「なんちゃってエンゲージ?」
ヒロトの指先にスティックシュガーの袋。丸めて輪にしてあたしの左手に握らせようとしてる。
「ばかじゃん」
ヒロトがバカなのはよく知ってる。あたしの全人生かけても言ってやるよ、ヒロトはバカ。
あたしが投げたスティックシュガーの袋は、ウエイトレスに踏まれてくちゃくちゃ。
「ばかじゃのう」
右の肩の上に、親指オヤジ・・・!
「なによぉぉぉっ!! ちょっと、そこどきなさいよぉぉぉっ!!」
といって退く親指オヤジではなかった。あたしはたちどころに言葉を失った。
「わしゃー、カミサマだ。お前さん、なんぞいいことがあるに違いないぞ」
ヒロトはバカ面さげて、あたしの叫び声も無視。普通はなんかリアクションあるだろ? だからおまえはバカだっていうの。目の前の状況見ろよ。人の話は聞けよ。
「どーしたんよ、オマエ。変顔?」
「バカ! 見ろよこれっ」
しれっとした表情で「でさー、オレやっぱスキニーって好きくないわけ。ぜってー脱がしにくいじゃん?」って、真性バカ。
「こういうバカ男は、このところよく見るわい。早く縁切りしたほうがよかろうて。のう」
親指オヤジがまた喋る。なのに、ヒロトにはみえてもきこえてもいないようだった。
いきなり、あたしの肩で、ちっちゃいやつは飛び跳ねた。
「お前さん、今すぐ席を立って店を出るがよいぞ。いいか、わしの言葉は聞いておくものだ。なにせ、カミサマじゃからな」
「でさー、オマエに話あるんだった、オレ」
「はあ? 何よ、状況全然見えてねえくせに、このバカ男」
「状況? なにいってんのさ。ホラ」
って・・・?
「・・・はあ?」
あたしは険しい顔をして、ヒロトを見た。
ヒロトがあたしの左手に握らせてる、ドクロのごてごてしたリング。超趣味の悪いそれとおんなじのが、このバカの左手薬指にもくっついている。
「似合うじゃーん。お前もパンクに道連れー、みたいな」
「なによ、これ」
こんなもんいらん。
「プロポーズにきまってんじゃん。あれぇ、お前、照れてんの? あー、かーいいぃぃー」
指さしてわらってるバカ。
「っ、ちょっと待てよっ。オマエ、本気で言ってる? バイトもやめたばっかりのくせに?」
「パンクがありゃーなんとかなるさぁ。それにほら、お前はショップの店員やって働いてるんだからさ、ダイジョーブだろ?」
「大丈夫って、まさかあんた、あたしのヒモになる気?」
へらっと、ヒロトは答えた。
「オレよりお前のほうがたよりがいあるじゃん。それに、オレはギター一本あれば細かいこといわねぇからきっと楽だぜ?」
「はあ? ふざけんなよオマエ」
「ま、いいからいいから。んでさー、どっちかってとオレ、あの股ぎりぎりのミニスカワンピ好きだぜー。パンクには遠いんだけどさー。ま、アレなら許せる」
お前に許してほしくなんかない。
あたしはヒロトが無理やり薬指に突っ込んだドクロに視線をやった。
「ぜってー、イイ感じだって」
本当か?
本当なのか?
「ったく、オマエなんか信用できねぇーよ」
あたしに、席を立てと告げた親指オヤジはいなくなっていた。
「もう、何っ、わけわかんない」
ヒロトは「そんな考えんなって」と腰の鎖をじゃらつかせながら、テーブルのへりに裏返してあった注文伝票を、あたしに差し出した。
「今度バイト見つけたらさ、お前の店に飾ってあったあの二万八千円の白のミニスカワンピ、買ってやるよ」
本当か?
本当なのか?
「ぜってーイイ感じだって、マジで」
「ったく・・・」
ヒロトは腰を浮かすと「じゃ、お前の部屋いこっか」と、満面の笑みをあたしにむけた。
あたしは伝票をつかむと、小さく息をついた。
「ったく、意味わかんない」
振り向いたヒロトが目を大きく見開いた。
「わかんねーのがジンセイってもんじゃん。な? どーせわかんねーんだから、楽しくやったもん勝ち」
前をヒロトが歩くたび、革ジャンと革パンツ全体についてる金属がじゃらじゃら音をたてている。
ドクロの指輪はごてっとしてるくせに指に軽くて、すぐに感覚がなじんでしまった。
バカなくせに、ヒロトはいつもあたしの前を歩いている。なんにもわかってないくせに、全部わかってるみたいな顔してる。人の話なんか聞かないくせに、いつもあたしにむかって喋ってる。
消えちゃった親指オヤジ。
あのへんてこなのが最後に言いたかったこと、あたしにはわかる。
でもさ、しょうがないよ。
あたしずっと、
ずっと、待ってたんだ。
左手の指輪に右手で触れてから、あたしはその手でヒロトの左手を握り締めた。同じ指輪の感覚を確かめるみたいにさ。
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