1鈍色
ここにいると何も思いつかずやる気もしない。ただ眠気ばかりが襲いそれにあらがう節度もない。良い感じがどんなだか、通常の慣習がこうあるべきだとか全然解決の糸口さえ毛ほどのすきも見せなかった。
ただ思い出して追うものはいつも青色でそれは信号の色ではなかった。水平線がなく、つまり海と空の際が見えない日もあるのだといったら君は目が悪いからと言い返えされるかもしれない。後ろを振り返れば海鳥に注意の看板や切り取られた山肌の地層の隅々と首をもたげた重機の黄色のまぶしさの中にも汚れを見いだすことができる。こんな日は海のもやに対して逆側が澄んで見えるのだがとにかくそうなんだ。
そういう日だった。その日から始めよう。
ぼくが追いかけている青はそうそうお目にかかれるもんじゃあない。その日はそうだった。
お目にかかれなかった日なんだけど、収穫はある。
対応のいい販売の店員がぼくの出した数字に驚きを隠せずぼくはくすっとしたとかはさておいて。薄い光でも照らす海の反射はさまざまな形態をとる。良く晴れた日とは限らない。あの青に至るための分析をぼくなりに推し進めて持っている教訓だった。これはと思った。墨色、小豆、灰に紫を垂らして鉄の錆びたのを溶かし込んだ感じの海の色だった。
にび色?。の感じ。帰って確認をしなければいけない色だった。たしかこういうのをにび色のといったはずだ。これはこれでいい。
海はとどまっていないのがいい。波しぶきは白だし光があたった一部はその時と場所、見る角度により変わる。夕日の美しさも良いがぼくが求めているのは太陽が沈んでから夜の漆黒が訪れるまでの間にある。偶然つつまれた青に、あの青をどう表現するかもだが、どうすればまた出会えるのか、毎日は無理だろうというのは解った。こうこうこういう条件の下この時間この場所この角度で出会えるという定義を探していた。それが解ればそれに向けて生きていけるのだと言うのはおかしな事だろうか。
いつもの窓から眺める景色が真っ黒になり全体が木や家や電柱や道路、自動販売機が黒で一気に塗りつぶされると同時に息が詰まった。苦しくてぼくは目を覚ますほかなかった。
隣に体温を感じさせず女が寝ておりほどけかかった寝間着より見える存在が柔らかいのが見てとれた。ふれると熱くもなく呼吸はかすかだった。ぼくは柔らかさだけを楽しむつもりでそれと解け合おうとしてもつれた。どうこうしても体温は感じず女を裸にひんむいても中身はまだ何重にも覆われている皮膚だった。目を開いたのを見てない。吐息は薄紅。
熱くぬれた部分を探し当て、探し当ててしまいそれが終わりを予感させた。ただ柔らかさを求めるつもりががたがたと崩壊を目覚めさせ女は目を開いた気がした。何か言葉を発した気がした。ぼくは聞きたくも見たくもなくただ終わらせた。また眠った。
2群青
8月の色というのがあってそれは7月のものとは違う。8月は紺碧で7月は菫色。その中間の時に見られるのが群青色というのはただのぼくの感覚に過ぎない。青を求めるに当たり何かと何かの間にあるというのはなかなか重要なことだ。群青はかなり近い感じだが間違いやすい。それはぼくの中で8月の紺碧が太陽の下にある色に対して7月の菫色はどうしても夜を感じるためだ。求める青が太陽が落ちてからの時という時間帯からすれば菫色はかなり近いがもう一つ足りない。それに何かを加えていくとすれば夜の黒に近い色だが違う気がする。時間を戻しそれこそ紺碧を引っ張ってきても良いのだがまた振り出しに戻る。色の足し算から時間を割り出す。それが朝の色になったり昼の色になったり、ぼくが求めるのは太陽が沈んで夜になる、子供の時分に感じた少し怖い真っ暗な夜がやってくる夜の前の多分少しばかりの稀少な時間のことだ。
時の感じというのは人それぞれらしいのは前に連れだった静香が教えてくれた。ぼくはついに昨年の5月17日のすばらしさと今年の5月21日のすばらしさを彼女に理解させることはできなかった。反対に彼女が言う泥を食べるという表現や摂取するという感覚がはたしてぼくにどれだけ伝わったか知らない。
彼女は花でぼくはそれを海に連れて行き萎れさせた。そんな感じだけは掴んでいた。
砂利を蹴ってほこりが舞ったんだろう。太陽だってみえやしない。だろうさ、ぼくも下なんて見ないが上の奴もまっぴらさ。目を伏せ挨拶する。缶が投げてよこされ昨日の賭けにぼくが勝ったという証だそうだ。目眩がするいつもそうだ。早く早く。早く早くだ。勝っても負けても人生は続くだ。だから急ぐんだ。勝っても次の次に進むんだ。負けてもそうだ。次に早く急ぐ。扉は最初は開いてるんだけどいつの間にか誰かが閉めていて就業時間まで誰かがやっぱり閉めているんだ。それは上を見ず振り返らずだ。前に進むんだ。
3紫紺
5時から6時の間だったか。6時が過ぎたあたりだったか。いや過ぎていない。もっと時を絞る。記憶をたどる。5時半から6時の間。これ以上は不確かすぎる。日付は、その時間に日が沈んでいるのは3月の終わりか。
ああそれは車の助手席。仕事を終わらせ北へ向かう。途中の海辺の街。うねうねと細い道すがらすね毛さんだる漁師の自転車とすれ違う。窓を開けた。青に染まっていた。空気から違った。呼吸をした。ぼくは車を止めてもらい。すぐそこの海を岸壁から望んだ。溶けていた。
これは何だと音にしたかった。空を溶かした心地よさが漂い光がどこから集まっているのかわずかな光をかき回して何度も反射させはじけて消えていくようだった。実質わずかな時間だった。暗くなり目が見えなくなり。自分が何を見ているのか解らなくなった。自分の皮膚を確かめ蒼く塗られた痕跡を期待した。黄色の光にあおられたくなかった。蛍光灯の下酒を酌み交わしても酔いは回らずもっと繊細で巨大な圧力が細胞の隙間を埋めていた。魚になった。水の中で呼吸できる。天界の座布団は薄くくるぶしが痛くなる。厠を探し偽の日本庭園のあらを見つける。煙草の煙を吹きかけ消毒する。幻があんなに美しいならこの世の存在は無だ。あれが現実なら乖離した日常は不完全を証明して晒している開き直りの少しの過去だ。青い砂糖を溶かして口に含む。その口の中。咀嚼せずに垂れた滴の雨だれ。目を開けたまま眠り記憶の彼方で呼吸を止めている自分を見ていた。
4錆
なぜかそのときが終わるのを知っている。それはなぜなんだろう。日々見ているものが緩やかになったり早くなったりするからなのか。目覚めから始動まで誰がその綱を引いてくれるのか。興奮と緊張のさなか心臓の鼓動が聞こえるのはなぜか。海が飲み込む自分を知っている。首から上を出して浮かんでいる姿は何か愚かだ。砂浜から海に入る。足の指先が白波に晒されるのもわずか。大概の海の楽しみと明るみにされている部分がここにあるらしいのだが先に進むと子供以外誰もよく言わないのだが恐ろしさの原点的なものを感じる。自ら進みゆく先の恐ろしさが募り幾多の波を越えるのだが恐怖の克服には至らず。先が見えず予測できない。急に深くなるともう足がつかない。そこからは常に岸を意識する。帰れるところまでを計算する。体力の残りが半分でそこで引き返せばという考えは浅はかだとしる。急に静かになる。音があるはずなのに同じ音を規則正しく復唱する為か危険という流れを打ち消すことができない。
海の底から見上げる太陽。腕を伸ばし手のひらを指の一つ一つに力を込め無限の広がりを見せる光を獲得する。
5灰青
心とらわれる。魂が抜けたような。言葉があるということはかつても今もそうあるということ。青い夕暮れに出会ってからいつもそうだった。失ったものをその現場に立ち会うことによって取り戻せるなどと考えたわけではなかった。ただ求めた。また失うことを求めているといわれればそうともいえた。自分が黒い影となる。影はもう地にうつらず空気に自らが黒く染まる。依然として空気は青く黒い自分は青を吸い込むことで濃淡をわずかばかり取り戻すがやがて呼吸がとまる。
6青緑
お父さんは飛べない鳥だ。こっそり私に日記を見せてくれるがそこに書いてあることは何を言おうとしているのかわからない。私はやっぱりこっそりお母さんに見せるのだがお母さんもやはりわからないのだという。そして飛べない鳥はいて飛べなくとも羽根がありそれでも鳥ということを聞いた。病院からでられないお父さんはかわいそうだ。病気の名前はしらない。検査の為の準備と検査の本番。これがお父さんの1週間で1ヶ月でもう1年になろうとしている。最初お父さんが病院にいると言われたときは驚いた。会いに行ってみるとお母さんに言われても何も言えなかった。会うとああお父さんだと思ったので驚いた。お父さんはあまり話しができないのか私に日記を見せてくれる。書き終わった日記は私にくれる。どうぞと言い、大事にしてくださいという。それはほとんど文字で空欄が全部埋まっている日記帳でとても貴重な物に見えた。お父さんは検査を受けなければいけない人だ。いつまでも受け続けるのだ。それが対外的な仕事なのだ。そうしなければお父さんはどこか別のところに行ってしまうのだという。だから私にははじめお父さんがいなかったのだろう。お父さんがいるためお父さんは病院に入って検査を受けている。異常はない。お父さんはもう長い間病院で検査を受け続けているがじっとしている。結果がでないからだ。いつだったかはしょうがないよといっていた。お父さんは眠って起きると体が疲れているのだそうだ。けれど起きていると眠くてしょうがないのだという。起きているときは心のほうが疲れるんだろうと思う。それはなぜだかは知らないがそう思う。そして眠ってしまい。起きると疲れている。困った話しだ。週に何度か検査をして測定をする。そうすることで何かかしらの関与をしてあげるのだそうだ。それはお医者さんのお話の中にあった。食事も用をたすこともお風呂も歯磨きもすべてこなせるお父さんは正常だ。ただ、ここにいない感じがするのはどの患者よりもそうだ。身だしなみもきちんとしてひげも剃る。髪もさっぱりとしているし、外に出て並んで歩いても若く見えるしいいお父さんだ。
ただお父さんは感情を切ってしまう。眠いと言っているうちはまだ良いほうで、黙ってどこでも横になるかと思うとどこまでも歩いていく。頭が正常なので空港で旅券を予約したりすることもできる。誰よりも手早くどこかへ行こうとする。一直線に目的地へ向かう。
日記を読んでいくうちに青い場所を探しているのがわかる。お父さんの生まれは小さな港町でそこに行きたいのだろうと思ってお母さんをけしかけたら違った。
7 白群
梓という女性がいて私が孝太郎さんからその女性を引き離した。無理矢理にでも巧妙に
それとしらず二人は別れていった。私には自身があったしうまくいった。今の状態だってそう悪くは感じない。私は今も幸せだし彼も手に入れたはずなのだ。私は彼が本当に欲しいものを知っていた。それを与えられるのは私だけだった。彼は手に入れたのだ。そして彼はそれからずっとそこにいる。それを手放そうとしない。だから彼は幸せなのだ。私もそれを望んでいる。ぼんやりとした彼を車に乗せて外に連れ出せるのは妻である私だけで彼は私の姿を見るなり外出の準備をし自ら外出手続きの段取りを組む。今日も見事な仕上がりでいつものこととはいえものの数十分で支度ができた。私は海沿いの道を時間をかけて運転した。彼がかつて得意とした道と場所と時間までをなぞるようにたどる。彼は覚えているのか思い出しているのかはしらない。どちらかといえば忘れているように感じる。
私は当時彼が言った言葉を繰り返す。私はこの景色が最高に好き。これは世界的な景色よ。そうおもうでしょ。そしてこの先の小さな家。こういうところに将来住めたらすてきね。私は彼を迷路に落とすつもりはなくしかし彼はその言葉が自分が言ったものとは思い出せないのをいいことに利用していた。彼は共感をしめす。それは当然だ。私は満足感を得、駐車帯に車を止める。風が心地よいのだ。ちょっとした心のささくれも取っ払って時間が過ぎていく。時間配分もほぼ完璧。夕日がかすむ。街が溶け彼は堤防に横になって私は隣に座る。私は猫のようにじっとしている。背を立てた猫は正面から来るものには動じない。彼の見据える方向からのものにはすべて対応できる。びくっとして振り替えると若い二人ずれが車で乗り込んできたが先客がいたため切り返すところだった。後ろ後ろ、後ろに注意。だから前に進まなくては、何かいつも追いついてこられそうな不安が私にはついてまわった。先に進むことができずとりあえず前を向くだけ。同じ場所で、そこにいる限りぼろは出ず何度もやっていける。だがいつも感じる不安。そろそろ行きましょうか。私は彼を促し車を流す。少し冷たくなった風が夕日の残りをもらった体の上をなめっていった。
この腕が少し海の臭いがするからと抱き合ってむさぼった。 彼が一番星を見つけ、それはそんなに珍しくも何ともないのだけれどもその響きに惹かれて上を見上げる。そのかすかな光はやがて闇に彩られるがあまたの星の中で隠れ見失う。
それもこれも同じ事の繰り返し。だが私には大事な日常であり仕事でありそれをなくした一切は考えるきにならなかった。
8翡翠
私のお母さん。私のお父さん。どちらも困る題材の宿題でこうした風なのはまいってしまう。夏休みの旅行の話しを書いたりだとかなんだとかどんなことでもいいと言われても困るものは困る。それでいて困った顔を見せようものなら先生に廊下で呼び止められて特別なはかりごとを授けられるのもいやだ。ああいやだいやだっていうのは友達の智ちゃんの口癖だが私はそれが智ちゃんの母親のそれだと知っている。私の口癖はなんだろう。とにかくとりあえず母の事を書くのが無難だと思われた。そして提出の際には先生の目を見て絶対発表させないでくれ目線で訴え思い出させる。私の家庭の事情なんて先生は知ってるはずだ。でもいまは忘れている。最後まで忘れていることもあるから気を遣う。間違いがないように、晒されないように。
時々全部ぶちまけたい気分になっちゃったりもする。私の母は働いていません。父は病院です。一緒に暮らしたことがありません。
でも普通です。楽しいときもあります。この前母と買い物に行きました。母と料理がとても上手です。近所のお魚屋さんで大きな魚を買いました。その魚の名前は忘れてしまったけれど魚の料理を習いました。私は母の隣で包丁を使い魚をさばきました。魚を料理することをさばくというのだそうです。私は魚の中身をはじめて見たときはびっくりしたけれど母は平気と言ってくれました。料理は慣れることなのだそうです。毎日母は料理をつくってくれます。私は母を尊敬しています。
こんなところだろうか。最初のところはもちろん消去。あとは母というべきかお母さんというべきかここら辺の境目がわからない。後で智ちゃんに相談しよう。
9露草
点滴の管を青くしてください。我ながら妙なことを言ったもんだ。看護師は取り合ってくれず聞こえないふりをした。それ以上は言わなかった。窓を開けて隣の仕切りから甘い香りが流れてきた。ここでも生活がつくられていた。若いのはぼくだけだった。飽きずに若くない奥さんが毎日面会に来る。画面で見ているようなお茶の間が展開される。どこも同じ。香奈恵がやってくるのは明日だったか。ぼくはもうここを出たくないのかどうなのかわからない。もういいはずなのだ。ぼくが決めるだけなのに決めれない。病院の生活はとよく人はいうが言うほど文句はない。眠って起きる。ご飯を食べる本を読む。院内を歩く。
ここには色がないだけだ。ただ選ばなくていい。決めることはできない。ただこうしていつまでもいるんだろう。やがていることが病気となりそれはもうわかっている人にはわかっているんだろう。香奈恵の父親の息がかかっている。決めることができない。決めることがなぜできないのか。決めているはずなのになぜか寸前でやめてしまう。違う事を考えようとして組み立てることがおっくうになって投げ出してやっぱり最初の決断にもどる。ただ大事に抱きかかえている冬の毛布のように。何かが足りず。息が腐っていく。新鮮な模様をはじける感覚をといっているうちに眠くなる。眠る。またはじめからだ。起きたら、妻がいて笑っていた。
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