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短編です。
思い出せなかった話
作:紀本 真利亜


 
 この日の夜、ある男は不思議な体験を少しだけする。



 「寝る前に一服をしよう。」


 これがある男の日課となっていた。眠りに就く前にタバコを吹かし、『今日も一日ご苦労さん』と己の心の中で褒める。この男にとっては、その日の最後の至福の時なのだ。

 男はいつも通りに、布団に横になりながら右手でタバコを探した。布団の横には雑誌やら漫画の本が横積になっていて、その上にタバコを毎日置いていたのだ。言わば、横積の本が簡易的なテーブルと化し、その上がタバコの定位置となっていた。

「ヒッヒッヒィ。」
お気に入りのテレビを見て軽く笑いながらも、右手はまだタバコを探している。

「あれっ?ねぇな。」
と、思いながらもテレビからは視線を離さず右手でタバコを探し続けた。今度は腕を目一杯伸ばして掌で本を叩く様にしてタバコを探したのだ。
「なんだよぉ、もうぉ」
情けない声を出しながらテレビから視線をやっと外し、本気でタバコの捜索に乗り出したのである。
 まず最初に目に入ってきたのは、表紙の角が折れたお気に入りの漫画の本だった。この男は基本的にだらしない性格で、布団に横になりながら本を読む。読んだら本棚に仕舞わずに布団の横に置くのだ。なので、布団の横に有る本達はこの男の愛読書、或いは購入間もない新刊が置かれていたのだ。この男にとってはスタメンクラスの貴重な本達。その貴重な本の表紙の角が折れていたのだ。

「なんだよぉ、もうぉ、勘弁してよぉ。」
自分の掌で折ったのにも関わらず、折った感触が無かったので余計に悔しがった。

 こんな時も無性にタバコが吸いたくなるものだ。

 男はタバコ捜索に本気の本気で乗り出した。横積にされた本の下、隙間、くまなく探した。
だが見つける事が出来なかった。

「なんでぇ?何処行った?」
小さな独り言を言いながらトランクス一丁姿で、ここ数時間の記憶を辿る事にした。

「確か、仕事から帰って・・・布団の上で着替えて・・・」
 この男の家は、六畳のワンルームの風呂とトイレ付だった。部屋が狭い上に、服やらゴミやらが散乱しているのだった。実質、この部屋で自由に動ける事が出来る場所は布団の敷いてあるスペースしか無かったのである。

「そして、一服をしたような気がする・・・。」
胡坐を掻き、顎に腕をかけ渋い顔付きで天井を見上げ、約3秒間だけ固まった。
「イヤ、わからんぞ・・・、一服したような、してないような・・・。」

 本来なら灰皿を見れば気づくのかも知れない。さらにシケモクに有りつけるだろうと思うのかも知れないが、この部屋には灰皿がないのだ。灰皿の役割をするのが空き缶となっていた。全く以てリサイクルとかは考えれない男なのだ。

「うぅ・・・。」
 目を顰め眉間に皺を寄せ、一人唸る。
 ここで男は、選択肢を一つ増やした。
「コンビニに買いに行くか・・・?」
 しかし、面倒くさい。まず、着替えるのが面倒くさい。帽子なんて持っていないから髪の毛のセットも面倒くさい。コンビニまで微妙に遠いので車を走らすのも面倒くさい。かといって、歩いていくなんてもっての他だ。しかし、体がニコチンを求める欲情には、流石の面倒くさがり屋の男もその要求を飲まざるを得なかった。

「仕方ねぇな。行くしかねぇ。」
 違う箇所の横積みの本の下からジャージを取り出し着替え、頭にはタオルを巻いた。車の鍵を持ち出しサンダルを履いて忙しく玄関を出たのだ。

 無事にコンビニについた男は、タバコを二つと百円ライターを一つを買い、車に戻った。そして、男は車の中でとても下らないルールを作った。
 それは家に着くまでタバコを吸わない。と言う、単純なルールだった。タバコを限界まで我慢をする。そして、その後にタバコを吸うと頭がクラクラするのだ。ちょっと飛んだ気分を味わえるのを男は知っていた。殆ど、麻薬と一緒なのだ。

 決して、長くは無い車内時間を過ごし家に着いた。いつもの部屋着であるトランクス一枚姿になり、いつもの場所である布団の上に胡坐をかいた。

「よっしぃ・・・・。」
一息まじりに声を出し、買ってきたタバコを取り出す。不意に布団の横にある、スタメンクラスの横積みの本のテーブルが目に入ってきた。

「あぁあっ?!!」
驚くべく光景がそこに有ったのだ。

 タバコがいた。

 口の開いた少しクシャクシャのタバコの箱が置いてあるのだ。中には二本タバコが入ってるのがわかった。

「あれ? さっきは無かったのに・・・。」
先程、あんなに探したのに関わらず、ひょっこり物が出てきたのである。
「ちゃんと見たよなぁ?」
横積みの本の上に置いてあるのだから、間違いなく前からそこに有ったのだろう。

「可笑しいな。」
苦笑いをしながら、新しいタバコの箱を開けた。そして、何気に昨日の夜食べた物を思い出してみた。

「あれ? わかんねぇや。何食べたっけなぁ。」
男は、自分の記憶がどうしようも無く頼りないんだなぁ。なんて思いながらタバコに火を点けた。そして、タバコの煙を入れれるだけ肺に溜め込んだ。

「くぅー、来るネェ・・・。」
逝ってしまった男の顔は至福に満たされている。

 クラクラと飛んで逝ってしまった男には、さっきまでのタバコが有ったとか消えたとか、昨日の夜のご飯とか、そんな事はもうどうでも良かったのだった。





最後まで読んでくれて有難う。私もこれに近い体験をした事があります。探し物が一回探した場所から出てきた事ってありませんか?













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