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星詠みの巫女と幸運の星 作者:青柳朔
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Episode4:親友の星

 ――クルサの星を届けに来た星拾い人は、院長先生に会うと途方に暮れた顔で帰っていった。届けに来たはずの星を持ったまま。

 最悪の誕生日だ、俺は唇を噛み締めて俯く。年に一度、すごく楽しいはずの一日は、隣にいるはずの親友の不在によって味気ないものになった。親友の――クルサの誕生日は俺より一日早く、毎年俺の家に泊まり、夜中までこっそりと起きていて二人で「おめでとう」を言い合ったものだ。
 クルサの星は昨日、つまりクルサの誕生日に、空から落ちた。昨日の朝早くのことで、俺はクルサにおめでとうも言えずに、冷たくなった姿を目の当たりにした。
「なぁ、クルサの星ってどうなるのかな」
 友達の一人が神妙な顔で呟いた。クルサはこの町の孤児院で暮らしていた。生まれてすぐに両親を亡くして、それからおばあさんに育てられていたんだと聞いている。そのおばあさんが三年前に亡くなって、クルサは孤児院にやってきた。
 孤児院では、孤児の星を受け取ることはない。孤児にとっての家ではあるけれど、家族であるかと言われると、どうも違う。亡くなった人も義務的に星を受け取られることは望まないだろう。
「帰らずの星になっちゃうのかな……」
「……どうだろう」
 何も言えず立ったままの俺の代わりに、友達たちは不安をぽつぽつと零す。

 家族のいないクルサの星は、どこに届けられるんだろう?





 クルサのことを知ったのは、三年前の俺の誕生日のことだ。孤児院に新しい子が来たらしいよ、という噂はそれより前から知っていたけれど、その『新しい子』に会ったことはなかったのだ。
 夕方近くまで友達を遊んでいて、急いで家に帰る途中だった。空が赤く染まるなか、つまらなさそうに歩く一人の男の子に気づいて、俺は足を止めた。見たことのない子だ。
「おまえ、孤児院に来た子?」
 不躾に俺が問いかけると、小さな声で「そうだけど」と返ってきた。
「俺はスコルって言うんだ。年は今日で九歳! おまえは?」
「クルサ。……昨日で、九歳になった」
 小さいけれどはっきりした声に、俺は驚いた。
「え、おまえの誕生日、昨日なの?」
「うん」
 こくりとクルサが頷く。こんな偶然ってあるんだ。子どもの俺にとっては奇跡にも感じるような偶然で、初めて会うのに昔からの友達のような気分になった。
「じゃあ、孤児院でもお祝いしたんだろ? 俺の家も今日はごちそうなんだぜ」
「しないよ」
 楽しみでしかたない俺は、クルサが寂しそうにしていることに気づかなかった。信じられない言葉に目を丸くしていると、クルサはもう一度俺を見て「しない」と答えた。
「な、なんで?」
「だって、ぼくの誕生日知らないから」
 俺にとって誕生日は盛大に祝ってもらうことが当然で、クルサのようにやってきたばかりだからと気を遣う理由がさっぱり分からなかった。
「言えばお祝いしてくれたのに、バカだなー」
 無遠慮な俺の言葉にも、クルサは曖昧に笑うだけで、何も言い返してこなかった。
「じゃあさ、おまえ俺の家に来いよ。一日遅くなったけど、一緒にお祝いしよう」
「え?」
「大丈夫だよ、ケーキもでっかいし、食べるものもたくさんあるからさ!」
 目を丸くするクルサの手をひいて、俺は家へと走る。家に帰るとこんな時間になるまで遊んでいたことを母さんに叱られ、ついでにクルサのことを話すと「院長先生からお許しをもらってきなさい」と言われた。
 また強引にクルサを連れて孤児院に行き、見事に夕飯と俺の家に泊まる許可をもらって帰った。ほとんど俺が話して交渉していたので、クルサは目を白黒させながら俺に引っ張られるばかりだ。
 また家に戻ると、俺の家族はクルサをあたたかく迎え入れて、クルサにあれこれと食べさせようとした。クルサは痩せていたのだ。俺と同じくらいに大きく切り分けられたケーキを食べて、クルサの目からぽたりと涙が落ちる。
「え、もしかしてまずいのか? 母さん作り方間違えたんじゃねぇの?」
「そんなことないと思ったんだけど……おいしくなかったら残していいのよ?」
 俺と母さんが慌ててクルサの顔を覗くと、クルサはふるふると首を横に振った。顔をあげて、泣きながら笑う。
「ちがう、その、すごく……すごく、おいしくて」
 袖で涙を拭いながら、クルサは笑った。また一口食べて、小さく「おいしい」と呟く。その時の笑顔が、とても嬉しそうで、目に焼きついている。
 あとから知ったことなのだが、クルサは誕生日にケーキを食べたのが初めてだったのだ。おばあさんはケーキの作り方を知らなくて、それ以外のごちそうは頑張って用意してくれたけれど、ケーキだけはなかったのだ。
 ごちそうを食べ終わったあとは二人で家の中で遊んで、一緒にベッドで眠った。不思議なくらい、クルサとは息があった。友達は他にも大勢いたけれど、その日からクルサだけは特別で、そういう特別を親友って言うんだって大人から教わった。
 俺とクルサは、親友になるために出会ったんだな、なんて冗談抜きで思うくらいに、何もかもが運命的だった。



 クルサは、二カ月くらい前から体調を崩し始めた。いつものように二人で遊び歩いていると、すぐに疲れることが最初だったんだと思う。顔色が悪くなり、外で遊ぶのが辛くなり、気づけばベッドで横になっていることが増えていた。
 院長先生もお医者様も「すぐによくなるよ」と言っていたけれど、クルサはみるみるうちに痩せていった。それでもクルサは変わらずに笑っていたから、俺も大丈夫だろうと暢気に考えていた。クルサはもとから細くて女の子みたいだったし、具合が悪くて食欲が落ちているだけだろうと。
「治ったらさ、北の山のほうまで探検しようぜ。南の砂浜に行くのもいいな」
 クルサのベッドは窓際にあって、俺はいつも窓越しにクルサに会いに行った。クルサとやりたいことは山ほどあって、計画を話すとクルサも楽しそうに意見を言ってきた。
「本気で北の山まで行く気なら、たくさん荷物がいるよ。日帰りじゃ無理だろ?」
「そっか、じゃあ非常食を用意しないとな」
 非常食だけじゃダメだよ、とクルサは笑う。
「でもその前に、誕生日だよな。今年は泊まりに来られるのか?」
 丸一日は無理かもしれないが、夕食を食べに来るくらいは許されるんじゃないだろうか、俺はそんな期待を込めてクルサに問いかけた。しかし、クルサは悲しそうに眉を寄せる。
「ごめんスコル、お医者様からお許しが出そうにないんだ。今が大事な時期だから、安静にしていなくちゃって……」
 申し訳なさそうに答えるクルサを見て、楽しみだった気持ちがみるみるうちに萎んでいく。足元にあった石ころを蹴飛ばして、俺は唇を尖らせた。
「なんだよ、お医者様もケチだよなー。少しくらいいいじゃん。そりゃ、よくなるのが一番だけどさ、おまえ全然外に出てないじゃん。気分転換も必要だよな!」
「……退屈だったら、他の子と遊びに行ってもいいんだよ?」
 俺は目を丸くした。クルサは寂しげに笑って俺を見ている。
「何言っているんだよ、おまえがいなくちゃつまらないじゃん。クルサがいないなら、他の奴らと遊んだって同じだよ。それならおまえとここで話している方がずっといい」
 もちろん他の友達が嫌いなわけじゃないけれど、他の友達と遊ぶのならクルサもいなくちゃ。今度はクルサが目を丸くする番だった。そして、ほっとしたように笑う。
「そうだ! 俺がさ、もう一回お医者様に頼んできてやるよ、ちょっとだけでもいいから、ダメですかってさ!」
「え、でも……」
「いいから!」
 ちょうど、もうすぐお医者様が孤児院に来る頃だ。ここは玄関から反対側の窓際だから、俺はぐるりと回って待ちかまえることにした。そう大きくない孤児院だから、玄関はすぐに見える。タイミングよく、院長先生とお医者様が話しているところだ。
「せんせ……」
 声をかけようとしてから、二人の間に流れるただならぬ空気に気づく。いつも穏やかに微笑んでいる二人なのに、真剣な顔で何か話している。俺は咄嗟に物陰に隠れた。
「それで、クルサはどうなんでしょう?」
 憂いを帯びた院長先生のセリフに、俺の胸はどくんと跳ねた。
「……大変残念なことですが、誕生日までもたないかもしれません」
 お医者様の言葉が、鈍器のように俺の頭を殴りつけてきた。頭が真っ白になる。次第に心臓の音ばかりが大きくなって、何も聞こえなくなった。息がうまくできない。指先が震える。足は凍りついたみたいに動かなかった。
「そんな……あの子、毎年誕生日を楽しみにしていたのに……」
 悲しげな院長先生の声がぼんやりと聞こえて、俺はようやくまともに動けるようになった。逃げるようにその場から去って、来た道を戻る。これ以上知りたくもないことを聞くのが怖かった。
 クルサが、死ぬ……? だって、すぐによくなるって言ったじゃないか。そんなに難しい病気じゃないよって。冗談だろ? だってクルサは、クルサは、まだ十一歳なんだ。まだまだクルサと一緒にやりたいことがたくさんあるんだ。
 じわりと泣きそうになるのを堪える。ゆっくりと歩いていると、クルサの待つ窓が見えた。
「スコル!」
 クルサは変わらない笑顔で俺を見る。こんなに元気なのに、どうして。
「お医者様はいた? どうだった?」
 問いかけてくるクルサの目を見るのが怖くて、俺は俯いた。今はうまく笑えない。
「えっと、その、やっぱりダメだった。ごめんな」
 俯いていると、涙が零れそうになる。ダメだ、泣いたらクルサが変だと思う。泣くな、泣くな、何度も言い聞かせた。
「……そっか、仕方ないね。残念だけど、今年は我慢するよ」
 クルサの小さな声に、俺は胸がぎゅっと締めつけられた。今年は、なんて。もう来年はないかもしれないのに。
「俺が」
 気づけば、何も考えずに話していた。
「俺が、ここにくるよ。母さんの料理をちょっとだけ持ってきてさ。いつも一緒にお祝いしていたんだし、今年は我慢って、なんか嫌だし」
 な? へたくそな笑顔でそう言うと、クルサは泣きそうな顔で「そうだね」と答えた。まるで俺が隠そうとしていること、すべてを見透かしているように。
「楽しみだね」
 クルサはゆっくりと空を泳ぐ雲を見つめながら、小さく呟いた。


 誕生日が近付いていくたびに、俺は憂鬱になった。クルサの容体が悪くなっていったのだ。お医者様は魔法使いみたいだ。どうしてこうなることが分かっていたんだろう、と思うくらいに診断は適確だった。
 毎日、朝飯を食い終わるとすぐに孤児院に飛んで行った。いつもクルサと話しこんでいた窓から覗き込む。いつもは開いていたはずの窓は少し前からきっちりと閉められていて、ガラスの向こうではクルサが苦しそうにうなされていた。本当は隣に行って手を握ってやりたいけど、邪魔になるから、と追い出されてしまうのだ。
「クルサ」
 窓からただ見守るしかできない俺は、何度もクルサの名前を呼んだ。
「クルサ」
 がんばれ、と。がんばってくれ、と。
 また俺と遊ぼう。島の中の、行ったこともないところへ行こう。東の野原を駆け回ろう。森へ行って木に登ろう。俺は、まだまだおまえと遊びたいんだ。おまえとやりたいことが、たくさんあるんだ。
「……クルサ」
 誕生日なんてこなくていい。神様、お願いだからクルサの星を落とさないで。
 毎日毎日、どんな時でも祈っていた。プレゼントもごちそうもいらないから、クルサの病気を治して、と。

「死なないで……」

 けれどその祈りが届くことはなかった。




 まだ太陽も上っていない時間、空が少し明るくなってきた頃に、俺はふと目が覚めた。窓の向こうを見ると、明るい空に追いやられるように、星が弱々しい輝きを放っている。
 なんだよ、まだ寝ていられたじゃないか――そんなことを思って目をこすっていると、一つの星がきらりと強く光った。胸がざわめいた。強く輝いた星は、次の瞬間にはすぅっと線を描いて落ちていった。
 ――なぜか、親友の顔が浮かんだ。
 冷や汗が流れる。着替えもせずに俺は家を飛び出して、孤児院に向かった。早朝の冷たい空気が頬を撫でる。視界が歪んだ。俺はなんで泣いているんだろう。泣くことなんて何もないだろう? クルサは無事だ。無事に決まっている。あの星だって、きっとどこかの知らない誰かのものだ。クルサじゃない、クルサじゃないに決まっている!
 孤児院は朝早くなのに、灯りがついていた。ベルも鳴らさずに玄関から走る。
「クルサ!」
 部屋に駆けこむと、院長先生とお医者様がいた。ゆらゆらと灯りが揺れている。
「……スコル」
 院長先生が俺を見て、目を伏せた。目尻には涙が浮かんでいて、それが小さな灯りに照らされてきらりと光った。
「い、院長先生……クルサは……?」
 顔が引きつった。院長先生は目を伏せたままで、俺と目を合わせてくれない。院長先生とお医者様の陰になって、クルサの様子が見えなかった。空気が重い。息をするのも苦しいくらいに、部屋の中は重々しい。
「……ついさっき、亡くなったよ」
 答えられずにいる院長先生に代わって、お医者様が静かに言った。
「あんなに、誕生日を楽しみにしていたのに……ようやく、誕生日になったって、いうのにね……」
 院長先生がハンカチで涙を拭いながら、かすれた声で漏らした。ああ、そうか、今日はクルサの誕生日だったんだ。
 お医者様がぺこりと頭を下げて、部屋から出ていった。院長先生がぐすぐすと泣いている。俺はゆっくりと、クルサの隣まで歩み寄った。クルサはベッドの上で、静かに眠っていた。
「……クルサ」
 随分と痩せたな、と思う。折れそうな手を握って、俺はベッドの横で膝をついた。
「誕生日おめでとう、クルサ。ごめんな、俺、すっかり忘れていてさ、プレゼント用意してなかったんだ。なぁ、何がいい? 夜になったらさ、母さんのごちそうと一緒に持ってくるから、そのときに持ってくるよ。な、クルサ……」
 声がかすれた。涙が次から次へとぼろぼろと零れる。静かな部屋に嗚咽が響く。俺がいつも顔を覗かせていた窓から、ようやく上ってきた太陽が見えた。




 クルサの葬儀も終わり、夜が明けた。一晩中、葬儀の炎を見ていた俺は一睡もしていない。ぱちぱちと爆ぜる炎は、残酷なくらい綺麗だった。
 朝早くに、星拾い人が院長先生のもとを訪ねてきた。手には布に包まれた何か――たぶん、クルサの星だろう。結局星拾い人は困り顔で去っていった。
 遺族のいないクルサ。院長先生が受け取るのも間違いではないんだろうけど、星拾い人は院長先生に星を託さなかった。星拾い人が持ち帰った、布に包まれたクルサの星を見つめながら、俺はなんとも言えない気持ちになった。
 自分の誕生日だというのに、昼間はずっと寝て過ごした。徹夜したせいでひどく眠かったし、祝ってもらいたい気分でもなかった。家族も友達も、俺の気持ちを考えてそっとしていてくれた。
『なぁ、クルサの星ってどうなるのかな』
 友達が呟いた言葉が、頭の中で響いている。
 クルサは、帰りたい場所があるんだろうか。星を受け取って欲しいと願う人がいるんだろうか。どこにも行く場所がないなら、俺のとこにくればいいのに。クルサがそれでもいいって言うなら、俺がクルサの星を受け取るのに。いつか還るその時まで、一緒にいられるように。
 そうしたら、山へ行く約束も、砂浜へ行く計画も、守れるじゃないか。
 随分とぐっすり寝ていたみたいで、俺が目を覚ました時には日が暮れていた。あくびしていると、コンコンとノックの音が聞こえて、兄ちゃんが顔を出す。
「スコル。おまえに客だぞ」
 早く行け、という言葉に、俺は眉を寄せた。誕生日だから誰かが来たのだろうか。正直めんどくさい。兄ちゃんの顔が「早く」と急かしているようだったので、俺は寝癖も直さずに階段を下りた。
 客は、知り合いなんかじゃなかった。
「こんばんは」
 俺より少し年上の、星拾い人の少女が淡く笑う。後ろにはもっと年上のお兄さんがいた。少女が藍色のマントについているフードを外すと、星の瞬きような銀髪が零れる。
「……あの」
 なんで俺のところに、と小さく呟いた。星拾い人がやってくる理由なんて、ひとつしか思いつかない。クルサの星、だろうか。
「遅くなってごめんなさい。星を届けにきました」
「星って……もしかして、クルサの星……ですか?」
 信じられなくて、俺は地面を見つめながら問いかけた。
「星は、基本的には遺族のもとへ届けます。本人もそう望むことが多いから。けれど、必ずしもそう決まっているわけではないんです。星は、本人が望む場所へ、届けます」
 少女の綺麗な声が、じんわりと胸に染みるみたいだった。小さな手が、布に包まれた星を俺に差し出す。淡い光の星は、クルサが笑った時みたいに優しい。
「クルサさんは、あなたと一緒にいたいって、そう言っているんです」
 おそるおそる星を受け取る。小さな星は、まるでクルサを看取った時に握った手を同じように頼りない。
 うあ、と声が漏れる。あれほど流したのに、涙がまだ溢れてくる。
「うぁああああ」
 クルサの星を握りしめて、俺はその場に蹲った。子どもみたいに声を張り上げて泣いた。俺だって男だし、簡単には泣かなくなった。まして見知らぬ人の前でなんて、よっぽどのことがなければ泣かない。けれど今はそんなことどうでもいい。泣きたいんだ。理由なんてない。泣きたい。クルサのことだけを考えて泣きたい。
「うああああああああああん」
 声が枯れて、涙だけが流れていると、俺の頭を優しい手のひらがそっと撫でた。
「あなたのような人がいて、クルサさんは幸せですね」
 伝言です、と少女は囁く。
「誕生日プレゼントだ、って」
 春風みたいなあたたかな声は、すぅっと遠ざかる。そして星拾い人の二人は、幻のように去っていった。

 去年の誕生日だったか、それとも一昨年だったか。クルサと星を見上げながら、俺が何気なく言ったことがある。
『星ってさ、大事な奴の星が自分のところに届いたんだとしたら、けっこう嬉しいことだよな。だって、相手が大事に想い合ってくれたってことになるじゃん』
 それは、近所の気難しいじいさんが、亡くなったばあさんの星を受け取った時の顔を見て思ったことだった。そのばあさんには別の村に住んでいる子どもが何人かいて、じいさんはどうやらそちらに届けられると思っていたらしいのだ。いつもしかめっ面のじいさんが、その時だけは目に涙を浮かべて微笑んでいた。だから俺も、なんだかいいなって思っただけだった。
『世界でいちばん大事に想われているって、なんかいいよな』
 クルサは何も言わずに、俺の話を聞いていた。
 俺は玄関に座り込んだまま、クルサの星を抱きしめていた。涙はさっきから溢れてくる。喜んでいいのか、悲しんでいいのか、もうよく分からなかった。クルサの星が、俺の手の中にある。クルサが俺を大事に想っていてくれた。それは、すごくすごく嬉しいのに。
「……でも、こんな誕生日プレゼント、俺は嬉しくないよ……」
 おまえが、生きていてくれた方が、どれほど嬉しかっただろう。
 たとえばこの星が届けられたのが、今から何十年もあとのことだったら。俺はきっと、今よりも素直に喜べたのかもしれない。
「いつもみたいに、おまえと一緒に、おめでとうって言い合いたかったよ……」

 なぁ、クルサ。
 まずはどこへ行こうか。北の山に行くには準備がいるもんな。だったら南の砂浜にしようか? あそこなら、準備なしでも行けるし、日帰りもできるだろ?
 どこに行きたい、クルサ。どこにでも連れてってやるよ。俺が大人になったら、島の外へ行こう。見たことのない世界を見てみよう。
 おまえが空に還る、そのときまでに。後悔しないように、精一杯一緒にいよう。


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