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ハヤンの憂鬱
作:愁華錬我



第47話 最恐タッグ


 目の前の3mを超える蜥蜴トカゲと人を合わせたような怪物を前に、臆するような人間はその場にはファエイルしかいなかった。
 ただの怪物ではない。
 巧みに気配を隠しダルマとパンチェッタに不意打ちを仕掛けることの出来る怪物である。
 その容姿は人とは似つかない、シルエットだけが人であり、その皮膚の色はまるで違う、表面の皮はごつごつとした岩を連想させるほどに硬そうに見える、四肢の太さもまるで違う、指の先の爪は鋭利なナイフのように尖っている、そしてその眼光は感情を感じさせない、獲物を前にした爬虫類の類が持つ眼と同類であった。

 「わしがやる……、おぬし達は先にけい」
 ダルマがそう言うと、その言葉を聞いたからかどうか、他の物がその異形の怪物を警戒して動かない中、ハヤンがスッと動いた。
 もう、道案内されなくても、どこに行けば良いかハヤンには分かっていた、明らかな力の波動、自分と同質の存在がこの奥に居る、それは間違えようの無い感覚であった。
 ハヤンが動いても、怪物は動かなかった。
 ハヤンに釣られるようにファエイルが一歩踏み出した瞬間、まるでバネ仕掛けの人形のように、怪物はファエイルに向かって飛び掛っていた。
 恐るべき速度である。
 だが、それに反応した者が居た。
 少なくともその場にいるファエイルを除く誰もが、その動き自体は把握していても、それに合わせた行動をしたのはその者だけであった。
 プルシコフである。
 プルシコフは、ファエイルの前に立ち、怪物に向かって手を向けた。
 振動波による攻撃を仕掛けたのである。

 プルシコフのその攻撃をまともに喰らえば、体がいくら頑丈でも関係無い。
 全身の細胞を振動させることによる破壊、いや破壊というよりも全身を構成している細胞を分解させる振動である。
 体をズタズタにする振動である。
 以前、パンチェッタは同様にプルシコフに攻撃を仕掛けようとしてその攻撃を本能的に察知し、自ら飛び退き、難を逃れた。
 だが。
 怪物は避けようとしなかった。
 
 ゴゥゥゥゥアアアアアアッッッッ!!!!
 
 その耳元まで避けている口を思いっきり開き、そしてこの世の物とは思えない轟音を発していた。
 大地が震える程の音である。
 それは小型兵器に分類しても良いほどの破壊的な絶叫であった。
 (こいつ……、音波で振動波を掻き消しただと!)
 プルシコフは振動波による攻撃を防がれた動揺で隙を作るような男ではない、すぐさま、右手首に仕込んでいたナイフを二本、横に飛び退きざまな怪物に放っていた。
 怪物は鬱陶しいハエを払うように手を振り、無造作にこれを弾き落とそうとした、自身の皮膚の強度ならば、この程度のナイフならばどれほどの勢いが付いても、自分を傷つけることなど出来まいという自負が無ければ出来ない行為である。
 しかし。
 怪物の予想に反して、そのナイフは、怪物の前腕部分に二本とも突き刺さっていた。
 プルシコフはナイフを投げる際に仕掛けをしておいたのだ。
 (振動を染み込ませたナイフだ、切れ味は通常と比べ物にならない)
 振動させるとその切れ味は倍増する、そしてその手から離れても、短時間であればそれが持続する、それもプルシコフの能力の一つである。
 
 「グ……、ゴア……?」
 怪物は訝しげに自分の腕に突き刺さったナイフを左手で引き抜くと、その皮膚から青に近い血が地面に流れ落ちた、痛みによる戦意喪失などはまるで無いようである。
 その怪物の背後に、黒い影が音も無く忍び寄っていた。
 ダルマである。
 ダルマは、怪物の後頭部に右膝蹴りを叩き込み、そのまま地面に顔面から落とした。
 硬いはずの地面に怪物の顔は半分以上埋まっていた、普通の街中の喧嘩であればこれで決着になる攻撃ではあるが、ダルマは止まらない、この程度の攻撃で倒せる相手ではないと分かっているのだ。
 右手を手刀の形に変え、気を凝縮した一撃を怪物の延髄にそのまま叩き込もうとした。
 名刀以上の切れ味を誇るその手刀であれば、そして脊椎動物の急所の一つである延髄を断てば、どういう相手でも死ぬだろうという考えからの攻撃である。
 だが、怪物は的確に動いていた。
 顔を半分地面に突っ込んだままの状態から、自分の後頭部に落下しながら攻撃を仕掛けてこようとしているダルマに目掛け、左手を人体の構造ならばありえない角度に曲げて、鞭のようにしならせてダルマに攻撃を放っていた。
 予想外の攻撃に、流石のダルマも攻撃を中断し、怪物の攻撃を防御するしかなかった、空中という踏ん張りが利かない状態で有るので、ダルマはそのまま真横に吹っ飛ばされていた。
 だが、しっかりと防御しているのでダメージは軽微だ。
 (こやつ……、腕が伸びおったわ、柔軟な骨格、強靭な筋肉、まるで伸縮自在のゴムのような肉体、これは手強いわ)
 
 怪物は、地面から顔を引き抜き立ち上がると、驚く事にその右手のナイフが刺さって出来た傷がもう塞がり、血も流れていなかった。
 信じられないほどの再生能力を有した生き物のようだ。 
 怪物は、ダルマを自分の標的と定めたのか、他の者が部屋から出ようとしても気に留めない。
 次々にハヤンに続くようにガイツ、プルシコフ、クァルゴ、ファエイルが部屋から出た。
 「爺さん、後は任せたぜ」
 ガイツが去り際に言った言葉に、ダルマは無言で答えた。

 「おぬしは行かんかったのか」
 ダルマの横にはパンチェッタが立っている。
 「爺さん1人には荷が勝ちすぎるだろうよ」
 「ぬかせ、わしに負けた分際でよう言うわ」
 「俺はまだ生きているからな、死んでないうちは勝負無しだぜ」
 「ふっ」
 「けっ」
 
 怪物は、無表情に目の前の二人を見詰めているが、どこかその表情には楽しげな雰囲気が漂っているように見える。
 だが、それは闘いが好きで有るとかそういう感情の類ではない、獲物をほふる瞬間の肉食獣が、もしも獲物を喰らって口に広がる味を楽しむ事があるなら、そのような感情を抱くかもしれないという話である。
 「やるかい」
 「おう」
 そして、通常ではありえないタッグによる、怪物退治が始まろうとしていたのだった。

 怪物は、無造作に動くと、下に垂らした両手を地面から天に放つように目の前の二人に放った。
 それは槍のように伸び、右手はダルマに、左手はパンチェッタに向かって襲い掛かっていた。
 単調な攻撃ではあるが、早い。
 拳銃がいくら単調な動きだろうと、発射されてから見切るのは少なくとも常人には無理だ、それは常人の持つ感覚の常識を超えた動きであるからだ。
 さすがに二人の反応は的確である。
 その槍のような突きを、横っ飛びに避けた。
 避けるだけではなく、二人はまるで呼吸を合わせたように一気に怪物の懐に飛び込むと、がら空きの胴体に散弾銃ショットガンのような攻撃を放っていた。
 それだけの攻撃をまともに喰らい、さすがに怪物は後方へ弾かれるように吹っ飛ばされていた。
 だが。
 たった今攻撃を喰らったとは思えないほど素早く、怪物は見えないロープから跳ね返るように、強靭な足のバネを使い、再度二人に飛び掛っていた。
 普通ならば肋骨がグチャグチャになっているほどの二人の連撃である、そうでなくても腹部への攻撃も何発も入っている、内臓器官にダメージがあれば、どれほど体力が有ろうと動きが鈍るはずなのだが、この怪物にはそういう気配がまるで無い。
 二人は同時に気が付いていた。
 その皮膚に直に攻撃を叩き込んだ瞬間、その皮膚がまるで鋼鉄の硬さを持ったゴムのような肉をしている事に、打撃系の攻撃はこの筋肉に吸収されて、威力がまるで届かないのだ。
 
 怪物は、無尽蔵の体力が有るかのように動き回った。
 ダルマとパンチェッタは達人の動きである、必要最小限の動きをし、無駄な体力は浪費しない。
 戦闘とは、全身運動であり、どれほど鍛えても全力で動けは数分も持たない、それはいくら達人といわれる二人でも同様である。
 達人とは全力でいくら動いても疲れない人間ではなく、必要なだけの動きを必要な時に出来る人間の事を言うのだ。
 だが、この怪物は違う。
 まるで長距離走マラソンで最初から短距離走のペースで走るように、尻に火が付いて狂ったような動きで二人に攻めかかっていた。
 それを防ぐのは、恐ろしく体力を消費する。
 (しんどいわい、こういう肉弾戦の奴ならば、クァルゴに譲るべきであったわ、あいつならば、こういう相手には難儀せんかったろうにの)
 ダルマは内心で弱音と愚痴を吐いていたが、その唇にはその心境とは裏腹に笑みが浮かんでいた。
 だが状況はそれほど楽観的ではない。
 
 強烈な連続攻撃、しかも、その怪物の猛攻の合間に攻撃を仕掛けても、ほとんどがまるで効果が無いように見える。
 それだけではない、最初は怪物も単調な攻撃だけであったが、徐々にダルマとパンチェッタの動きを学習するように、フェイントの類を織り交ぜが攻撃を仕掛けてくるようになっている。
 まるで、二人の師匠に指導されているように、たった数分の間に、この怪物の戦闘技術は驚くほど向上しているのだ。
 いかに、二人が強くても、このままでは――

 それを一番分かっているのは、他ならぬこの二人である。
 僅かで良い。
 二人で作戦を話し合う間が欲しかった。
 その間を作ったのは、パンチェッタであった。
 今までは、左腕の物理的な攻撃しか仕掛けていなかったのだが、何も無い右手から気の塊を大砲のように怪物に叩きつけると、こればかりはさすがにその体を壁まで吹っ飛ばされ、その拍子に辺りが崩れ瓦礫に埋まり、すぐには起き上がってこなかった。
 「おい、爺さん。あんたは、奴を倒せる技があるか?」
 単刀直入にパンチェッタは聞いた。
 怪物を倒す為には、小手先の業をいくら積み重ねても駄目だと悟ったのだ、強烈な一撃、それだけで相手を殺せる一撃が無ければこの相手には通用しない。
 「おぬしは無いのか?」
 「質問を質問で返すんじゃねえよ、有ればあんたに聞いてねえ、有るのか? 無いのか?」
 そうこうしている間に、怪物は瓦礫の中からその身を起こし始めていた。
 「有る。ただし、時間がいる」
 「どれ位だ」
 怪物は、まるでダメージが無いように、またこちらに向かって走り始めた。
 「5、いや3分」
 「けっ、仕方無いな……、野郎を1人で3分かよ、こりゃ大仕事だぜぇ」
 パンチェッタは愚痴るようにして、だが眼だけは闘志に燃えるように爛々らんらんと輝きを放っていた、そしてパンチェッタは怪物の前に立ちはだかった。
 今まで二人がかりでどうにか凌いでいた相手をたった一人で、ダルマを護るようにして、三分間切り抜ける。
 これがどれほど至難であるのか、それが分からないパンチェッタではない。
 だが、そういう不可能に思えることにこそ、この男は燃えるのだ。
 そのパンチェッタの後ろで、ダルマは静かに自らの命を掻き集めるように、気を高め始めていた。
 
 (封印した技を使うとするかよ。灰塵掌かいじんしょう、まさかまた使う機会が来るとはな……)













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