第十二話:高科大公家 その二
高科家にお世話になるというか、助けられたというか、とにかく、一花や陽一さんたちと思わぬかたちで再会を果たした。
そしてそのまま昼食をごちそうになっていた。
その席で、俺がシェルターから出て今までどこでどうしていたかなどを、割と詳しく話した。
俺がシェルターに入っている間に増えた家族は、今日はここにいないそうだ。
それはともかく、一花も同席して俺の説明を聞いていたので、遥のことをどう話すか悩んだが、どうせ分かることだしと、覚悟を決めたうえで、包み隠さず山小屋でどんな生活をしていたのか説明した。
意外なことに、遥の名前――もちろん若い女の子ということは説明してある――を出したにもかかわらず、一花は別段気にするそぶりを見せなかったのだ。
彼女はこれだけ俺にべったりなのだから、睨まれるなり、詰め寄られるなり、軽い修羅場を覚悟していただけに、拍子抜けの感が否めなかった。
これはアレなのだろうか?
俗にいう、嵐の前の静けさとか。
今はじっと聞いているだけで、その内心は穏やかでないのかもしれない。
そうでないとしても、俺に年頃の女性の心中など察せるはずがなかった。
「だいぶ苦労したようだね」
「はい。森で迷ったときは死んだと思いましたから」
高科一家にシェルターを出てからのあらましを説明した俺は、前々から知りたいと思っていたことから聞くことにした。
今も俺を見つめている一花のことは、なるようにしかならないと、すでに腹を決めている。
「そろそろ質問していいですか?」
「ああ、僕たちだけ聞いて悪かったね」
「それではお言葉に甘えて…… まず、日本というか世界はどうなっちゃったんですか?」
陽一さんは、すこしだけ考えるように、うーんと顎に手をあてたかと思うと、俺の顔を見据えるように話しはじめた。
「実のところ僕も詳しくは分かっていない。だから、僕が把握している範囲で話そう。伝え聞いた話になるが――」
その話はにわかには信じられないような内容だった。
陽一さんによると、少なくとも日本では天変地異とも呼べる大災害が起こったそうだ。
そしてそれは、想像の域を出ることはないが、世界規模で起こったと考えるしかないらしい。
そう考える理由は、大災害以降、当時の外国との接触が一度もなかったということからきているそうだ。
そして、東京都心は壊滅的なほどに破壊され、今ではだれも住んでいないというか人の住める環境ではないらしい。
発掘師にとっては聖地とも呼べる宝の宝庫らしいが、よほどの強者じゃないと発掘には行けないとも言っていた。
日本というか世界を襲った天変地異と聞いて俺が想像したのは、巨大地震とか巨大隕石なのだが、陽一さん曰く、地震なのか、隕石なのかとか、原因は分からないそうだ。
ただ現象として、いたるところで大地が割れ、隆起し、あるいは陥没し、日本の地形は大きく変わったということらしい。
そして、大多数の命が失われ、人類は滅亡の危機に瀕していた。
しかし、ある奇跡が起こったことで、人間や動物たちは絶滅から免れることになった。
その奇跡が”気”なのだそうだ。
天変地異を生き延びた生命に宿った”気”のおかげで、人類や動物たちは過酷な環境を生きぬき、再び繁栄を取り戻しつつ今があるということだった。
「そうですか…… ということは、”気”は俺たちがシェルターに閉じ込められた直後から生命に宿ったと」
「そう聞いている」
なぜ”気”が発現したのかは誰にも分からないらしいが、一番気になっていた”気”について、ある程度のことは分かった。
しかし、俺が聞きたいことはまだまだある。
「ヒカル爺、あっ、俺を助けてくれた猟師さんが、俺たちの生活していた時代を神話の時代と言っていたんですが、どういうことか分かりますか?」
「正確には天変地異以前からそれ以降数百年が神話の時代と呼ばれている。僕たち、ああ、空君も含めてだけど、僕たちに宿る”気”が今の時代に生まれた人たちのそれと比べて、桁違いに多くて強いことは知っているよね?」
「俺と一花ちゃんの”気”に関しては知っています。陽一さんたちもそうなんですか?」
「希美花ちゃんもそうだし僕もそうだ。僕たち、神話の時代に生まれた人間は始祖と呼ばれていてね、始祖の世代から代を重ねるごとに、生命が内包する”気”の量と強さは減っていってるんだ。個人差は大きいけどね」
「つまり、神話の時代とは始祖の生きていた時代だと…… でも、なんで神話なんですか?」
「それはね、僕たちに宿る”気”が今の時代に生まれた人たちのそれと比べて、桁違いに多くて強いからなんだ。この時代の人たちからすれば、まさに神のようにね」
「神ですか、”気”が多くて強いだけで……」
俺たちは”気”が桁違いに多くて強いだけで、あとはこの時代の人たちと変わらない人間だ。
たったそれだけの理由で神話だなんて、大げさすぎないか?
などと疑問を感じていると。
「空君は妖魔を見たことはあるかい?」
「話だけは聞いたことがありますが、見たことは」
「昔この辺りはね、妖魔の支配する土地だったんだ。そして妖魔は人を襲う。誰彼かまわずね」
「それと神話がどう関係あるんですか?」
「僕たちは最初、北にある和国というところに住んでいたんだけど、和国の人々は妖魔の脅威に怯えながら生活していたんだ。まぁ、今でもそれは変わってないんだけどね」
「はあ」
「それでね、これはこの国ができた理由でもあるんだけど、僕たち家族が中心となってこの地の妖魔を殲滅したんだ」
「それで陽一さんが大公様になったと」
「概略はそういうことになる」
陽一さんはなかなか核心をついてこない。
昔はそうでもなかったのだが、彼は話はじめると、こうやって必要以上のことを話に絡めて長話になるようだ。
しかし、その長話の内容は、俺の知りたいことだった。
だから俺は話の腰を折らずに聞いていたが。
「でも、妖魔と神話の関係は?」
「僕たち、つまり始祖がいなければ妖魔の群れは倒せない。この時代の人でも強い人はいるから、その人たちを集めて大勢でかかればできないこともなかったんだけどね。でも、決して少なくはない人命が失われることは確実だったし、全滅していたかもしれない。それほどに妖魔は強いんだ。この辺りにいた妖魔は僕たちよりは弱かったけどね」
「つまり、今の時代の人ではなかなか倒せない妖魔を、俺たちは楽に倒せるから神のように敬われると?」
「いや、そうなんだけど、そうじゃないんだ」
そうだけどそうじゃないって、相変わらず分かりにくいことを言う陽一さんに、俺は首を傾けていた。
希美花さんはそんな俺たちの様子を微笑ましく見ている。
一花の視線は俺に向けられたままだ。
「???」
「つまり、僕たちが生まれた時代の人たちはね、あふれる妖魔を、今の時代の妖魔より格段に強くて多い妖魔を退けて人間の国、和国を造ったんだ。それが言い伝えとして残っていてね。それは今の人たちからすれば神のごとく敬われることらしいんだ。それ以外にも、今の時代では到底再現できない科学技術もあわせて神話の時代と呼ばれているんだけどね。あっ、そうそう。この国は僕たちが生まれた時代のどこだと思う?」
ようやく核心を話してくれた陽一さんは、そのまま俺の知りたかったことを質問してきた。
それは俺の質問だと、ツッコミたくもなったが、いつものことなので彼にあわせることにした。
「深谷市の近くじゃないんですか? あのシェルターがあった陽一さんの会社の研究所の近く。あっ、でも富士山が見えないか……」
「深谷じゃない。ここは御殿場なんだよ」
「え? そうだったんですか」
「おかしいと思うでしょ」
「富士山が…… それに、箱根の山道は?」
「富士山はもうないんだ。噴火したのかどうかは分からないけどね。富士山があった場所は今、妖魔の巣窟さ。そして、大公国と和国をつなぐ街道は箱根を通っているんだけど、箱根はもう山じゃなくて荒地になっているんだ」
富士山が見えないことは常々疑問に思っていたことだ。
しかしまさか、富士山がなくなっていたとは思わなかった。
しかも、箱根が山じゃないなんて。
陽一さんが言う天変地異が、よほどひどかったということなのだろうか?
ふつうは、噴火したくらいであの大きさの山が吹き飛ぶなんて考えられないし、箱根の山がなくなるなんて考えられない。
それなら、深谷はどうなったんだろう。
「陽一さんたちがシェルターから出た時はどんな状況だったんですか? 場所とか周りの状況とか」
「僕たちは発掘師たちに掘り出されたんだ。和国の西の山岳地帯でね」
「和国の西って?」
「ああ、和国は僕たちの時代の埼玉から筑波にかけた地域なんだけど、僕たちのシェルターは、元あった場所、つまり深谷に埋まっていたんだ。深谷近辺は地盤がぐちゃぐちゃになって激しく隆起していたんだね。今では山岳地帯の鉱山だよ」
「ということは、俺が入っていたシェルターも、場所は深谷のままだったんだ」
「それを確認するためにも彼らを呼ぶんだけどね」
そうか、それならなんとなく納得できる。
深谷が山になって、その麓にあたる秩父あたりが、おそらく俺が迷った深い森だろう。
詳しいことはヒカル爺と陽一さんに任せることにして……
「あの、すこし聞きにくいんですが、貴族とか身分とかそこらへんについて聞いていいですか?」
「構わないよ」
陽一さんだって俺と同じ時代に生まれた現代人だ。
それなのに、なぜ身分制度をとっているのか?
なくせる立場にあるにもかかわらず……
「じゃあ聞かせてもらいます。なぜこの国には身分制度があるんですか? どうして軍人が偉いんですか?」
「空君には理解しにくいだろうね。僕だっていまだに、身分制度には違和感あるから」
「え? じゃあなぜ廃止しないんですか?」
「したくてもできないんだよ」
「できない?」
できないということは、必要だ、ということだろう。
身分制度が必要な理由って……
「まず軍人なんだけどね、彼らには拒絶できない義務があるんだ。一般人には無いね」
「それは?」
「彼ら軍人はね、妖魔からこの国と国民を守る義務があるんだ。自分の命を盾にしてでもね。その見返りにいくつかの特権がある」
国と国民を守るのは、軍人なら当たり前のことじゃないだろうか?
しかも特権がついてくるとなれば、不公平に思えなくもない。
「でもその義務って、軍人なら当たり前のことじゃないんですか?」
「今の時代の軍人はね、僕たちが生まれた時代の戦争をしていない国の軍人と比べて、生存率がとても低いんだよ。戦う相手は人じゃなくて妖魔だけどね。特権を与えて厚遇しなければ誰も軍人には志願しないよ」
「徴兵とかは無いんですか?」
「妖魔と戦えない人間を徴兵しても意味はないんだ。それに空君、徴兵制度なんかあったら君は嫌だろう?」
確かに、いくら国と国民を守るためだとはいえ、戦う手段を持っていない人にとって、無理やり徴兵されることは辛いことだろう。
しかし、特権を与えてまで軍を作るってことは、それほど妖魔が強いってことなのだろうか。
「妖魔ってそんなに強いんですか?」
「強いというより、脅威と言ったほうがいいかもしれない。妖魔は”気”を持つ生命に対してとても残忍だからね。山野の動物は逃げることもできるけど、人間の足は遅いから。飛び道具も普通の人が使えば何の役にも立たないしね」
そういえば、遥が言っていたな。
この時代の人や動物には銃が効かないって。
人や動物より強い妖魔ならなおのこと効かないんだろう。
「ところで、軍人の特権ってなんなんですか?」
「警察権とか、納税の免除とかだね」
だから俺はあのヤロウに捕まったのか。
理由はあとで聞くとして、軍があるのに貴族がいる理由も聞いておきたい。
「貴族はどうなんですか?」
「貴族はね、すこし特殊なんだけど、やはり妖魔からこの国と国民を守る義務がある。そしてね、義務じゃないんだけど公共工事とか、国のためになることを進んでしなきゃならない。自らの資金でね。そしてもう一つ。これが最も重要なことなんだけど、貴族には沢山の子供をもうける責務があるんだ――」
陽一さんによると、北にあるという和国には、大公国よりもはるかに厳しい身分制度があるらしい。
しかも、和国の貴族には大公国の貴族以上の特権があるそうだ。
しかし話を戻せば、子供なら別に貴族じゃなくてもふつうにできるんじゃないのか?
人口を増やしたいのなら、それこそ一般人の生活を補助しないとダメなような。
「なぜ貴族の子供なんですか?」
「貴族になるにはね、いくつか条件があって、少なくとも、国の役に立つ大きな実績をあげること。”気”力が極めて高いこと。が、必要条件なんだ。そして、”気”力が高い人間の子供は、同じように。”気”力が高くなる」
「なぜ。”気”力が高い子供が必要なんですか?」
「国と国民を守る人材を確保するためだよ。言ったよね、軍人や貴族は妖魔から国や国民を守る義務があるって。妖魔に怯えて暮らす今の時代はね、それに対抗できる人材が多くないと国民の安全が保障できないんだ。だから、貴族には沢山の子供をもうける責務がある」
なるほど、たしかに強い人間が増えれば妖魔に対抗する戦力が増えることになる。
強い”気”を持つ人の子供を増やして、それを戦力に数えるなど、人道的には間違っているように思えるが、今の時代ではそれも仕方のないことなのだろうか。
だから仕方なく、陽一さんも希美花さん以外に奥さんをもらったのだろう。
俺は確認の意味を込めて聞いてみることにした。
「だから陽一さんも?」
「その質問にはわたしが答えるわ。陽一君じゃ答えにくいから」
「希美花さん」
答えにくそうにしていた陽一さんを見かねたように、希美花さんが口を開いた。
この質問を希美花さんたちの前でだしたのは、マズかったかもしれない。
そう思っていたら、希美花さんは俺の心情をくみ取ってくれたように、微笑みながらもやさしく答えてくれたのだった。
「いい、空君。陽一君もね、最初は戸惑っていたの。もちろんわたしも嫌だったわ。陽一君がほかの女と寝るなんてね。でもね、軍人さんたちと一緒に妖魔の大群と戦って、その考えは変わったわ。嫌とか、陽一君を取られたくないとか言っている場合じゃないって」
「一花ちゃんは平気だったんですか?」
「私は平気。だって私には空お兄ちゃんさえいてくれればいいんだもの。もちろん空お兄ちゃんがほかの女の人に子種を授けることも必要だと思ってる」
「い、いや。俺はそんな……」
一花の口からまさか、子種なんていう衝撃的なセリフがでるとは思っていなかった。
しかも彼女は、自分以外の女性にまで俺の子種を分け与える必要があると、当然のようにいう。
だから遥の名前を出しても平然としていたのだろうか。
ともかく、そんな一花を見ていると、彼女が俺よりもはるかに大人に思えてきた。
それが俺には、新鮮でもあり、ショックでもあった。
俺は、彼女にまだ幼かったころの面影を重ねてしまっていたのかもしれない。
そして、なぜだか急激に恥ずかしくなって、顔が熱くなったような気がした。
その恥ずかしさを紛らわさずにはいられなかった。
「は、話しは変わるんですが、なんで俺は捕まったんですか。これ持ってたくらいで」
そう言って、一花に返してもらったネックレスをポケットから出した俺に、彼女は自分の首にかけていたネックレスを取り外した。
そして、彼女が持っていたネックレスに俺は見覚えがあった。
シェルターに入る前に一花に渡したものだ。