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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第五話『ノイマン型ではないモノ』(4/6)

「もう一度だけチャンスをやろう。
 降伏しろ、エドサック」

 深く濃い、偉大なる青。
 その色を貴重とした服を纏ったSystem/360 Model195を、ただ立って見つめているだけで、津瀬現人の全身には爆風のような圧力が押し寄せてくる。

「ウツヒト、今の360は絶対に()たらだめ」
「ああ……わかってる」

 いまだ『始祖の力』の呪縛が解けていないユニが言う。
 現人はユニの言葉にうなずきながらも、右目の単眼鏡モノクルを外してみたいという衝動にかられる。

(すべてを見てみたい)

 それが脳が焼ききれるほどの負荷をもたらすと知っていても、見てみたい。識ってみたい。理解を試みてみたい。

 偉大なる青のもっとも偉大なるメインフレーム、System/360。
 その無数のModelたちの中でも、唯一、スーパーコンピューターの領域に迫ったModel195の全貌を余すことなく見てみたいと津瀬現人は思う。

(でも……今の僕には無理なんだよな……)

 せいぜい可能なのはかつてそうしたように、一要素に集中して凝視(・・)することだけだ。
 そうすれば、現人の『計算する宇宙』はSystem/360のすべてを見ようとはしない。

(つまり、僕でも何とか耐えられる程度の情報量におさまる……そういうことだけど)

 そのようにして、かつて津瀬現人とユニ達はあのSystem/360と戦い、薄氷の上を駆け抜けた果てに、偶然に近い勝利を得たのだが━━

「っ……そうだ。さ、360先輩!!」
「わかっているとも、後輩」

 気遣いは無用。そう言われたにも関わらず、現人はふたたび弥勒零みろくれいを先輩、と呼んだ。
 そして、System/360は振り向くことなく。敵であるエドサックを見据えたままで、後輩と応えた。

 その言葉には紛れもない歓喜が含まれていたが、戦いの緊張と雑音の中で、それを読みとったのは彼女のイトコたるIβM 704だけだった。

「今回は緊急停止などあり得ないさ」

 古傷をなでるように、弥勒零は腰にブローチのような形であしらわれている真っ赤なパーツをみた。

 それは偉大なる青をはじめとした、幾多のメインフレームに実際に備え付けられていた緊急停止ボタンである。
 どうにも押してみたくなる形をしているその赤いボタンは、歴史上、無数の悲劇を多くの企業にもたらしてきたという……。

「エドサックよ、答えを聞く」
「先ほどと変わりません」
「ほう、ギョクサイを選ぶのは英国人らしくないな」
「しかし、奥の手を残しておくのは我々らしいと言えるでしょう?」

 そう言いながら、不意にエドサックは今までかぶり続けていたビーバーハットを脱いだ。

(━━怪しい!)

 その時、弥勒零は顕現存在セオファナイズドとしてはあるまじきことに、予測やシミュレーションを伴わず、ほぼ直感だけで動いていた。

「はっ!!」

 走った。振り上げ、下ろした。

 成り行きを見守っていた現人達が驚きの声をあげる間もなく、武術でいうところの前動作なし━━つまり、ノーモーションで彼女は距離を詰めると、迷うことなく『アーキテクチャの大剣』を振り下ろしていたのである。

 ━━━━━━━━そして。

「馬鹿な……!!」
「危うかったですよ……まったく、本当にあなただけは油断がならない。
 メインフレームの王、System/360。実に恐ろしい敵でした」
「き、貴様……!?」

 ほんの数センチ。あと指を何本か並べれば届く、という距離だけを残して。
 弥勒零の振り下ろした『アーキテクチャの大剣』は、モーリス・ホイーラー・エドサックの眉間の前で停止していた。

(まったく動かない……どういうことだ!?)

 あらゆる入出力装置を強制的に電源断されたかのように、弥勒零は『アーキテクチャの大剣』を振り下ろした姿勢のまま、三次元空間に静止している。

 時間の流れが止まったのか、そのように現人が錯覚するほど唐突だった。
 だが、そんな彼女の面前で悠然とエドサックは微笑み、そして、裏返したビーバーハットの中から、束になった100枚ほどのレポートペーパーを取り出した。

「First Draft of a Report on the EDVAC……!!」
「その通り。さすがにすぐ気がつきましたね。
 これこそが『ノイマン型コンピューター』の原設計書と呼べるもの。
 この私、エドサック(EDSAC)とその眷属が備えるべき仕様について記載した、未完成の草稿。
 コンピューティングの歴史を変えた、聖遺物たるドキュメント。
 その最初のコピー、24(つい)が1です!!」
「ッ………………!!」

 爆発の直撃でも受けたような勢いで、System/360の体が吹っ飛んだ。

 だが、それは本質的な問題ではない。
 津瀬現人は気づいていた。吹き飛ばされた弥勒零みろくれいは、一斉、体を動かさなかったのである。

 空中でもがくどころか、『受け身』の体制もとれずに、System/360は脳天から南多磨高校屋上の床に━━つまり、コンクリートの平面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

「ああっ……!!」
「すべてを束縛し、支配(・・)せよ! もっとも偉大な数学者!
 其の名を継ぐ我こそはノイマン型の『王』である!」

 悲鳴にも似た現人の声は、朗々と呪文のようにそのテキストを語りあげるエドサックの声にかき消される。

(なんだこれは……!!)

 乏しい英語力で、現人はその早口を必死で理解しようとする。
 それは書類だ。ドキュメントだ。それも仕様書の類だった。

「ウツ、ヒト……逃げて……っ」

 脳の処理能力、その大半を英文のリスニングへ振り向けていると、不意にユニの声が聞こえてきた。
 そうだ、自分は彼女の束縛を解除するつもりだったのだ。
 そんなことを今更のように思いだしながら、現人が振り向くと、ユニは床に両足を崩してへたりこんだ姿勢で、苦しげにあえいでいる。

「ユニっ! ど、どうしたんだ……!?」
「あれは……First Draft of a Report on the EDVAC……!!
 ノイマン型コンピューターの仕様を記したドキュメント……世界中でコンピューター技術者が読んだ、聖典のようなもの……」
「せ、聖典……だって?」

 顕現存在セオファナイズド、すなわちコンピューターとあまりにも乖離した、宗教的キーワードに現人は面食らった。
 だが、先ほどまでとは比べものにならない苦悶の表情で、何かに必死に耐えているユニをみれば、場違いなたとえ話ではないことは明白だった。

「その通りですよ、日本人の少年」

 投げかけられた声に現人は凍り付いた。
 にんまりと笑うエドサックを見る。まるで剣と魔法の世界のように、ノイマン型の『王』の周囲を百枚超のレポート紙が乱舞している。

(なんだあれは……!!)

 現人は感じた。
『計算する宇宙』を使うまでもなく、肌でその恐ろしさを。

 それは理論的な恐怖ではなかった。物理的な圧力でもなかった。
 たとえて言うなら、オーラとか。雰囲気とか。

 あるいは、神気。妖気など呼ばれそうな、言葉の限界を超越したものを、エドサックの周囲にあるレポート用紙、一枚一枚が備えていた。

「フォン・ノイマン……偉大なる我が父。
 ノイマン型(・・・・・)とうたわれるコンピューター達。そう、事実上、ほぼすべてのコンピューターの創造者。
『First Draft of a Report on the EDVAC』とは、そのノイマンが書き記した聖典です。
 ここから全てが始まったのです」
「そ、そんな紙があるからって……どうだって言うんだ」
「理解していませんね、本質(・・)を?」

 我、勝てり。
 そんな顔でエドサックは笑った。

「このエドサックがノイマン型のあらゆるコンピューターに対して行使する『支配』。
 それが単に動きを封じたり、能力を弱めるだけだと思っていますか?」
「な……どういうことだ!?」
「つまり! こういうことです!!」
「ッ━━━━━━━━、ぐ、ぁ、う!!」

 エドサックが周囲に乱舞する『First Draft of a Report on the EDVAC』の一枚を手にすると、ユニが激烈なうめき声をあげた。

 苦しい。痛い。そうした段階を越えた声だった。臓腑を刃物でかき回されているような。あるいは、末期の悪性腫瘍に苦しめられているような。そんな悲鳴だった。

「ユニっ!! 大丈夫か!? 今、僕が━━」
「ウツ、ヒトッ……だめ、逃げて……!!」

 崩れた落ちたユニの体を抱き上げる現人。
 脂汗を浮かべながら、世界で最初の商用コンピューターは懇願するように、けれど、それでも隠せない歓喜を苦悶の表情の中に見せていた。

「優しく……しないで……守ろうと……しないで。ウツヒトだけでも逃げてくれたら……わたしは……わたし、は……それで……!」
「ユニ! くそっ……すぐに楽にしてやる!!」

 荒い息。熱い身体。
 激昂に顔をゆがめると、15才の少年は己の右目にはめこまれた単眼鏡モノクルを取り去る。

「『計算する(Rechnender)宇宙(Raum)』!!」

 その瞬間、目に見える世界のすべては情報と化す。
 無限の数字。無数の情報。無双の構造。この宇宙を超絶的なコンピューターによって実現されていると見なした時の情報量すべて。
 それが15才の少年の脳内に押し寄せてくる。

(っ……こんなもの!!)

 いつものように、最初に押し寄せてきたのは頭痛だった。
 だが、今の現人には気にならない。ユニバック・ワンを助けるのだ。苦しみから解放するのだ。

(そして守る!!)

 この自分の手で。この自分の力で。

(それが出来ないなら、何のために僕はここにいる!!)

 ━━実際のところ。

 それは意気込みや理想などではなく、実行可能だという見込みがあるからこその思いだった。
 少なくとも、津瀬現人は一度、ユニバック・(ツー)にかけられた『始祖の力』による支配を解いている。
 ならば今、もう一度それをユニに対してするだけだ。

「っ……なんだ……これ!?」

 だが、右目の単眼鏡モノクルを取り去ったあと。
 そして、ユニバック・ワンの全身を緊縛するようにまとわりつく、細い縄のごときその()を視たあと、現人は愕然とした。

「理解できないでしょう、無力な日本人。
 それは天才フォン・ノイマンの思考そのものです。
 たとえ我々顕現存在セオファナイズドであろうと及ばない深淵……まして、ただの人間においておや」

 勝利を確信した声で言いながら、エドサックが歩み寄ってくる。
 現人はあわてて周囲を見渡した。

「っ……これは……マズいです……ね!」

 屋上の床に倒れ伏したニューニは、右手をユニの方へ伸ばしていた。どうやら助けの手をさしのべたいらしい。
 だが、指一本動かすのにも苦労している様子がありありと伝わってくる。

「か……はっ……! おのれ……!」

 FORTRAN(フォートラン)ソードを支えとしていたなおしは、両膝を突き、血走った目で虚空を睨みつけている。
 ひゅうひゅうと喉奥から苦悶の音が漏れる。指一本で押すだけで、倒れて二度と起きあがらないのではないかと思える、ギリギリの一線にいる様子だった。

「………………ぅ」

 そして、弥勒零みろくれいは。
 System/360は脳天から落下したまま、動かない。目も開けない。
 わずかにうめき声のようなものが聞こえた。血は流れていないものの、危険な状態であることは間違いなかった。

(ダメだ……僕しかいない……!!)

 現人はふたたびエドサックを見た。

(僕がこいつを視て……戦うしかない!!)

 そして、決死の意志を固めて━━脳が沸騰しても構わないという覚悟で。
 異能の右眼で。『計算す(Calculati)(ng)宇宙(Space)』で敵を視た。

(………………え)

 そして、少年は驚愕する。
 流れ込んでくる情報としてのコンピューター・EDSAC。
 Electronic Delay Storage Automatic Calculator━━すなわち、エドサック(EDSAC)

 それは驚くほど単純なコンピューターだった。
 もちろん、数個の抵抗やトランジスタで構成される単純な電気回路の比ではないにせよ、ユニバック・ワンやIβM 704は元より、かつて戦ったバイナックよりもさらに単純な構造だった。

「……そ、そうか。
 お前はノイマン型の始まり……それだけに、構造としてはまだ単純だったのか……」
「ほう、それが我が女王の言っていた魔眼(・・)ですか。
 驚くべき力です。ですが、私を止めることができなければ何の意味もない」
「……なにが魔眼だ。
 これはただの眼だ。この世界を少し違った見方で視るだけの眼だ。
 けれど━━僕とユニをつなぐ大切な眼だ!!」
「フーン、ム。
 単純に殺してしまうか、再起不能にしてしまおうと思ったのですが……そうですか。
 あなたは自分の魔眼を、自らがユニバック・ワンとつながるものと認識しているわけですか」
「何が……言いたい!!」

 叫びながら現人は考える。エドサックへの対抗方法と、ユニを助ける方法。
 二つの平行する考え(タスク)を、メモリ保護のないノンプリエンティヴ(古い方式)な人間の脳内で、ごちゃ混ぜにしながら考える。

「いいでしょう。ならば、少し余興といきましょう!」
「━━━━━━━━━━━━、ィ、ひ!!」

 何かを合図するようにエドサックは指を鳴らした。
 すると、スプリングで弾かれたように全く動けなかったユニが立ち上がる。
 拒絶を示す、哀願にも似た悲鳴をあげながら。

「いや……いや。いやだ、エドサック……やめ、て……」
「ノイマン型が『王』たるエドサックが『始祖の力』をもって命じます。
 ユニバック・ワン、その少年を殺しなさい」
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