水溜りに移るは滲んだ虹の橋縦書き表示RDF


水溜りに移るは滲んだ虹の橋
作:椎名さかな


 卒業式が終わり、春休みになって、入学式が過ぎていくらかでもすればまた、やれ花見です。それ花見です。ややわややわ騒ぐ人が出てくる。
 関係無いけど何処かそれを白けた目で見ている自分がいた。
今年はたまたまその時期にちょっとした不幸が重なったとか、そういう些細な事を逆恨みしてるわけじゃないけども。
 久し振りに晴れた今日は、雪解け水がアスファルトを塗らしてゆっくりゆっくり滑り流れる。
 学校に続く紋弦坂。傾斜――三十だか二十八だか、長くて急な坂道は家の外に出る事すら久し振りな私の足腰に容赦が無い。
 高ぶる心音が耳の奥で響いて、キーンと不快な耳鳴りがした。このままUターンして家に帰って、布団に潜って眠ってしまいたいとすら思えた。

「春日ー、ほら、何ボサッと突っ立ってんの」

 小柄で活発な友人は私の膝裏を軽く蹴飛ばして人懐っこい笑みで見上げる。
 急な坂道を、私は立ち止まって振り返る。

「突っ立ってなんか、なかったよ。……あかねちん」

 私は眉毛を少しだけ下げてほんの少しだけ下を見て答えた。そう、と言った彼女の言葉が妙に遠くに滲んで聞こえる。
 ちらりと時計を盗み見た。八時が近い。急がなければまた正門は閉められてしまうだろう。
 ちらりと彼女を盗み見た。お構いなしに話が続く。黒色に染め直した毛先の先端だけが淡く光っていて、遠くの景色を微かに透かしていた。

「ねぇ、もう少しで桜祭じゃない? 勿論春日も一緒に行くよね」

 彼女の声は確定調子。

「ねー。あたしはね。ベビーカステラでしょ、リンゴアメでしょ、それから桜団子は胡桃と漉し餡の両方がいいわ。あと……」

 綺麗に切り揃えられた爪。一つ折られるごとに一つ、口から零れる食品名。
 両目を細めて見ても、彼女との距離は変わらないのに。

「私、お花見行かないから」

 なるべくさらりと口にしたつもりなのに、まるで狐に摘まれでもしたみたいに大きな二重をもっと見開いて、ぽかんと口を開けて彼女は私を見つめた。
 大型トラックがその横を駆け抜けて、風でスカートが揺れたとしても彼女は私を見続けていた。
 私は思わず込み上げてくる笑いを抑える事に必死でまともにそれ以上その顔を見てあげる事が出来なくなる。顔を逸らす。

「なんで? 一緒に行こうって約束したじゃない。私たち、親友じゃなかったの?」
「親友だとか親友じゃないだとか、これには関係無いと思う」

 何かがあればすぐに「親友」。
 もう一度だけ私は、桜祭の客なんかによりもずっとシラけた目で見遣る。ほんの少しだけ、首も傾ける。

「私は行かないよ」

 それ以上何も言わないで、私はくるりと振り向いて彼女を置いたまま学校へ向かってのんびりゆっくり歩いていく。
 急な坂道並木道。あんまりゆっくり上っていたら遅刻もしかねない程急な坂を、その日は一歩一歩踏み締めて歩いていくのが今度はやけに楽しかった。

「春日!」

 あかねが後ろから叫ぶ。

「あんたなんかとは絶交よ! 理由くらい教えてもいいじゃない! 私の事が嫌いになったの!?」

 変な子。私はこっそり肩を揺らして喉を微かに震わせ笑った。
 私は振り返る。
 紋弦坂の上から見えるパステルカラーの私の街は丁度観光シーズンらしく、胸糞悪くなる程に人と車が小さく見えた。
 大きく息を吸い込む。


「私のお父さん、公園の木の下に埋まってたんだって」


 だから、二度と会いに行きたくなんかないの。














ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう