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ハヤンの憂鬱
作:愁華錬我



第13話 策士


 
 「ぬぅっ!」
 その突然の出来事に対する、ダルマとそしてクァルゴの反応は早かった。
 義手が爆発か、あるいは何かの攻撃魔法が仕込まれていると咄嗟に判断し、まるで猫のような身のこなしでその場から飛び退き、その光り輝き浮き上がっている義手から距離を取っていた、3対1というこの圧倒的不利な状況を打破する為に、パンチェッタが仕掛けてきた攻撃である、もちろんこれがただのかく乱作戦で、その隙を突いての攻撃の可能性も有るとダルマは考え、その心構えをとっている。
 プルシコフだけは、微動だにせず、どこか面白い物を見るようにその光景を見ていた。
 ダルマの警戒をあざ笑うかのように、義手から距離を取ろうとする2人とは逆の行動をとったのが、パンチェッタだった。
 パンチェッタは、今や光の柱を造り上げている義手に向かって突進していた、一瞬とはいえかなり無防備な状態を相手に晒す事になったが、義手に対する反応に気をとられた事と、そのあまりに速い動きにダルマは攻撃を仕掛けるタイミングを完全に逃していた。
 そして吸い込まれるような動きで、光の柱に向かうと。
 「またな」
 パンチェッタはどこか楽しそうな口調でそう言い残し、その光に頭から突っ込んだ。
 行動のどこにも一片の躊躇いも感じさせなかった、もし一瞬たりともそういう仕草を見せていたら、ダルマももう少し何かしらの反応が出来たかもしれないが、それを見せなかった。
 パンチェッタが飛び込んだ瞬間に、そこから光が消え、そしてその光と同時にパンチェッタの姿はそこから消え去り、義手も何もそこには残されていなかった。
 虚しげに乾いた風が吹くばかりである。
 その場に3人のみが取り残された。
 ――逃げられたのだ。
 それにしても鮮やかな逃げっぷりだった、ダルマは言葉も発せられずにいた。
 恐らく、今の義手には時限性の転送魔法が仕込まれていたのだろう、置いておくと勝手に周囲の魔素(力有る場所から漏れた力の粒子)を集め、そしてそれが一定量に溜まると、発動する仕掛けだったのだろう。
 このようなアイテムは滅多に有るものではない、ダルマがそれに反応できなかったのも無理は無い、このようなアイテムは日夜研究され、発明されるか、あるいは古代遺跡から発掘されたりもする、そしてそういう希少なアイテムは、その特殊能力により値段が上下し、今の義手も決して安い値段で手に入るものではない、”宝腕”という意味は、最初にクァルゴが言った意味でも必ずしも間違っているとは言えないことになる。
 それにしてもパンチェッタは、最初から本気で戦う気などまるで無かったのだろう、怒ったように見せたのも本気の部分も有ったかもしれないが、大半が演技だったのだ、あくまでこの場から逃げる為の時間稼ぎをしていただけに過ぎない、戦う前から逃げる算段をしていたのだ、ダルマはパンチェッタと言う男は近接戦闘が得意の英雄という評判を聞いていたのだが、流石は英雄というべきか、戦闘能力に秀でているだけでなく、とんだ策士であった、その策にダルマは見事に出し抜かれてしまったのだ。
 己の失態に、ダルマは奥歯を割れんばかりに噛み締めた。
 「くぅっ……、プルシコフ! 今、おぬしは攻撃できたはず、何故せんかった!?」
 恥辱を隠すように、珍しく大声を出しダルマはプルシコフに抗議した。
 だがその感情を、軽く受け流し。
 「逃げるつもりの相手を攻撃してもな、面白みが無い」
 そう言った。
 「……あやつが英雄連の本部へ報告してみろ、たちまち各地に散らばった英雄共に報告が行くぞ、そいつらと本国の戦争になりかねん、世論は奴らの味方をするだろうな。それに戦争自体は願っても無いが、我々の目的はあくまで本国以外の国同士の戦争よ、争わせ疲弊した所を我らの利にするというものを望んでおる、本国が関与する戦争は望む所ではないのだ、おぬしも分かっているだろうが」
 英雄と言う存在をその能力と同時に、世間を扇動する存在として認識し、そしてかなりの警戒を自覚している言葉だった。
 「大丈夫だ」
 「何、大丈夫だと?」
 「パンチェッタと言ったな、あの男は英雄連本部に報告はしない」
 涼しい顔でそう言い切った。
 「何故分かるのだ?」
 「奴は自分の腕を犠牲にしてまで戦争を止めた男、確たる証拠も無く、国民全員が悪人であるわけでもないのに世論が1つの国を滅ぼしかねない軽率な行動は控えるだろう、それに仮に報告を受けたとて英雄連もせいぜい出来たとしても秘密裏の抗議、あるいは裏での戦いになる」
 「裏か」
 「奴らの手口は知っているだろう? あくまで世界平和が奴らの理想であり思想、その為には多少の強引な手を使ってくる、大衆には悟られないように気を付けてな、下手したら総統閣下含む幹部連中の暗殺くらいならばやりかねない。だが、あの男が報告をしなければ、せいぜいがあいつと他にいるとするならば、後数名のあいつの味方をする英雄のみを相手にすれば良いだけの事」
 「ならば尚の事、ここで殺しておけば良い物を――」
 「つまらん」
 「何?」
 「それではつまらんだろうが、あんたもそう思うだろう? 師匠殿よ」
 そこまで聞くと、ダルマは俯いた。
 そして俯きながら、押さえ切れないという感じで、思いっきり声を上げて笑った。
 「くくく、そうよ。つまらんわ。任務も大事だが、任務を楽しむ事も大事なことだな、ガキの頃の教えを偉くなってもそれを忘れないとは、感心感心……」
 どうやらプルシコフは、ダルマに教えを受けていた事が有るようだった。
 だが、それにしてはその師匠を”あんた”と呼ぶなど、尊敬の意はあまり感じられない。
 「あ、そう言えば、プルシコフさんがどうしてここに来たんです? いつもは本国での仕事に追われているのに珍しいですねェ」
 クァルゴが、思い出したように尋ねた。
 「休暇を楽しむ為だ」
 その質問に、にこりともせずにプルシコフは答えた。 
 「そうか、おぬし今は長期休暇中であったか。それにしても休暇を楽しむとは、我らの仕事を愚弄しおってからに……。しかし、それは置いておくとして……果たして、それだけかの?」 
 笑い声を止め、妙にドスが聞いた声でダルマは言った。
 「それだけ、とは?」
 「休暇中におぬしが何をしようが自由よ、だがな、おぬしがわざわざこのような地に出向くには、それ相応の理由が有るのでは無いかと思ってな、あの幻闘獣憑きの男……何かおぬしと因果があるのではないか?」
 「有るには有るな」
 「ほう、聞かせてもらおうか」
 「俺が奴の髪の色を奪った、それだけで十分だろう」
 「……やはり5年前の作戦の生き残りか、奴は」
 「そうだ」
 「おぬしが取り逃したと言うのか? 信じられんな」
 「俺の力はまだ完全な物ではなかった、奴とやり合えばどちらが生き残るかはっきりと分からなかった、だから見逃した、それだけだ」
 「それにしては、今の今までその生き残りの存在が記録されていないのはどういう事かの?」
 ぬめりとした視線をプルシコフへ向けた。
 「失敗は恥だ、隠せる物ならば隠すだろう」
 プルシコフは、僅かの淀みも無く言ってのけた。
 普通なら、本当に恥だと思う事について話す時、もう少し動揺を見せてもいいものだが、それをこの男はまるで見せない。
 「で、今回の作戦でその時の失敗を償おうと?」
 「想像に任せる」
 「ふむ……まあそういう事にして置こうかよ。それでどうする? 相手の場所は分かっておる。いきなり行って、捕えるとするか?」
 プルシコフの言葉をまるで信じていない口調でそう言った、何か隠しているのだろうが、その事はここではあえて聞かずに置いてやるという意味に聞こえた。
 「俺が近づくのは得策ではない」
 「何故?」
 「俺の顔を見ただけで奴は間違いなく暴走する、暴走したら奴を止めるのは困難だ、殺す方が容易い。その状況では捕縛は不可能だろう」
 あれほどの存在を、殺す方が容易いと言い切ってしまうプルシコフの絶対的な自信が感じられた、またその自信を否定しようともしないダルマは間違いなくプルシコフの能力の高さと怖さを知っていると言うことになる、この男は決して嘘はついていないと知っているのだ。
 「それだけの事が奴との間に有ったという事か……、ならばどうする? おぬしが奴の前に出れぬと言うなら応援の意味が無いではないか」
 「矛盾するかもしれないがな。奴をわざと暴走させ、力が疲弊した所を捕える」
 「何?」
 「さっきも言ったが俺が近づくと、奴は恐らく”死ぬまで”動く、それでは駄目だ、だから心因的な力の解放ではなく、外部からの衝撃で奴の中の幻闘獣を呼び起こす、つまり遠距離から攻撃を仕掛け、奴の幻闘獣ファレイを揺さぶり起こす、出来るだけ周りに人がいる状況でな、奴はそれを必死で抑えようとするだろう、その力の消費は通常の何倍もの疲労を与える事となる、そこまで力が衰えば後は捕縛も可能だろう」
 「誰がやるというのだ? 遠距離攻撃では、わしらはそうそう成果は出せんぞ、クァルゴなど近距離だろうとやる気が無い」
 「すいませんねェ」
 悪びれた様子も無く、慇懃無礼にクァルゴが言った。
 「俺の部下を使う」
 「部下だと? 今から呼ぶと言うのか?」
 「既に着いている」
 その声と同時に一匹の鮮やかな黄色の小鳥が、風を切ってダルマとプルシコフの間に割り込むように飛び、そしてプルシコフの左後方の辺りに抜けていった。
 奇妙な動きだった、野生の鳥は、普通ここまで人に近づいたりはしないというのに、この鳥は人と人の間に割り込むように飛んできたのだ。
 その鳥の動きを何気なく視線で追い、そこでようやく、ダルマは気が付いていた。
 いつの間にか、気付かぬうちにその場に1人増えている事に。
 プルシコフのやや左後方に1人の仮面を被った人物がうっそりと立っていたのだ。
 仮面と言っても、目の周りだけ隠す仮面ではなく、顔全部を覆い隠す仮面だ、性別の判断すらも付かない。
 その仮面の人物の右手の人差し指にに、今の小鳥が止まり可愛らしい声で囀っていた。
 ダルマの表情が固くなった。
 「凄いですねェ、まるで気付かなかったですよ」
 クァルゴが素直に驚嘆の声を上げた。
 「……どうやった?」
 ダルマは固い表情のまま尋ねた。
 どれほどの気配断ちの達人だろうと、こんな距離まで近づいて自分に気付かれないはずがないという確信からの質問だった。
 魔法で気配を断とうと、僅かな違和感で察知できる、半径5m以内に入れば寝ていようと、何していようと気付かないはずが無い、この相手はその5m以内に入っていながら、今の今までその存在を悟らせなかったのだ。
 「隠蔽術の一種だ、かなり高度で特殊な技だがな、あんたに気付かれなかったと言うことは大抵の奴に気付かれないと言うことだ」
 詳しい事はわざわざ教えない、例え味方であろうと、信用していようと、わざわざ技の詳細を報せる必要が無いと互いに了承しているのだ、例えば仲間が捕えられた場合、その仲間が技の秘密を敵に漏らせば、それはもう致命的だからだ。そういう理由とは別に、この2人にとっては自分以外の、他の全ての人間が敵になる可能性があるという事を考えているのかもしれない。
 「暗殺者にはもってこいの能力じゃの」
 今の気配を消す術を持ってすれば、どこかに忍び込み、対象の人間を殺す事も容易いように思っての発言だった。
 「欠点もある、それをあえてここで言う必要も無いがな」
 「……名は?」
 「ラルフレスだ」
 プルシコフが代わりに答えた。
 「初めて聞く名だ」
 「だろうな、俺の部下をあんたに一々説明したりもしないからな、第一あんたが国を離れ任務についてもう4年も経つ、もっともラルフレスはかなり前から俺の傍で働いてもらっている」
 「遠距離攻撃と気配断ちの専門家ということか?」
 「そうだ、こいつにやらせる、依存は無いな?」
 「無い」
 ダルマは直ぐに答えた、当たり前だ、依存はまるで無い。
 自分自身が気付けないほど気配を消す術を持った者ならば、あの幻闘獣に居場所を突き止められて反撃を喰らう心配も少ない、その上で遠距離攻撃を行えば、プルシコフがさっき言った作戦は難なくこなせそうに思えた、それに自分自身や自分の部下の命の心配が無い、それならば何の問題も有るわけが無い。
 「ラルフレス、出来るな?」
 「私の使命はあなたの役に立つ事、あなたがやれと言う事を私はするだけです」
 仮面を付けているせいか、くぐもった声が聞こえた。
 だが、その短い言葉だけでも、強烈な使命感がこの仮面のラルフレスを突き動かしているのが分かる、それも口先だけでなく魂からの忠誠をプルシコフに誓っているようだ、もしここでプルシコフが『死ね』と命令すれば、躊躇わず死ぬだろう、いやもしかしたらどうせ死ぬくらいならば、命を失う可能性が高い作戦に付かせて欲しいと懇願するかもしれない。
 「ファレイの居場所は分かるかの?」 
 ダルマは尋ねた。
 「先ほど調べました、彼はここから南東に約15kmほど離れた位置を徒歩で移動しています、このまま歩けば一夜を越さずにレゼベルンに着くでしょう」
 相変わらず、くぐもった声でラルフレスが答えた。
 丁寧な口調ではあるが、どこか冷たい、機械が何の感情も見せずに説明するように淡々と語っていた。
 それにしても一体いつ、どのように調べたと言うのだろうか。
 「ならば、レゼベルンに着いてから作戦を開始するのだな」
 そのダルマのその指示に、ラルフレスは答えない。
 仮面で良く分からないが、顔の向きからして、その視線はプルシコフを捉え、『どうすれば良いのか、ご指示を』と、プルシコフに言っているのだ。
 その視線を受けて、プルシコフは。
 「直ちに向かい、標的が街に着き次第、作戦を実行しろ」
 と言った。
 「了解しました、すぐに向かいます」
 どうやら、プルシコフ以外の人間の命令や指示の類を聞くつもりは微塵も無いようだ。
 ラルフレスは、その言葉だけを残し、いつの間にか馬に跨り、手綱を持ち駆け出していた。
 黒い馬である、丈夫そうな体躯をしており、既に手綱も鞍も付いている馬だ。
 恐ろしく速い馬だった、大地を飛ぶように滑るように走り、一気にレゼベルンに向けて駆けて行った。
 馬?
 一体、いつの間に馬が?
 間違いなく、この場所に馬などはいなかったはずなのに――
 召喚魔法という魔法も有る、契約した存在を魔力で遠くだろうとどこだろうと呼び寄せる事の出来る魔法である。
 しかし、その魔法は発動時に明らかに、分かる人間には分かるほどの魔素の動きが有る、かなり強力な魔法であるから大きな石を川に落として波紋が広がるように、その波動が伝わるのだ、もちろんダルマはそれを感じ取る事が出来る、だが、今はそれが無かった。
 だから疑問なのだ。
 「え!?」
 クァルゴは素直に驚いている。
 「あれも、奴の術の1つか?」
 ダルマはプルシコフに尋ねたが。
 「想像に任せる」
 返答は相変わらず素っ気無かった。 
 プルシコフのその視線の先には、ダルマもクァルゴも、そして馬に跨るラルフレスも映っていなかった。
 遥か彼方、地平線の果てにいる誰かを見ているようだった。
 
 
 
 












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