテストの開催エリアは3つあり、その内の2つはオープンにしていたが、草加市のロケテストはクローズドロケテストであり、場所を非公開にして行っていたのである。
それでも、別の超有名アイドルファンによるつぶやき等から場所を特定、その結果としてサマーカーニバルファンが大挙してランキングを独占する事になった。
場所の特定に関しては他のプレイヤーも行っているが、サマーカーニバルのファンはピンポイントで準備していたとしか思えないような節もある。
「予想通りの展開になったか」
 普段は受付をしている白提督こと南雲提督、彼はこうなる事を想定して派遣されていたのだ。しかし、彼用のランニングガジェットはアンテナショップにも用意されておらず、彼らに対抗する手段は残っていない。
このまま超有名アイドルによる宣伝行為を認めるのか……と誰もが考えていた中、ある人物がスタート地点である神社の前に姿を見せた。その人物は軽装備のガジェットを装備しており、誰がどう見ても選手であれば特定が早い人物である。
「ランキング荒らしと言っても、所詮は運動初心者。私の敵ではない!」
 秋月彩、彼女の出現に周囲の観客が一瞬にして沸きだした。この状況を見て、超有名アイドル勢は逃げの体制を取る者もいた。
そして、超有名アイドルファンの中にはパルクール・サバイバーに関わった事へ後悔している人物もいる。


 5分後、直線+一部障害物のみという単純なロケテストコースと言う事もあるのだが、運動量で秋月に勝てるような人物は一人もいなかった。
「馬鹿な。我々のガジェットを駆使しても勝てないなんて―」
「奴はリアルチートとでもいうのか?」
「超有名アイドルが日本経済を盛り上げている事を、奴は知らないと言うのか?」
 敗者の口からは様々な事がつぶやかれていたが、彼女の耳には全く聞こえていない。そればかりではない。
「世界を制するのは超有名アイドルではない。情報戦こそ、この激闘の時代を勝ち抜く為の存在」
 秋月は、この言葉を言い残して姿を消していた。その後、ロケテストの方は色々と課題は残るものの、一定の収穫があったようである。


 5月2日、蒼空かなでは竹ノ塚のアンテナショップでレースの準備を行っていた。それに加えて、少し気になっていた事がある。それは、昨日の秋月が言った言葉の意味――。
「情報戦か。その情報に振り回されたら、全てが終わる事に気付いていないのだろうか」
 自分も情報戦に引っ掛かってしまった一人である。まさか、レンタルでもライセンスが必要だったとは、あの地点では気付かなかったからだ。
「それにしても、レース自粛から公式集計休止への方向転換も気になる」
 4月18日にパルクール・サバイバーのレース自体が無期限休止、それから1週間ほどでレース自粛から一部のチート及び違法ガジェット使用疑惑のある選手のライセンス凍結で一応の決着が図られた。
一応と言うのは、ネット上で買収疑惑などのデマが拡散した事も理由の一つ。結局は決着と言う事にしてガジェットの運用禁止を解除して欲しいというアンテナショップ側の思惑もあったようだ。
4月29日には一部レースに関する公式ランキングの集計休止が発表、5月1日には休止も解除された。これによって、パルクール・サバイバーのほぼ全てのシステムが凍結解除された事になる。


 ここで、蒼空が西新井で南雲提督と受付で会話をしていた時……ライセンスを取る辺りまで話を巻き戻す。
「こうしたケースは非常に珍しいのだが……スタッフの手違いがあったとはいえ、こちらもルールブックを破って特例を出す訳にはいかない事情がある。そこは理解して欲しい」
 事情をある程度把握した上で南雲提督は蒼空にライセンス発行停止に関しての事情を説明する。蒼空の方もアンテナショップ側の手違いに巻き込まれ、とばっちりで発行停止となった事には驚きを隠せなかった。
「君は既に別のARゲームで使用するIDカードを持っている。別の条件でパルクール・サバイバルトーナメントのライセンスを発行する事は可能だ」
 南雲提督はパルクール・サバイバルトーナメントと略す事なく説明を丁寧に行う。それに対して蒼空は若干の違和感を持っていたが、それは些細な事だと考えて口にはしない。
「本来であれば、アンテナショップ側が確認をすべき物。しかし、中には撮影等の事情で特例を認めるケースもある。それでも事前申告式であり事後承諾タイプではない」
 今回の流れに関して南雲提督は受付に置かれているタブレット端末を利用して、稀に指で部分的に指し示しながら蒼空に説明する。蒼空の方も、南雲提督の話を真剣に聞いているようだ。
「あの、パルクール・サバイバーの略称は使わないのですか?」
 蒼空の一言を聞いた南雲提督は、一呼吸置いてどうこたえるべきか悩んだ結果、こう答えた。
「それは、残念ながら出来ない。パルクール・サバイバーという呼称は、あくまでもファンの間で広まっている名称の一つ。こちらで勝手に権利を登録して利益を得ようと言う話には出来ないだろう」
 単純に略称を使わないという訳ではなく、色々と権利関係がうるさくて使わないという事のようだ。超有名アイドルの場合、利益を得る為に次々と地上げの如く権利を奪っていく印象だが、そう言った企業は超有名アイドルには限らないだろう。
「……こちらも色々と手探りの部分があって、ユーザーの要望を柔軟に取り入れる基盤が出来ていない。ユーザーの意見を取り入れ過ぎて、初心者が入りづらい環境を作る訳にもいかないだろう」
 南雲提督は理由の一つに、運営がユーザーの要望を取り入れるような環境が出来上がっていない事を説明する。
「ランニングガジェットも、本来であれば使いたくはなかったが―パルクールとの差別化で採用している、とだけ補足しておく」
 彼の方も忙しくなっているようで、蒼空はアンテナショップで受け取ったタブレット端末をどうやって使うのか説明を聞こうとしたが、時間的な部分で余裕はなくなっていた。
「君の場合はアンテナショップへの問い合わせが必要だったのだが、普通であれば一般受付で書類を作成するようになっている。書類に関しては、こちらで作って向こうへ回すように手配するから、一般の受付側にある機械で受付するといい」
 南雲提督が指を指す方向には券売機位の大きさの端末が5台置かれていた。そして、蒼空は南雲提督に言われた通りに端末の方へと移動する。
南雲提督は、蒼空との応対後に今回の書類の作成を行い、それを即座に別の女性提督へ手渡す。そして、彼女には書類受付へ向かうように指示を出した。
「あのガジェットは別の選手用にカスタマイズされたという話を聞いた。しかし、それを装着するべき人物は誰だったのか―」
 アンテナショップの個人的な部分には言及する事に関して、運営としては基本的に深く追求はしない。例外があるとすれば、無差別テロや超有名アイドルの宣伝活動にガジェットが悪用されていると確認された時だけである。
「そう言う事だったのか。彼女用のガジェットをカスタマイズしていたとは」
 数分後、南雲提督が発見したデータは第三者閲覧不能という閲覧制限のかけられた物だった。ここで言う第三者とは、個人プレイヤーや選手、運営スタッフ以外のパルクール・サバイバーに関わるファンを示す。
「阿賀野菜月、彼女もパルクール・サバイバルトーナメントの選手だったとは予想外と言うべきか?」
 南雲提督は別の提督らしき人影を発見し、とっさにファイルを閉じる。上書き等は行える物ではなく、あくまで閲覧オンリーのデータだったのが救いだったのかもしれない。


 再び5月2日に戻す。蒼空の目の前に姿を見せた人物、それは過去に対戦した事のある黄金のガジェット使いである。彼のインナースーツもゴールドなのだが、そんなに派手な色ではなく若干地味にも見えるかもしれない。
この人物はバイザーを脱ぐことなく、蒼空へと接触をした。対戦の申し込みをする為にやってきたわけではなく、別の用事があって竹ノ塚のアンテナショップへ立ち寄ったようだ。
『パルクール・サバイバーとパルクールは全く別物だと思った方がいい。それが分からなければ自滅を招く事になる』
 黄金のガジェット使いは、この一言を蒼空に言い残して受付の方へと向かった。一体、何を伝えようとしていたのだろうか。唐突な一言に蒼空は訳が分からないという状態になっていた。
「秋月はパルクールの知識を利用して、あの軽装とガジェットでサバイバーへ挑んでいた。そうなると――」
 以前にも似たような事は考えていた。秋月の運動力は陸上で鍛えた物だったとしても、それだけで軽快な動きやパルクールで目撃されるような手際のよいコース取り等にはつながらない。
パルクールの技術を事前に何処かで学んでいたとしたら、あの動きにも納得が出来る。しかし、それだけであっさりと勝ち星へつなげられるのかどうかも疑問だ。
彼女もサバイバーへの参戦前にライセンスは取得しているだろう。それは間違いのない事実だ。実際、秋月とマッチングしていたレースではルールに反したコース取りを行っていない事が確認出来る。
「しかし、別のスキルがサバイバーで通用しないのは――」
 蒼空には覚えがある。彼が過去にプレイしていたARゲーム、その時のスキルはサバイバーでは全くと言う訳ではないがサバイバーに応用できなかった。ジャンルの違いも大きいかもしれないが、ランニングガジェットとARウェポンではメインシステムが違っている。
おそらく、格闘ゲームのように一定の操作方法が同じ物ならばスキルを生かせる。その一方で同じようなシステム使っていても、入力装置等に微妙なシステムの違いが出てくる音楽ゲームはどうだろうか?
ある程度のプレイを重ねれば、身体がゲームの方に慣れてくるかもしれない。しかし、サバイバーの場合はどうだろう。同じパルクールと言う名前があっても、格闘ゲームのようにルールに共通部分はあるのだろうか。あるいは音楽ゲームのように、入力装置に違いが出ているのだろうか。
そして、蒼空は結論を急ごうとも考えたが、そのような事をしてもサバイバー的に有利な戦法が出てくるかと言われると、そうではない。
「別のスキルが通じない理由、もっと別な部分に存在する可能性があるのか?」
 サバイバーのチートプレイ禁止の部分は、ブラウザゲーム等でツールを使用した自動プレイ等に通じるだろう。それを踏まえて、ある程度のゲームスキルを必要としない環境を作る事。それが、パルクール・サバイバーで求められる物だろう。
アスリートでも免許取得は修羅の道、パルクール経験者でもランニングガジェットの運用には苦戦するという話はネットでも聞く。だからと言って、運動経験がないようなゲーマーがサバイバーで成功する確立も100%と言う訳ではない。
ガーディアンに所属するランカーでも無敗の選手はいない。それほど、パルクール・サバイバーを無敗で突き進むのは不可能を意味する。
【確かにサバイバーで無敗プレイヤーはいないな。0人と言う訳ではないが、運営は何か無敗選手が生まれるのを懸念しているのか?】
【無敗選手がブラウザゲームにおけるツールを使用したプレイヤーと同じとでも言いたいのかもしれない】
【無敗に対して違法ガジェットを使っていると断言している訳ではないが、意図的に無敗選手が生まれないようにしている環境があるのかもしれないだろう】
【連勝記録としては3ケタでもチート疑惑が浮上し、2ケタでも相当なランカーでない限りは色々と叩かれる。それこそ、サバイバーは無敗不可能と言う環境を生み出しているかも】
【超有名アイドルでもCDチャートで1位の連続記録を更新する度、タニマチや投資家ファンの仕業と決めつける風習がある。それと似ている可能性もある】
 つぶやきサイトでは、様々な観点からチートに関して疑惑を持つ勢力がいると言う事を示唆する発言が色々と発見される。しかし、これらの発言は阿賀野菜月の発言を受けての物である事は、火を見るよりも明らかだった。


 5月3日、午前10時30分頃、そのニュースは飛び込んできた。
【神城ユウマ、まさかの記録更新ラッシュ】
 このテロップがメインモニターに表示されると同時に、瞬間的にギャラリーが沸き上がった。秋月彩がパルクール参戦した時とはガラリと対応が異なっている。
「神城と言えば、あの箱根ランナーだよな? 名前が似ている選手は他にも思い当たるが…」
「箱根はスピードレース化した時期があったが、あの時期とは違う選手だな。しかし、神城は今年卒業したと聞いたが―」
「実業団も引く手あまただったようだが、彼はプロのパルクールプレイヤーになる為に断ったらしい」
「箱根であの成績を叩きだせたのは、パルクールで鍛えた体力とメンタルと言われている」
「パルクールのプロ団体も神城をスカウトしたかったらしいが、彼の希望を聞いて諦めたという話もある」
「まさか、あれだけのリアルチートがパルクール・サバイバーに来るとでもいうのか?」
 神城かみしろユウマ、彼は今年の箱根で総合優勝に貢献する走りを見せた。その記録は、過去の山の神も超える程の物だったと実況のアナウンサーが驚いたほど、ネット上でも『新生山の神』というあだ名が付けられていた。
しかし、神城は山の神を名乗る事を自ら拒否した。その理由として『自分の実力では、山の神を名乗るにふさわしいとは言えない。その称号は、本当の意味で駅伝に情熱を注ぐ選手に贈られるべきだ』とテレビのインタビューで語ったという。
竹ノ塚と西新井の間にある警察署近辺のコース、郵便局の見えるゴール地点には赤いアメコミにも似たようなパワードスーツと大型のシールド装備のショルダーアーマー、身長は180に近い人物がいた。
『これが、パルクール・サバイバーか。果たして、何処がパルクールと違うのか』
 ライセンスも早い時期から獲得し、箱根が終わった後には雑誌のインタビューで『実業団には所属せず、気になるスポーツが1つあるのでそちらへエントリーしたい』と語った。しかし、それがパルクール・サバイバーである事はインタビューでは語っていない。
神城がパルクールのプロに近い実力を持っているというのは、箱根以前の出雲の段階で判明していた。その為に『出雲には神城抜きで』という学校側の意見もあったらしい。監督は学校側の意見を拒否、勝利だけを求めて神城を起用した。
出雲の時には解説者のコメントで『その手のスポーツでかなりの腕前を持っている。体力や精神面でも他の選手とは比べ物にならない』と言われたほど。駅伝の外国人選手も歯が立たない程の能力を見せ付け、ネット上でもリアルチートと言われるまでに至った。
箱根でも監督の意向で参加する事になり、他の監督からは『やはり神城対策はするべきだろう』や『神城はパルクールの選手だから、元日にパルクールの大会が重なれば―』という冗談交じりの談話が出てきたほどだ。
最終的には神城は箱根の山道を走る事になり、そこで彼はネット上で『新たな山の神』と言われるようになった。しかし、彼は山の神に関しては返上を宣言している。それ程、箱根へは監督の意向で参加しただけと言う事を強調していたのかもしれない。
「そして、これが自分にあった本当のスポーツなのか」
 神城がメットを脱ぐと、そこからは黒い髪にセミショート、スポーツ用のメガネ――。今年の箱根と同じ表情が、そこにはあった。
ネット上でも、この素顔を目撃した事で、早速つぶやきを入力して拡散するギャラリーもたくさんいる。
「箱根を走った選手がいると聞いていたが、まさか神城だったとは」
「あれじゃあ、勝ち目がなさすぎる。陸上選手や野球選手も参加する事もある中で、一番反則にも程があるぞ」
「箱根の新生山の神、あの体力でパルクール・サバイバーは鬼に金棒だろ?」
「元々がパルクールの選手だからな。それが駅伝で選手となって、あの箱根の走り。リアルチートと言っても過言じゃない」
 周囲の一緒に走った選手も、神城の素顔を見て衝撃を受けていた。それ程のリアルチートである。それこそ、現在の蒼空や阿賀野、秋月彩でも勝てないかもしれない。下手をすれば、ランカー勢の夕立も負ける可能性が否定できない選手だろう。
その後、ネットで拡散した情報が周囲にも伝わり始め、その情報は運営の方にも伝わってきた。運営の方はプロアスリートを制限する事はしないと神城にハンデを加えない事を発表、これには反論する選手もいたが、そう言った選手に限って違法ガジェットに手を出す事も否定できない流れもあった。
『これほどガジェットが上手く適合する人物も珍しい。鬼に金棒とは、いい例えだ』
 運営以外にはソロモンにも伝わっている。そして、彼の元には違法ガジェットを求める選手が多く集まっていた。
「あの神城に勝てるガジェットが欲しい」
「神城だけじゃない、阿賀野に勝てるガジェットを――」
 こうした声に応えてソロモンはガジェットを提供したい所だが、彼のスペックを考えると違法ガジェット自体を底上げしないと太刀打ちは不可能だろう。
『販売しているガジェットでは、神城に勝つのは確実に不可能だろう。君達自身も底上げをしなければ勝てない。道具だけに頼る時代が終わりを告げた事を、あの神城が証明したのだからな』
 ソロモンの話を聞き、他を当たると言い残して去る選手もいる。しかし、神城のランクを考えると上位ランカーへの挑戦権は持ってない。それを踏まえてガジェットを購入しようという人物もいた。
『さて、秋元の方はどう動くかな?』
 客がいなくなったのを見計らってソロモンはつぶやく。おそらく、神城の出現は秋元にとっても不安要素であるのは間違いない。
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