第十一話:高科大公家 その一
問答無用で大公国軍の牢に投獄され、尋問という名の拷問を受けていた俺は、見目麗しい美少女に成長していた一花に助け出された。
その後、言われるがままに真新しく上品な紺のスーツに着替えさせられ、紫水晶のネックレスも返してもらい、軍施設を黒塗りのリムジン? で後にしたのだが……
一花が現れてからの俺はといえば、それはもう戸惑いの連続だった。
一番驚いたのは、もちろん彼女が見目麗しい美少女に成長していたことだ。
しかも、一花は軍の中でどうやらかなり地位が高い様子だった。
というか、あの偉そうな軍人さんが土下座するって、どんな身分なんだよ。
彼女が軍の中でどういった地位にいるのかはまだ聞いていないが、まさに生き神のごとく敬われており、その一花に寄り添われるように歩く俺まで、偉くなったのかと勘違いしてしまいそうになったほどだ。
そんな一花とともに出た施設というか建物の前には、まるで旅館の団体さん見送りのように軍人さんたちが整列しており、黒塗りのリムジンに乗り込むまで、俺たちは着ているものを含めて、どこぞの新婚さんかと勘違いされてもおかしくないようなシチュエーションを味わうことになった。
横で幸せそうに寄り添っている一花を見れば、俺まで勘違いしてしまいそうになる。
まぁ、悪くない気分だったのは否定しないが。
ところで、今乗せられている黒塗りの大きな車。
さっきはリムジンと表現してしまったが、外見や内装はまさにリムジンそのものだった。
しかし、このエンジン音だけはそれを否定していた。
いや、否定していたというか、機能や造りはリムジンだから間違ってはいないのだが、どう聞いても単気筒で、車としては低排気量のチープなこのエンジン音が邪魔をして、俺の記憶にあるリムジンに乗っているという気にはなれなかったのだ。
そもそも、リムジンにするほどの高級車に乗り込んで、エンジン音が聞こえてくるというのも違和感ありまくりだ。
それでも、この時代にというか公国に来て見た車の中では、ダントツにちゃんとした車なのだが。
車の話はこの程度にして、一花の住まいに向かっているなかで、俺は彼女の質問攻めに会っていた。
おかげて、どこをどう通ってきたのかすらも分からなかった。
そもそも、車内から外が見えないので、当たり前のことなのだが。
さておき、一花によると陽一さんや希美花さんはもちろん健在で、さらに弟が二人に妹が二人いるそうだ。
さらにさらに、腹違いの弟や妹も何人かいるらしい。
ということは、希美花さん以外にも奥さんがいることになり、陽一さんがかなりの身分であることは疑いようがなかった。
と、俺が聞き出せたのはここまでであり、その後はずっと一花の質問攻めにあっていた。
「――それで、空お兄ちゃんは発掘師になりたいの?」
「そのつもりだよ」
「そっか…… いや、なんでもない」
伏し目がちにそう言った一花は、何か想いを飲みこむように自分に言い聞かせているようだった。
もしかしたら、軍に入隊してほしかったのかもしれない。
「それでね、空お兄ちゃんは今の私を見てどう思ったの?」
ようやく質問攻めが終わったと思ったのだが、それはまやかしだったようだ。
しかも、女性と親密な付き合いをしたことがないDTな俺は、この問いかけにどういう態度で接すればいいか分からなかった。
運転席と俺たちのいる空間は完全に隔離されており、車中には俺と一花だけの空間ができあがっている。
ゆったりとした車内空間は、入り口のドア部分を囲むようにソファが配置されており、俺と一花は車内後部のもっともくつろげる位置に並んで座っていた。
そんな、恋人どうしのベッタベタな関係にあるカップルならば理想的なこの空間も、今の俺には、ないと言ったらいいか……
そう、針のむしろに正座させられているような、まさにそんな感じのいたたまれなさを感じていた。
女にもてて甲斐性のある奴には、決して理解できないだろう感情だ。
もちろん俺も性春真っ盛りで、やりたい盛りで、つねに頭の片隅にはそっち方面の煩悩がうごめいている。
しかもとなりに、こんな美人でうら若き乙女が寄り添っているのだから、きっかけさえつかめればエロい関係になりたいとというのが正直な思いだ。
しかし、それとこれとは話が別で、面と向かって美人にあんなことを問われれば、その答えに窮するのはお分かり頂けるだろうか。
「どうしたの? 空お兄ちゃん真っ赤だよ」
「…………」
そう言ってふいに顔を近づけてきた一花に、思わず俺は反応してしまった。
そして、心情の一部を吐露しそうになる。
「い、いや、一花ちゃんがあまりにもエr、い、いや、き、綺麗になってたから……」
しかしその瞬間、一花は両手で開いた口を隠すように覆ったかと思うと、大きく見開かれた瞳からは、涙があふれ出てきた。
俺の言葉が嬉しかったのだろうか?
それとも、何かマズイことでも言ってしまったのだろうか?
そういえば、以前山小屋で遥とも似たような状況に陥ったような気がする。
あの時は確か、俺は何もアクションを起こすことができずに、ただ後悔しただけだったような気がしてならない。
ここは考えどきだ。
ここで反応を間違えれば、また後悔することにならないだろうか?
あのときの後悔とは何か?
言うまでもない。
遥との親密でエロい関係だ。
しかし、遥との関係はいまだ崩れているとは言い難い。
進展していないだけで、比較的良好な関係を築けているという自負はある。
いやいや違う。
今は遥との関係をどうこう考えている場合ではない。
目の前の状況に集中するんだ。
一花は今、理由はどうあれ瞳に涙をためて俺を見つめている。
俺は一花とどうなりたい?
恋人になりたいのか?
エロい関係になりたいのか?
決まっている。
その両方だ。
こんなにかわいくて美人な恋人がいたら最高に決まっている。
もう、小さいころのおませな一花ではないのだ。
ロリとさげすまれることもない。
いやまてまて、そうなったら遥との関係はどうなる?
遥との関係を捨てるのか?
…… どっちも嫌だ。
それが俺の正直な欲望、もとい、願望だった。
ならどうすればいい?
「…………」
分からない。
そして考えているうちに、無情にも車は目的地に到着し、外側からドアが開けられた。
結局俺は遥のときと同じように、一花に何もしてあげることができなかったのである。
このとき俺は、目の前で大魚を逃がした漁師ような、どうしようもない喪失感を味わっていた。
「着いたわ」
白いハンカチで涙をぬぐった一花が、そう言って笑顔を見せた。
せめて、小洒落た台詞の一つでも言ってあげればよかったのだろうか?
心配する素振りでも見せればよかったのだろうか?
再会したときのように頭を撫でればよかったのだろうか?
後悔の念ばかりが頭によぎる。
「空お兄ちゃん?」
後悔の深い海に沈みかけていた俺を、一花が引き戻した。
「早く降りましょう。お父様とお母さまがきっと待っているわ」
一花が手を引いて車を降りようとしたので、このときばかりはさすがに俺もマズイという危機感に突き動かされた。
レディにエスコートされるなど、男としての名折れだ。
こういった大義名分さえあれば、俺でもいっぱしの紳士的行動はとれるのだ。
大義名分さえあれば。
「あ、ありがとう。空お兄ちゃん」
慌てて先に車を降りた俺は、周りの状況を確認するより先に一花の手を取とっていた。
その動きは、慌てていたせいもあり、優雅にとまではいかなかったと思うが、エスコートはできていたはず。
一花は嬉しそうにはにかみながら手を取られて車を降りていたから、俺の行動は間違ってはいないはずだ。
そしてこのとき、彼女の笑顔を見て安心した俺には、ようやく周りを見る心のゆとりが生まれていた。
車のドアに手を掛けた男は、うやうやしくもスマートに頭を下げており、微動だにしない。
「す、凄い家だね。それにこの庭も……」
「すべてお父さまと民たちのおかげです」
どこかの巨大な公園にでもあるような、噴水つきの丸い泉。
その前に車が停められていた。
噴水の向こうに見える正門までの距離もかなりあり、鮮明には見ることができない。
そして、噴水周りの白く調和のとれた石畳の道を大きく取り囲むように、巨大なコの字型をした三階建ての威厳ある木造家屋が立ちかまえていた。
事前情報なしにこの建物を見れば、由緒正しい老舗の大規模な超高級な旅館とか料亭とか、何とか会館とか何とか記念ホールとか言われても信じることだろう。
とても一家族の住まう家だとは思えなかった。
しかも玄関前からは、使用人だろうか、黒いスーツで決めた男とメイド服らしきエプロンをした女とが左右に別れて道を作り、頭を下げている。
「さあ、参りましょう」
あまりの豪邸に呆気にとられていた俺の腕を一花がとった。
俺の左腕に右腕を絡め、寄り添った格好だ。
「お、おう」
表面だけを見れば俺が一花をエスコートしてるように見えるだろうが、その実は彼女が俺を寄り添いながら誘導しているのだ。
前には藤崎と呼ばれた男が先導しているが。
玄関を潜り、建物の中に入ると、洋風とも和風ともとれる造りであり、廊下は大理石で土足のままだが、空いている部屋などを見れば、土足の部屋だったり畳敷きの部屋だったりと、用途に応じて使い分けているようだった。
外見からもある程度想像できたが、部屋数は数えるのも嫌になるくらい多く、広い中央の廊下にはところどころに仕事中の使用人が頭を下げていた。
中央の廊下を進み、最奥の大きな扉を藤崎が開け、俺たちはその向こうに出た。
どうやら、一花の住まいは通り抜けてきた建物の奥にあるようで、藤崎の先導はここまでのようだ。
その証拠に、扉の向こうは一旦和風の松などが植えられた中庭のような場所に出て、その奥に大きな外見は和風で平屋の屋敷が佇んでいた。
そしてようやく屋敷の中に入ったわけだが、中は土足ではなく、俺は玄関で靴を脱いだ。
一花も組んでいた腕をほどき靴を脱いでいる。
脱いだ靴は、藍色の和服を身に纏った、仲居さんとか女中さんを上品にしたような若い女の人が片付け、一花が俺を案内するように少し進んで振り向いた。
この人も使用人か何かなのだろう。
「ようこそ我が家へ」
一花に案内されて通された部屋は、ふかふかの絨毯が敷き詰められたホテルのロビーと言われてもおかしくないほどのリビングだった。
和風な屋敷の外見からは想像もできない豪華なリビングであり、そして広い。
「おかえりなさい一花ちゃん。そしてお久しぶりね、空君。無事で良かったわぁ」
出迎えてくれたのは一花の母、希美花さんだった。
希美花さんはゆったりとした薄い黄色のワンピースに、白いレースのショールを纏っていた。
髪型はあのころと変わらないショートボブだ。
彼女と最後に会ったのは俺の時間で半年前、シェルターに入る直前だった。
一花に健在だと聞いていて、会えることは想像できていたので、それほど驚くことはないだろうと思っていた。
しかし、今俺の前にいる希美花さんは、俺の感覚ではこの前会った時からまったく歳をとっていなかったのには驚いた。
いや、歳をとっていないどころではない。
若返っているようにさえ見えた。
どう見たってまだ二十代の前半だろ……
「どうしたの? 空君」
「お、お久しぶりです希美花さん。いや、希美花さんが全然変わっていなかったから驚いて…… まるで姉妹のようです」
「まあ、お上手ね、空君。嬉しいわぁ」
これは決してお世辞などではない。
俺の本心から出た言葉だった。
一花は希美花さんを見て誇らしそうにしており、モジモジとしたそぶりで恥ずかしそうに喜んでいる希美花さんは、目元などが一花とそっくりで、どこからどう見ても二人は姉妹にしか見えなかったのだから。
ということは陽一さんも……
そうしているうちに、もう一人の会いたかった人物も顔を出した。
「やはり空君だったか、本当に無事で良かった。心配していたんだよ」
「陽一さん…… お久しぶりです」
久しぶりに見た陽一さんも、やはりあの時からまったく歳をとっていないようだった。
この前シェルターの前であったときは、ぼさぼさ頭にラフなポロシャツ姿だったのに、今では上品な黒いスーツを身に着け、髪を上げていて、やけに小奇麗になっている。
そのためだろうか、陽一さんも三十歳くらいに若返っているように見えた。
こうやって高科一家の三人を見比べてみれば、一花だけが成長したように思える。
そのなかで、突然陽一さんが頭を下げてきた。
「空君には本当に悪いことをしたと思っている。この通りだ、済まなかった」
「えっ? なんのことですか」
俺にはなぜ陽一さんが謝るのか分からなかった。
突然真面目な顔になって謝ってきた陽一さんは、しばらく黙って頭を下げたあと、その理由を話しはじめた。
「空君には無理言ってモニターになってもらっただろ」
「はい。でも、あれは俺にも願ったりかなったりのバイトだったし」
「確かにそうだったかもしれない。しかし、あのシェルターに入ってしまった事で、空君からあの時代の人生や家族や友人たちを奪ってしまった事になるんだ。空君も今があのころからだいぶ先の未来だということは知っているだろ?」
「はい。でも、あの時シェルターに入らなかったらどうなっていたか分からないわけで、死んでいたかもしれないし」
俺に陽一さんを責めようという気持ちは全くなかった。
それどころか、モニターのバイトに誘ってくれて感謝しているくらいだ。
今でもその気持ちは変わらない、これからも変わらないと思う。
「空君の言う通りかもしれない。けどね、君からたくさんの大事なものを奪ってしまった事には変わりないんだ。その責任は取らないといけないと思っている」
「責任だなんて、陽一さんが悪いわけじゃ……」
「大人としてのけじめだよ、空君。それに、今では僕もそれなりの責任ある立場になってしまったからね。何もしないなんてことはできないんだ」
「あの、聞きにくいんですけど、陽一さんの立場って……」
「一花から聞かなかったのかい。これでも一応、この国の長をやっているんだ」
「…………」
陽一さんが高い身分だということは、一花に接する人々やこの屋敷を見て想像していたが、まさか大公国の頂点にまでなっていたとは。
ってことなにか?
ようするに王様ってことか?
この国は大公国だから大公様ってことなのか?
「えっ!? えーーーっ!!」
「その間といい、驚き方といい、空君は相変わらずいいリアクションするねぇ」
「じゃ、じゃあアレですよ。希美花さんは王妃様で、一花ちゃんはお姫様になるんでございますか?」
「あはははは、空君そんな喋り方しなくていいよ、普通にね。まあ一応、彼女たちは大公妃と大公女と呼ばれてるけど全然気にしなくてOKだから。さぁ、座って座って、楽にしていいから。というか、いつも通りにしてくれないとお兄さん困るから」
陽一さんはお気楽に笑って、リビングの中央にある、丸いふかふかの白い毛皮のようなものが敷かれた場所を指し示した。
昔と同じように、俺に対しては今でもよき兄貴分でいたいらしい。
陽一さんがリビングの奥がわに座り、手招きする。
その横に希美花さんが座って、足を流すように崩した。
一花には、リビングに着いてから、ずっと見つめられているのだが、その視線をそのままに俺おれを誘導し、陽一さんの正面に腰を下ろした。
「空お兄ちゃん」
そして一花に促されるままに、その横にあぐらをかいたのだが、俺の心中はそれどころではない。
俺と一花が恋人みたいに手を組んで歩いているところを、一部の軍人と、この家のというか大公家の使用人くらいだろうが、それでもかなり大勢の人に見られている。
ということは、俺が彼、彼女らにどう見られていたのか? どう思われたのか?
大公女をたぶらかした不届き者?
それとも大公女の恋人? 婚約者?
いずれにしても、悪目立ちにもほどがあるだろう。
人の口に戸は立てられない。
その噂は確実に広がるんじゃないだろうか。
それもかなりの短時間で……
「どうしたんだい? 何か心配事でも?」
「あ、あぁ、何でもありません。こっちの話です」
「それはそうと、空君がシェルターから出てから今までのことを教えてくれないかい? もちろん僕たちののこととか、この国のこととかも教えよう。空君も聞きたいよね?」
一花と俺の噂が広まることも気になるが、それ以上に気になっていたこと。
つまり、今陽一さんが言った内容は、俺が常々知りたいと思っていたことだった。
遥やヒカル爺から大公国のあらましなどは聞いていたが、日本は何があってどうなってしまったのかとか、身分制度のこととか、大公国の地理的な位置とか、気になっていたことは山ほどある。
それに、陽一さんたちが辿った歴史とかも聞きたいし、紫水晶ごときで捕まった理由も知りたい。
さらに、一花がなぜ俺にここまでべったりなのかも、その理由を知りたいところだ。
本人を前にしては聞きにくいが。
たぶん今日一日じゃ全てを聞ききれないだろう。
でも、聞けるだけは聞いておきたい。
「は、はい。もちろんです」
「ちょうど昼時だ、昼食をとりながらじっくり情報交換といこうか」
「そうですね。俺も腹が減ってますし」
「こっちだ付いてきなさい」
そう言って陽一さんが立ち上がったとき、灰色の和服を着た使用人らしき中年の女の人が、そそくさと彼のもとに近寄り、耳打ちした。
陽一さんはうんうんと、それにうなずいている。
「空君、実をいうと君の情報は発掘師協会から入っていてね、鴻ノ江食堂というところにお世話になっているそうだね?」
「はい。住み込みでバイトさせてもらってます」
「その前は、その食堂の猟師さんと猟師小屋で生活していたとか」
そういえば発掘師協会の五所川原会長が、大公様に報告する必要があるといっていたな、と、俺は思い出していた。
まさか大公様が陽一さんだとは思いもしなかったが。
「その通りです。森をさまよっていた俺を助けてくれたのがその猟師さんです」
「実はその確認をとるために今朝鴻ノ江食堂に使いを出していたんだけど、いまその連絡があってね。もちろん空君は不在だったそうだが」
「そうですよね。ここにいますから」
そう言って笑いながらも、陽一さん手が早いな、と、一瞬考えた。
しかし俺だって、もし陽一さんたちがいるかもしれないと知ったら、すぐにでも飛んで行ったことだろう。
「それでね、その空君を助けてくれた二人を呼びたいんだけど、いいかな?」
「もちろん構いませんけど、なぜ?」
「第一に、空君を助けてくれたお礼を言いたい。褒賞も出す。そして、二人を呼びたい理由はもう一つあってね」
さすが大公、太っ腹だとは思ったが、もう一つの理由というのが気になる。
国のトップが一介の猟師に何の用があるのだろうか。
考えるよりも聞いたほうが早いと、このとき俺は思った。
目の前に理由を知っている人がいるのだから。
「それは?」
「君が入っていたシェルターの場所を特定したいんだ」
「あのシェルターになにかあるんですか?」
つい聞き返してしまったが、あのシェルターにはろくなものがなかった。
もし価値があるものがあれば、俺が持ってきたはずだ。
持ち歩ければの話だが。
「あのシェルターには特別な素材がふんだんに使われていてね、その素材はとても貴重で今では手に入りにくいものなんだ」
「へぇー」
とは言ってみたが、特別な素材とは何だろうか。
俺にはまったく分からないから後で聞いてみようか……
「ああ、もちろんあのシェルターは今では君の所有物ということになるから、我々が買い取ることになるけど、いいかな?」
大公の陽一さんが特別な素材と言っていた。
しかも、ふんだんに使われていると。
とすれば、そうとうな大金の可能性がある。
金が手に入るというならありがたいことに変わりはないが、いきなり大金が手に入っても身を滅ぼしかねない。
それに、俺にはあのシェルターをもらった記憶がない。
「え? あれって、陽一さんの会社のものじゃないですか」
「もう会社は存在しないし、何千年も空君が使っていたものだからね。完全に君の所有物だよ」
「はぁ…… 俺としてはお金が貰えれば嬉しいですけど」
とは言ってみたものの、おそらくは大金だろうから、どう管理すればいいか、そのときに陽一さんに相談しよう、と、俺は考え、一旦棚上げしておくことにした。
家でも買えれば色々と都合がいいだろうし。
それに、陽一さんは何千年とも言った。
俺はいったいあのシェルターに何年閉じ込められていたのだろうか?
「詳しい話は食事のあとにでもしようか」
そう言った陽一さんは、報告に来た和服姿の人に耳打ちすると、俺を昼食の場へと案内してくれた。
そのすがら俺はといえば、突然食堂からいなくなって、遥たちが心配しているだろうな、などと呑気に考えていた。
あのネックレスをしていたことは不注意だったかもしれないが、自分が悪いことをしたとは思っていない。
しかし、突然いなくなって遥たちに心配をかけたのなら、謝るべきなんだろうな、と。
ここまで考えて、こうも思った。
遥たちを呼ぶことを、つい何も考えずにOKしてしまったが、果たしてそれでよかったのだろうか?
迷惑にならないだろうか?
一花と遥と俺の関係が、気まずいことになりはしないだろうか?
俺はもしかしたら、とんでもない地雷原に自ら足を突っ込み、阿波踊りでもしようとしているのかもしれない。