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一つの戦と二人の武将
作:旅人B



戦のはじまり、平和のとぎれ


これは、遠くはるか昔。いつかは知らず、戦が辺りに飛び交っていた時代。
そのころ生き、そして死んだ二人の男の話。
二人は同じ瞬間、同じ国の同じ場所に生まれ、同じ武士を目指し、やがて同じ将軍に仕え、刀の腕も同じくらいに立った。ただ一つ、二人の間にあった違いは、戦を好んだか、そうでなかったか。たったそれだけだった。


「タイぢゃ〜。キョーは負けんで〜。はよ出てこい〜。」

朝早くから晴れた空に響くような声は村じゅうの家屋に伝わる。
声の主は吉田家の憲蔵。ちょうど八つになる元気な少年。

「チョイまて〜。キョーもコテンパンにしたるからな〜。」

憲蔵の声に同じような声で返ってくる。こちらの声の主は吉田家の退助。憲蔵と同い年のこちらも元気な少年である。
彼らは他の子供達と同じように武士を目指し、日々、手合い(八つなので遊び程度だが)を行っていた。しかし、他の子供達と違ったのは極端にこの二人の刀(子供なのでたたいても痛くない棒切れ)の腕が立ったことであった。

「父ちゃん、今日もカメダヤんとこいってくるわ。」

「おう。後から父ちゃんも行くけん。それまで負けるでねぇぞ。」

退助の父は武士だった。それに憧れて退助は武士を目指した。しかし、父・銀之助は退助に武士になって欲しくはなかった。だからあえて、父上でなく、父ちゃんと呼ばせている。

(そのころには、戦乱が鎮まっていて欲しい。退助には自分のような苦しい思いをさせたくない。)
というのが銀之助の親心だった。
そのために武士となって将軍に仕え、天下統一をして平和を取り戻そうとしていた。
そんな銀之助が退助は大好きだった。




退助や憲蔵らは毎日、「カメダヤ」に集まって手合いの稽古を受けていた。
「カメダヤ」とは、亀田屋の源次郎の持つ余った土地(今でいう空き地)をつかっていたため、そう呼ばれていた。

子供達に稽古していたのは源次郎でなく、その息子の一郎であった。子供達からは一郎の一をとって、「イッチャン」と呼ばれていた。一郎は退助らの七つ上でこの頃、十五であった。
「カメダヤ」の「イッチャン」というと、面倒見のいい青年とこの村の誰もが口をそろえて言った。



いつものように「カメダヤ」で稽古を受けていると遠くから、騒がしい物音と共に五、六人の人がまるで何かに追われているようにこっちの方角へ駆けてくる。

カンカンカーン…ゴンゴンゴーン…カンカンカーン…ゴンゴンゴーン…

「野田軍、五里が岳に来たりー。野田軍、五里が岳に来たりー…。」

ありとあらゆる鳴物をたたき、凄まじい音をたてながら、大の大人が今にも喉が打ち破れそうな声ともいえない雑音で出陣を命じている。

「今日の稽古はここまでにしよう。急いで帰れ。」

亀田屋の一郎が言うと、子供達は一斉に走って帰りだした。周りで騒ぐ大人たちを恐れるように全力疾走で家へ帰った。

「なんね、これは。」

憲蔵の声を聞き、そんな中で残っている二人に一郎は気づいた。

「何してる!はよ帰れ!」

二人はいきなり怒鳴りだした「イッチャン」に驚いた。

「なんで怒るね、イッチャン。それになんね、これは。」

退助の言葉で我にかえった一郎は

「戦じゃ。」

と一言だけ言った。

その空気を察した二人は足早に一郎から離れ、少し肩を落としながら帰り道を行った。




このところ、ここいらでは戦が停滞していたので、退助らが生まれて八年間、戦はなかった。
これが退助にとって初めての戦だった。

家へ帰るなり、退助は汗を流し忙しそうに準備をする銀之助を見た。退助の見た銀之助はいつものやさしげな父ちゃんでなく、鬼のような形相の武士・吉田屋銀之助だった。顔が赤とも黒ともつかぬ色で、汗が滝のように流れている。眉間にはしわがより、まさに鬼神のようであった。

そんな「鬼」に退助は恐る恐る聞いた。

「父ちゃんはなんで戦をするん?」

その顔のまま「鬼」は答えた。

「武士やからじゃ。」

「じゃあなんで武士は戦をするん?」

「鬼」の顔が緩み、父ちゃんになった。父ちゃんは退助の両肩をつかみ、ささやくように言った。

「平和のためじゃ。」

父ちゃんはそう言って家を出た。銀之助は最後に付け加える言葉を言い忘れた。それは、

「…と思う。」

という言葉だった。確信なんてなかった。ただ、そうであって欲しいと願っていただけだった。



<城下にて>

「…言うまでも無いが、ついに五里が岳まで野田軍が攻めてきておる。このまま五里が岳を奪われることになれば、この村も奴らのものじゃ。なんとしても阻止したい。そのために村中の成年を集めた。五里が岳に登ればもう後には引けん。命の惜しい者は逃げてもええ。好きにせえ。」

初代将軍、佐渡義徳は戦の前に必ず言う。

「逃げてもええ。好きにしろ。」と。

しかし、これで逃げたものはかつて一人もいない。それは武士としての誇りがあったからだろう。

(武士は逃げることなく、どんな勝負にも真っ向から戦う)

というような。




<五里が岳>

「将軍、野田軍が進んでいます。」

将軍の補佐役の武士が言う。彼の名は羽生耀光。

「軍勢は」

という義徳の問いに彼が答える。

「軍勢は…100ほどです。」

「100か…。勢力は同等じゃな。」


と、そのとき見張りやぐらの上からガラガラに喉を枯らした怒鳴り声が聞こえた。

「西から軍勢! 数は………100!」

「何!?」

義徳は血相を変えて立ち上がった。
そのとき、また別のやぐらから裏返った声が聞こえた。

「東からも軍勢!」

時を同じくして羽生が目を丸くして言う。

「将軍、これは…。」

佐渡軍勢の一部がざわめきだした。
しかし、この状況を本当に理解している者は逆に静まった。

死を覚悟した。


「野田め…。」


義徳は<所詮小さな村の軍勢だ>という野田軍の油断につけこもうと考えていた。
しかし、このときの野田軍総大将・野田忠光はどんな戦にも抜かりなく戦う、戦のスペシャリストだった。




「聞けい!偉大なる佐渡軍よ!…この場で骨をうずめる覚悟はできたか!」


義徳の言葉に一同は静まった。
義徳がつばを一口、ゴクリと飲むと五里が岳じゅうに得体の知れない音が響いた。


「おぉーーーーーーーー!!!!!!!」


この音はおそらく相手方の野田軍にも聞こえていただろう。

かくして、五里が岳の戦いは始まったのである。












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