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第四十八.五話 愛(めご)姫とパフェ

「米沢って、特産品は何だろう?」


 伊達家を米沢から追い出した光輝は、この地をどうやって開発しようかと悩んでいた。

 早速カナガワのデータベースで探って、そのヒントを得たのだが……。


「うこぎ、雪菜、梓山大根、小野川温泉のお湯を用いて栽培したあさつきともやしか……スター選手がいないな……」


 仕方がないので、まずは米沢城と城下町の改修、新しい田畑の開墾、治水工事などを優先して領民達の支持を得ようとする。

 この地を長年伊達家が治めてきた以上、新参者の津田家は伊達家よりもいい治世を行わないと領民達の反発を招いてしまうからだ。


「米沢牛はないんだな……」


 前に、惑星ネオヤマガタにある新米沢のレストランで米沢牛のステーキを食べたのだが、この時代にはなかった。

 念のために探してみたが、農耕用で体が小さい牛がいるだけだ。


 ただ、それはわかっていたので、津田家では現在牛の品種改良から始めている。

 将来、東北や蝦夷が完全に支配領域に入ってから、本格的な畜産を開始しようと計画していたからだ。

 

 それまでは、養鶏と養豚を実施して畜産を行える経験者を増やしていた。


「あとは、リンゴとかサクランボとかか……これは時間がかかるよな」


 光輝は米沢視察を終えてから、この日は小野川温泉で一泊する事にした。

 温泉に浸かって、疲れを癒そうと考えたのだ。


「ふぅ……温泉は素晴らしいけど、宿と各種施設の改修は必要だな」


 箱根温泉の観光地化を推進している光輝は、支配領域にある他の温泉地も上手く改修を行い、観光客を増やして経済を活性化させようと計画していた。


 従来の温泉設備だけでは、光輝視点だとあまり客を呼べないと考えたからだ。


「温泉地までの街道整備などもあるからな。これは、泰晴、康豊、正信、義重達に丸投げするとして……」


 温泉に入り、食事を取り、あとは寝るだけと光輝が思ったところで、今回彼の警備を担当している本多正重が姿を見せた。


「殿、妙な男が殿に献上したいものがあると」


「献上ねぇ……」


 光輝が視察に行くと、大抵この手の輩が現れる。

 大抵は津田家によって領地を奪われた大名の一族か自称一族であり、光輝に媚びて領地を取り戻そうと考えている連中だ。

 そして、この手の連中が差し出す品は決まっている。


「大内定綱と申します」


 光輝の記憶だと、大内家は伊達家に隷属したり、田村家に隷属したりと、東北の小大名らしく複雑な立場にいたはず。

 田村家などと共に領主の座を追われ、津田家では当主行方不明の扱いを受けていた人物であった。

 生き残った家臣団は津田家に仕官したか、一揆を起こして討たれてしまったはずだ。


「俺に献上したい品があると?」


「はい、津田様も気に入るかと思います」


 大内定綱は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら光輝に媚を売る。

 この時点で光輝は、その献上品が何なのかがわかってしまった。


「お受取りください」


「……」


 献上品とは、女の子であった。

 古来より権力者に女性を献上して歓心を得ようとする者は多いが、定綱も同じであったというだけの事だ。

 しかも、その女の子は十歳前後くらいにしか見えない。

 完全に光輝の守備範囲外であった。


めごと申します。可愛がってください」


 無理矢理言わされているようで、その女の子は怯えて声が震えていた。


「なあ、お前の娘か?」


「いえ、何とあの田村家の娘なのです。田村家といえば、あの征夷大将軍坂上田村麻呂の子孫、津田様も気に入るかと」


 光輝もこの時代の歴史をある程度勉強し、坂上田村麻呂の事は知っている。

 だが、その子孫が田村氏などとは、さすがにできすぎであろうと思ってしまった。


 つまり、下賤な津田家に高貴な血を入れてやると、定綱はこちらを格下に見ているようだ。

 少なくとも、人に物を頼む態度ではない。


「(こいつ……)」


 加えて、この愛姫は定綱の娘ですらない。

 これで一体どうやって津田家に取り入るのだと、光輝は不思議に思ってしまった。


「どうやって田村家の娘を預かったのだ?」


「津田様はお気になさらずに。戦乱の世ではよくある事ですよ」


 定綱は、田村家が領地を捨てて逃げ出す時に、どさくさに紛れて愛姫を誘拐してきたのだと自慢気に語った。

 田村家を追い出したのは津田家なので人の事は言えないが、ひと様の娘を誘拐して他人に差し出す定綱はどうかと光輝は思ってしまう。


「ありがたく受け取っておこう。褒美は、江戸の本多正信に会ってから受け取ってくれ」


「ありがたき幸せ」


 定綱は、愛姫を置いて意気揚々と江戸へと向かった。

 きっと、失った領地を与えられると思っているはずだ。


「正重、小太郎の手の者に伝えておけ」


「ははっ」


 働きたければ普通に仕官すればいいのに、こういう事が平気でできる定綱のような人材は津田家には必要なかった。

 別に悪党でも構わないのだが、底の浅い小悪党など津田家にとって害悪でしかないからだ。

 そこで光輝は、江戸に到着するまでに定綱を処分しておくようにと命令した。


 失敗がなければ、彼は江戸に到着する前に行方不明になる。

 遺体も出てこないが、まあ今は戦乱の世だ。

 定綱の言うように、よくある事なのであろう。


「それで、めご姫ちゃんか……うちの娘と漢字は同じだな」


「あの……」


「ええと……ジュース飲む?」


「じゅーすですか?」


「うん、美味しいよ。クッキーもあるから」


「はい」


 対女性経験値が低い光輝に、この年齢の娘の相手は辛い。

 だが、めご姫が光輝に怯えなかったので、何とか相手をする事ができた。


「この娘、どうしようか?」


「それを私に聞きますか?」


「正重が実は女性の扱いに長けているとか、そういう可能性に期待している」


「いえ、私は見た目どおりに武骨者ですが」


「そうか……ジュース、お替りいる?」


 まさか捨てておくわけにもいかず、光輝は江戸に戻るまで慣れない女の子の相手で気疲れをしてしまうのであった。






「というわけ」


「兄貴、マジモノの萌えキャラ姫がいるね!」


 光輝が江戸にめご姫を連れて戻ると、なぜか清輝が一人で勝手に興奮して喜んでいた。

 実の兄から見ても不気味であり、そんな清輝を見ためご姫も怖い物を見たという表情になってしまう。


「キヨちゃん、女の子を苛めないの!」


 そして、すぐに今日子に怒られてしまった。

 自業自得なので、光輝は清輝に同情しなかったが。


「自分の娘を差し出すのは今までにいたけど、人の娘を攫って差し出すのは凄いね。それで、そいつはどうしたの?」


「不幸な事故に遭ったみたい。正信に聞いても、こっちには来ていないって言うし」


「そうなんだ」


 今日子は、光輝が風魔小太郎の手の者に大内定綱を始末させたのに気がついたが、それについては何も言わなかった。

 もし定綱に江戸に来られても、不愉快なだけだからだ。


「それでこの娘、どうしようか?」


「可愛いわね、この娘。うちの愛と同じ漢字の名前なんだ」


 年齢の差もあったが、光輝は同じ漢字なのに随分と違うんだなと思った。

 光輝の長女愛姫は、今日子似の美人である。

 この時代ではさほど重視されないが、スタイルもいい。

 可哀想なのは、今日子と同じく背が高い事であろう。

 本人は母親である今日子よりも大分小さいと言っているが、光輝から見てもあまり差はなかった。


 津田家では毎年健康診断があるので、愛姫の身長が百七十五センチなのはバレバレであったのだ。

 

『背が高くて、いい婿殿はいないかしら』


 今日子は、愛姫の婿を探すのに奔走している。

 次女の伊織の方が先に婚約者が決まってしまったので、ちょっと焦ってもいた。

 伊織の場合は、単純に年齢の釣り合いが取れていただけなのだが。


 そして、愛と書いて『めご』と読む愛姫は、まだ幼い部分を除いてもとても可愛かった。

 オタクである清輝が久々に興奮するだけあって、確かに顔も声も可愛い。 

 小さくて保護欲を誘う部分も大きいと光輝は思っている。


「犬猫の子じゃないから、ちゃんとお預かりしないと」


「そうだな。じゃあ、そういう事で。めごちゃん、オヤツ食べに行こうか?」


「はい、小父様」


 最初はめご姫をどう扱っていいか悩んでいた光輝であったが、次第に彼女の可愛さに夢中になり、めごちゃんと呼んで可愛がるようになっていた。


「みっちゃん……」


 そして今日子は、小さな女の子に小父様などと呼ばせて喜んでいる光輝に思いっきり引いてしまう。


「ちょっと待て! 俺はこの娘のお父さんじゃないから小父さんで正しいじゃないか!」


「そうだけど、何か若干キモイわね」


「うっ! そういうのは清輝の配役じゃないか!」


 妻である今日子からキモイと言われてしまった光輝は、なぜか清輝に八つ当たりしていた。


「兄貴、さすがにそれは失礼」


「お前、めごちゃんに萌えとか言ってたじゃないか」


 多少のトラブルはあったが、めご姫は津田家で預かられる事となった。


めごちゃん、おやつは何を食べたいかな?」


「小父様がお話してくれた『ふるーつぱふぇ』が食べたいです」


「そうか、じゃあうちの娘達と一緒に食べようか」


 光輝は自分の娘達を可愛がっていたので、時間があれば一緒に食事をしたり、おやつを食べたりして時間を取るようにしていた。


「父上、おかえりなさい」


「父上、米沢はいかがでしたか?」


「父上、お土産は?」


 愛、伊織、絵里の今日子が産んだ三姉妹に、茶々、お江、初、雪、弓のお市が産んだ五姉妹、葉子が産んだ優、岬の姉妹と、津田家は完全に女性優位の家庭になっていた。


「旦那様、新しくくれーぷを試作しましたよ」


「いいね、それも皆で食べようか」


「旦那様、ぷりんも試作しました。一緒に食べましょう」


「プリンも美味しそうだ」


 娘全員と、お市、葉子にも出迎えられ、光輝は家族でフルーツパフェ、クレープ、ババロア、プリンなどを食べて上機嫌であった。


「父上、この娘は?」


「ちょっとお父さんとはぐれたみたい。そのうちに、江戸に来るんじゃないかな?」


 光輝はめご姫を隣に座らせ、茶々姫と話をする。


「そういえば、太郎と次郎はいないな?」


「兄上達、呼んでも来ないの」


「そうなのか」


 初姫が残念そうな顔をしながら教えてくれたが、何となく光輝には理解できたので無理に呼ばなかった。

 

「いやねぇ……家は女ばかりで、孫六達と一緒の方が落ち着くんだよね……」


「父上、お土産を準備してくれているから悪いんだけど……」


 年頃の太郎と次郎は、あとで光輝に挨拶に行こうと別の部屋で煎餅を齧っていた。






「娘を保護していただき、感謝いたします」


 めご姫を預かってから一週間後、光輝の元に今までは逃走していた田村家の当主清顕、弟の氏顕が江戸城に出頭してきた。

 さすがに大切な娘を他家に預けたままで逃げるほど、田村清顕も非常識ではなかったようだ。


「まさか、大内定綱如きに娘をかどわかされるとは。不徳の致すところです」


「津田家が攻めてきたからだとは言わぬのか?」


「武士が戦に負ける以上の悪徳はありませんので、そのような事を言えば恥の上塗りです」


「そうか。くだらない事を聞いて悪かったな。それでどうする?」


「どうするとは?」


 光輝としては、めご姫のために仕官してほしいが、清顕にも武士としての意地があるかもしれない。

 伊達家に合流して津田家と一戦するなら、それも仕方がないと思っていた。


めごは、津田殿の下にありますが……」


「別に人質じゃないぞ。連れて帰りたければ構わない。やっぱり、親の方がいいだろうからな。第一、人質ってのは、立場が弱い者が強い者に対抗するために人質を取るんだ。津田家に人質など必要ないからな」


「確かに……」


 清顕は光輝の言い分に大きな衝撃を受け、同時に納得した。

 津田家は圧倒的な強者であり、別に田村家など存在しなくても十分にやっていける。

 そんな津田家が、わざわざ子供を人質になどしないのだという事を。


「それで、伊達家と合流して頑張ってみるか?」


「いえ、我ら津田家で仕官が叶うのであれば」


「歓迎しよう」


 こうして清顕と氏顕は津田家への仕官を決めたのだが、清顕は光輝にあるお願いをした。


めごちゃんに婿?」


「はい、私はめご一人しか子がおりませんで、これから生まれる可能性も少ないでしょうし……」


 その婿に、田村家を継がせたいのだと清顕は言う。


「弟の氏顕の子供を、養子にするとかしないのか?」


「氏顕のところも、男子が一人だけでまだ幼いのです」


 きっと、跡取りを斡旋してもらう事で、清顕は津田家に対して隔意はないと言いたいのだなと光輝は思い、それがわかったので、めご姫にいい婿を斡旋してあげようと決意した。

 

「うちの弁丸をですか?」


「源三郎も同じくらい優秀だけど、あいつは武藤家の跡取りだろう? 弁丸も俺の百倍くらい優秀じゃないか」


「はあ……大変に光栄なお話で……」


「駄目か?」


「いえ、喜んでお引き受けします」


 喜兵衛は光輝からの要請を受け入れ、彼の次男弁丸とめご姫は婚約する事になった。

 弁丸は元服後に田村光顕を名乗り、後に田村本家を相続するのであった。






 関東でそのような出来事があってから暫く後、新たに建設中の石山城脇に建てられた織田家執務館において、その主が妹お市からの手紙を読んでいた。

 お市は定期的に兄信長に文を送り、彼もその返事を欠かさずに出している。


「久太郎」


 信長は、京都所司代として京に常駐するようになったため傍にいなくなった村井貞勝の代わりに、側近衆として仕えている堀秀政に声をかけた。


「はい、いかがなされましたか?」


「お市から手紙をもらったのだが、今はミツの他の妻達と共に新しいお菓子などを作っておるらしい」


「ほほう、それは美味そうですな」


「久太郎、ぱふぇ、くれーぷ、ぷりん、ばばろあ。この中で作れそうな物はあるか?」


「いえ……生憎と私では……」


「そうか……いくら久太郎でも、お菓子の名前だけで材料や調理方法はわからぬよな」


 後に名人と称されるようになる秀政でも、さすがに新しいお菓子の作り方は守備範囲外であった。

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[一言] 武藤(昌幸)の次男…あ~…なるほど…。
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