武士の分かれ道
銀之助の死から七年がたった。
退助や憲蔵は十五になった。あの頃とは状況が変わり、戦へは十五から参加が義務化された。
村の状況も変わった。
カメダヤには家が建った。
「じゃあ今日も行ってくる。」
「はい。お気をつけて。」
亀田屋の一郎、つまりイッチャンが結婚した。
最近では戦も少なく、村は幸せな空気で包まれていた。
「次は…退助と憲蔵!」
村で一番大きな建物からイッチャンの声が響く。
建物は武道場で、一郎は十八歳以下の指導係になっていた。
「また憲蔵かい。もういい加減あきたわ。」
「それはわしも同じじゃ、タイジャ。」
十八歳以下ではこの二人の刀の腕はずば抜けていた。
そのため、この武道場には二人と組める者が一人もいなかった。
「しゃあないな。なら、おらが二人相手にしたるわ。」
「ホンマか!イッチャン!」
二人が口をそろえていった。
「ああ、ほんまじゃ。」
二人はまず前と後ろに分かれてイッチャンをはさんだ。
二人はつかさず面を打ちにいったがイッチャンはあっさりかわした。
かわしたあと、華麗に二人の右肩に木刀を振り下ろした。
「イッテェーーーーーー!!」
武道館中に二人の声が響いた。
涙目になりながら退助は言った。
「そんなん一本とれんで。面でもねえし、胴でもねえ。ずるや。」
憲蔵もうなずいた。
イッチャンは誇らしげに言った。
「アホウ。これは面打ちの練習をしとるわけやない。戦の練習をしとるんや。戦に一本もずるもねえ。敵を斬り殺す練習や。肩にでも入れば、刀は振れまい。それによけづらいしな。今日はここまでや。また一つ学んだな。ハッハッハ。」
帰り道、憲蔵は退助に言った。
「イッチャンは結婚して図にのっとる。」
「あほ。イッチャンの言うことは間違っとらん。戦は殺し合いじゃ…。」
それから二人は黙って家路を行った。
<城内>
そんな中、城の武士たちには戦のにおいがたちこめていた。
「羽生、野田は今どこまで?」
義徳がいつもと同じような冷静さで聞く。
「七年前と同じかと。」
「五里が岳か…。あの戦ははっきりと覚えとる。」
「今回、戦になれば銀之助殿の子供が参戦するようです。」
「そうか。あの男の血を引く少年がどれほどのものか、見てみたいものじゃ。」
その時、偵察係の武士が五里が岳をものすごい速さで降ってきた。
「義徳様、野田軍と佐川軍がこちらへ向かっています。」
義徳は驚いて立ち上がった。
「何!?城へか!?」
その武士は息を切らして言った。
「はい。五里が岳は破られました…。申し訳ありません…。」
義徳は一度落ち着くようにして座り、静かに言った。
「破られてしまったなら仕方あるまい。羽生、村の武士を集めい!」
申し訳なさそうにする偵察係が言う。
「戦う気でございますか。野田だけならまだしも、佐川との連合軍…」
言い終わらないうちに義徳が言う。
「戦にあるのは勝つか負けるかじゃ。”勝つために出来ることは全てすべき”。かつてそう言った武士がいた。お前さんはそうは思わんか。」
村中に戦の知らせは広がった。
「では、行ってまいります。」
初めての戦にかたくなっている退助に鉄太が言う。
「まあ、そうかたくなるな。おみゃあは英雄の息子じゃ。そう簡単に殺されまい。」
笑顔で話す鉄太を見て、退助の顔が少し緩んだ。
「はい。では。」
あの頃から退助と鉄太の間には武家の親子に似た関係が生まれていた。
そのため、鉄太が言葉使いを教えた。退助は憲蔵と一郎以外にはかしこまった言葉を使うようになっていた。
そして、退助は初陣へと向かった。
つまり銀之助の思い描いた退助の人生とはまったく逆になってしまったのである。
「絶対、生きて帰ってこれるのでございますか。」
涙目の女性が語りかける。
一郎の妻、里である。
「ああ。」
「この里と約束してくださいますか。」
一郎は振り返り、里の目をじっと見て言った。
「必ず、戻ってくる。おらはそんなにやわじゃあねえ。」
そういって出て行こうとしたが、戸の前で立ち止まり言った。
「そんな顔すんな。何のために夫婦になったんじゃ。」
里はぽかんとした顔をした。
「あほう、おらも人間じゃ。支えあわなやっていけん。」
里は申し訳なさそうにうつむいた。
「信じろ。それが夫婦や。…と思うけんどな。行ってくる。」
「はい。」
里は初めとは違い、気持ちよく答えた。
<城下>
義徳は城下に武士たちを集め、いつもと同じように語りかける。
「村へ野田と佐川が攻めてくる。なんとしても阻止せねばならん。そのために村中の成年を集めた。もう後には引けん。命の惜しい者は逃げてもええ。好きにせえ…」
とここまではいつもと同じだったが最後に付け加えた。
「わしはこの村が好きだ。奪われたくは無い。ここは…大切な場所なのだ。我らの村を守ろうではないか!それが村に対する恩返しじゃ。そうだろう!」
「オォーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
200数人の武士たちが義徳の言葉で一つになった。
<五里が岳>
「村の様子はどうですか。」
佐川軍総大将・佐川重之がどすのきいた低い声で聞く。
「おそらく、本陣を敷いているかと…。」
そのこえに野田軍総大将・野田忠光が答える。
この戦へは連合軍として佐渡軍に攻めることになっているが、名将・佐川重之が本来狙っていたのは野田軍であった。そのため、次に攻め入られるのは野田本陣だという事は誰もが知っており、佐川の権力のほうが高かった。
「忠光殿。」
低い声が忠光を呼んだ。
「野田が先陣をきるというのはいかがでしょう。」
「…承知いたしました。」
もちろん、忠光に断ることなど出来なかった。
「野田軍の武士たちよ!佐渡の、佐渡義徳の首をとり、村を奪うことを誓おうではないか!」
こうして野田軍は一気に五里が岳を駆け下り、表面的には野田・佐川連合軍と佐渡軍、事実上、野田軍と佐川軍と佐渡軍の三軍の戦が始まることになった。
野田軍が五里が岳を下ってくると先陣をきった彼らは驚いた。
このときの野田軍勢は七年前のことを考え、500以上。佐渡軍は200ほどであるのに総力を挙げて挑んできたのだ。
それには背後に迫る佐川重之の影が見えた。
ここで力を見せつけなければ、野田軍もそう長くは持たない。だからこそ、佐川を少しでも怯ませ攻撃を遅らせるべく、総力を挙げて佐渡軍に挑んだ。
「将軍、これは…。」
羽生の口がぽかんと開いている。
羽生だけではなく村の武士が皆、驚きを隠せなかった。その気持ちの裏には恐怖があった。
その沈黙の中で義徳は口を開いた。
「…怯めば負けじゃ。戦は怯めば…それまでじゃ。外へ出よう。」
その場にいた武士は驚きのあまり、見かけの沈黙を超えて心の中まで静まった。
何も考えられなくなった。
佐渡軍は篭城を選んでいた。篭城とは簡単に言えば字のごとく、城に篭る戦術である。相手方が多いならばなおさら篭城のほうが良策なのだが…。
「わしはまたも戦の心得を忘れとった。城に篭るなど、武士のすることじゃない。」
そして後に付け加えた。
「真っ向勝負じゃ。」
その場の武士はあきれていた。補佐の羽生でさえもあきれ返っていたが、それが幸いしたか、武士たちは良い形で死ぬことを恐れなくなっていた。その中に退助と憲蔵はいた。
そのすぐ後に佐渡軍は弓矢隊を残し、城から一斉に飛び出した。
戦は誰もが分かっていた通り野田軍が一方的に攻める戦となった。
しかし、野田軍は二つのことに焦っていた。何人も斬り倒し、城へ近づきはするが中に入ることが出来なかった。そしてもう一つは佐川の援軍が来ないことだった。
「重之殿、そろそろ出陣命令を…。」
佐川軍の武士が言う。
「ん?ああ、まだ良い。どうせあの数だ。負けることはあるまい。それにわしはあんな小さな村を奪おうとは思わん。」
佐川の狙いは出来るだけ野田軍を弱らせることだった。
「あいつは馬鹿だ。これで佐川家を怯ませでもしたつもりか。」
五里が岳から戦を見下ろし、大きなあくびをした後にひらめいたとばかりに手を叩いた。
「そうだ。いいことを思いついた。ここで…。」
そのころ城では
「仕方が無いな。若葉隊を出陣させよう。羽生!」
若葉隊は将軍補佐・羽生真一率いる二十歳以下の少年軍のことだった。つまり、退助らである。
「吉田屋退助、行きます!」
大きな声を上げて退助の初陣となった。
初めての戦場はまさに地獄だった。
血や汗、罵声が飛び交い、いきた心地のしないほどの光景が広がっていた。赤き野田軍と青き佐渡軍が入り混じる戦場…。
退助はゴクリとつばを飲んだ…。
(これが父ちゃんの憎んだ戦か…)
「若葉隊、前進!!」
羽生の声で少年たちが活気付く。
「ウォーーー。」
まだ低くなりきっていない声の混ざる若葉隊の声はむなしくも、大人たちの地獄の罵声にはばまれた。
退助は未だに斬り込めずにいた。
初陣に足がすくんだわけではない。ただ戦場という悲しき場所を眺めていた。
(なぜ…なぜ戦う…?)
そのときすぐ隣りで噴き出した血が退助にかかった。
「お前らしくもないのう。びびったか?」
憲蔵だ。憲蔵はもうすでに3人は斬り殺していた。
退助との違いは戦場に思い入れがないことだった。だからこそすんなりと戦に入れた。
「あほう。そんなわけあるか。俺を誰やとおもっとる。」
「ならええ。ぼけっとしてると斬られるで。」
憲蔵は自信に満ちた顔でさらに前進した。
その頃、最前線では苦戦が続いていた。
なにしろ少なくとも300は違うのだから奮闘しているほうだったが…。
(こ、これは厳しいぞ…。もう体力が持たん…。)
最前線の第一部隊隊長・室田吉次は耐えかねて最後の力を振り絞るように叫んだ。
「第一部隊撤退!撤退ーーー!」
その声は第三部隊までは聞こえた。しかし、最後尾の若葉隊には聞こえていなかった。
(何だ。様子が…)
そのとき、さっきよりも激しく噴き出した血が退助の顔を覆った。
(うっ。真っ赤で何も…)
退助はうつむいて目を血をぬぐう。そんな状態の目で前を見あげた。
(…誰か来る。…赤い鎧だ、…赤い兜だ。斬らねば…斬らねば…)
この日、初めて退助は人を斬った…。これが彼の命運を分けることになるとは誰も知らない。 |