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ハヤンの憂鬱
作:愁華錬我



第42話 奥義 黒満月


 
 プルシコフは、目の前に立っている男に静かな視線を送っていた。
 その男は、その視線に対し、気負う事も無く平然とその視線を受けている。
 プルシコフの身長は180cmよりやや高いのだが、それとほぼ同等の長身の男である。
 体には武器らしい物は何も帯びていないように見える。
 「ガイツ。それが俺の名だよ」
 プルシコフの目の前の男――ガイツはそう名乗った、知り合いに声を掛けるような口調だった。
 年齢は20代後半から30代の後半のどれでも通用する顔立ちをしている。
 整った顔立ちとは違うが、妙に人を惹きこむ人相をしている、あえて言うならば英雄の相だ。
 眼には強い意志が宿り、顔の全ての部位が1つも油断せずに機能しているように見える、眉毛だろうと鼻だろうと唇だろうと、その全てが顔の部品であるとちゃんと自覚しているように見えるのだ。
 「プルシコフだ」
 「やっぱりあんたがそうか、パンチェッタが言っていたよ、一番ヤバイのはあんただって。パンチェッタは知らなかったようだけどね、俺はあんたの事をよく知っているよ、別に大会が開かれて実力を競い合っているわけじゃないが、あんたの実力は世界でも10指には数えられるだろうよ、もちろん時と場合でそのランキングは変動するけどな」
 「こっちも知っている」
 「知っているって?」
 「英雄連、妖精戦団エルフカンパニーのガイツ……、英雄連の中でもトップクラスの実力者のあんたが、宝腕の助っ人で来るとは思っていなかった」
 「あんたに知られているとは、光栄なこった」
 どこか照れているような風にガイツははにかみながら答えた。
 
 お互いが、今から戦いあうであろうはずなのに、奇妙な事に緊張感というか緊迫感と言う物がまるで感じられない。
 だからと言って、二人が油断していない訳ではない、一瞬で今の平温から爆発的な沸点に達する事が出来るのがこのレベルの人間達である、笑いながら相手が隙を見せたら、その喉を掻っ切るくらいは平然とするだろう。
 「俺はよ、平和主義者なんだ、だからやりあうのは最後の手段ってのが理想なんだがどうだ?」
 「話し合いか?」
 「今更話し合ってどうこうなるとは思っちゃいないよ、待とうぜって話さ」
 「待つ?」
 「俺以外にもパンチェッタも来ているし、他にも来ている、そっちの戦いが終わってから状況を見て俺たちもやりあうってのはどうだって言っているのさ」
 どういうつもりなのか。
 仲間の強さによほどの自信が有ってこう言っているのか、他の闘いが終わり、その勝者が全員自分の仲間であれば、残ったプルシコフを全員で攻撃するという魂胆なのか、あるいは他に何か考えが有るのか。
 プルシコフがガイツを探るように見た。
 「なぁに、深く考えるなよ、あんただって今1人と戦ったばっかだろう、ちょっとは休んだ方が良いんじゃないのかい? それによ、俺たちの目的はあんたらを殺すことじゃない、さっきの俺の攻撃で吹っ飛んだ車に乗っている奴の命が目的と言えば目的だが、生存は不明だ、なら焦るこたぁない、他の戦いの結果を待とうじゃないか」
 やはり、こいつらはどこかからデモニムと自分達の戦いを見ていたのだと確信した。
 しかしプルシコフは表情を変えない。
 だが、確かにデモニムと戦った際にダメージこそ無いが、幻闘獣の操作に多少の精神力を削ったというのは事実だ、振動波はその力の膨大さと比例して消耗が激しいのだ。
 ここで戦いになっても相手が取るに足らない相手ならば何人いようと問題ではない、だが相手がこの英雄連のガイツとなれば話は別だ、どうなるか分からない、出来る事ならば万全で戦いたいというのが本音である。
 ガイツの提案は決して悪い物ではない。
 それにダルマもクァルゴも並みの人間ではない、あの特異な能力を持つ男が相手で不覚をとってしまったのは事実だが、客観的に見てあの2人に1対1(あるいはそうではないかも知れないが)で戦いを挑み勝てる存在となるとそう多いとは思えない、それだけの実力が間違いなく有る。
 ダルマはプルシコフにとって体術の師であり。
 クァルゴは幻闘獣憑きであるのだから。
 「良いだろう、たまには戦いの見物も悪くない」
 「せいぜい死人が出ない事を祈ろうぜ」
 「無理だと思うがな」
 こうしてこの2人は、戦う事無く、他の戦いの結果を待つ事となったのである。

                                 ・

 パンチェッタの前には奇怪な物体が転がっている。
 大きさは160cmほどの完全な漆黒の球体である。
 覗き込めば顔が映りそうなほど表面は滑らかな光沢である。
 ダルマがこの中にいる事、それだけしかパンチェッタには分からない。
 気影術の奥義――
 確かにそう言っていた。
 気は修行によりそれを武器として使う事が出来る、もちろん誰にでも出来る訳ではない、修練の末だ。
 だが、それでもここまで見事に気を具現化出来る能力者はそう多くないだろう。
 そして気は人によりそれぞれ色が違う、自分の気の色は金色に近いが特に意識をしなければ無色透明である、このダルマがどういう思考をしているのか分からないが、気の色がここまで黒いと言う事は決して正の力による物ではないだろう、負の力を源にしていると考えて良い。
 気影術という術がどういうものか分からないが、以前戦った際に完全に捉えたと思った攻撃が避けられていた事が有った。
 体の表面に鎧のように気を纏う技術、パンチェッタはそう推測している。
 しかし、鎧のように見に纏って攻撃してくるのならばともかく、このように球体になるというのはどう言う事なのか。
 考えている余裕は無い。
 その球体がゆっくりと、地面を滑るように自分に向かって動き始めているからだ。

 パンチェッタは戸惑った。
 どう攻撃して良いのか分からない。
 迂闊に攻撃を仕掛けるとどういう反撃を受けるのかまるで予想が出来ないからだ。
 だからと言って、相手が攻撃してくるのを待つにしても、球体は静かに自分に近付いてくるだけである。
 ただただ不気味だ。
 球体はパンチェッタに向かって、一定の速度で近づいて来る。
 パンチェッタはそれを下がらずに構えている。
 距離が徐々に縮まる。

 5m、4m、3m……

 その時だった。
 球体が何の前触れも無く宙に舞っていた。
 一気に3mは跳び、そしてパンチェッタのちょうど真上の位置にいくと、そこから落下していく。
 どうするか。
 受け止めるという考えは無い。
 避けるのが良いか、それとも攻撃を仕掛けるのが良いか。
 意を決してパンチェッタが攻撃を上から落ちてくる球体に構えた瞬間、球体の一部が動いていた。
 それは、海栗ウニとげのように見えた。
 「ちぃ!」
 攻撃を仕掛けようとしていたパンチェッタはカウンターを貰ってしまう形になった、その鋭い棘に僅かでは有るが傷を負っていた、傷の位置は左肩である、服が破れ血は出ているが軽症である。
 パンチェッタは素早く、球体から距離を取った。
 だが、すぐに球体は一瞬でその距離を殺し、また思いもよらない場所から棘のような物がパンチェッタに向かって鋭い勢いで伸びてくる。
 パンチェッタに反撃をする間を与えないほどの連撃だった。
 だが、それでも流石にパンチェッタは相手の猛攻の隙を突き、左拳のジャブをその球体に向けて放っていた。
 その一撃は、球体に当たりはしたのだが、僅かにその表面にまるで水面に石を投げ落としたかのような波紋を広げただけで、とてもダメージを与えたようには見えない。 
 休まずに、棘は幾重にも伸びて、パンチェッタに襲い掛かってくる。
 
 それを必死に捌きながら、パンチェッタは後方に跳んだ。
 最初に受けた傷以外はノーダメージではあるが、押されているのは事実だ。
 なるほど。
 こういう攻撃を仕掛けてくるのか。
 闘いにおいて、熟練者になればなるほど相手の僅かな挙動で次の動きが予測できる、どういう行動をするにしても予備動作と言う物が必要である、例えば相手の拳を打ち込むだけでも拳を引き、足を踏み込み、腰を回し……という幾つかの手順プロセスがある、達人になればその予備動作は極めて機敏であり、分かりづらくはなるが、まったく体を動かさずに攻撃を仕掛けるというのは不可能に近い。
 だが、全身がこの球体で隠れていれば別だ、まったく相手に動作を悟られる事無く攻撃を仕掛ける事が出来る。
 こちらの予備動作は相手に知られているのに、こっちは相手がどこに視線を送っているかさえわからない、これは不利である。
 それにこちらには相手の体が球体の中のどこにあるのかさえこちらには分からないのだ、これではどこを攻撃して良いのかすらも分からない、おまけに並みの攻撃ではこの球体の中にまで威力を届かす事も出来ない。
 よく出来ている、この技ならば相手が何人いようと問題なく倒せるだろう、攻守共に優れている。
 気の鎧と、気の槍を同時に展開しているのと同じ事だからだ。
 並みの格闘家が相手ならば、ここでお手上げだ。
 だが――、とパンチェッタは思う。
 自分は違う、対処法が有る、この状況を打開する方法を既に思いついている。
 思いついた時には既に行動に移している、何も無い右腕に意識を集中させていた。
 強烈な力の塊のイメージだ。
 みりみりと、空気が音を立てていくのが分かるように、そこに力が満ちていく。
 何も無かった右腕の空間に、いつの間にか金色の右手の形をした気が形成されていた。
 パンチェッタの考えた打開策は単純明快シンプルだ。
 相手の周りを覆っている気を、より強い気の力で吹き飛ばしてやろうというのだ。
 自分の気ならばそれが出来る。
 それだけの強い自負が有る。
 そのパンチェッタの意思を知ってか知らずか、球体は真っ直ぐにパンチェッタに向かい突っ込んでくる。
 
 愚直なほど、球体は真っ直ぐに迫ってくる。
 一瞬、パンチェッタの脳裏に嫌な予感がした、だがそれを振り払うようにより強い力を右腕の辺りに集めた気に込めた。
 さきほどダルマを吹っ飛ばした威力の軽く3倍以上の力は有る。
 気の大砲という表現が適している。
 これだけの力を込めていれば、相手のあの身に纏っている球体も跡形も無く吹き飛ばせるだろう、だがそれだけでは相手を倒せかもしれないが、間違いなく怯む、怯んだ所を一気に追い込むしかない、そこまでパンチェッタは考えていた。
 球体がどんどん迫ってくる。
 ――と。
 球体の速度が一気に加速し、パンチェッタに向かって突っ込んできた。
 
 (今だッ!)
 
 パンチェッタは、右腕に集めた気の塊をその漆黒の球体に向けて放っていた。
 それは凄まじい気の力であった。
 パンチェッタの右腕から放たれた気の塊は、金色の竜のように軽やかに泳ぎ、まるでその途中に転がっている小石を吹き飛ばすかのように、漆黒の球体を跡形も無く消し飛ばしていた。
 呆気無いほどであった。
 グラグラと煮え滾る熱湯の鍋の中に、氷を一欠けら落としたように、その漆黒の球体は破壊されていた。
 (よし!)
 パンチェッタがそれを確認し、そこから逃げるであろう相手に意識を集中していた時。

 まさに、その時であった。
 パンチェッタの耳元に声が届いてきたのは。
 思わぬほど近い場所からの声であった。

 「――隙有り」
 
 何かが体に触れる衝撃と、そして四方八方から襲い掛かってくる暗闇。
 パンチェッタが感じたのはそれだけであった。
 
 
 全てがダルマの計算通りであった。
 並みの相手ならば、今の技、気影術の奥義の1つ『黒満月くろまんげつ』でそのまま戦えば難なく勝てる、いや並みの相手ならばわざわざそういう技を使うまでも無い。
 英雄とまで謳われるパンチェッタが相手であれば、それだけでは勝てない。
 奥義すらも捨て駒にする覚悟が無ければ勝てない相手である、それだけダルマはパンチェッタを評価していた。
 最後の最後、ダルマは漆黒の球体――黒満月の中から抜け出し、そして黒満月をパンチェッタに向かって放ち、自分はその隙にパンチェッタの背後に周り、そして一撃でパンチェッタの気を失わせたのである。
 紙一重の闘いであった。
 傍から見ていれば、あるいはダルマが最後の最後でパンチェッタを騙し、余裕の勝利をしたかに見えるかもしれないが、そうではない、今の攻撃が決まらなかったらどうなっていたか分からない、もう一度戦って必ず勝てるという保障などどこにも無いのだ。
 ダルマは、地に前のめりに倒れているパンチェッタを見下ろしていた。
 ダルマの顔には珍しく疲労が浮かんでいるようであった。
 今の戦い、時間にしたら3分も経っていないだろう、だがそれでも精神と肉体を極限までに酷使しての3分間は、常人にしてみれば気の遠くなるほどの力の消費である。
 地面に座り込んで、荒い息を吐いていてもおかしくないほどの濃い疲労がダルマには有るはずだが、それをダルマは強靭な意志で抑えている、いくら目の前の相手を倒したからと言ってもここは戦場である、一秒たりとも気を抜くと言う事は死を招く行為である。
 ダルマは、パンチェッタを殺してはいない。
 気を失わせただけである。 
 聞きたい事が有るから生かしておいている、そのつもりなのだが、どうにもそれは後付の理由で、何となくではあるがこの男を殺したくないようなそんな気がダルマには芽生えていた、だが、そういう感情を押し殺して人を殺す事を職業としてきたのがダルマである。
 「さて……、他の連中はどうなったかの?」
 
                             ・
 丁度その頃。
 クァルゴは地に仰向けに倒れていた。
 その全身には、鉄の細い槍のような物が幾つも幾つも幾つも突き刺さっていた。
 両腕はもちろん、両足にも、胴体にも数本、間違いなく心臓の位置にもそれは突き刺さっていた。
 だが不思議な事に、どの槍の根元からも血が流れ出していなかった。
















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