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第二話:苛立ち
「なんだってのよ、まったく……」
 レナは人混みを抜けてひとりごちた。
 せっかく注意してやったのにあんな物言いはないだろう、とおもうのだ。彼女が注意してやった少年は、混雑の脇をトボトボ歩きながら、街の方角へ姿を消していった。
 おそらく第六施設島の子なんだろう、と漠然とおもう。
 まぁなんでもいっか――と、レナは両手の荷物をぶらぶらさせながら人混みの反対方向へ歩き出した。
 第六施設島。
 中立の都市と統合国家統一連合機構の小規模軍需工場が一体化した島だ。
 今ごろは寄港した機動戦艦〈フィリテ・リエラ〉への物資搬入と補給作業が行われているのだろう。それで一定時間だけの上陸許可が下りた、というわけだ。
 階段を降りていく途中で、レナはもうひとつの改札に差し掛かった。モノレールの駅とは違い、今度は二台しかない上に、片方は重金属扉で封じられている。
 見上げると、うえには大きくAUFの文字と軍章。
               allied unite force.
 バカみたいに長ったらしい名前を省略して、統一連合軍。
(最初からこんな長い名前にしなきゃいいのに……)
 思いながらレナはエスカレータのタラップへ足を運んだ。階数表示は黄色の文字で2。長い階段を降下していき、さらにエレベータで地下に潜ったあと、まっすぐ行って地上に出る。そうすると、そこはすでに施設の中なのだ。
 こんな複雑な構造をしているのも、中立都市に影響を及ぼさないためだろう。
 エレベーターのドアがひらくと、警備兵が小銃を構えて立っていた。
「キョウノミヤ博士がお呼びです。第三ハンガーです」ぴ、と敬礼を決める。
「んー、ありがと。誰か知らないんだけど、十分後に行くね」
 対するレナは敬礼もそこそこ、ビニール袋をぶらつかせて答えた。
「いえ、できるだけはやく来い、だそうです」
「? あぁ、例の新型機のことね。わかったわ」
「エースの負担は重いですね」
「まぁね」
 軽く苦笑して、レナは足早に指定場所へと向かった。
 広くて長ったらしい廊下を何度か折れただけで、すぐに迷いそうになる。
 レナはこめかみのあたりを掻きながら、
(……そりゃそうよね、ココ入ったの昨日が初めてだし)
 壁や天井は未だ改修が終わっていないらしく、ところどころ塗装が剥げていたり水漏れしていたり――さらには配電板からケーブルが飛び出していたりした。
 足早に急ぎ、運よく掲示されていた施設内マップを確認した矢先、
「遅かったわね」声がレナを呼び止めた。女性の声だ。
 振り替えると、白衣を着た女性がポケットに手を突っ込んだまま立っていた。年齢は二十過ぎだろう、研究者としては若すぎる。外見としては黒のショートヘア、きりっとした双眸はレナをとらえていて、脇にはブックファイルを挟んでいた。
 白衣の女性はレナに歩み寄ると、一方的にその手を握って、
「初めまして、第六施設島・技術主任兼軍務官のキョウノミヤ・シライよ」
「あ、あぁ、はい……どうも」
 ビニール袋を持ったまま握手していいのかな、と思いながら、レナは笑顔を取り繕った。
 キョウノミヤも小さく笑んで、
「早速で悪いんだけど、あなたにはロールアウト寸前の新型機を見てもらいたいの」
「〈フィリテ・リエラ〉に追加される二機ですよね?」
 キョウノミヤは踵をかえして、そうよ、とだけ答えて巨大なエントランスホールへ。
 レナが入口付近で渋っていると、
「? どうしたの?」
「いや、私服なのにはいっていいのかなぁ、って……」
「構わないわ。軍の中では、あなたを知らない人のほうが少ないんだから。最短期間でエースパイロットまで登りつめた天才、レナ・アーウィン。あなたのその赤い髪も目立つけど、それ以前にあなたは有名人なのよ?
 それに、私服のちょっとしたオシャレくらいはいいじゃない。若い証拠よ?」
 くす、と笑うキョウノミヤを見て、美人だなと思うのと同時に頬が火照る。
 耳まで真っ赤になると、恥ずかしさのせいで逆に入れなくなってしまいそうだった。
 招き寄せられるままに格納庫へ。ただっ広い空間には二つの機体しかなく、整備兵たちが急ピッチで作業に打ち込んでいて、ただでさえ慌ただしいのがよくわかる。
 レナはやや茫然として、新しい二機を見上げた。
 全高十五メートルを超える、人型をした鋼鉄の兵器――それが無言の威圧を放ったまま立っていた。おそらく整備兵の仕業だろう、六方向からスポットライトが装甲を照らし、増して荘厳な雰囲気を周囲へ振りまくようである。肩を並べるように立つ機体は、
「あなたには〈アクトラントクランツ〉……右にみえる赤い機体に乗ってもらいます」
「アクト、ラント……クランツ……?」
 キョウノミヤが口を開き、レナはその名を確かめるように口のなかで転がした。
「そう、あの機体には我々の持てる最高技術を集約させてある。希望なのよ」キョウノミヤはデータ端末を白衣のポケットから取り出して、「生体兵器〈ヴァーミリオン〉の搭載、これは全世界的に初めてなのよ。無機物質からの有機エネルギーの生成……すべての生命体を創った、神にしかできないことを我々がやるのよ」
 レナはキョウノミヤが何のことを言っているのかわからなかった。たぶんセイメイリンリとかそういうことを指しているのだろう、と推測して、
「生体兵器? 危なくないのですか?」
「大丈夫、パイロットの安全を優先事項に据えてあるわ。制御不能になる確率は1.6×10のマイナス9乗パーセント。問題となる範囲をギリギリで回避してるわ」
「はぁ……そういうもんですか」
 捉えどころのないひとだ、と思って、レナは深紅の機体へ目をやった。
 〈アクトラントクランツ〉は前時代的フォルムを受け継いだのか、均整のとれたシルエットである。現在の装備としてみえるのは、エネルギーライフルを腰にマウントし、左腕には実体シールド。これには強化装甲にアンチビーム兵器コーティングが施されているのだろう。
 レナは機体の背面へ視線を這わせた。
 なによりこの機体の特徴は、鳥の骨格みたいに伸びた六本の背翼だろう。残念ながら外見からだけでは、あれをどう使うかはわからなかった。
 その隣に立つもうひとつの機体は、黒い装甲をメインにところどころ灰色のそれを散らした感じである。〈アクトラントクランツ〉と違い、やや鋭角的なフォルムである。やはり人型で、全も〈アクト〉と同じ程度……十五、六メートルだろうか。
(……?)レナは不自然に思った。
 〈フィリテ・リエラ〉――戦艦に搬入されるなら、いつでも戦闘になってもいいように、すでに武装パックが装着されているはずだ。
 それなのに、この黒い機体にはそれがない。腕部にシールド一枚が装備されているだけなのだ。
「そっちは〈オルウェントクランツ〉よ。二機ともに第G2期に設計されたわ」
「誰が乗るんですか?」
「補充パイロット――ギリギリでパスした二人が合流するはずなんだけど。遅いわね」
 キョウノミヤがそう言って腕時計をみた、キッカリ二秒後だった。

 巨大な爆発が起こったのは。






「……こちら特務OE、残るはそちらのタイミングだ」
『OA、18秒後に突入だ。おまえが奪う機体は向かって奥にある』
「……了解」
 前髪が長めの少年は、イヤホン型の小型無線を耳に押し宛てて背後を振り返る。警備兵が泡を吹いて倒れていた。
 鼓動が速まる。呼吸が深くなっていくのを感じた。
 マイクに「切るぞ」と告げると、相手が待ったをかけた。
『――ミオ、本当に大丈夫なのか?』
 声が普段の鋭さをなくしている。また公私混同だ。
「……問題ない。うまくやる」
 回線を切り、廊下の角から警備兵に投げつける。爆発はそのコンマ半秒後だ。
 爆発に呑まれる兵士を片目に、ミオは廊下から躍り出た。
 爆煙を駆け抜け、まだ状況が掴めず混乱していた兵士を肘で殴り倒し、勢いよくキャットウォークへ。
 ようやくアラートが鳴り始めた。
 小銃を乱射してくる敵兵に自動拳銃で応じ、ミオは黒色機体の背面へ滑り込んだ。
 堅い座席がミオを受け入れてコックピット・ブロックが機体に深くのめり込むように動き、ハッチが閉鎖、エアーが勢いよく放出される。
 計器類のすべてが点灯、ミオはそれらを素早くチェックしながら、高揚する音を感じた。
 外ではいまだに、銃弾がはじき返される音が止まないでいる。

 ALL SYSTEM COMPLETED.
 UEX‐E24 ALWENT-QRANTZ.

 オールグリーンだ。
 メインモニターが外部を映す。
「……?」
 その端で、ミオは見た。
 腰まで届く赤い髪の――それも燃えるように赤い――少女が、炎の中を駆けるのを。
 表情ひとつ緩める気にはならなかった。
「特務OE、ミオ・ヒスィだ。例のヤツを奪取した、これより帰投する」
街は炎に呑まれていた。
そこに燦然と輝く漆黒の機体(オルウェントクランツ)
対峙した少年と少女は何を語る。
次話、第三話「対峙」

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