第五十五話「“これは私の意志なんかじゃない”」 2
ドンッ!!
雨音は、泥と石、そして水が入ったバケツを、揺に投げつけようとした聖華を、自分の身体で思い切り押してしまった。
幸いバケツの中の水は零れてはいなかった。
がしかし、バケツの水は零れていなくても、雨音の恐怖は零れていた。
「な、何すんのよっ!」
「っ!!」
ハッとなる雨音。焦りだすと都子がこう言い出す。
「聖華、大丈夫よ。水音さんはただ自分がぶっ掛けたかっただけよ」
にっこりと、不気味な笑い顔で――。
「ふーん、そうなの? 水音さん」
「えっ…………――」
答えに戸惑う雨音。
それを見て、揺はあることを言おうとした。しかし、色んな意味でいうことは出来なかった。
「……うん」
「なーんだっ。ならそう言ってくれればよかったのにっ!!」
「違うの」
「何が」
「この水を、倉本……さんにぶつけたら、黒板とか汚れちゃうでしょう? みんなの服も」
そう。
揺は黒板をバックに皆に囲まれている。逃げ場などまったくなかった。
と言うのを盾にし、雨音は嘘を言う。
皆、最初は疑いの目をしていたが、しばらくそんな状況が続くと信じる瞳にかわる。
「あー! なるほど。そういうこと。水音さん、あんた頭いいんじゃない?!」
と都子。
「今まではどんくさかったけど、今の言葉で見直したかも!!」
と亜来。続けて麻子が『あたしもあたしも!』と付け足した。
――違う。そんなの嘘に過ぎないよ……。私に倉本さんを傷つけることなんて出来ないっ!!
だからって、地獄の日々に戻るの嫌…。
それに、これは……これは…“これは、私の意志なんかじゃない”。
だから……だから……――
雨音は出てきそうな涙をぐっとこらえる。
今は耐えているが、いずれ流れる。
そのことは、雨音自身一番分かっている、のかもしれない。
「…あの、私、ちょっと用事思い出したので……。あとは皆さんで楽しんで…ください」
――何が“楽しんで”よ…。私最低。なんでさっき外で『最悪』とか『裏切り者』とか言われた理由がよく分かる…――
理解した。何故、『裏切り者』など言われたかと言うことが。
雨音はトイレまで走り出した。その時。
ドンッ!!!
「きゃぁっ!!」
誰がとぶつかってしまった。
「? 大丈夫ですか? あ!! 貴方は……」
「……え?」
虹ノ空色学園の近くにある公園。
「阪坂さん…ですか」
「知らないですか?? 私、貴方と一度お会いしたことがあるのですが」
「?? あっ、まさかあのときの…」
「はい。あのときは大変失礼御座いました!! 聖華お嬢様のご友人だと言うことを知らず…」
どうやら、雨音がぶつかったのは、聖華のボディーガードの“阪坂 可南子”だった。
雨音は『聖華の友達』と言う可南子の言葉に疑問を持つ。
「違うのですか? 聖華お嬢様はそう言っていたのですが…。昨日くらいに」
「(ああ、そうか。倉本さんをいじめることになってしまった私は、古河さんたちだけでなく聖華さんとも友達になったことになってたんだ!)」
納得できた雨音。続いてこう言った。
「あの、ごめんなさい。あの時丁度水綺羅さんと喧嘩してた最中だったんです」
「そうなのですか……」
――…………違うに決まってる。
私、水綺羅さんなんかと友達なんかじゃない。水綺羅さんなんて友達じゃない。
あんな人、友達なわけないじゃないの……。
今まで散々いじめられて、一番酷い時は『死んじゃえば』って言う陰口。
そんな人、友達なわけない――。
聖華なんて友達じゃない。
自分にそう言い聞かせる雨音だが、流石に聖華のボディーガードの前で『あんな人友達なわけないじゃない』といえる筈がなかった。
雨音はぐっと唇を噛んだ。
「――なわけない……」
「え?」
すると聖華がやってきた。
「水音さんっ!」
と言う聖華の声も聞こえず。雨音は聖華が来たことを知らずにこう言ってしまった。
「あんな奴、友達なわけないじゃないですかっっっっっ!!!
散々私の悪口言って、私をいじめて…。現に今いじめてるんですよ!?
そんな人……水綺羅さん、友達なわけない!!」 |