立派な英雄になるはずです
第2章穴埋めエピソード、1話目はコロンとシャルムの出会いの話です。
ラムニャールの酒場にて。
「困ったわ……」
コロンはため息をついていた。
酒場の客入りが悪いのも悩みの種だが、それ以上に困ったことがある。
魔王の群れが押し寄せる《終末の日》を乗り切るのに必要な弟子が見つからないのだ。
「やっぱり、積極的に探さないとだめなのかしら……」
もう40年ほど前になるが、《闇の帝王》が暴れていた頃は酒場は強者の集い場だった。
しかし平和になったいまでは酒場を訪れるのは酒好きだけだ。
しかもコロンの酒場は客入りが悪すぎる。
これでは酒場を訪れた強者に『将来有望な魔法使いに心当たりはありませんか?』とたずねることはできない。
こうなったら、弟子はこの目で見つけなければ!
そうと決めたコロンはさっそく旅支度を済ませると、酒場を飛び出した。
「ひゃあっ!?」
ドアを開けた途端、子どもにぶつかりそうになった。
大きなカバンを背負った幼女が、ドアの前に立っていたのだ。
「きみがコロンかね?」
幼女が偉そうに聞いてくる。
「そ、そうよ。……あなたは?」
「吾輩はシャルム。弟子入り志願者なのだよ」
「わ、私に弟子入りしに来たの?」
シャルムはこくりとうなずいた。
「だ、だけどあなた……若すぎるわ。何歳なの?」
シャルムは手をパーの形にする。
「今年で5歳になったのだよ。それに若いといえば、きみのほうこそ若すぎやしないかね? とても60歳を超えているとは思えないのだがね」
「く、薬のせいで若く見えるのよ」
コロンの言葉に、シャルムは興味深そうに目を見開いた。
「ほぅ! 若さを保つ薬など聞いたことがないのだよっ。きみは吾輩が思っていた以上に優秀なようだね。きみを師匠に選んだ吾輩の目に狂いはなかったようだね」
そう言って酒場に入ろうとするシャルムを、コロンは両手でブロックする。
「わ、私に弟子入りする前に、まずはあなたの実力を見せてちょうだい」
「構わないのだよ」
シャルムは懐から魔法杖を取り出すと、慣れた手つきでルーンを描き始めた。
そのルーンの形状に、コロンは不安げな顔をする。
まさか、この魔法は……
「さあ――吾輩の命令に従いたまえ!」
ルーンが完成した瞬間、近くにいた男がシャルムのもとへ駆け寄り、ひざまずいた。
「洗脳魔法ね……」
それは《闇の帝王》が最も得意としていた、他人の心を支配する闇魔法だった。
魔王はこの魔法で多くの魔物を操り、世界を恐怖のどん底に突き落としたのだ。
「どうだね? 吾輩の洗脳魔法は」
大量の魔力を必要とする最上級闇魔法を使った直後だというのに、シャルムは平然としていた。
5歳にして洗脳魔法を使える人間なんて、コロンはほかに知らない。
コロンだって、この魔法を使いこなせるようになったのは10歳の頃なのだから。
……考えるまでもない。
シャルムは、コロンとは比較にならないほどの才能を秘めている。
だが、シャルムには危うさがある。
まったくためらうことなく他人を操ったのだ。
シャルムは英雄になる素質を持っているが、同時に魔王になる素質も持っているのである。
「……あなたは、なぜ私に弟子入りしたいの?」
人間性を確かめるべくたずねると、シャルムはびくっと震えた。
「そ、それはだね……吾輩は、えっと……一流の薬師になって、将来的に楽をしたい……じゃなくて、一流の薬師になって傷ついた人々を癒やすために、きみに弟子入りすることにしたのだよ」
「傷ついた人々を癒やしたい……つまり、英雄になりたいのね?」
シャルムは目をぱちくりさせた。
「え、英雄? ……ま、まあそんなところだよ。吾輩は英雄になるために、家を飛び出したのだよ」
「立派すぎるわ……」
英雄になるべく5歳にして親元を離れたシャルムに、コロンは感動してしまった。
涙を流すコロンに、シャルムはあわあわする。
「そ、そこまで立派ではないがね……。あ、あまり期待しないでくれると助かるのだよ」
「ちゃんと謙遜もできるのね……すごすぎるわ……」
実力は申し分ないし、立派な志も持っている。
5歳でこれなら、10歳、15歳……そして20歳になる頃には、想像を絶するくらい立派な人間になっているだろう。
シャルムなら、人類史上最高の英雄になるに違いない!
そう確信したコロンは、あわあわしているシャルムを自宅へと招き入れたのだった。
評価、感想、ブックマークありがとうございます!
穴埋めエピソードは全3話を予定しています。