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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結) 作者:Y.A
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第三十七.五話 桜エビと柴田勝家

「駿河といえば、桜エビが特産だな」

「初めて聞くえびの名前ですな……」

 遠江、駿河、伊豆を制した光輝は、駿府城に本拠を置いて、三か国の統治と来たる武田家との決着に向けて準備を進めていた。
 そんな日々の中で、突然光輝は駿河湾名産の桜エビを食べたくなった。

 食べたくなった以上、食べないと気が済まない光輝は早速桜エビの入手を決意する。

「正信は、桜エビを知らないのか?」

「いいえ、知りません」

「お前、三河出身で近所じゃないか」

「と言われましても、知りませんので……」

 光輝は知らなかったが、駿河湾で桜エビが初めて採取されたのは十九世紀の末であった。
 アジを獲る網が偶然深く潜ってしまい、そこにたまたま桜エビが獲れた事から始まったのだという。
 カナガワのデータベースを探ればわかる事実であったが、今の光輝にそれを知る由はない。

「仕方がない……そろそろ産卵期も終わりだから、漁師達に獲らせるか……」

 光輝は、駿河の漁師達に桜エビの捕獲命令を出した。

「お殿様、そんなえびが獲れるなんて初耳ですが……」

「大丈夫! 獲れるから!」

 桜エビ漁のデータはカナガワに入っているので、それを参考に道具なども作って駿河の漁師達に桜エビ漁を行わせる。
 産卵期や真冬の休漁を順守させる代わりに、漁業組合を作って組合員の漁師にシラスと共に漁をする許可を光輝が与えたのだ。

「獲った桜エビは、素早く加工するのだ!」

 漁村に新地軍工作部隊の協力で加工工場が完成し、漁師達は獲った桜エビとシラスを鮮度が落ちない内に加工するようにと指導された。
 地元の人しか食べられない生桜エビと釜揚げに、干し物にも加工して遠隔地でも販売できるようにする。

 桜エビの美味しさが伝われば、駿河の漁師達の現金収入になる。
 光輝も、桜エビが食べられて万々歳というわけだ。

「最初は半信半疑だったけど、お殿様の言う事は正しかったべな。オラ、この年まで生きていてこんなエビが駿河湾にいるなんて知らなんだ」

「長老も知らなかったけどな。でも、いい特産品ができただ」

「禁漁期には、別の漁をしないと駄目だべな」

「産卵期に獲るとえびがいなくなって、長い目で見ると商売が立ち行かなくなるそうだ」

「偉い人ってのは、色々と考えるだべな」

 漁師達は新設された加工工場で、獲れたばかりの桜エビを釜茹でにしながら話をする。

「今日は、お殿様が桜エビを所望しておられる。手を抜くなよ」

「わかってるって」

 こうして漁師達が獲ったり加工した桜エビが、駿府城の光輝達の元に届いた。

「やっぱり産直品はいいねぇ。生シラスと一緒に丼にしましょう」

「今日子さん、美味しそうですね」

「お市ちゃんも三人目が生まれたから、沢山食べて体力を回復させないとね。葉子ちゃんも初産で大変だから」

「はい、赤ちゃんのために一杯食べます」

 駿府城に入った光輝は、新地からの本拠地移転を清輝に任せ、家族もみな呼び寄せている。
 生まれた三女になぜか初姫と名付けたお市も、今一人目をようやく妊娠した葉子も、桜エビ料理に興味深々であった。

「美味しそう」

「姉さん、つまみ食いはなしだよ」

「太郎こそ、次郎もよ」

「早く食べたいなぁ……」

「えびぃ」

「茶々姉様、綺麗な色のえびですね」

「父上は何でも知っているのですね」

 愛姫、太郎、次郎、伊織、茶々、お江などの子供達も、初めて見る桜エビに興味深々だ。 
 次々とテーブルに、桜エビとシラス丼、桜エビの素揚げとかき揚げ、お好み焼き、チャーハン、オムレツ、サラダ、炊き込みご飯などありとあらゆる料理が並んでいく。

「兄貴、今日はご馳走だな」

「初めて見るえびですね」

 招待された清輝一家も現れ、この日は新地家のみんなで桜エビ料理を堪能した。

「(兄貴、ネオシズオカ以来じゃないか?)」

「(そうだな)」

「(懐かしいねぇ)」

 光輝と清輝と今日子は、足利運輸を立ち上げて初めて達成した仕事のあと、立ち寄った惑星ネオシズオカの桜エビ料理屋で打ち上げをした時の事を思い出す。

 そう、三人にとって桜エビとは思い出の味なのだ。

「やはり、生の桜エビは地元でないと食べられないな」

「それは仕方がないでしょう」

 それでもどうせ信長から催促されると思い、光輝は干した桜エビを安土へと送った。




「貞勝、この桜えびというえびは、小さいがいい味が出ていて美味いな」

「そうですね、このかき揚げの美味しさと言ったら」

「箸が止まらぬ美味さだな」

 安土に届いた桜エビは、光輝からのレシピと、最近腕を上げつつある織田家専属の調理人によって色々な料理の材料となった。
 信長は、腕のいい調理人の確保に拘っている。
 更に、集めた料理人を新地に留学までさせ、毒があるので捌くのが難しいフグの調理免許を持っている調理人は既に五人まで増えていた。

「駿河でしか獲れないのが残念だな」

「はい」

 桜エビ尽くしを堪能しながら、信長は相伴している貞勝に話しかける。

「だが、一つだけ残念だな」

「何がでしょうか? 大殿」

「ミツ達は、生の桜えびを丼に載せて食べたそうだ」

「残念ながら輸送の関係で、生ですと安土に到着するまでに腐ってしまうのでしょう。鮮度が悪い海産物の生食は避けるべきだと、今日子殿も強く仰っております」

「であるな、今日子の医学の知識は本物だからな」

 腹を壊し、最悪死ぬ危険もあるので、鮮度の悪い海産物の生食は絶対に止めるようにと今日子から釘を刺されている。
 他にも、川魚の生食なども寄生虫がいる可能性があるので、必ず火を通すようにと注意を受けていた。

 信長は、そんなくだらない理由で家臣を失いたくないので、織田家の決まりとして通達も出している。
 中には守らないで死んでしまう者もいたが、その数は大分減っていた。

「貞勝、その内に駿河に生の桜えびを食べに行かねばなるまい」

「左様ですな(何とか同行……留守を任せられる者がほしいな……)」

 貞勝はまた留守番をしなければいけないのかと思いつつも、光輝からのお土産に期待してしまうのであった。





「ええいっ! 新地光輝め!」

 建設中の越前北ノ庄城内において、柴田勝家が荒れていた。
 次席ながら事実上の筆頭宿老であった佐久間信盛の討ち死にに、勝家自身も越前平定と加賀一向一揆衆の撃滅で功績をあげ、今では彼が事実上の筆頭宿老となっている。

 名目上の筆頭宿老である林貞勝が目立たないので、今の織田家でが勝家が我が世の春を謳歌していた。
 信長も、勝家の武勇と越前の統治ぶりを褒めている。
 加賀が片付けば、間違いなく越前一国を賜るであろう。

 それなのに、今日の勝家は機嫌が悪い。
 なぜなら、そんな自分よりも多大な功績を挙げている人物がいたからだ。

 それは、新地光輝であった。

「殿、何をそんなに怒っておいでなのです?」

 勝家の家臣である毛受勝照は、どうにか上手く勝家の激高を抑えようとする。

「気に入らぬわ!」

「新地殿がですか?」

 勝照は、勝家が気持ちがわからなくもなかった。
 だが、それをあまり大きな声で言うのはとも思ってもいる。
 信長の前では言わない分別はあるが、これがなければ満点の主君なのにと勝照は思っていた。
 勝家は世間で言われているほど猪武者でもないし、家臣にも気配りと配慮ができる人物だからだ。

「(そういえば、お市様が三人目の姫をお産みになられたとか……)」

 憧れの姫君が、自分の嫌いな男の娘を三人も産む……いや、勝家からすればお市は信長の妹で偉大な主君に近い存在だ。
 そんな彼女の産んだ子ではなく、今日子とかいう大女の産んだ男子を嫡男としている光輝の存在そのものが不快なのであろう。

 信長は太郎が嫡男であると認めているが、そこは遠慮して、お市が産んだ子を後継者にするのが普通だと勝家は思っているのだ。

 まあ、実際のところお市は娘しか産んでいないので勝家の考えが実現するはずがないのだが、それを言わない分別くらいは勝照も持っていた。
 新地光輝が絡まなければ、勝家は理想の主君と言えるのだから。

「そういえば、送り出した甲賀者はどうなったのだ?」

「それが……」

 織田家の重臣ともなれば、全員大名に近い身代を持っている。
 ライバル同士の競争もあり、独自に耳を持って同僚の監視を行う事も当たり前であった。
 勝家も主君信長に習い、甲賀忍者をできる限り雇い入れている。
 そしてそんな彼らを、勝家は新地家に対する諜報に用いていた。
 新地家の秘密を探り、できればそれを利用して柴田家の力を増そうと考えたのだ。

 これは、別に勝家の意地悪ではない。
 ある程度の身代の家臣ならば、誰もがしている事であった。

「それがどうしたのだ? 勝照」

「一人も戻ってきません」

 新地や、光輝が新たに得た駿府などに送り出した甲賀者が一人も戻ってこない。
 要するに、新地家に見つかって密かに処分された可能性があると勝照は言う。

「何だと! 一人も残らずにか?」

「はい」

 勝照も異常だとは思うが、そのくらい新地家の防諜は群を抜いて優れていた。
 送り出した間諜が一人も戻ってこないなど、普通はあり得ないのだから。

「何としてでも、新地家の何かを手に入れるのだ!」

「(何かって……まあ何かとしか言いようがないか……)」

 もし新地家から得た成果を柴田家でも利用できるようにすれば、主君信長からの覚えも目出度いと勝家は考えていた。

「しかしながら、間諜の犠牲も多く……」

「あんな連中、いくらでも使い捨てればいいではないか」

 別に勝家が薄情なのではなく、これがこの時代の武士の感覚であった。
 コソコソと情報を探ったり、破壊工作などに携わる間諜や忍者を卑怯だと快く思わない武士は多く、そんな彼らを人並に扱わずに大した待遇で雇っていなかったのだ。

 もし彼らが敵地で死んでも、殺した方も『○○家の間諜であろうか?』と推察しただけで終わってしまう。
 間諜が武士扱いされていない以上は、もし送り出した家にケチをつけても、『そんな奴は我が家に所属していない』と言われて終わってしまうからだ。

 まあ、わざわざ敵に間諜を送ったのか聞く間抜けな武家は存在しないが。

 その代わり、送り出した方も間諜が殺されてもケチはつけられない。
 なぜなら、『お前の領地の情報を探ろうと間諜を送り出したのに、それを殺しやがって!』と苦情を言うわけにいかないからだ。

「既に、五十名以上が戻っておりませぬ」

「そんなにか?」

「うぬぬ……」

 これ以上の損失は柴田家の諜報能力を激減させてしまうと、勝照は勝家に述べた。

「新地光輝め!」

 ますます光輝への憎悪を燃やす勝家であったが、彼の執念が神に通じたのかもしれない。
 生き残っていた数名が、お土産を持って北ノ庄に戻ってきた。

「新地家では、この冷蔵庫という物で食べ物を冷やすとか」

「氷がないな」

「それが不思議なのです」

「便利そうな道具だな。試しに使ってみるとしよう」

 冷蔵庫を盗んできた間諜達に、勝家は褒美として何枚かの銅銭を与えて下がらせた。
 彼らは内心で不満を持つが、間諜の扱いなどこんなものだと半ば諦め顔だ。

 もし新地家における同業者の待遇を知れば、すぐに新地家に飛び込んだのであろうが、不幸にも彼らはそれを調べる事ができなかった。

「物を冷やす道具か。越前の海の幸を冷やして運べば、大殿も大喜びだな」

 勝家は、自分も光輝のように珍しい食べ物で信長の関心を惹こうと考えた。

「しかし、本当にこんな箱で食べ物が冷えるのか?」

 勝家が冷蔵庫を開けてみるが、既に電池が切れて冷気を出さなくなっていた。

「冷たくないではないか!」

 それもそのはず、冷蔵庫は蓄電池搭載で、充電はソーラーパネルと充電器から行われる。
 駿府から北ノ庄に運ぶ途中で電池が切れてしまい、充電手段もないのだ。
 食べ物が冷やせなければ冷蔵庫もただの箱でしかなく、勝家は嘘をつかれたと激怒して間諜達を処刑してしまった。

 以後、柴田家に仕える間諜の数は減り、それは柴田家の情報収集能力の低下をもたらす事となる。
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