第15話 獅子王様、新しい名前を得る
「それでは偉大なる魔獣様、貴方のお名前を教えていただけませんか?」
真に主従関係を結ぶ儀式のためだ。
使い魔となるモンスターは、自らが真名と定めた名を主人に伝え、テイマーは真名を知ることで使い魔を掌握する。
契約は死がふたりを別つときまで続き、使い魔はあるじへの忠誠を、あるじは使い魔が定めた要求を叶える必要がある。
「ゴルル(うむ、名乗りが遅れたな。余の名はベヒ……いや、違うな)」
獅子王は自らの名を伝えようとして、躊躇する。
「あ、あの、やっぱり私じゃ……」
「ゴルル(そうではない。そなたは我があるじとしてふさわしい器量よ)」
これほどの強大な魔獣に褒められ、リリノアは胸が熱くなった。
「ゴルル(余の長年の夢だったのだ、あるじに名を付けてもらうというのは)」
獅子王のペット願望は名前にまでおよんでいた。
ベヒモスなどという厳めしい響きではなく、可愛らしい名前を与えられて幸せを享受する猫ども。
羨ましい。恨めしい。
だが、自分もまた同じ位階へと至ったのだ。
もはや余こそ羨ましがられる立場。
古き名は捨て、可愛いペットとして生きるのだ。
と、獅子王は己の未来をうっとりと妄想した。
「わ、私が貴方の真名を定めていいというのですか……?!」
一方、驚いたのはリリノアの方だ。
真名を伝えるのと真名を付けるのでは、信頼の重さが違う。
それは親になるも等しい行為だ。
「どうして、そんな……! 私は見習いもいところで、ひとりの使い魔もいなくて……!」
「ゴルル(言ったであろう。そのようなことは関係がない)」
己の不甲斐なさに涙ぐむリリノアの頬を、獅子王の大きな指がそっと拭う。
「ゴルル(余は一途なのでな。余の初めては全てそなたが良い)」
ペットとして可愛がってくれよ、と期待を込めた眼差しを送る獅子王。
もちろんその意図はリリノアに間違って伝わっている。
「私のことを……そこまで……!」
モンスターテイマーとして、それほどまでに期待されて、こうして熱い告白まで受けた。
ここで応えられなければ、何のために故郷を飛び出したというのだ。
「分かりました。貴方にこそふさわしい名前を差し上げます!」
リリノアはぱっと顔を上げ、決意を秘めた瞳で獅子王を見つめ返した。
「ゴル!(うむ! 聞かせるが良い! 余の新しい名を!)」
モモ、ココア……いやいや、ここは古風にタマでも良いかもしれない。
可愛い名前を期待して、獅子王はリリノアの命名を待つ。
「私、お母さんに昔話を聞かせてもらったことがあるんです。海を渡った前人未到の暗黒大陸。そこは魔物の楽園で、偉大なる王が治めていると」
「ゴル……?(うん……?)」
楽園は楽園でも、闘争と殺戮の楽園といった場所だが。
しかも治めていると言うのは誤りで、五百年かけて自分が大陸中で暴れまわった結果、最近になってようやく統一を果たしたというのが実際の話だ。
まさにその暗黒大陸の出身者で、その王自身である獅子王がリリノアの誤りを心中で訂正する。
しかし、なぜその話を今?
獅子王は訝しんだ。
「雄々しい角。鋭い爪、靭やかな尾。まるで闇をそのまま獣の形にしたような美しい姿。勇猛で強大な貴方にこそ、その名はふさわしい」
リリノアは息を吸い、宣言するように新しい名を告げた。
「貴方は今日からベヒモス! 偉大なる獅子王ベヒモスです!」
やり遂げたといった顔のリリノアと、呆然とした獅子王の間に、静寂が訪れる。
そして獅子王は咆哮した。
「ゴアアアアッ!!(名前、変わっとらああああああああんっ!!)」
ベヒモスって顔してるからしょうがないね(´・ω・`)