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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結) 作者:Y.A
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第五十話 石山での大宴会

「次はその書類だ、確認してから入谷様に渡してくれ」

「はい、わかりました」

 病気が治った大谷吉継は、江戸城内において雑務に追われる日々を過ごしていた。
 津田家では、仕官するとまずは一年間ほど様々な部署に回されて下働きをさせられる。
 この出来でその人物の得意、不得意分野をはっきりとさせ、それから正式な部署に回されるのだ。

「お前は器用だな」

「そうでしょうか?」

「人間、大抵は得意不得意があるからな。その点、お前は何でも器用にこなす。殿に目をかけてもらえるかもしれないぞ」

 上役から褒められた吉継は、その後も油断せずに書状を処理していく。
 しかし、今までに見た事もない見事な書状であった。

 書状は誰にでも読みやすいように、文字と書式がすべて統一されている。
 難しい言葉遣いや用件に関係ない無駄な修飾語などが除かれており、わかりやすく合理的で、これにより相当に業務が効率化されていると吉継は気がついた。

 吉継も浅井領でいくつかの書状を見た事があったが、人によっては文字の崩し方が極端で判読に時間がかかったり、何が言いたいのかよくわからない書状もあった。
 そういう不具合を解消した統一された書状により、津田家の統治は効率よく進められているというわけだ。

「もうお昼か……」

 津田領内には時刻を知らせる鐘が設置されており、お昼になると一部の者を除くと昼ご飯を食べる仕組みになっていた。
 江戸城内の食堂で食べるのも、城外に出て外食するのも自由であったが、吉継はまだ禄が低いので食堂をよく利用した。

 津田家から補助が出てとても安く食べられ、味もよかったからだ。

「こっちだ、平馬!」

 食堂に行くと、ここで友達になった石田佐吉と長束正家が先に席を取って待っていた。

「今日は何だ?」

「鮎の塩焼きだ」

「それは豪勢だな」

 玄米七割麦三割のご飯、ワカメの味噌汁、冷奴、アユの塩焼き、ふろふき大根、大根の葉の漬物。
 これだけの食事が格安で食べられるので、食堂は常に混んでいた。
 中堅以上の身分になると城の外に食べに行く者も多いのだが、若い三人はお金がないので食堂の飯はありがたい存在であった。

「新三郎、そちらの仕事はどうだ?」

「今、勘定方の仕事をしているのだが、津田家では恐ろしい額の金が動くな」

 津田家は銭で禄を出し、その他すべての支出を行っている。
 処理すべき業務は膨大で、しかも一銭の過不足も認められない。
 たまに勘定が合わず、再計算で夜遅くまで仕事をする事があると正家は吉継に説明する。

「佐吉はどうなのだ?」

「今は、警備隊へ物資補給をしている部署で、その補佐という感じだな」

 津田軍は常備兵制度なので、常に大量の物資を消費する。
 輸送する物資の購入や保管に、必要な量を必要な場所に輸送しなければいけないので、毎日膨大な量の事務処理が発生するのだと佐吉は説明した。

「平馬は何をしているのだ?」

「今は、人事評価の補佐だ」

 吉継は、正家と佐吉よりも色々な部署に回されている。
 どこでも評価が高いので、実は将来の幹部候補だと光輝に目をつけられていた。

「平馬は何でも得意だからな。羨ましいよ」

「そういうのは、逆に器用貧乏だと言われそうだがな」

「いや、平馬は出世しそうだがな。俺は算術の才能があるそうで、見習い期間は短縮で勘定方に配属だそうだ。津田家では財務というらしいが」

「私は補給などの軍政畑が向いていると言われた。多分、このまま配属されると思う」

 正家は勘定方の幹部候補として、佐吉は軍政官見習いとして配属が決まりそうだと話す。

「俺は、どこに配属されるのかな?」

 などとのん気に話をしていた吉継であったが、それからすぐに武藤喜兵衛の補佐官として抜擢される事になるのであった。




 天正七年の正月、石山では丹羽長秀による巨大な城塞の建設が進んでいた。
 城下町の割り振りも行われ、信長は堺の商人に石山への移転を命じている。

 まだ完成にはほど遠いが、長秀は別館とする予定の屋敷を建築。
 信長は、ここで政務を執るようになっていた。

 石山城の完成までは、大和を与えられた滝川一益が軍勢を派遣して自ら護衛を行い、主君信長の安全を守っていた。

 新年になり、信長は諸将に新年の挨拶に来るようにと命じている。
 当然、光輝も御供を連れて石山へと向かう。

「石山だから、船で行けるのがいいな」

「そうだね、気持ちいいね」

 光輝と今日子は、江戸から九鬼澄隆が自ら操船する快速クリッパー船『江戸丸』で石山へと向かう。
 石山の屋敷に到着すると、信長が上機嫌で光輝達を出迎えた。

「ミツ、今日子、よくきたな」

 所領の多さと、高度な独自技術を多数持っている事などから、信長に光輝を討ってそれを奪うべしと讒言する家臣は多い。
 その筆頭は柴田勝家であったが、信長はそれを行わなかった。

 もう二十年近く、一度も信長の期待に沿わないどころか常にそれ以上の成果をあげ、織田家に多大な利益をもたらした人物なのだ。
 更に、跡継ぎの太郎には自分の可愛い娘も嫁がせる予定でもある。
 信長には、光輝を討つという選択肢は思いつかなかった。

「弾正ではなく霜台か。そなたもよう来た」

「へへっ」

 光輝の船に、駿河を領する松永久秀も同行していた。
 すんなりと大和を譲り、息子の久通に家督を無事に継がせた久秀は、出家して霜台を名乗っている。
 今はコーヒーや紅茶を用いた茶道を完成させるべく、毎日奮闘していた。

 もっとも、彼の出家名はあまり使われていなかった。
 実は今も松永家の運営に関わっているので、半分現役みたいなものだからだ。

「サル、残念ながら一番ではなかったな」

「おや、津田殿はもう到着ですか。少し寝坊したためかもしれませぬ」

「言うわ、サルよ」

 秀吉は、甲斐を上手く統治して領内の金山を把握。
 産出する金を使って、播磨攻略に成功した。
 旧武田家の家臣を多数雇い、精強な彼らを使って毛利軍との戦も有利に進めている。

 今日は、弟の小一郎と竹中半兵衛と黒田官兵衛に留守を任せて石山に来ていた。

「半兵衛が、今日子殿にお礼を言いたいといっておりましたぞ」

「大した事はしてませんから」

 半兵衛は労咳が完治し、今も元気に対毛利戦を戦っている。
 それに対するお礼を今日子に言いたかったのだが、今回はそれがならなかったようだ。

「津田殿、お久しぶりです」

「これは、利家殿」

 続けて加賀半国に領地を持つ前田利家も現れて、光輝に挨拶をする。

「又左、そのような奴に挨拶は無用じゃ」

「左様、早くこちらに来い」

 それを見た越前を領する柴田勝家と、もう加賀半国を領する佐々成政が、光輝に挨拶など不用だと嫌味を言った。
 勝家の下で働く事が多い成政も、有名な光輝嫌いとして有名であった。
 そのおかげで、成政は勝家に気に入られてもいるのだが。

「申し訳ない、親父殿は最近戦がなくて鬱憤が溜まっているようでして……」

 真面目な利家は、光輝に謝ってから勝家のいる場所に戻って行く。

「又左殿も大変ですな。柴田殿は一揆宗残党の討伐か、越前の統治ばかりで戦が恋しいとか」

「秀吉殿、私には理解できませぬよ。領地を開発して富ませる方が楽しいと思いますから」

「まあ、津田殿はそうなのでしょうが、世の中には戦が三度の飯よりも好きな御仁がいるのですよ」

 光輝には、勝家の戦好きが理解できなかった。
 自分の害になる存在は容赦なく排除するが、別に戦争が好きではない光輝には理解できない思考である。

「戦が好きというのも勿論ですが、常に己の功績を大殿に対し誇示したいの方が正しいですか……」

 秀吉の情報によると、勝家は昔に信長を排し弟信勝を織田家の当主にしようとした事があったそうだ。
 そういえば、前にそんな話を聞いたような気がする。

「林殿もそうですが、許されたとはいえ大殿に背いた事実は消えませぬ」

 だから、常に信長に対して功績をあげ続けないといけないという、一種の強迫観念にも似たものに苛まれていると秀吉は考えていた。

「そういえば、林殿は隠居するとかで……」

 同じく信長の筆頭宿老でありながら信勝についた林秀貞は、これまでずっと名目上は筆頭宿老のままではあった。
 だが元々文官肌で、織田家拡大の功績でいうと後輩達に大きく抜かれ、領地もほとんど増えていない。

 大分前から、名ばかり筆頭家老の状態が続いている。

「林殿の嫡男通政殿は大殿のお気に入りですから、隠居を迫られたのでしょう」

 秀貞の嫡男通政は『槍林』の異名を誇る豪傑で、信長からの信頼も厚かった。
 信長からの要請もあったのであろうが、秀貞は林家のために隠居する決意をしたようだ。

「石山攻めでも、槍林殿は大活躍しましたからな。その褒美と林家当主就任の祝いで伊賀を賜ったとか」

 現在の伊賀は、光輝の開発のおかげで治めやすい土地になっている。
 お気に入りの家臣へのお祝いとしては最適かもしれない。

「そう景気のいい話ばかりでもありませぬが……」

 石山陥落後に、信長によって改易された者もいる。

 まずは、尾張国知多郡東部から三河国碧海郡西部を領する水野信元、水野家は織田家徳川家双方に影響力を持っていて、それが信長から警戒されたのかもしれない。
 公式な改易の理由は、石山から命令を受けて織田領内各地で蜂起した一向一揆衆に食料を供与していたという事になっている。

 三河の領地は信元と不仲で徳川家の家臣になっていた忠重に与えられ、尾張の領地は織田家の直轄地となった。
 すべてを奪われた信元は絶望し、そのまま腹を切って自害してしまったそうだ。

 西美濃三人衆の一人安藤守就も、一族と共に領地を追われている。
 その理由は、守就の旧主斎藤龍興が石山に籠城しており、彼と内通していたからという理由が公式なものとなっていた。

 ただ、彼の旧領は信忠に与えられており、追放の理由は織田家の権力強化が目的と見るのが正しいかもしれない。

「幸事、魔多しです。お互いに気をつけませぬと。おっと、他の方々もいらしたようで……」

 家内の争いで苦労している浅井長政、織田家の家督を継いだばかりの信忠、四国侵攻の準備をしている明智光秀、織田信雄、津田信澄に、浅井長政と共に対毛利で兵を出している織田信孝、その他にも多くの家臣が参加していた。

「皆の者、ようきた。今年からは、四国と毛利攻めに集中する事になろう。それが終われば、九州である」

 大評定も兼ねた新年会は、信長の音頭で乾杯をしてすぐに終わった。
 実は、家族も参加できる二次会の大宴会の方が本命であったからだ。

 屋敷の庭にはテーブルが置かれ、そこには様々な料理や酒が大量に置かれている。
 各々好きに飲み食いして歓談する趣向になっていた。

「ミツと今日子は、お茶売りか?」

 大宴会では自由な恰好をしていいと信長から許可が出ていて、彼は南蛮の宣教師からもらったビロードのマントと西洋帽子を着用していた。
 秀吉は農夫の格好で、他にも瓜売りや商人の格好をしたりする者もいて、一種の仮装パーティーでもあった。

「新しく製造しているお酒の副産物です」

 光輝と今日子は麦茶売りの夫婦の格好していて、麦茶の代わりに領内で製造を開始した日本酒の製造過程で出る酒粕を用いた甘酒を、陶器製のコップに注いで信長に渡す。
 これらはすべて、津田領内で生産を開始しているものだ。

「美味いな」

 下戸であまり酒が飲めない信長であったが、甘酒なので美味しそうに飲む。

「霜台はこーひーとやらに夢中で、サルはブドウ酒か」

 秀吉は、光輝の勧めで甲斐領内でブドウや桃などの果実栽培を開始、ようやく収穫できてブドウ酒の製造に成功していた。
 これらは関東にも出荷されて、甲斐に食料や財貨をもたらしている。
 好評なので、今も増産を試みている最中だ。

 光輝と今日子は、大量の鮭や、アワビ、ナマコ、クジラなどの海の幸に、清酒、焼酎なども大量に持参して、これらは大宴会にも出されていた。

「石山を降した今、あとは四国、中国、九州、東北を落とせば天下が届く。もうすぐだな、ミツよ」

「はい」

 信長は上機嫌で、招待された家臣達に自ら酒を注ぎ、珍しい料理やお菓子などを勧めていく。
 織田家の天下統一は目前にまで迫っていたが、それにはまだ幾つかの試練があるのだいう事に気がついている人は少なかった。
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