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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結) 作者:Y.A
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第四十一話 上杉謙信

「殿、退くでしょうか?」

「わからないな」

 東上野にある厩橋城近くで、上杉謙信の軍勢と、厩橋城城主滝川一益、津田光輝連合軍が睨み合っていた。
 時は、年号が代わり天正元年の冬、今年の関東管領上杉謙信の関東南下は遅かった。

 その理由は、柴田勝家による加賀平定が完了間近となり、それに危機感を覚えた謙信が越中と能登を電光石火の進軍で併合したからだ。

 こうして、加賀は織田家、越中と能登は上杉家に分割された。
 柴田勝家は、『謙信なにするものぞ!』と信長に文を送って越中侵攻策を懇願したのだが、信長は信玄と同じくらい謙信を恐れていたので戦端を開くのを許可しなかった。

 もし石山と呼応されて、加賀、越前に兵を出されたら?
 この可能性を信長は考え、しかも今まで謙信は信長と一度も交戦をした事がない。

 向こうから戦を仕掛けてこなければ、自分からは手を出すつもりは信長にはなかった。
 ところが、津田家の関東制圧、北条家滅亡というとんでもない事件が起きた。

 ここで、関東管領上杉謙信はどう動くのか?

 答えは、越中、能登の制圧を終えた上杉軍が厩橋城に姿を見せたであった。

 厩橋城を含む西上野を領有する滝川一益は、同じ織田家家臣で友人でもある光輝に救援を依頼。
 光輝は、急ぎ一万人の軍勢を率いて厩橋城に姿を見せた。

「景虎を旗頭にして関東に攻め入るか?」

「その可能性はありますね」

 そういえば、謙信には北条家から迎えた養子上杉景虎がいたのを光輝は思い出す。
 養子に入ってすぐに上杉家と北条家は再び決裂してしまったが、謙信は景虎を可愛がっていると小太郎から報告が入っていた。
 彼を旗頭に謙信が関東奪還を行う可能性もあるのだと、一益も警戒している。

 ところが、両軍の間ではまだ戦端は開いていない。
 上杉軍は姿は見せたが、元は北条方であった豪族の領地には一歩も踏み入っていない。
 これらはすべては津田家によって制圧されていたので、手を出すと織田家と全面対決になると恐れているのか?

 一益の思考は尽きないが、ここで動きがあった。
 両軍の中間地点に、光輝が面会用の野陣を設営し始めたのだ。

「津田殿、これは何を?」

 光輝の意図がわからない一益は、彼に野陣の設営を命じた理由を訪ねる。

「当然、謙信との面会です」

「大丈夫なのですか?」

「いくら越後の龍でも、人を取って食うわけではないはず。ご安心を」

 両者の会見は、両軍の将兵が見守る中で行われた。
 上杉謙信は鬼小島と称された小島弥太郎と直江景綱を、光輝は本多正信と同じく槍半蔵として名高い渡辺守綱のみを連れての会見であった。

「関東管領、上杉謙信である」

「織田家家臣、津田光輝です」

 自己紹介の後に、両者の話は始まる。

「古河公方を自称する足利義氏はどうなったかな?」

「河越の戦で討ち死にしました」

 上杉謙信は、自分が古河公方として立てた足利藤氏を北条氏康に殺されており、義氏を正式な古河公方とは認めていなかった。
 河越での戦いでは関東諸侯を集めるためのダシとして北条氏政に利用されたが、義氏自身も銃撃されて討ち死にするという結末を迎えている。

「して、古河公方はどうなる?」

「義昭公が、一族の足利義助様を新しい古河公方とするそうです」

 ただ、古河公方と共に出陣した家臣団が壊滅し、公方領国の維持は現在光輝が行っている。
 そこで光輝は、足利義助には小遣いだけ渡して義氏以上の傀儡にする計画を立てていた。
 苦労して併合した十二万石の領地を、貴種だからという理由だけで京から下ってきただけの足利義助に渡すつもりはなかったのだ。

「そうか。津田殿は関東を治められるかな?」

 ストレートな質問であった。
 光輝が、この冬までに押さえた領地は膨大だ。
 河越決戦で討ち死にした豪族や重臣も多く、兵の損失も膨大だ。
 主君や重臣の死に呆然としているところに津田軍が姿を見せ、半分は降伏し、半分は最後まで抵抗して滅んだ。

 津田水軍も、別働隊を率いて里見氏が領有する安房と上総に上陸、占領作戦を行った。
 これにより当主の里見義堯、義弘、義頼の全員が討ち死にしていて、家臣や国人衆も碌な抵抗も出来ずに降伏している。

 伊勢志摩、伊賀、遠江、駿河、伊豆、相模、武蔵、上野の一部、下野、安房、上総、下総、常陸と、津田家が押さえた領地は膨大であった。
 北条氏の滅亡に巻き込まれて多くの関東豪族も滅び、残された一族は領地を捨てて逃げ出すか、津田家の監視下に入っている。

 津田家を新しい主君と認めて仕官する者も多く、彼らはすべて銭で雇われる銭侍となった。
 生来の土地は寄越せないと反抗する者もいたが、大半は常に四万人以上を動かせ、しかも種子島を三万丁以上も持っている津田家に膝を屈した。

 銭で雇われた彼らは、津田家の直轄地となった関東各地に代官として派遣され、大規模な開発計画の手伝いと文官、武官としての仕事に就く。
 小規模な領地が細切れになっていると光輝達が立てた開発計画の効率が落ちるので、これに逆らって反乱を起こす者は討伐されてしまった。

 農民を含めた領民達は、この処置を賛成している。
 税や労力の搾取を行う中間支配者が消えて負担が減り、戦で人を出さなくてもよくなったからだ。

 光輝は、江戸に大規模な城郭と町を作る計画を立て、他にも関東平野の干拓、大規模開墾、利根川などの治水工事、農業用と輸送用の水路などの計画も立てている。

 これら計画のために手の空いた者は参加せよ、日当と食事を出すと布告を行ったので、関東の領民達で津田家を支持する者が多かった。
 軍備の増強も計画しており、主家を失った武士が多数応募している。

「何とかなるでしょう」

「そうか、何とかなるのか。俺には無理な話だ」

 謙信は、これまでに何度も関東に出兵した。
 その時はいくつも城を落として戦果をあげるのだが、大抵は越後揚北衆の反乱鎮圧のためか、農作業が始まるので越後に戻ると北条方に裏切られてしまう。

 何のために出兵しているのかたまに考える事もあるのだが、冬に出兵するのは越後で食料が不足しているからでもある。
 関東で略奪をしながら兵達を養っているわけだ。

 あまり褒められた行為ではないが、善人ぶって越後の民を飢え死にさせるわけにもいかない。
 謙信は、そのように考えていた。
 『義』などと常に公言しているが、それは生き残るための方便にしかすぎないのだと。

「暫くは、越中と能登の統治にまい進するか。まあ、食料があればだが……」

「越後には、豊富な金山と銀山があるそうで。鉄、鉛、銅、青苧もいいですな」

 光輝の提案に、謙信はニヤっと笑った。

「津田殿が、関東をよく治めてくれるのに期待しよう」

 短い会見は終わり、あとは実務者同士の協議となった。
 謙信は鉱物や青苧を、光輝は食料を売る。
 正式な同盟は関東管領である謙信とは結べなかったが、商売をしている間は互いに兵を出さないようにしましょうという事になったのだ。

「戻って、揚北衆の反乱を平定せねばな」

「それは大変ですな、お見舞いの品があるのですが」

「奇遇だな、俺も見舞いの品がある」

 光輝は持ってきた大量の食料を謙信に渡し、謙信は持参した金、銀、銅、青苧などを光輝に渡す。
 これにより上杉家は、大量の食料を得る手段を得た。
 越後、越中、能登の開発を行いながら、冬に出兵しなくてもよくなったのだ。

「兵を開発に当てるのか。食料を確保できれば可能だな」

 北陸海運の利権と鉱山からの収入で金持ちの謙信が関東から食料を買い、それを従順な豪族達に食べさせながら領内の開発を促進する。
 揚北衆のような反抗的な連中を滅ぼし、上杉家の力を増す事も可能であろうと謙信は考えた。

「では、引き揚げるとするか」

 無事に交渉が終わると、上杉軍はまるで潮が引くかのように一気に撤退していく。
 その精鋭ぶりに、光輝はなぜ信長が彼を恐れたのかを理解した。

「一時の安心を得たわけか」

 謙信は、国内問題解決のために一時関東出兵を見合わせた。
 加賀方面でも戦闘は起きないはず。

 交渉の結果を信長に報告すると、彼は安堵の表情を浮かべた。

「関東には手間取りそうだな」

「はい、ある程度の目途が立つまで軽く十年近くは……」

「であろうな」

 第一次と第二次で計画された開発を終え、軍備を整え、領内を安定させるのにそのくらいはかかるはずだと光輝は計算した。
 謙信が動かない事が前提条件であったが、彼がどのくらい大人しいかは今のところ不明だ。

「伊勢と伊賀は、二年以内に引き渡すように」

「ははっ」

 やはり、関東の大半を得るので伊勢志摩と伊賀は没収になる。
 猶予期間はあるが、それまでに引っ越しを終えないといけない。

「権六を呼んで、石山に対抗させるか」

 当面、東の脅威は上杉謙信だけとなったので、信長は柴田勝家を石山に派遣する事にした。
 彼の領地越前はそのままで、加賀には謙信に備えて彼の寄騎である前田利家と佐々成政を配置する。
 飛騨には金森長近、西上野と北信濃には滝川一益と、全包囲体勢で謙信に備える。

「サルの奴、最近羽振りがいいようだな」

 羽柴秀吉は、その力を急速に蓄えていた。
 信長から与えられた甲斐を、弟の秀長と竹中半兵衛の協力を得て巧みに統治。
 米を作るのに困難な土地での絹の増産と、ブドウなどの果樹の生産を推奨し、金山の生産量も増やしている。

 旧武田家家臣を登用して家臣団を強化し、中には土屋長安というような経理や鉱山経営に長けた逸材も獲得している。
 彼は、討ち死にした土屋昌続の姓を名乗っていたが、今は秀吉の旧姓である木下を名乗っていた。

 成瀬正一、石黒五郎兵衛、内藤昌月、保科正直、横田尹松、原昌栄、原貞胤、金丸定光、土屋昌恒、御宿友綱など。

 秀吉の人柄もあってか、短期間で彼らは羽柴軍を精強な軍勢へと変化させた。

 中でも特筆だったのが、岡部元信の登用に成功した件であろう。
 今川家の家臣であった彼は桶狭間以降、織田家と今川家を裏切った徳川家に対抗すべく武田家に仕えて抵抗を続けた。

 その彼が武田家滅亡後に秀吉に仕えたので、信長も驚いたというわけだ。

「岡部は、なぜサルに仕えたのであろうな?」

「折り合いをつけたのでしょうな」

「折り合いか……」

 織田家は主君今川義元を討ち取った仇で、元信は織田家打倒を目指して武田家についたと公言しているが、今川家を亡ぼしたのは武田家である。
 そこに矛盾が存在していた。

「関東滅亡後に、津田家の統治体制を受け入れて仕官した者は多いのです。出自の怪しい我が家に目もくらむような名家の方々が仕官して、俺に頭を下げておりますとも。これも生活のためです。岡部殿も同じでしょうが、織田家に直接仕えると前に自分で言ってしまった言葉が邪魔になる。織田家の家臣である羽柴家なら、世間体や心情で折り合いがつくのかと。秀吉殿の人柄も大きいのでしょうが」

 秀吉の人懐っこい性格は、多くの人達に好かれていた。
 もっとも、光輝ほどではないが出自の怪しさから柴田勝家などの古参には嫌われていたが。

「ミツ、我は石山と決着をつけるぞ」

 これまで圧倒的優位で勢力拡大を続けてきた信長であったが、彼の最大の敵は一向宗であった。
 本拠地の石山は強固な要塞都市なのでなかなか陥落せず、大軍で攻めると支配国内にある一向宗の寺院や国人のみならず、他の宗派の僧兵や一揆まで扇動して後方攪乱を行う。
 長島と加賀の陥落によって力を落としつつあったが、めげずに関東から畿内までの寺院、国人、一揆衆、山賊などの犯罪者軍団にまで決起を呼び掛けているらしい。

 これは、全国規模の信者同士によるネットワークを持つ一向宗だからこそ出来る芸当であった。

「赤井、三好が怪しい。毛利、山名、一色、赤松、別所なども兵を出すであろう。ミツ、総力戦だ」

 現時点で信長の天下統一を阻んでいるのは、間違いなく本願寺顕如率いる一向宗であろう。
 彼らは宗教団体ではあるが、同時に領地と軍備を持つ大名でもあるからだ。

「何年かかろうとも、石山は必ず落とす。ミツは、関東とその周辺を安定化させろ」

 信長から見ても、関東は遥か東方の別国に近い存在だ。
 東北の動向などもあり、今は光輝に静かに治めてほしかった。

「サルも石山攻めに出陣させる。一益や権六もだ。謙信を静かにさせておけ。多少の謙りは許す」

「ははっ!」

 関東は光輝に任され、信長は石山攻めに織田家家臣団を根こそぎ投入する事を決意するのであった。
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