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これが夢なら醒めないで!? 作者:英霧生
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74 〈幻夢(VR)〉で永遠なるくちづけを

 その後、訪れた『世界』は闘いの連続だった。どうやら最初のころの試練に特殊なものが続いたようで、試練の内容としては、戦闘の方がメインだったようだ。
 次々と門を潜り、試練を乗り越えていく。

 蜘蛛の下半身と美女の上半身を持つ〈蜘蛛女神(ナクア)〉との闘い。
 無限に広がる大海での〈大怪魚(レヴィアタン)〉との死闘。
 天空に浮かぶ島々を飛び交い闘った〈銀竜(シルバードラゴン)(・ロード)〉。
 不毛の荒野で繰り広げたいつ果てるとも分からぬ闘争の日々。
 戦神に仕える且つての〈稀人〉との一騎打ち…。

 特に苦労したのが、幾多の種族が入り混じり、思惑や恩讐、大義や野望が複雑に絡み合った戦場での闘いだ。
 一人一人の強さは大したことがないが、武装した集団同士の闘いに、俺達は強制的に参加させられた。急な展開に、敵も味方も分からない。
 その中でどの勢力に味方し、敵とするのか。誰を護り、誰を討つのか。混沌とした情勢の中、エメロードやマグダレナ、スマラや仔狼達まで巻き込んだ総力戦の果て、元凶となる夢魔を倒すことで、漸く試練を達成できた。
 あれだけの闘いはそうそう経験できるものではない。その甲斐もあって、スマラたちは大きく成長できたし、俺も大規模な戦闘を経験し、集団での戦闘方法や計略や奇策、陣形や戦術といったことを実地で学ぶことができた。戦争は最後の手段だが、時には必要であることを学ぶ良い機会だった。


「さて、次の試練はどんな戦いだ?」
 過去の〈稀人〉との一騎打ちを終え、一騎打ちを取り仕切った、戦神ヌトスの眷神、アンクトから賜った祝福と、称讃の言葉に続いて呼び出された『門』を潜った俺達は、次の試練に向けて気合を入れる。
 いい加減、闘い以外の試練が良いなぁ。どんな試練でも良い経験になるし、問題はないんだが、こう戦闘ばかり続いていると、もう少し変化が欲しくなる。
『ここのところ、闘いばっかりだったものね。いくら戦神を信仰しているからって、ちょっと頑張り過ぎよ』
「試練の内容は選べないからな。運命の神とやらの采配、そろそろ恨めしく思いそうだ」
『私は闘いの試練好きよ。自分が強くなっている実感が湧くもの』
『わたしも! この間の戦争、面白かった~』
 エメロードとマグダレナは元気よく闘いの試練を肯定した。この戦闘狂(ウォーモンガー)どもめ…。まぁエメロードは種族的にも分かるし、マグダレナも玄子の二角獣という、戦闘系種族なので仕方がないかもしれないが。
 いきなり戦闘に巻き込まれることも想定していたが、今回は急展開とはならず、俺の目の前に広がるのは、穏やかな静寂に包まれた美しい森だった。
 木々の間から差し込む木漏れ日が、光の雨の様に輝き、下生えに咲く色とりどりの花を照らしている。
 どこからか聞こえる鳥の囀りに、別の鳥の囀りが重なり、即興のハーモニーを奏でていた。
『ふうん、今回は闘いっぽくないわね』
 周囲の雰囲気からか、スマラが呟いた。俺は警戒しつつも、ゆっくりと歩を進める。
 踝までを覆う、柔らかな草を食むような俺の足音の他は、鳥の囀りと草葉を揺らす風の音しかない、静かな森。
 目印らしきものなどない森の中を、俺は気の向くままに進んで行く。これまでの試練で、進んでいれば必ず試練に出会えることが何となく理解できているので、俺は森の景色を楽しみつつ、焦ることなく歩いて行った。
 俺の期待を裏切ることなく、暫く進んでいると景色に変化が現れた。木々の数が減り、代わりに高さ2メートルほどの、白い石でできた石柱が建てられている。その根元には花や果実が供えられているものもあり、どうやら石柱は墓標らしいことが分かる。
 俺は墓を荒らさないように気を付けながら、奥へと進んで行く。石柱の先に待っていたのは、小さな石造りの建物だった。
 外見から、その建物がかなりの年月を経ていることが分かる。白く美しい壁面には、緑なす蔦が埋め尽くすように這い、覆い被さるように成長した巨木が、縦横に根を張り巡らし、森と一体化しかかっている。
 ふと〈妖精郷〉の庵を思い出し、皆は元気にしているだろうか、と思いを馳せる。まぁ、彼らのことだ、ちゃんとやっているだろう。
 気を取り直し、根に埋もれ掛かっている入口へと近づく。建物には窓がなく、中は真っ暗だったが、《暗視》を持つ俺には、問題なく中の様子が確認できる。
 内壁には様々な彫刻がびっしりと施され、まるでピラミッドの内壁の様だ。床は四方から中央にかけて階段状に掘り下げられており、底辺には台座のようなものが置かれているだけで、他に目立つものは見当たらなかった。
 俺は慎重に室内へと進む。中に生き物の気配はなかったが、入った途端に敵が召喚されることもある。用心に越したことはない。
 襲撃されることもなく、中に入った俺はまず、床を慎重に探っていく。踏板の(プレッシャー)や仕掛け(・プレート)、落とし穴といった罠の存在を確認する。その後、壁面に施された彫刻を調べた。造形に隠されるように、矢や槍、針などが飛び出す仕掛けがないかを確認していった。
『なにもない?』
 エメロードの問いに、俺は頷きを以て答える。どうやらその手の仕掛けは施されていないようだ。
 となると、残るは中央の台座か。俺は階段を降り、台座へと近づいていく。台座にも壁面と同様、側面には精緻な彫刻が施されている。一方で上面はまるで磨かれた鏡のように滑らかで、どのように加工したのかは不明だが、埋め込まれているかのように文字が透けて見えている。
 文字は古代語で、所謂五十音表のように規則的に並べられていた。これは一体…?
 俺は台座を調べるため、側面を確認したが、特に気になる仕掛けなどは見つからなかった。後はあからさまに怪しい上面の文字盤だが…、

 まぁ、触ってみないと分からんな。

 俺は肩を竦めると、手近な文字に指で触れてみた。すると、澄んだ鈴の音色のような音が響き、触れた文字が淡く発光した。別の文字に触れると、同じように音を発しながら発光する。
 だが、それ以上の変化はなかった。ふむ、これは楽器なのか? だがそれなら音符とかの方が分かり易い。となれば、
「そうか」
 俺は頷くと両手を文字盤の上に配置し、指を使って次々に文字へと触れていく。まずは室内を明るくしてみるか。俺の考えが間違っていなければ、上手くいくはず。
 俺は古代語で『明り』と打ち込んでみた。室内には特に変化がない。続いて『光』と打ち込んでみる。やはり反応がない。次に『火』と打ち込む。すると、文字に触れた音とは異なる音が響き、室内が青い魔力の光に包まれた。
 間違いない、これは鍵盤(キーボード)だ! このキーボードに正しい『言葉』を入力すると、それに対応して室内の機構が作動するのだろう。俺は思いつく限りの言葉を打ち込んでいく。
 ここからどこかに移動する手段か、通路や扉などがあれば良い。俺は『扉』『通路』『門』『転移』『移動』といった言葉を打ち込んでみたが、反応はない。
『ねぇ、階段は?』
 スマラの言葉に従い打ち込んでみるが、反応なし。
『さっき明りをつけた時は「火」だったわよね。消す時は?』
 俺は少し考えて『水』と打ち込んでみる。すると明りは消え、室内は入って来た時同様、暗闇に包まれた。
 俺はもう一度『火』と入力して明りを灯すと、少し考える。もしかすると直接的な言葉じゃないのかもしれない。そうなると、候補が多すぎて絞り込むのは難しい。何か指標があれば良いんだけど。
『皆、何か思いつかないか?』
 俺はこの台座の機能についての考えを伝え、スマラ達にも考えてもらうことにした。
『そうねぇ、単純に考えれば、自然現象かしら? 地とか風とか』
『あとは太陽とか月とか? 星とかもあるけど。後は獣や鳥、魚とかの動物とか、木とか草とか花とかの植物?』
 スマラとマグダレナが次々に案を出してくる。まぁ、ものは試しだ。とりあえず手当たり次第に打ち込もうとすると、
『なんか神様みたいだね』
 とエメロードが言った。うん?
『エメ、今なんて言った?』
『え? 神様みたいだよね。地水火風や太陽、月なんて』
 エメロードの言葉に、俺の脳裏に稲妻が走る。ここは神々が創ったダンジョンだ。それ自体がヒントということか!
『エメ、ナイスアイデア! 試してみよう』
『え? え?』
 エメロードは何のことか分からないといった様子だが、俺は気にせずに神の聖質に関する言葉を打ち込んでいく。
 『地』を打ち込んだ途端、入り口が閉ざされた。続いて『風』と打ち込むと入り口が開く。どうやら扉の開閉だったらしい。続いて『太陽』と打ち込んだが変化はなく、『月』と打ち込んだ時、急に床が震動したかとおもうと、ゆっくりと下降し始めた。
『凄い、床ごと下がってるわ!』
 スマラが驚きの声を上げ、俺は下降している間、周囲を観察する。暫くの間は四方を石壁が囲んでいたが、速度が緩やかになったかとおもうと、床の下降が停止した。そして現れた光景に目を奪われた。
 そこは巨大な空洞だった。《暗視》を以てしても見通すことができない闇が広がっていた。唯一床の下にある一本の円柱だけが、真下へと伸びていて、その先を深淵の中へと飲み込まれている。
 どうやら、今俺達は円柱の先端にいるようだ。足場である床と円柱以外、何も見えない空間の中、さて、どうしたものかと考えていると、再び床が動き始める。今度は垂直に加工するのではなく、円柱の側面に沿って、螺旋階段を降りるように移動し始めた。
 これは、このまま最後まで乗っていろってことだな。俺は覚悟を決めると、小さな変化も見逃さないよう、集中して周囲を警戒する。
『なんだか、ぐるぐる回っていると、目が回りそうね』
 スマラの言葉に頷くが、周囲は闇に包まれていて、あまり回っている感じがしない。景色があれば、もう少し印象も変わるのだろうが。
 どれくらい時間が経ったのか、考えるのが面倒になるくらい過ぎたところで、漸く下降が納まった。速度が緩やかになり、完全に停止すると、辺りは静寂に包まれる。頭上を見上げるが、入り口であった部屋の青い光は見ることもできなかった。随分と深いところまで降りてきたらしい。
俺は台座に『火』と入力する。すると、周囲を魔法の光が照らし出した。そして、俺達のいる場所から遠くに向かいながら、点々と明りが灯っていく。
 明りは、降りてきた円柱とは比べ物にならない位、太い柱に灯されている。それは天に向かって屹立し、明りの範囲を超えて闇に飲まれている。そんな柱に灯される明りが、俺達を導くかのように、次々と灯されていった。
 俺は意を決し、明りの導きに従ってゆっくりと歩いて行く。足元の床から伝わる、石のような金属のような不思議な感触を感じながら、音を立てずに進んで行った。
 柱に灯る明りの範囲は決して大きくない。辛うじて見える床に、罠がないとは限らない。足裏から感じる感触に意識を集中しつつ進んで行くと、灯っていた明りの終わりが見えてきた。どうやら終点らしい。
 俺の目の前には、巨大な両開きの扉が聳え立っている。表面には様々な動物や植物、神の姿が浮き彫りで刻み込まれ、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
 さて、どうやって開けば良いんだろう? 押せば良いのかな? 俺は扉に手を当てると、力を込めて押してみる。
 手に伝わる圧倒的な重量に、俺は更に力を込めていく。成長して高められた〈体力〉に裏打ちされた膂力は、ゆっくりと扉を押し込み、開いていく。
 開き始めた扉の隙間から、落ち着いた感じの柔らかな光が差し込んでくる。それは扉が開いていくのに合わせて徐々に強くなり、暗闇に慣れた俺は、目を細めて対処する。
 漸く俺一人が通れるほどの隙間が開き、俺は扉の中に身を滑りこませた。
 そこは瀟洒な部屋だった。魔力の淡く青い光に包まれた室内には、天蓋付きの豪奢な寝台が置かれ、天蓋から吊るされた細かな刺繍が施されたヴェールが、扉から流れる風に小さく揺れている。
 その傍らには小さな装飾棚(キャビネット)玉案(テーブル)長椅子(ソファ)が置かれ、玉案の上では小さな灯篭(ランプ)が橙色の明かりを灯していて、周囲の青の中に一点アクセントを加えていた。
 入り口の大扉から一転した室内の様子に、俺は少々戸惑いながらも寝台へと近づいていく。寝台から、僅かな衣擦れの音が聞こえたからだ。この部屋の主に違いない。
「此処を訪れる者が現れたのは、何時ぶりでしょうか。ようこそ〈稀人〉よ。歓迎いたします」
 ヴェールの奥から賭けられた美しい声に、俺は思わず足を止める。俺が近づくのを止めたことに気付いたのか、クスクスという笑い声と共に、ゆっくりと差し出された指が、そっとヴェールを退け、この部屋の主が姿を現した。
 腰まで届く豊かな黒髪を持ち、動く度にサラサラと流れる様子は、まるで清流の流れのようであった。
 肌は透き通るような白。その身を包む衣は、髪の色と同様、漆黒の麗官衣(ヒマティオン)だ。
瞳は紅玉髄の如き赤。やや垂れ気味の目は笑みの形に細められ、潤みを持たせた瞳が、明りを受けて煌めいている。
 その肩に、羽根の生えた鰐のような生物を乗せた女性は、そのまま俺の前へと近づき、今度ははっきりと微笑んだ。
 その笑みが誰かに似ている気がしたが、思い出す前に話しかけられる。
「〈稀人〉よ、我が『世界』へとよくぞお越しくださいました。(ワタクシ)の名はマフデト。以後良しなに」
「初めまして。俺はヴァイナスと申します。突然の訪問、失礼いたしました」
「あら、我の元を訪れることができるのは、『宿命』を持った稀人のみ。失礼などありませんよ」
 マフデトの笑みから僅かに視線を逸らしつつ、答えた俺に、マフデトは笑みを深くし、俺の手を取った。
「さあこちらに。まずは歓迎の飲み物を用意しましょう。腰を落ち着け、ごゆるりとお過ごしください」
 マフデトに促され、俺は言われるままに長椅子へと腰を降ろす。マフデトは流れるような手際で飲み物を用意すると、そのまま俺の横に座り、杯を手に取る。羽根の生えた鰐はマフデトの肩から飛び立つと、装飾棚の上に寝そべった。
「それでは、此度の出会いに」
 と言って、俺の手を包む様に盃を握らせると、もう一つの杯を取り、軽く打ち合わせた。
 俺も盃を傾ける。口の中に広がる芳香に思わず笑みを浮かべた。こんなに旨い葡萄酒を呑むのは久し振りだった。
 俺の表情を見て、マフデトも微笑む。盃を置くと、傍らにある水差しから俺の杯に葡萄酒を注ぐ。
 その時に更に身を寄せてきた。積極的なマフデトの行動に、思わず硬直してしまう。この状況、シェアトの時と似ているな…。
 俺の硬直を知ってか知らずか、マフデトはクスリと笑うと俺の手から盃を取り、そのまま口にする。そして、杯を置き、俺の首に両手を回すと、唇を重ねてきた。
 口づけと共に、口移しで注がれる葡萄酒。更には唇を割って忍び込んでくる柔らかな舌が、俺の舌に絡みついて来た。
 俺はされるがままに、マフデトの舌での愛撫(ディープキス)に身を委ねた。たっぷりと時間をかけた快楽の蹂躙が終わると、マフデトは満足したかのように唇を離し、濡れた唇に舌を這わせた。その妖艶な姿に、俺の頭はクラクラする。
「ふふっ。我は煩わしい手練手管は好みません。ヴァイナス、貴方は我の『宿命』の伴侶。我と共に悠久の時を過ごすのです」
 マフデトはそう言って、俺の鎧を脱がせ始めた。俺は何故か抵抗する気も起きず、されるがままになっている。
『ちょっと、ヴァイナスしっかりしなさい!』
 スマラが合一を解き、猫の姿でマフデトに飛び掛かろうとするが、装飾棚の上から起き上がった羽根鰐に阻まれ、床の上で取っ組み合いとなる。
「何よこいつ! 邪魔しないで!」
「貴方こそ、マフの邪魔はさせない!」
 突然言葉を発した羽根鰐にスマラが驚き、隙を見せたところを見逃さず、羽根鰐が抑えつけた。スマラは悔しそうに唸り声を上げている。
『ヴァイナス、しっかり!』
『マスターに何するの!』
 エメロードとマグダレナが続いて合一を解こうとするが、
『え? 何で? 合一が解けない!』
『しかも、動けない!?』
 二つの盾はその場で時間が止まったかのように、ピクリとも動かなかった。その間にも俺は鎧を脱がされ、今度は服も脱がされていく。
「生憎と、この部屋の中では敵対的な行動は取れません。大人しくしていなさい。何故その黒猫が飛び掛かれたのかは不思議ですが」
 マフデトがそう言うと、鎧と共に二つの盾が光に包まれる。すると、二人からの念話すら届かなくなった。
 上着を脱がされ、開けられた胸の上に指を滑らせつつ、マフデトは嫣然と微笑んだ。そして再び俺の唇を自身のそれで塞ぐと、そのまま顎を通り、首筋へと唇を這わせる。
 マフデトの唇が、舌が、指が、俺の素肌の上を愛撫していく。俺はマフデトの熱い吐息を首元に感じつつ、思い通りに動かない身体に心のどこかで焦燥感を募らせながらも、今の状況を受け入れていた。
「ああ、今宵、この時をどれだけ待ち望んだことか…。最早数えるのも疎ましいほどの年月、この『世界』で出会えることを待ち望んでいました。〈稀人の試練〉へとこの身を浸し、神としての力を弱めてまで留まり続けた…」
 マフデトの言葉は留まることなく、愛撫と共に俺の耳元で囁き続けている。スマラは羽根鰐相手に手一杯だ。やがて歓喜に頬を染めたマフデトは、
「さあ、我の祝福を受け、新たな『生』を得るのです。我と共に永遠(とわ)に刻を歩む力を…」
 と呟くと、再び俺の唇を塞ぎ、舌を絡ませてきた。そして、俺の舌を絡めたまま、己が口の中へと引き入れた。
 マフデトの甘く柔らかな咥内に呑み込まれ、愉悦の中で翻弄される俺の舌に、不意に感じる感触。それは、マフデトの持つ、八重歯と呼ぶには余りにも鋭い、牙といえるものだった。
 驚きに目を見開く俺は、慌てて舌を引き抜こうとするが、マフデトの舌が、首に回された腕が、そして何よりも俺の『心』がそれを許さない。
 ゆっくりと、撫でるように舌を擦る牙。そして、遂にその鋭い切っ先が俺の舌を貫いた時、俺は今まで感じたことのない、凄まじい快楽によって意識を失いそうになる。
 そして、俺の中から急速に失われていく『何か』を感じる。だが、それは決して不快ではなく、失われる度に、先ほど感じたものに勝るとも劣らない快楽が全身を駆け巡った。
 『何か』を失う代わりに牙を伝って流れ込む『もの』も、俺を絶え間なく続く快楽の渦へと飲み込んでいく。

 これは一体何なんだ! 何が起きている!?

 押し寄せる快楽の波に押し流されそうになりながら、俺は必死に自我を保とうとする。ネフの試練とは真逆の、であるがゆえに耐えることの難しい『試練』。俺は押し寄せる快楽の波に耐える、ただひたすらにそのことだけを考えていた。


 そう、これは『試練』なのだ。と理解したのは、絶え間なく押し寄せていた快楽の波が納まり、いつの間にか寝かされていた、身が沈むほど柔らかな寝台の上で、指先一つ動かすこともできずに脱力している時だった。
「嗚呼、これで貴方は我と共に歩む力を得ました。貴方の身は、もう時の流れによって朽ちることはありません。灼熱の業火に焼かれることも、神をも殺す剣に斬り裂かれることも、貴方の命を奪うことはない。貴方は『不死なる(イモータル)』となったのです」
 俺の耳元で、恍惚とした表情を浮かべたマフデトが、甘い吐息と共に囁いている。俺はそれを何もできずに聞いていた。
 不死なる者、か。オーラムハロムにおいて、キャラクターである俺の身体(ヴァイナス)は年を取ることはなかった。不死になったとはいえ、元々『蘇生』があったのだから、あまり恩恵がないように思える。
 それよりは、身体を覆う脱力感が気になった。すると、唐突にスマラが心話で語りかけてきた。
『ヴァイナス、大丈夫?』
『スマラ…。今は何もしたくないくらい疲れているけどな。大丈夫だよ』
『良かった…』
 どうやらスマラも無事らしい。エメロードとマグダレナも無事だと良いが。安堵しつつ、スマラの姿を確認しようとするが、未だ身体はいうことを利かない。
「今は変化による反動で、瞬き一つすることも難しいでしょうが、時と共に落ち着きます。今まで得た力の半ばを用い、その身を変じたのです。今はゆっくりとお休みなさい」
 マフデトはそう言って、動けない俺の瞳を覗き込んだ。その笑顔と、頭部に生えた二つのネコ科の耳を見た時、マフデトが誰に似ていたのかを思い出した。

 ああ、そうか。マフデトはシェアトによく似ている…。

 俺を見つめるマフデトの表情は、驚くほどシェアトにそっくりだった。俺のそんな思いを知ってか知らずか、マフデトは軽く口づけると、胸元から何かを取り出した。

 それは一見、何の変哲もない指輪だった。

 だが、それを見た瞬間、俺の心には何とも言えない懐かしさが込み上げていた。そう、まるで失われた半身に出会ったかのような…。
「これは我と貴方の誓いの証。我と共に歩むことを約すものです。これを身に帯びれば、貴方の失われた力を取り戻すことができるでしょう」
 マフデトはそう言って、俺の左手を取り、ゆっくりと薬指へと指輪を填めていく。
『いけない! それを身に着けたら、本当にここから出られなくなる…!』
『え? だけど、どうしようもないぞ! 身体が動かない!』
 スマラの注意に、俺は必死に身体を動かそうとするが、脱力した身体は、ピクリとも動かなかった。
 薬指の根元まで指輪を填め込み、マフデトが微笑むと、指輪は一瞬、鋭い輝きを放ち、

 俺の『左手』の中へと飲み込まれ、消えてしまった。

「え…?」
 マフデトが微笑んだまま、言葉を失う。反対に、俺の身体には「力」が戻りつつあった。どうやら、マフデトの言葉は正しかったようだ。
 脱力の原因となった消失した力を、あの指輪が補ってくれたらしい。俺はゆっくりと身を起こす。傍らには呆然とした表情のマフデトが、足元には羽根鰐に押しつぶされるように、寝台へと抑え込まれたスマラがいた。
「どういうこと…? 〈隣世の(ドッペルゼーレ)〉が消えた…? 違う、『吸収』されたの?」
 マフデトは慌てて俺の左手を取り、まじまじと凝視した。俺が念じると、〈捻双角錐の掌〉は触手へと変化し、スマラを抑えている羽根鰐を捕え、スマラを解放する。スマラは合一ではなく、俺の影へと姿を消した。そして影の中からいつでも魔法が使えるように準備したことを心話で伝えてくる。
「それは〈捻双角錐〉!? ネフのやつ、なんてものを…!」
 暴れる羽根鰐を捕えた左手を見、手の甲に埋まる宝石を見て、マフデトが驚きの声を上げる。
「大人しくしているなら、解放してやる」
 俺が羽根鰐に告げると、羽根鰐は大人しくなり、必死に頷いた。俺は触手を緩めて解放してやる。羽根鰐はポトリと寝台の上に落ち、柔らかな寝台に身を埋めたまま大人しくしていた。
「さて、事情を説明してもらおうかな。マフデト様」
 左手を元に戻し、マフデトに向き合った俺は、正面からマフデトを見つめる。その視線を受けて、狼狽していたマフデトは、肩を落として話し始めた。
「我の『試練』は、我の洗礼を受け、それに耐えること。耐えることができた者は、『不死なる者』として、我と共に永劫の時を歩むことになります。そして〈隣世の魂〉は、我との誓いを示すもの。身に帯びた者は、この『世界』で永久に続く快楽の中で過ごすはずでした」
 まさか、『吸収』されるなんて…。マフデトはそう言って首を振った。成程、俺は〈捻双角錐の掌〉の吸収能力を、無意識に使ってしまっていたらしい。結果として、そのことが奏功したようだ。
「つまりは、本来だと脱出不可能な『試練』だった?」
「脱出不可能、というのは語弊があります。『試練』に耐えることができなかった場合、〈不死者(ノスフェラトゥ)〉として、〈稀人の試練〉から解放されるのですから」
 あー、失敗しても〈不死者〉、つまり吸血鬼に種族が変わって解放される、と。
 確か、〈不死者〉は吸血による生命維持が必要な代わりに、優れた身体能力や暗視能力、魔法能力といった特殊能力を得ることができるので、敢えて種族変更(レイスシフト)をするクエストに、挑戦するプレイヤーもいるらしかったな。
 それに14レベル魔法に存在する【不死】の魔法は、術者を〈不死者〉へと転生させるものだ。この魔法では〈不死者〉か〈死魔骸(リッチ)〉のどちらかが選択できるが、今回のイベントでは強制的に〈不死者〉になるらしい。
 望んでなるのでなければ、デメリットのある種族への強制変更はクレームが起きそうなものだが、スキュラに変えられたキルシュの件もある。運営からは「仕様」の一言で済まされそうだ。
「それで、〈不死なる者〉と〈不死者〉はどう違う?」
「〈不死なる者〉には吸血衝動や、日光に弱い、といった不利益を持つ特徴は存在しません。種族も本来のままです。単に老衰することがなくなり、毒や病気、怪我といったことが原因で死ぬことはなくなります。【分解】の魔法で消滅させられても、その場で再生します」

 それなんてチート?

 もはや無敵じゃないですか。俺は思わず胸元で拳を握り締めた。
「ですが、身体の構造が変化するため、〈能力〉が全て半減します。その上、均一化しています」

 え? 聞いてないんですけど…。

 俺は拳を握り締めたまま硬直する。つまり、今まで成長させた能力が半分になってしまったと。しかも平均的に均されている、と。
 …まあ、バランス型に成長しているから、影響は小さいと言えば小さいが、俺の〈能力〉が…。頑張って成長させたのに…。
 マフデトは更に、と言葉を続ける。まだあるの!?
「怪我を負えば痛みは感じますし、即死するような怪我からの再生には、1分ほど時間がかかります。それに例えば溶岩の中に落ちる、重しを着けられて深海へと沈められる、といったことになれば、前者であれば永遠にその身を焼かれることになりますし、後者であれば溺死の苦しみを味わい続けることになります」
 違った、良いことだけじゃなかった。むしろ、そういった状況に陥ったら、迷わず《蘇生》を選ばないと、とんでもないことになりそうだ。
「それってある種の拷問なんじゃ…」
「ですから、この地に留まり、我と共に快楽の中で暮らすのが幸せなのです。〈隣世の魂〉を通じてこの『世界』の聖気を取り込むことで、飢えることも飢えることもなく、穏やかに過ごすことができるというのに…」
 マフデトはそう言って息を吐く。なるほど、この『世界』に留まれば、怪我をすることも、毒や病気に苦しむこともなく、過ごすことができるというわけだ。
「成程ね。けど、俺はこの地に留まる気はない。次の試練へと進ませてもらおうか」
「…分かりました。このようなことは前代未聞です。であれば、〈稀人〉の意志を尊重するのが定め。ですが、せめてもう少し、この地で我と共に過ごしては頂けませんか?」
 俺の言葉に、マフデトは瞳を潤ませ、懇願してきた。その仕草はシェアトに瓜二つで、俺はマフデトにシェアトの面影を重ねた。
「…あまりゆっくりはできないぞ」
「構いません」
 肩を竦め、頷いた俺に、マフデトは輝くような笑みを浮かべ、その頬を真珠のような涙が一筋、流れ落ちた。
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