第三十四話「自殺」 3
雨音はそう強く思いながら、ペン立てから一本のカッターを取り出す。
取り出すと、カッターの刃を出す。そして持つ部分をギュッ…! と強く握り締めた。
そしてそのカッターの刃の部分を、左手首に近づけ、その瞬間思い切り切った。
グッ…!
「っ…――!」
切られた左手首はがたがたと震えていた。雨音の目からは痛みによって涙が出る。
すると、切られた部分からツー…、と少しの血が。そしてそのままボダボダ……! と流れ込んでいた。
その血は、床へと落ちてゆく。
痛みはどんどん強くなり、広がってゆく。
辛くなってきた。
でも……。
もうこのつらい日々から抜け出せる。だから、死ぬくらいどうってことない。
そう思いながら雨音は痛みを必死にこらえた。
「うぅ……っ!」
手から大量の血が。
雨音の左手はガクガクと震え始める。
――こんなことして、貴方は本当によかったと思っているのですか?
「!」
頭の中から天使の様な声がした。が、その声は自分に似ている声と姿。
――っるっせーな! オメーは黙ってろ!!
次は、悪魔の様な声をした雨音そっくりの声と姿。
天使と悪魔だった。それも姿と声は雨音似。雨音は
『な…に……?』
と心の中。
痛みで意識は遠ざけてる為、声は出ない。
――こんなこと…悪い事してよかったのですか!? 貴方のしてることは…間違ってます雨音さん!
天使の声。
――うるせぇ! コイツが悪いわけないだろう!? 悪いのはいじめどもだ!!
悪魔の声。
――それもそうですが……。自殺してしまえば全て終わりです!(手首、痛い…)
――だまれよ! お前はこいつの気持ち考えたことあるのかよ!(手首いてぇ…)
互いに言いあっている。その後に『手首痛い』と思う。
二人はそのまま言い合いを続けた。
心の中で雨音は
『何…? 何起こってるの…? 私の中で、いったい何が……?(手首痛い……)』。
思っていたが口には出せずに居た。
言い合いは、ただただ続くだけだった。そのまま。
――わかりますよ! 私は雨音の一部!
――私だって雨音の一部だよ!!
――それもそうです! だからこそ死なないで居るのでしょう!? 違いますか!?
「(や……めて…。さわ、がない で……。うる…さい……――手首痛い…)」
『やめて』。
『さわがないで』。
『うるさい』。
『何が起こっているの』。
『手首痛い』。
雨音の頭に浮かぶのはこれだけ。
五つ目の『手首痛い』は、雨音も天使も、悪魔も思っていたこと。
でも互いに言い合えない。
――同じだから死んでもかまわねーんだよ!!
「(何…それ……。どういうこと…?)」
――死んではいけません!!
「(いいの、死んでも…)」
――ほら、本人が死んでもいいっつってんだろう?
今、三人の雨音の言い合いが始まっていた。
さっきまで、二人の言い合いだったのに。人数が増えてしまった。
「(はは、わた…しは……倉本さんは桜花ちゃん、揺雨みたいに強くはなれないの…。だか…ら……だから…)」
――他人は関係ありません! ――他人はカンケーねーよ!!
二人の雨音は同時に言った。
怒鳴られた雨音は、『え…?』とぼやく。
――他人は他人でお前はお前。他人なんかカンケーねーよばーか。
――おっしゃるとおりです。他人は関係ないんですよ?
吃驚なこと。二人の雨音の意見が珍しいことに合った。
さっきまで全く正反対なことを言っていたくせに……。雨音はあぜんとした。
『関係…あるよ……』。おびえた声で雨音。
――カンケーねーんだよ!! そりゃ同じ人間かもしれねェぞ? じゃあお前は同じ猫で同じ毛色の猫を“同じもの”としてみれるのか? 他の生き物もそうだ!! 大事なのは……
――そうですよ。たとえ同じ“種類”だとしても、違うのです。大事なのは……
『中身』――。
「(!!)」
『大事なのは中身だ』。その言葉に雨音は驚いた。
二人は、本当は天使でも悪魔でもなく『神』だったのかもしれない。雨音だけの。
雨音は疑問を持った。
天使と悪魔なのにどうして同じ意見なの? と。
そして、気がつけば……手首の痛みのことなんて忘れていた。
忘れていることを思い出す雨音。
「いたっ!!」
感じなくなっていた痛みを思い出してしまった雨音。
左手首にかなりの激痛が来た。
ボロボロと流れる涙。
ぼたぼたと流れる血。
ガクガク震える左手首と全身。
完全恐怖だった。
その痛みの所為で、雨音は意識を失ってしまったのだった。 |