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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結) 作者:Y.A
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第六十九.五話 藤堂本家

「父上、兄上、お久しぶりです」

「津田家での活躍は聞いているぞ、高虎」

「水軍の将として重用されているらしいな」

「はい、大殿より目をかけていただいております。跡を継がれた殿にも重用していただき、私は終生仕える主君を見つけることができました」

「「そうか……羨ましい限りだな……」」




 紀伊一国を治める浅井家は一時所領を失い、それでも前当主浅井長政が活躍して一時は近江一国を信長から賜るまでに至った。
 ところが『浅井騒動』によって長政が毒殺され、家中が大混乱したために紀伊一国に減移封となっている。

 紀伊は、津田光輝が多くの宗教勢力や独立性の高い国人達を血の粛清で排除し、多くの手間と多額の費用を用いて開発した土地なので治めやすくなっていた。

 統治が下手な浅井亮政には、ちょうどいい土地というわけだ。
 信忠もその点を踏まえて、浅井家を紀伊に移した。
 その裏には、浅井家が勝手に転んで摂津と濃尾を結ぶ重要な位置にある近江を織田家の直轄にできて都合がよかったという面もあったが。

 信忠は、無理に浅井家から近江を取り上げる心算などなかった。
 織田政権の運営に対し、義理の叔父にあたる長政の助けを必要としていたからだ。
 ところが、彼は毒殺されてしまった。
 自分の従弟である信政も殺されてしまい、織田政権運営には使えない亮政を優遇する必要がなくなったというわけだ。

 信忠は、同じ猛将でも統治も上手く行う柴田勝家とは違い、戦でしか使えない亮政にそこまでの価値を見い出せなかったのだ。
 信政の暗殺を防げなかった……いや、もしかしたら信政の暗殺に亮政も関わっているのではないかと少し疑っていた。

 証拠もないし、亮政は信長のお気にいりである。
 これだけの騒ぎを起こした大名家が減封されても一国などという事は、本来あり得ない。
 信忠は、高度な政治的判断により信長に気を使った……今も信長に心酔する古い家臣達に気を使ったわけだ。 

「父上、兄上、生活はいかがですか?」

「悪い、浅井家は実入りが減ったからな」

「当然そのしわ寄せは、我らにもくるさ」

 ところが、紀伊は近江よりは石高が低い。
 海があるので交易等も盛んだが、津田家の支配下でなくなるとそれも停滞してしまう。
 何より近江には、琵琶湖の水運という莫大な富を生み出すものがあった。
 結果的に浅井家の収入は減り、浅井家の家臣は禄や所領を減らされたり、リストラをされた者も多い。

 津田家に仕官した者も多く、藤堂家も父虎高と嫡男高則は浅井家に、次男高虎は津田家へと家を分けている。
 もっとも、高虎は『浅井騒動』の前に近江を出て津田家に仕官しているので、関係がないと言われればそれまでであったが。

「我らに出世の目はあるまいて……」

 紀伊における藤堂家の扱いは、さほどのものではない。
 『浅井騒動』において重臣遠藤家は没落したが、他の家臣家は健在である。
 上が詰まっているので、藤堂家の扱いは下から数えた方がずっと早い。

 近江にいた頃には数村を領する程度だったのに、紀伊では一村だけを領するまでに収入が減ってしまった。
 主君亮政の目に留まって出世というのも難しい。

 高虎の父虎高は、若い頃に甲斐武田氏に仕えてその才能を愛されたという過去があった。
 武田信玄の父信虎から『虎』の字を名前にもらうほど重用されていたが、余所者という理由で同僚達に嫉妬され、武田家に居辛くなって帰国している。

 近江に戻ってからの虎高は、残念ながら歴代浅井家当主の目には留まらなかった。
 嫡男である高則は虎高と比べると凡庸な人物で、武芸も得意な方ではない。
 武勇に優れた現当主亮政は、自分と同じく武芸に優れた人物を好む。

 そのような事情もあり、藤堂家は貧乏家臣のままであった。
 元々高虎が家を出たのは、次男ですら家内で養えないほど家が貧乏だったからである。
 浅井家の家臣には、藤堂家のような者達が多い。
 家を分けて、津田家へと仕官させる者が相次いだのだ。
 中には石田家のように、思い切って故郷や旧領を捨ててまで津田家に仕官して成功した者も多かった。

 この時代の武士は土地に拘るので、浅井家中では石田家の選択を無謀だとあざ笑う者が多かった。
 ところが今では、父正継、兄正澄、弟三成と三人とも出世してしまい、あざ笑っていた者達よりも圧倒的に優遇されるようになっていたので、その選択は間違っていなかったというわけだ。

「(こんな事ならば、我らも津田家に仕官すべきだったな……)」

 高則は、自分が凡庸な事を理解している。
 藤堂本家の家督を継げたのは、自分が嫡男だからだと。
 本家とはいっても領地が一村なので、間違いなく津田家の兵士よりも貧しい生活を送っているとも自覚していた。
 弟が久しぶりに訪ねてくれたが、高虎は着ている服も自分達より遥かに上等だった。
 持っている刀や道具なども高級品に見える。

 お土産に鯨肉の燻製と味噌漬け、鯨の缶詰なるものを持ってきてくれた。
 どれも高級品で、藤堂本家では一生買えないようなものばかりだ。
 本家とはいっても、名主よりも貧しい財政状況では仕方がない。

「高虎、こんなに高価な物を大丈夫なのか?」

「はい、私はツテがあって少し安く手に入るのです」

「ツテか……」

「私は、普段は捕鯨船団を指揮しておりますので」

 高虎が持参した鯨缶を、高虎の下の弟高清、正高や、高則の子供達、つまり高虎の甥達が嬉しそうに缶切りで開けながら食べている。
 高虎の姉や妹達にその夫と子供達も、高虎が持参した大量のお菓子に大喜びだ。

 藤堂家の他の家臣達や、その家族も呼んでみんなで食べている。
 家臣とは言っても、みんな普段は畑を耕している百姓で生活も貧しい。
 大人達は、高虎が持参した清酒、焼酎、ラム酒、ブドウ酒を嬉しそうに飲んでいた。

「こんなに酒精の濃い酒は初めてだ」

「お菓子も甘いな、こんなに甘いお菓子があるなんて」

 藤堂本家は、一族と家臣の結束が強い。
 それは、全員が田畑を耕したり、狩猟に励んだりと、主従の誰もが大差ない暮らしをしているからとも言えた。
 よく庶民は武士を羨むが、高則に言わせると、自分のような下級武士よりも庶民の方がよっぽど気楽ではないかと思ってしまうのだ。

「父上も、兄上も、津田家に士官したらいかがですか?」

「と思わんでもないが、それは無理なのだ……」

 旧浅井系家臣が津田家で活躍している。
 前当主長政は、どうせ養えないし報いてやれないと黙認していたが、現当主亮政はこれ以上の人材の流出は許されないと、警戒を露わにしていた。
 もし出て行こうとすれば、奉公構も辞さないと態度を強硬にしている。

 奉公構は織田幕府で切腹に継ぐ重罪として扱われるケースが増え、亮政もそれを知って利用しようとした。
 おかげで家臣の流出は防げたのだが、それで藤堂家の待遇がマシになったわけではない。

 次第に下級家臣達の不満が溜まりつつあると、高則は高虎に説明する。

「他で活躍されるくらいなら、浅井家で飼い殺しというわけだな」

 虎高も、亮政のやり方には呆れている。
 自分が若い頃は武勇に優れた当主は、多少統治に問題があっても評価された。
 ところが、織田幕府ではそれが通用しなくなっている。

 時代が変わったのだと虎高は理解したが、肝心の亮政がそれを理解していないのに気がついてしまったからだ。

「我らなど、朝鮮への出陣もないからな。手柄をあげようもない。こうして領地で百姓と変わらぬ生活を送っておるよ」

「父上もですか?」

「隠居して当主を譲ったとはいえ、藤堂家は貧しいからな。働かざる者食うべからずだ。亮政様達は、朝鮮に夢を見ているがな」

 紀伊一国に所領を減らされた浅井家としては、朝鮮に新たな領地を得たかった。
 『浅井騒動』のせいで一時出兵が遅れ、諸将から非難されたという理由もある。  亮政は重臣やその一族と共に熱心に戦に挑んでいたが、藤堂家は運悪く居残りを命じらている。

 高則が武芸に優れないので、亮政から外されてしまったのだ。
 彼は兵を率いる家臣には、武芸に優れた者を優先した。
 そして、朝鮮で新しい領地を得て、彼らに加増をしてあげる。

 そういう意図で動いているので、高則は必要ないというわけだ。

「それはかえってよかったかもしれません」

「しかし、織田家は朝鮮半島の大半を領有しているのであろう?」

 これが、織田家が朝鮮半島から手を引けない最大の理由かもしれない。
 高則などの情報が限定された者達は、現時点で朝鮮半島の大半を占領しているのだから、もう勝ちは見えたと思っているのだ。

 となれば、あとは朝鮮の領地がどのように分配されるのか。
 日の本に残っている者達と、実際に朝鮮で戦ってる者達との温度差は相当なものになっていた。

「占領はしていても、まともに統治できておりません。まともに統治できるまであの兵力を張りつけていたら、織田家は破産すると思います」

 高虎は、武芸のみならず内政や補給、財政などの才能も持っていた。
 津田家にいると勉強できる機会が多いので、彼は時間を惜しまずに学んでいたからだ。
 たまに朝鮮への補給任務に携わる中で、主君光輝から朝鮮半島に関する情勢も聞いている。
 有能な高虎からすれば、朝鮮派遣軍など金と物資と兵力と時間の無駄でしかなかった。

「既に五年以上も戦っていて、終わりの糸口すらない。むしろ、参加していない事を幸運に思った方がいいです」

「確かに、高虎の言うとおりかもな……」

 虎高は、主君亮政の考えに懐疑的であった。
 朝鮮に新しい領地を得るのはいいが、飛び地でどんな場所かもよくわからないのだ。
 朝鮮半島を占領して大分経つが、いまだに浅井軍は敵軍と睨み合っている。 
 大小様々な戦闘での犠牲者も決して少なくなかった。
 なぜ織田軍は朝鮮半島を占領しているのに、いまだに犠牲が増え続けるのか?
 援軍である明軍のせいだと言われればそれまでだが、どこかおかしいと思っていたのだ。

「紀伊の様子もよくないですね」

「元々は津田様の領地だ。地力があるだけにな……」

 亮政が朝鮮との戦で金と物資を消耗してしまうので、紀伊が段々と貧しくなってしまったのだ。
 開発をしながら収入を増やして税収を上げればいいのだが、そういう能力がない亮政はてっとり早く税だけを上げた。
 紀伊が津田家の統治を経て豊かな土地であったので、それが十分に可能だったのも税を上げる原因となっている。

 勿論、領民達からの評判は悪い。
 逃げ出す領民も増えていて、それを防ぐ浅井家とのイタチゴッコが続いている。
 藤堂家の面々も、領民の逃走防ぐ仕事に従事する事があった。
 何の利益にもならない仕事であり、むしろ追撃に必要な食料や経費を考えると完全な赤字、持ち出しである。
 普段みんなで畑仕事をしているのは、そうでもしないと食べていけないからだ。

「領民達も、我らの貧乏ぶりをよく知っている。だから、反抗もせず逃げもしないな。まさか、領民達から同情されるとは思わなんだ」

 そのおかげで領民の逃走や反抗がなく、藤堂家は亮政から叱責されていない。
 功績ではなくプラマイゼロなので加増や褒章もなく、朝鮮に兵を出している家臣の領地から逃げ出した領民の追跡で経費がかかるので、逆にマイナスであった。

「亮政様はもうすぐ朝鮮に領地を得るから加増すると仰っているがな。どうも、高虎の話によるとそれも難しいらしいな」

「はい、期待しない方がよろしいかと」

「わかった。高則、いいな?」

「はい」

 虎高は高則から何か確認を取ると、順番に名前を呼び始めた。
 高則の弟高清と正高、高則の次男高成、他にも一族や家臣の子供、次男以降とその家族などが集まってくる。

「高虎、悪いが、高清達を江戸に連れて行ってくれないか?」

「亮政様が怒りませんか?」

「だから、私と高則と高久は残る。高清達が江戸に行っても、軍役は十分に果たせるからな」

 前当主、現当主、嫡男が残り、家臣家も当主と嫡男は残る。
 員数外だと判定した者達をクビにしただけなので問題はないと、高虎は説明した。

「亮政様の家臣は高則だけだからな。軍役に応じられれば、私や高則が家臣を何人抱えようと亮政様が口を出す問題ではない」

「しかし、逃走する領民達を追う仕事で人手が必要なのでは?」

「別に掴まえなくてもいいだろう。藤堂家は貧乏で領地に比して人数が多いから、逃走する他領の領民の捕縛に成功してしまう。成功するのはいいのだが、別にそれで褒美があるわけでもなし、捕まえた連中も可哀想だ。領外に逃げられれば、津田領の開拓民募集にも応じられるのに」

 虎高は、もう逃走する領民を追う仕事に飽きていたのだ。
 生活が苦しい領民の逃走を力で防いでも、何の解決にもならないと。

「失敗すれば叱責されるかもしれぬが、叱責で終わりであろう。藤堂家からもうこれ以上禄を削るのは不可能だ。御役目御免となれば、逆に我らにとっては好都合、今度こそみんなで江戸に行けばいい」

 高虎は、大胆な物言いをする父虎高を見て思わず笑ってしまう。

「長政様が生きておればなと、思わずにはいられないな。なあ、高虎よ」

「はい、何でしょうか? 父上」

「浅井亮政様と、津田光輝様は何が違うと思う?」

 ある意味難しい質問だと、高虎は思った。
 財力、能力、運、技術力……そんなありきたりな答えを虎高は求めていないのだと、高虎は気がついたからだ。

「目線の高さでしょうか?」

「目線?」

「はい。朝鮮情勢の分析などもそうですが、大殿、清輝様、今日子様は我らよりも遥か遠く、先が見えている。だから常に最良の手が打てるのではないかと」

 高虎は、正直に自分が思った事を述べた。

「織田家の家臣をするよりも、色々と面白い事をさせてもらっております。私は津田家に仕えられてよかったと思っております。生涯仕える主君を見つけたりですよ」

「そうか……石田正継のように領地など捨ててしまえばよかったの。年を取って決断が鈍るとは……」

 高虎は一族の若者達を江戸に連れて行き、彼らを津田家に仕官させた。
 リストラで藤堂本家は財政が少しだけマシになったが、それからも暫くは苦難の道を歩む事となる。

 そして藤堂本家は数年後、甲信騒乱で多くの犠牲を出し滅んでしまう。
 藤堂本家の家督は、高虎が継承する事となるのであった。
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