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星詠みの巫女と幸運の星 作者:青柳朔
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Episode8:幸運の星(後)

 もともとあまり体力がないせいだろう。走り続けていると、胸が苦しくなってきた。息がうまくできない。苦しい。涙がじんわりと溢れてきて、視界が歪んだ。足元の石に躓いて、派手に転ぶ。口に砂が入った。身体のあちこちが痛い。僕はなんて非力なんだろう。悔しくてさらに涙が流れる。
 早く走らないと――心は急かすけれど僕はすぐに立ち上がれなかった。地面に這いつくばって、唇を噛む。
「おい、大丈夫か?」
 一人だけだと油断していたところに、声をかけられた。ハッとして涙も止まる。見上げると、少年が立っていた。ああ確か、帰らずの星になりかけた孤児の星を彼に届けたことがあった。彼も僕を見て目を丸くする。
「怪我してるじゃんか」
 泥のついた服や擦り傷に目がいったのか、彼は僕が泣いていることに気づかなかったらしい。もしかしたら、気づかないふりをしてくれたのかもしれないけれど。手の甲で乱暴に涙を拭って、大丈夫、と答える。
「少し急いでいたんだ。星を、探していて」
「星? 昨日の夜に落ちた星のこと? それだったら、もっと東の方じゃないの? 森の中央より少し東に行ったあたり」
 彼の首から袋がぶら下がっている。きっと、その中にはあの星が入っているに違いない。
「森の中央より、少し東ですね」
 立ち上がりながら確認すると、サディルさんはしっかりと頷いた。
「ありがとう」
 ぺこっと頭を下げて、僕は森へ戻った。「幸運を」というやさしい声が急ぐ僕の背中に投げられる。出会った人々のやさしさと強さを噛み締めながら、僕は走った。まだ日は沈んでいない。星を探すのなら、夜の方がいい。落ちたばかりのシャートの星は、まだ輝いているだろう。
「わっ」
 木々の合間を走っていると、反対側から現れた人とぶつかりそうになる。
「あなた……怪我してるじゃない。手当てしないと」
「え、いや……」
 平気です、と断ろうとしたが、そんな僕のことはおかまいなしにサディルさんは籠の中に入っていた草を軽く揉むと、擦り傷の上に塗った。少し染みて顔を顰める。サディルさんはそんな僕を見て、苦笑した。
「殺菌効果があるの、染みるけど我慢してね」
 そしてまた別の葉っぱを上から張り付けた。同じように、傷に効くんだろう。
「あなた、カストルの星を探していた星拾い人よね」
「……はい」
 肯定すると、サディルさんはやっぱり、と笑う。
「最近はね、こういう草を集めているの。私も、何かで生計を立てないといけないし。義父や義母は頼っていいと言ってくれているけど、島に残ると決めたのは私だし」
 ぽつりぽつりと語るサディルさんを見ながら、どうして僕にそんな話をするんだろうと思った。一度顔を合わせただけなのに。
「……残るんですか」
「ええ。だって私は、ここで生きていくって決めたんだもの。カストルがいなくなっても、同じことよ。彼が愛した島で、私は生きるわ」
 そんなに愛した人を失って、辛くないんですか。馬鹿な問いが浮かんで、僕はそれを飲み込んだ。辛くないはずがないのだ。あの時、星を探している彼女を見たのだから分かっている。辛かったことを、乗り越えただけだ。
「あなたは森で何しているの? あ、また星を探してるのかしら」
「……はい」
 昨日落ちた星を、と小さく答える。
「大きな星だったわよね。たぶん森に落ちたんだとは思うけど」
「森、に」
「ええ。義母と一緒に見たの。森の方ねって話をしたから覚えているわ」
 どくんと心臓が鳴る。どんどんシャートの星へ近づいているのは間違いなかった。
「ありがとうございます」
 情報と手当てに感謝すると、サディルさんは柔らかく微笑んだ。
 手当てされた手足は、先ほどよりも痛まない。森の中を走りながら、僕は塔の前を通り過ぎた。もう一度だけ、東の方から探し始めようと考えたのだ。
 アセラと一緒に探した、あの原っぱのあたりから。あそこは島の中央よりも少し東に寄った場所で、今までの目撃情報から計算できる星の位置とかぶる。夜になる前にそこから確認して――夜になってから森に入ろう。
 島のあちこちを走り回ったせいで、僕のなけなしの体力は底を尽きかけていた。けれど身体は狂ったようにシャートの星を探している。僕の頭は、おかしくなっているかもしれないと思った。
 広い原っぱに着くと、あまりにも広くてどうしようかと困り果てる。アセラと一緒に探した時でさえ、半日以上の時間を費やしたのだ。ここに落ちているという確証もない。
 どうしようか――そう考えた時だった。
「お兄ちゃん?」
 幼い声に振り返ると、そこにはアセラがいた。一人で遊んでいたんだろうか。
「どうしたの? なんだか、お兄ちゃんこまってるみたい」
 真っ直ぐに僕を見つめてくるアセラの瞳が、シャートの瞳と重なって見えた。こんなに小さな子なのに、どうして僕のことが分かってしまうんだろう。そんなに顔に出ているんだろうか。
「うん、こまってる……かな」
 苦笑しながら答えると、アセラがこちらに歩み寄ってくる。目の前までくると、僕の服の袖をくいっとひっぱった。
「じゃあね、アセラがてつだってあげる! シルマのほしをいっしょにさがしてもらったから!」
 眩しいくらいの笑顔で僕を見上げて、アセラは言った。ああ、いい子だな。本当に、いい子だ。僕は今までの疲れが吹き飛ぶような気分になれた。アセラの頭を撫でながら、僕はしゃがんで目線を合わせる。大きくて丸い目が、じぃっと僕を見た。
「それじゃあ、一つだけ聞きたいことがあるんだ。昨日の夜に落ちた、おっきな星をアセラは見た?」
 アセラが住んでいるのはこの原っぱのすぐ向こうにある村だ。もしかしたら、と淡い期待を抱きながら問うと、アセラは笑顔で頷いた。
「うん、お母さんとね、おっきいねって話したの。お母さんが森におちたねって言っていたよ」
「森に? 本当に? ここの原っぱじゃない?」
「ここじゃないよ。だって、アセラとお母さんはここにいたんだもん。ここでシルマをみつけたんだよっておはなししていたの」
 ありがとう、と言いながら僕は森を見た。範囲はたいぶ絞れた。森の中央の、塔の近く。それだけ分かれば、僕一人でも探せる。幸い、そろそろ日も暮れてくる頃だ。場所さえ絞れたなら、暗い夜の森は星を探すのに適している。
「お兄ちゃん、げんきないね」
 アセラは心配そうに、僕を見る。そんなことない、大丈夫だよと笑おうとしたけれど、上手くいかなかった。変な顔になるだけで、言葉も返せない。
「お姉ちゃんがいないから?」
 ずどん、と言葉が刺さる。
「きのうも、お姉ちゃんがいないときさみしそうだったもん」
 よく見ているんだなぁ、と僕は思った。自覚がなかったことなのに、アセラには分かっていたのだ。僕は、シャートがいないと、さみしい。
 アセラはふんわりと笑い、ごそごそとポケットの中から何かを取り出した。小さな手のひらの上には、飴玉が転がっている。
「はい、あげる」
 それは、昨日見つけたシルマの星のようだった。微笑みながら受け取ると、満足したようにアセラは笑う。
「あまいものはね、たべると元気になるんだよ!」
「うん、ありがとう。……アセラのおかげで、もう少しがんばれそうだよ」
 もう一度頭を撫でて、日が暮れるから家に帰りなさい、と諭すと、アセラは僕を見て「だいじょうぶ?」と問うてくる。うん、だいじょうぶだよ、とまた微笑むと、納得したように村へと帰っていった。
 飴玉を口の中に放り込んだ。甘い味が口いっぱいに広がる。よくこうやって、シャートとおやつを食べたなぁ。思い出して笑っているのに、なぜかぽたりと、涙が地面に落ちた。こんな些細なことでも、君を思い出すのに。いつだって僕は君と一緒にいたのに。シャート、シャート。
 おいていかないで、と僕は子どものように心の中で叫んでいた。



 日が暮れていく森の中で、僕はただ目をこらして小さな光を探していた。走ることはもうやめて、ゆっくりと歩いていた。急いで星の光を見失っては意味がない。
 いつもなら、今頃はシャートと一緒にごはんを食べているくらいの時間だな、と思う。僕にとっては夕ごはん、シャートにとっては朝ごはんだ。食べ終わったあとは、二人で空を見上げながら星を見て、とりとめない話をする。今日は雲が多いねとか、あったかいねとか、そんなどうでもいいことを。会話なんてどんなものでもかまわなかった。手を繋いで、隣に座っているだけでよかったんだ。それだけで、僕のシャートも満足していた。
 ずらりと並ぶ木々の合間から、光っているようなものは見えなかった。夜の森は、ひたすらに暗い。木々が月明かりも星の瞬きも遮ってしまう。灯りも持たずに来たのは無謀だっただろうか。けれど取りに戻る時間すら惜しかったし、何より暗ければ暗いほど、シャートの星の光を見つけられるような気がしたんだ。
 しかし、僕の周囲にあるのは闇ばかり。
 シャート、と小さく呟いた。どこにいるの。呼んでも返事なんて聞こえるわけがないのに、僕は何度も繰り返した。消えそうな声で、シャートを呼ぶ。
 僕は本当に、シャートのことばかりだ。いや、シャートのことしか僕の身体には詰まっていないのかもしれない。だから今、僕は空っぽだった。何もない。中身のない人間だったんだ。ラサラスの言った言葉の意味が、じわりと染み込んでくる。
『おまえとシャートを引き合わせたのは、間違いだったのかもしれないなぁ』
 僕がこんな人間だから、ラサラスはそう感じたんだろう。シャートさえいれば、僕は人間らしく振る舞えた。けれど今、僕は僕の世界の中心であるシャートを失った。操り人形の糸が、ぷつんと切れたみたいに。
 間違いなんかじゃないよ、と今の僕には断言できない。
 ぐるぐると思考が渦巻いて、眩暈がした。僕は立ち止まって、地面を見つめる。落ちつくように深呼吸をして、目を閉じた。風の音と、葉がこすれる音の中で、ふと、別の何かが聞こえた。
 耳を澄ますと、夜の冷たい風にのって、小さな音が聞こえる。子守歌のような、鎮魂歌のようなやさしい歌声だ。

「…………シャート?」

 その歌は、星詠みの巫女しか知らないもの。シャートもときどき夜空を見上げながら歌っていた。いつもよりも小さくてか細い旋律は、塔とは違う方角から聞こえてきた。当たり前だ。塔にシャートはいない。
 それはオルゴールの音のように小さく、風の音にかき消されてしまいそうなほどだった。幻聴かもしれない。もうこの世にはないはずの音が聞こえるんだから。けれど自分が狂ってしまったのだとしても、よかった。懐かしく感じるその音を辿るように、ふらりふらりと歩を進める。
 そこは、足首より少し高いくらいの草が茂る場所だ。新月の夜に光る草。今はただの草にしか見えない。その草に埋もれながら、ぼんやりと光るものがあった。
「――――っ!」
 呼吸が止まる。駆けだそうとした足はもたついて、派手に転んだ。でも痛くない。痛みを感じている余裕なんてなかった。うれしさで、枯れてしまった涙がまた溢れてくる。起きあがる時間すら惜しくて、地面を這うように手を伸ばした。
 歌声が。あのやさしくあたたかい歌声が、そこから聞こえる気がした。その光に近づけば近づくほど、歌は大きくなる。名前を呼ぼうとするのに、うまくしゃべれなくてかすれた音しか出ない。必死に伸ばした指先が、光に触れた。
 アルコル。
 ふわりと微笑む少女が、見えた。やわらかな声が僕の名前を呼ぶ。震える手で、光を手繰り寄せた。それは、僕の手のひらの中にちょうどおさまるくらいの大きさだった。じんわりと伝わるぬくもりに、ただ涙がぼろぼろと零れた。
「シャート」
 ようやく音になった自分の声は、枯れていて、震えていて、とても綺麗な音じゃなかった。
 見つけた。見つけることができた。ぼんやりと光る星をおそるおそる撫でながら、もう一度シャート、と名前を呼ぶ。なぁに? シャートが答えるみたいに、光は瞬いた。認めたくなかった現実がじわりじわりと背後から忍び寄ってくる。シャートはもういない。シャートの星は、落ちた。その星が、僕の手のひらの中にある。

 ――シャートは、死んだ。

「ああああああああああああああああぁぁ!」
 シャートの星を胸に押しつけて、地に向かって獣のように叫んだ。言葉になんてならない。夜の森に、咆哮は響く。息が続く限りに叫んで、僕はそのまま地に伏した。シャートがいなくなってしまった。僕はどうやって生きていけばいい? シャートのことだけを考えて、シャートのために行動してきたのに。母さんを失った僕にとって、シャートはずっと道しるべだった。シャートのために。それだけを考えていればよかった。いっそこのまま、シャートの星と共に海へ身を投げようか? シャートがいないなら、生きている意味なんてない。シャートがいない僕の人生なんて、考えられない。
「シャー、ト……シャート……!」
 涙が滝のように流れた。喉がかすれて声が出ない。身体の水分のどれだけが涙になって流れていくんだろう。どれだけ流れれば、僕は死ねるんだろう。
 子守歌はやさしく、僕の胸から響いてくる。ここにいるよ、ここにいるよ、と僕に伝えているようだ。

 ――それから、どのくらいの時間が経ったんだろうか。
 うつ伏せになっている僕の視界の端に、やわらかい光が見えた。星の光に似ている。なんだろうと顔をあげて、周囲に満ちる眩しさに目を細めた。
 星屑草が輝いていた。ふわりふわりと、淡い光をもった種子が、夜の風に乗って空へと高く舞い上がっていった。
「……え?」
 星屑草が光るのは新月の夜だけだ。そして今夜は新月じゃない。そもそもこんな光景は見たことがなかった。星屑草はただ光るだけだ。こんな風に、光る種子を飛ばすなんて知らなかった。
 その光景は、まるで星が空へ還るときのようで。

 ――ねぇアルコル、綺麗でしょう?

 そんな風に笑うシャートの声が聞こえる。
 うん、綺麗だね。綺麗だよ、シャート。びっくりするくらい、綺麗だよ。君は僕にこれを見せたかったのかな。だからここに落ちたの? 君はいつもそうだね。僕にいろんなものを見せてくれる。
 シャートとの出会いは、間違いなんかじゃなかった。僕は、たくさんのものを、シャートからもらったんだ。今までも、そしてたぶんこれからも。僕は、シャートと出会ってしあわせだった。
 隣に誰かがいるぬくもりも、笑ってくれたときの喜びも、全部シャートがいてくれたからこそ知ることのできたものだ。
 シャートは僕に、たくさんの幸運をくれた。
 手のひらの星を見下ろす。やさしい光。僕の頬を、静かに涙が伝った。悲しさも嬉しさも、いろんな感情の交じった涙だった。シャート、と名前を囁く。星は応えるように瞬いて、声にならない声が僕の名前を呼ぶ。
 星の表面を撫でて、僕はそっと口づけた。


「あいしてるよ」


 僕のいとしい、幸運の星(シャート)


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